西洋の宗教は天国と地獄の二元論を掲げた
東洋の教えは天国と中有界と地獄の三途を説いた
人が死後の世界に行くに当たっての天国と地獄の二元論と、仏教で説かれた三途(三元論)の違いは【輪廻転生】の存在を教えるか教え無いかの違いで大きく変わります。日本のスピリチュアルでは自分に天使長ミカエルが大天使カブリエルが下りて来るが一般的ですが、彼等は【輪廻転生】を語ったことはないなのです。ミカエルとかガブリエルと呼称する霊はいますが、以外と低い霊達と言えます。どこが天使長だ!。です。
単に天国と地獄の二元論では、たった一点の違いで天国と地獄に別けられてしまうのか!。を起こします。しかし中有界が在るならば、天国と地獄の間には緩やかな緩衝帯があるとなります。そしてまたもや【やり直しの人生】が出来るです。
中有界が在ることは、魂にとっては好いこと!
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【そなたの前世は他人の魂胆が解らぬお人好しで、そなたを好いように利用する者達によって最後は悲劇の武将で終えた。今生は他人の魂胆を見抜く力の養いぞ。】と告げられましたが、その悲劇の武将が誰のことであったかも解りました。
私の前世霊は緋色の兜と鎧を身にまとい。その兜の帆立には【太陽と月】を意味する徴があり、その姿を見た霊能者からは誰々であると言われています。しかしながら世の中にはその武将霊が自分の前世だと呼称しておられる霊能者の方も存在します。
その霊能者の方の前世が私の前に姿を見せた霊と同一の存在かと言いますと、まったく別物なのです。魂には分派があり。その魂を源流として別れる魂は存在して来ますが、分派において次元格の違いが出て来ます。するとまったく別の存在となります。ただ私の前世がその霊能者の方が言う前世だと主張すれば、私はその霊能者の方からニセ者だと言われるでしょう。
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【人には前世と呼ばれるものがある。されど今生の自分は前世の自分と同じでは無い。前世と同じ親や兄弟を持つのでは無い。生まれ出る社会も環境も大きく違う。そこに自分の前世がどうのこうのは無い。ただその心が同じだけである。人は自分の前世が誰であったとしても、今生の自分の名で何事も為さなければならない。自分の過去の名前を持ちだしてはならない。】と告げられたのです。
そして次のようにも告げられたのです。【人は自分の前世が神として崇められていることを知らず。その神の元を訪れることもある。】と告げられたのです。それで私の前世たる存在が、どこかで神として祭られているとも知ることが出来ました。
一部の霊能者の中には【貴方の前世はイエスですか?。】と聞く方がありますが、私の前世にナザレのイエスであった時はありません。やはり一部ですが貴方の前世はモーゼですかと尋ねられる方もありますが、モーゼでもありませんが関係は深いなのです。それはモーゼと同じ【牛頭系】の霊界に所属しているからです。
人の魂を概念から見る作業を進めて行きますと、人の魂には【魂の分派】と呼ばれる事柄があります。逆にその魂の分派を遡ることによって、新日本神道系の宗教で説かれる【正守護神】【本守護神】と呼ばれる存在が出て来ます。これはスピリチュアルで言う「ハイヤーセルフ」とは意味が違っているのです。
人の魂を遡ると、御親たる高次元界の神霊に辿り着く
最後の審判後は、二度と人生のやり直しをしない世界
私は魂に点数が出るを知って、霊能者と呼ばれる人達の中を駆けずりまわってそれが最後の審判時に物を言う【良心神】の点数だと知ることが出来ました。だが当時はそれがお釈迦様の本当の悟りで有った【人に内在する良心神】には結びついていませんでした。スピリチュアルだ!。スピリチュアル!。と言っている人達は一人として良心神と呼ばれる存在を言われません。そこに日月神示の岡本天明師が出された【一厘が無い九分九厘の神達】が浮かび上がって来ます。
私は子供の頃には旧約聖書の神と称する霊声を聞いておりましたが、その旧約聖書の神と称する声はイエスもムハンマド(マホメット)も、キリスト教徒やイスラム教徒が思っている様な絶対的な神の御使いたる存在では無いと告げられたなのです。単に宗教世界の先駆者の一人に過ぎないです。
為にイエス一人を主の御子だと信じても、天国界には進めないを起こしていたなのです。イエスの霊的世界における次元格そのものが、キリスト教徒やスピリチュアル標榜者が思っている様な高度の次元格では無いのです。大本教からみろく大神は【六六六】として出されましたが、キリスト教徒はその【666】を悪魔の徴の数字だと思っていたわけです。
西暦2020年の初頭、私は地獄の門が閉ざされる光景を見ていて、【地獄の釜の蓋開け】とは地獄閻魔庁と呼ばれた役所が悪神とか悪霊を捕まえるのではなく、逆に言うなればこれまでは地獄と言う世界に閉じ込められていた【厄災】の菌を世に放つ【パンドラの箱の蓋開け】の意味ではなかったのかと気付きました。
ただ何故に厄災の種を放つ必要があるのかが解らない
最近、この地球を襲う【天変地異】のみならず。おかしな事件がやたらに報道されます。霊的に言うと、霊的世界からの厄災を受けている人が昔と比べると格段に増えて来ているです。また精神的にもおかしくなっている人が明らかに増えて来ているです。精神に異常を来している人達が増えて来ているのは、今の社会が単にストレス社会だからか?。なのです。
地獄の釜の蓋開けとは=厄災のパンドラの蓋開け?
そうした中で【コロナ菌】騒動が起きて来ました。一部にはその【コロナ】をみろく世の数字とされる【567】に読み換えて、悪神ウシトラ金神の仕業だとする人達も見られました。私から見ると、あらゆる災いを閉じ込めていた箱(地獄界)が解放された!。コロナ菌騒動はその一つに過ぎないと言う見方です。
何故に私はそうした見方に立ったのかと言いますと、私は大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(火水)】の解読は大本教から出された【九曜紋】等で導き出すことは出来ず。朝鮮に残されていたとされるある予言をヒントに導き出したからです。
その朝鮮に残されていた予言とは、最後の審判前に人類救世の為に【米】一字の教えが起きる。その米一字の教えに従った者達の上には天罰は降りない。その米一字の教えが終わると、その教えに従わなかった者達の上には天からの罰が降りて来る。その天罰の最中に【白十字】が現れて、その白十字によって最終的には人類は救われると残されていた中の【米】一字の型を出したからです。
誰が考えても【米】一字で、神の教えは出来ません
だが米一字の型で、みろく大神と56億7千万が語れた
私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫は私のことを【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方で、貴方の言葉による教えは天帝の詔(みことのり)に等しき物であり。貴方の言葉による教えに従えぬと言う神々は如何なる地位にある神とて、天帝に対する反逆罪として全て裁かれます。】と告げられたなのです。
それは世に出ている神々に対して天帝の裁きが下りる
豊受姫は私に対して【天帝】と呼ばれる言葉を出されましたが、私が神霊世界に関わって来て、世に出ておられる神達の多くは【天帝】と呼ばれる神の存在のことを言われません。ほとんどの御神霊は天帝と呼ばれる様な神のことは知らないなのです。私達がこの世で知る神々や天使等は、霊的世界の説明が出来無いことを霊能者に露呈し続けて来ました。
スピリチュアルだスピリチュアルだと言っている人達の前に出て来る自称天使長ミカエルとか大天使カブリエルと称している霊には霊界の説明が出来ない。そうしたことを私達は現実論として知ることが出来たわけです。
大本教の出口王仁三郎聖師は第一天国界の更なる上に神界が在ると述べておられますが、これまでの神霊界は第一天国界が一番上の世界だと思われていたがあります。その第一天国界より上の神界とは【八九十】次元界と言えます。大本教や岡本天明師の日月神示や私が語って来た【五六七】次元界よりも、更なる上の次元界です。為に世に出ている神々にも解りようが無い世界だったのです。
【八九十】次元とは、私達の魂からすると本守護神段階
新日本神道の世界では守護神と呼ばれる存在を告げます。その守護神にも段階があり、【本守護神】【正守護神】【副守護神】が言われています。新日本神道系ではみろく世に渡る条件ととして【神人合一】を説くのですが、それは自分の魂でも【正守護神】に【合一】することを説いたのです。
スピリチュアルで言うハイヤーセルフとは、高い霊からの助けと言う意味の守護霊、守護神を意味しますが、それが正守護神段階なのか?、副守護神段階なのか?。さっぱり解らないことを言っているなのです。すなわち正守護神と副守護神の違いがスピリチュアルでは解っていないなのです。
日月神示の岡本天明師から【三四五(みよいづ)】と【五六七(みろく)】の二つ霊界の存在が出されましたが、三四五の世界とは副守護神格で。五六七の世界とは正守護神格となります。スピリチュアルが言うハイヤーセルフーは【三四五】の世界で、【みろく(五六七)】の世界を目指しているではないのです。
みろくの世に行く行かないは、五次元界での【乗り換え】
この【五次元界で乗り換える駅舎】から、馬小屋の救世主と言う言葉の形がなされたのです。それはイエス云々では無く、【駅】の言葉を生み出す必要からです。それは別に駅でなくて【港】であってもよかったのです。
仏教においては三途の川の渡し場が説かれたのも、そこにあるのです。
スピのハイヤーセルフだと、みろく世には向かわない
それは大本教から国常立尊様とは元は創造神でありながら、その職を蛇霊の囁きに憑依された神々の多数決によって退かさせられたことから来る今は退いていますの【艮金神】として世に名が出されましたが、豊受姫は貴方は天帝と呼ばれる天之御中主様からと大本教から出された国常立尊神の両面からの使い者と指摘されましたが、そうした事を語られる御神霊は僅かな御神霊に過ぎないなのです。
私は鍾馗神のご案内で中国で創造神とも天子ともされる【盤古大神】に拝謁しましたが、私に【天之御中主(国常立尊)】様からの使命が与えられていなかったならば、私が盤古大神から拝謁を受けるもなかったでしょう。
私は子供の頃は旧約聖書の神と称する霊声を聞いていてその教えを賜っていましたが、その姿を見た者ではありません。為に私が教えを受けた言霊師であった2番目の師匠の御祭神が国常立尊と名乗っておられましたので、その師匠の祭神たる霊の姿を見て、この方が国常立尊様かと思った時があります。
ただその霊は、私が鍾馗神のご案内で出会った中国で創造神とされる盤古大神や日本の伊勢神宮に鎮座されている男神で知られる天照大御神様が私に見せられた絢爛豪華な大神霊行列に出て来た無数の霊を従えるからすると、それに従う霊の数があまりにも少ないのでニセ者霊と判断せざる得られませんでした。
霊の名乗りに欺される。その霊に無数の部下が居るか?
私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と名乗る声は、【私はそなたが何者なのか?。神々には解らないようにしておく。されどそなたの背後にこの私が居ることが見えぬ様な神は使い物にはならない神達である。】と言われたなのです。
私がこれまで出会った霊能者の内の7~8名の方は貴方の本守護神は国常立尊様だと言われ、一人の方からは貴方には国常立尊様と天之御中主様の両方が見えると告げられましたが、それは豊受姫と同様の指摘でした。これは同一の神を天では天之御中主様と呼び、地では国常立尊様と呼ぶことによる話なのです。
私は豊受姫から貴方は【言葉の神】と呼ばれる貴き存在と告げられて、どういう意味だろうと考えました。そこに出て来たのが大本教神諭が予告した九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)であり、それが【56億7千万】の仕組みを語ることです。しかもそれは朝鮮に残されていた【米】一字の型で表現出来るのです。
西洋に残されていたある予言は、【ユダヤ人でなく、異国の人が異国の言葉で主を語る。その国ではその人は「言葉の君」と呼ばれている。言葉の君は自分は主を知らないと言うが、万軍の主はその言葉の君のことはよく知っていて、万軍の主は全ての裁きを終えた後、その言葉の君を召し出して万軍の主の全権をその言葉の君に渡す。その時を以てユダヤ人は救われる。】という内容の物がありました。
異国で言葉の君と呼ばれる者がユダヤ人の救い主?
私は一部の霊能力者から貴方は【救世主】様でしょうか?。そうした問いかけを受けて来ましたが、それは否定しています。大本教神諭予告の九つ花を紐解くと、【救世主の役割は、その一厘の言霊の秘密】に示されているからです。それがお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】であり。大本教から出された【伊都能売神】たる働きの大直日・神直日の働きだからです。
私は朝鮮に残されていた最後の審判が起きる前に救世の為に米一字の教えが起きるの米一字を、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯】で紐解き、西洋に残されていた【ユダヤ人でない異国の人が異国の言葉で主を語る。】をしたわけです。
しかし朝鮮に残されていた予言は、米一字の教えに従わなかった人達が最後の審判たる天罰を受けても【白十字】によって救われるの白十字の意味がどうにも解りませんでした。しかしその米一字の型に重要な内容が秘められていた以上、その【白十】字にはもっと深い内容が隠されているとなります。
神界からの予告予言教団として知られた大本教から、みろくの世には【水晶魂】の授与が予告されました。今日までの魂は腐ったり捻れたら破砕される等で【永遠の命】を保つことが出来ませんでした。保証されていないのです。そこで永遠の世とされるみろく世では永遠の命を保つことが出来る【水晶魂】の授与が行われる。それを予言したのが大本教から出された【ウシトラの牛虎】の意味なのです。
牛頭鬼パンツの牛虎とは【鬼と云う魂の総司神】
これまでの魂をみろく世に行く為の【水晶魂】に切り替えるは、かなり前から実施されています。その水晶魂に切り替わっている人達はみろく世に渡る切符を既に神より貰っているなのです。
みろく世に渡る人達に、水晶魂の授与は起きている
その水晶魂の中に【白十字】が入った魂を授与されている人達も見られます。それは不思議な見え方をして、どの位置から見ても白色の【正十字】が正面に見えるのです。だが朝鮮に残されていた【白十字】とは、その意味では無いもっと大きな意味なのです。 白十字とは何の意味かと考えていますと、それは【八九十】次元の意味で、私達人間の魂は三次元界で生きて、死ねば四次元界。神上がりをして五次元界以上。みろくの世とは【五六七】次元界。更にその上には【八九十】の次元界が在るなのです。その八九十の次元界に在る魂とは、この世に居る魂の【本守護神】格に当たっているのです。すなわち人類は最後の審判時に、各自の本守護神が現れた者は救われるなのです。
本守護神とはスピリチュアルのハイヤーセルフでは無い
最近、ある光景を見ていました。それは【三途の川】と呼ばれるこの世と彼岸たるあの世とを遮る川です。大本教の出口王仁三郎聖師は綾部の大本教神苑内の一部をヨルダン川の型だとされましたが、それを言うのであれば大本教の本宮山の脇を流れる由良川をヨルダン川の型とした方が解りやすかったとなります。
今日まで三途川の存在は霊能力者達から言われて来ましたが、霊的世界に関わるとその三途川は見える者には見えたなのです。ただその三途川は時には大海の如くにも成るで知られたように、霊界の船で渡る必要がありました。三途川は川幅が大きく変化するので、今日まで霊界の橋が存在してなかったのです。為に船の渡し場(港)があったなのてす。
これまでの三途川には橋など存在しなかった
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する霊から【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国であり。私の教えが国中に満ち溢れている。私はそなた一人だけにはその仕組みを見せるので、そなたはその仕組みを人々に告げなさい。】と言われたことから、大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)】も解き明かしました。
そして今回私が見せられた光景は、これまでの三途の川に橋が架かり、既にこの世とあの世の往来が可能となっているなのです。
この世とあの世の往来が自由は、喜ばしいでは無い
低い霊に憑依された者は、低い霊の意識に同化して行く
逆に橋が架かることによって、この世に生きている肉体人にとっては、この世の肉体の寿命を待たずして霊的世界にも入ることが出来て、肉体を持ったままの状態で霊的世界の次元格を容易に上げることが簡単になったなのです。
すなわち肉体たる服を脱がずとも、簡単に霊界と関われる
私は大本教神諭を読んでいて【危惧】した内容があります。それは最後の審判の時には上に行く者(魂)。下に落ちる者(魂)で霊界はごった返すので、神も個々の魂のことを構ってはおられないという記述です。
最後の審判と呼ばれる事柄は全人類に対して【瞬時】に行われる為に、上の世界に行く魂。下の世界に墜ちる魂等が大量になるので霊界その物がごった返しにごった返すとなるのです。閻魔庁も一々落ちて行く魂の言い分など聞いてやれる状態ではないのです。
しかし【三途の川】に事前に橋を架けておけば、この世に生きている間に、肉体を持っている間に、個々の魂に第一、第二、第三天国等と【行く先】を教えてやれるとなります。
この世にいながら、みろく世の準備が出来る
私は【米】一字の教えの後の【白十】字とは、【八九十】の意味だと解りましたが、その【白兔(はくと)】は【右左岐(うさぎ)】の歳の意味だとも解りますが、それが何時の【兔歳】なのかが解りませんでした。
貴方の過去の罪を【免じる兔(うさぎ)】にて
三四五の世界か!、五六七の世界に右左岐する
その審判をもちまして、【最後の審判】とする
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