霊的世界に関わっていますと【おかしな霊、変な霊】に遭遇します。そうした霊は天照大御神でも無いのに【わらわは天照大御神なるぞよ。】とか、自分は大天使だと称して出て来る変な霊達です。霊界における詐欺師と言えば詐欺師なのですが、この世の詐欺師ならば自分に利益が無ければ動きません。だが彼らは人を欺して喜んでいるだけで、自分にどれほどメリットがあるのかです。そこには別に金銭的要求がなければ人は簡単に欺されやすいとなります。
そうした霊で一番多いのが、霊媒者に自分は相談者の親だったとか先祖霊だと称して自分は死後の世界で苦しんでいる。自分を供養してくれと言う霊達です。それらは必ずしもその家族の先祖霊ではなく、そうした嘘を出してまんまと欺されてしまう者を見て喜んでいる霊達なのです。それで例え欺されて先祖霊供養を積んでも別に悪いことではないのです。
何故ならば、ほとんどの人は先祖霊の供養を怠っている
先祖霊の多くは死後の理解が少なく、死後世界で苦しむ
スピリチュアルでは貴方もスピリチュアルで金儲けが出来ます。スピリチュアルセミナーでお金さえ出せば貴方も霊が見えるようになりますで、大金を支払い素質があれば蛇霊や狐霊を憑けて貰って霊界の一部は見えるようにはなります。が、それ自体は【人は霊止(ひと)である。】からの事柄であり、霊的な世界が見えたからと言ってそれで自分が死後に天国天人の地位や神に成る保証が得られたではありません。
天国界に進むには、この世でそれなりの功績が要る
スピリチュアルとは別にその内容が嘘だと言うのではなく、低次元界と関わることでこの世で貴方が幸せになる為のアドバイスであって、魂を死後の世界で高い次元界に進ませることが目的では無いと言うことなのです。スピリチュアルだと先祖霊供養は金にならないとしませんが、そうした金を出せない霊は【人が好い金儲けをしない霊媒者等】に懸かって救いを求めて来ます。そこに問題があるのです。
私は死後に救いを求める霊に関しては、その霊に縁がある肉体を持つ場合はその肉体の縁者に供養を求めなさいと言います。私が助けるのは供養を求めるだけの縁を持つ肉体がこの世に居ない霊に限定しています。当然にそうした霊を救っても、一銭のお金にもなりません。そうした霊はお金を出してくれる肉体人を縁者として持たないからです。
霊的世界を無償奉仕で行くか、金儲け対象とするか!
その人に霊障害が発生しているような場合、その障害を起こしている霊を取り除くのは簡単ではありません。その霊は【恨み】を抱えているのであって、その恨みを果たす為にはそれを妨害するならば敵と見なして攻撃して来ます。話をして納得してくれるなど希なのです。で、除霊浄霊する方も命がけとなりますのでその代償としてかなりの大金が要求されます。その相場そのものが高いのは事実なのです。何故ならばそうした霊障で命を落とした行者系霊能者達が世に存在するからです。可愛そうだ気の毒だ程度では、自分の命を落とす可能性がある他人の霊障に立ち向かえないのです。
霊障は神に頼んでも取って貰えない。神霊とて命懸け
そうした事柄もあるので、逆にそれを利用する悪的宗教も存在して来ます。実際には霊障などどこにも発生していないのに、統一教会で知られたニセ者の霊能者を仕立て上げて、貴方の御先祖霊が苦しんでおられますと高価な壺や印鑑や絵画を買わせる霊感商法です。
通常言われている【地獄の沙汰も金次第】は、その解釈の意味が違っています。またキリスト教で盛んに説かれる財で罪の売り買いをする【贖罪】も、牧師達はその解釈の意味を違えています。
仮に救いを求める霊にこの世で縁がある肉体者が居ても、何の供養もしてくれないがあります。その場合どうなるかです。何もしない場合、やがて絵に描いた餅の様にその縁者の家系に不孝が訪れます。先祖霊供養を怠って不孝になっている人は意外に多いのです。先祖霊を供養したら幸運に成った。それは必ずしも嘘ではないのです。
先祖霊が浮かばれてこそ、その家系は安泰とも言える
私が神霊界修業のお世話になった伏見稲荷大社の豊受姫は、【先祖霊供養は神がする物に能わず。僧侶に頼め!。神に頼むものでは無い。】と告げられましたが、その豊受姫も大本教から世に出された日本の神が仏に名を代えて助ける【和光同塵】で仏界にも出ておられます。神の立場では助けられないが仏の立場ならば助けられるです。そうした事柄は有能な霊能者なら知っているなのです。
神は公、仏は私。神は公正で私情を挟めない
某仏教系宗派は実践として霊を出すことで知られています。為にその教会長は全て霊能者がされてます。霊能者で無いと霊と語れないからです。その教会で働いている霊はその教団の御祭神では無く、各教会長の御先祖霊達が代行してそれをされているがあります。ただ動いておられるのがそうした教会長の御先祖霊なので、各教会長の霊力の違いでその神の力とされる霊力の差にバラツキが見られるがあります。
どうしてそうしたことが起きるのか?。死後の世界たる霊界はスピリチュアルで語る様な単純な世界では無いということなのです。今の霊的世界は勝てば官軍。負ければ賊軍の力が働いているからです。
人の魂は輪廻転生しているとされていますが、実際に霊的世界に関わっていますと何百年前の霊など日常的に出て来ます。鎌倉時代とか平安時代もあります。未だ生まれ変わっていない霊です。三途川を渡る渡らないは自分がこの世に生まれ代わるに関わることで、例え地獄界に進んでも地獄で刑期を勤めればまたもやこの世に人として出して貰えるチャンスはあるです。
ただ輪廻転生を管轄するのは地獄の【閻魔庁】と呼ばれる役所の管轄であり、またもや人としてこの世に出して貰えることから羅城(別名閻魔庁)と呼び、その羅城の門のことを別名【来世門】と言い。その来世門の門番たる牛頭虎パンツの邏卒達のことを【牛虎(ウシトラ)】の鬼と呼んで来たなのです。
大本教の艮や九鬼神道の宇志採羅は創造神の仕掛け
で、死後の世界に渡っても生まれ変わる為の三途川を渡っていない霊は霊界の愉快犯と呼ばれるわけです。自分は霊が見えるから霊能者だけでは、そうした愉快犯霊に欺されてしまうが多いのです。
霊界には愉快犯と呼ばれる人を欺して喜ぶ霊達が居る
私達日本人の大多数は仏教徒で、死後の世界のことも仏教から学ぶことが自然に多いと言えます。仏教では人は死ねば【彼の岸】に渡ると教えます。当然に彼の岸に渡るとは、そこには【川】が存在していると教えているのです。仏教ではその川を【三途川】と呼びますが、別に三本の川があるのではないのです。一つの川なのですが、三つの変化が生じる川で人には死後に【三つの途(行先)】があることを教える川です。
自己にに霊的能力が備わっているとこの三途川は見ることが出来ます。霊はこの三途川を渡りますと、彼の岸なのでこちらの岸には戻って来ません。仏教で説かれる【輪廻転生】は三途川を渡った後での話で有り、人がこの世に生まれ変わって出て来る為には一度は三途の川から彼の岸を渡る必要があるのです。
人の魂は生まれ変わるには三途川を渡らないといけない
霊は地獄界に落ちるでも、覚悟を決めれば地獄界に行く
仮にその霊が自分の肉体の家系の先祖霊であったとしても、自分は霊界で苦しんでいるから助けてくれは、その霊は未だ三途川を渡っていない状態だと言えるのです。
三途川を渡らない霊は多数あり。そこから愉快犯が出る
仏教ではその彼の岸(あの世)に渡す舟の渡し賃は【六文銭】と言うことで、死者の衣服に六文銭を縫い付けてあげるがありました。土葬の時代はそれでもよかったのですが、今は火葬でそうした硬貨を棺に入れることが出来ませんので、燃える紙に書いた物が使われていると聞いたことがあります。それ自体は中国からの仏教の影響を受けた風習ですが、中国では紙に書いた銭を燃やしてあの世で故人が金に困らないようにする冥銭の風習があったからです。
日本ではその風習が廃れたことから、そうした紙銭とか冥銭は中国からの輸入品が売られています。日本でもペット用だとそうした葬儀用の装飾品がアマゾンで販売もされています。
その六文の銭とは【六道輪廻】から来ている【六】の説と、冥途の「冥」の漢字に【六】があることからと言う説があります。
が、私は鍾馗神の案内で中国で創造神ともされる盤古大神に拝謁して、それまで盤古大神と呼ばれている神のことを何も知りませんでしたが盤古大神とは何者かを知りたくて大本教霊界物語を読みました。そこに盤古大神から日本の国祖大神国常立尊に神政の奉還が書かれており、この仕組みは中国の【漢字】そのものが絡んでいると解って来たなのです。
漢字は象形で日本語は漢字が無いと【感じ】が掴めない
大本教の出口王仁三郎聖師が漢字の研究をしていて、出口なお開祖派の信徒が出口なお開祖は文盲の為にひら仮名のお筆先が出されました。為に神様からの伝えは日本固有のひら仮名文字でないといけないとの思い込みから、毛唐の漢字を研究していると出口王仁三郎聖師を襲撃した事件があります。その漢字の研究書をことごとく焼いたです。信徒レベルだと日本語のひら仮名文字は中国の漢字を元にして作られたすら理解していなかったなのです。
それは私が子供の時に臨んでいた旧約聖書の神と称する声が、私に告げられた【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界でただ一つの国で在る。】と言われた事からです。私は【言霊】が何かと解った時、それまで私が持っていた神観は全て吹っ飛びました。その言霊で仕組まれた仕組みには【漢字】が絶対必要条件になるからです。
大本教から【ウシトラ金神・国常立尊】と呼ばれる神の存在が世に出されました。その国常立尊とは日本書紀では宇宙開闢の神。すなわち西洋で語る【創造神】たる存在の神のことです。その創造神たる神の現状は【引退状態】であることから大本教から【ウシトラ(艮)】の名前で世に出されたとなります。
またその国常立尊様は魂の総司神となりますので魂の漢字は【鬼(牛虎)が云う】で、大本教の出口喜三郎師の【喜】の漢字を【鬼】に変えよとも出ました。仏教の祇園精舎の御守護神は牛頭の主で【牛頭天王】と呼ばれています。大本教からウシトラ金神国常立尊は、人々から悪神として追われていると出されましたが、大本教神論に【この世の閻魔大王として現れる】とある様に冥府の長官である閻魔大王たる存在でもあるなのです。
たが人々がその創造神たる国常立尊様を悪神として追っていると大本教から出された内容を理解出来る人は居なかったと思われます。ほとんどの日本人は悪業を取り締まっている閻魔庁の門番たる邏卒を鬼と云って、節分の炒り豆で【鬼は外】と打っているわけです。そしてキリスト教に至っては、その冥府(黄泉の国)の長官を悪魔(サタン)呼ばわりしているわけです。
創造神は人類から悪神として追われたで知る黄泉帰り
日本人の大多数は仏教徒なので、閻魔大王が主宰する【冥府(黄泉の国)】の存在がなんとなく解ります。日本神話では伊弉冉尊が黄泉の国に旅立たれたとしますが、日本神話ではその黄泉の国の長官が誰なのかが解りません。この黄泉は中国からですが、何故にこれを日本で【よみ】と読ませたのか?。があるわけです。黄泉帰りと甦りを同一線上に置く必要があったなのです。
当然にその黄泉の国の長官は伊弉冉尊よりは上位の神たる存在とはなります。するとその【冥府】の理解力が必要となります。キリスト教の様に冥府の長官をサタンたる悪魔呼ばわりしているでは、その意味すら説け(解け)ないとなります。
黄泉の国から帰る【黄泉帰り(甦り)】は後生で更生する
仏教の輪廻転生を知るは、黄泉の国の存在を学ぶ
これらの言葉の仕組みを見ると、見事なほど日本語で仕組まれていると解るわけです。
大本教の出口王仁三郎聖師が地獄を覗けば【牧師で一杯だ!】と記しておられる理由もそこにあります。神は何をしても愛で赦されるはないなのです。その代わりに輪廻転生を設けられた。何をしても神仏の愛や慈悲で赦されるでは、人類はお釈迦様の悟りであった【人には良心と呼ばれる神が内在している】の悟りを埋没させてしまいます。
そこには人々が悪魔(サタン)とした存在の意味を知る
日月神示は、たった一厘を知らぬ九分九厘の神ばかり
一部に悪魔とは牛頭の姿をした存在だと説く人達はありますが、悪魔とは魂の核に存在して来る天帝の分魂(良心神の働き)たる場所を【空く真(間)】にした状態を指すなのです。自己の魂から良心神と呼ばれる存在を失った状態が悪魔その者なのです。
悪魔とは人に内在する良心神の存在を否定する者達
スピリチュアルでは【愛】ばかりを言い。神は愛だから何をしても赦されますが定番です。大本教の出口王仁三郎聖師が天国に案内すると言いながら地獄に案内している取り次ぎばかりと残しておられます。スピリチュアルに走って自分の過去世での罪たる【因果】を解消もせずに地獄界を目指しているとなります。
私は幾人かの自称救世主を見て来ましたが、どなたも【愛】ばかりを言ってその信徒達を地獄界の亡者道に進めているがあります。これらの自称救世主に【人に内在する良心神】を説いても、その理由を聞こうともせずに端から自分には霊能力があるので自分は神だ!。と言う意識から抜け出ていないがあります。そこに見られるのは蛇の霊力で有り。まず蛇の霊力を捨て去る必要があるのです。
仏教の彼岸とは、未だ三途川の向岸に渡っていない状態
悲願とは菩薩の大慈悲で、迷いの世界から彼の岸に渡る
私はこの日本でどうしょうも無い者達のことを【ろくでなし】といいますが、辞書などを調べると漢字の【碌や陸】が当てられています。これでは意味が解りません。冥土の渡し賃六文銭の六は六道輪廻や冥土の【六】ではなく、この世における【禄(六)】を土産とする意味であるとは気づき難いことではあったのです。
この世は天人の苗床で魂の修行場。そうした理解があればあの世に帰る時、霊界の入り口で何を計っていたのかなのです。この世での衣も脱がせて裸(ラ)にするという意味は、大本教神愉予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯】に基づくことで、その衣に付着した【垢】とはこの世での罪の意味なのです。
この世における罪(垢)は、この世での禄(六)で消す
この世は苦界。この世の苦(9)を天の禄(6)に代える
私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、人が魂の修行場であるこの世から死後の世界に帰って来る時、【その者はこの世で何を学んだのかを計る。何も学ばずにこの世では遊んでいましたではその罪を問う。罰する。】と告げられたなのです。
スピリチュアル標榜者の中には、【この世は遊ぶ処です。神は愛だから何をしても赦してくださいます。】などと言っている人達がいますが、これはそうしたスピリチュアル標榜者の背後に存在する。人の魂を腐らせて喰らう連中の手先等になっているからです。
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