人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

人は霊(ひ)止(と)であるを知るには、有能な霊媒者の存在を通じないと簡単に理解出来ない

 私の神霊世界の修行は、どこかの宗教団体に所属して、その教団の教えを学んでその教えを信じる類いのものではありませんでした。

 

 私が神霊世界を見聞する上でお世話になったのは、伏見稲荷山で豊受姫の御代たる稲荷行者としてはその当時実力№1とも№2とも言われていた女性の行者で、100日間の五穀断ちの業を二回もこなした猛者で豊受姫から授かっていた不思議な霊術を使える方でした。さすがに100日間の五穀断ち業ともなりますと、男性で阿闍梨と呼ばれる方でもその業を積まれた方は居るのか居ないのかとなります。千日回峰とはまた違う大変な行です。どちらもそれで命を落とす業です。

 私は伏見稲荷山でその師匠と同行をしていて、摩訶不思議な出来事を数々見て来ましたが、そうした摩訶不思議な事柄は宗教本をいくら読んでも書かれてもいません。しかし神霊世界はそうした摩訶不思議を起こさせるのです。私は科学的なあり得ない出来事、力学に反する事柄、そうした数々を見て来て宗教は神の存在に関して説けきれていない。イエスにしても霊的世界のことに関してはほぼ説けていなかったことを知りました。

 その最初の師匠は、この世を去る前に私に対して【貴方ほど摩訶不思議な体験をされて来た人は世に存在しないのではないだろうか?。】と告げられましたが、そうかも知れません。私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、そなた一人にはいろいろと見せると告げられましたが、日本語と呼ばれる言葉を持ってすれば神の仕組みが解読出来る。【五十六億七千万のみろく】の仕組みなどその典型と言えるなのです。

 

神霊界が見せる摩訶不思議、科学で説明は出来ない

 

 科学者や物理学者は科学や物理学で説明が出来ない物は無いと考えているでしょうが、私が見聞して来た出来事の多くは科学では説明など出来ません。霊的に見える光景としては龍神がこの世の物質を運んでいたりするのですが、そんな龍神等はカメラに写る類いのものでは無いなのです。私達の目には見えない霊(0)的世界。その霊界は次元世界で成り立っています。その次元世界を科学で証明するなどは出来ません。不可能です。出来ないから科学は霊界など無いと頭から否定論に走りますが、人間の知恵で神を越えるなど不謹慎な思い上がった発言なのです。

 日本における稲荷神界は【狐】の世界として知られますが、キリスト教の牧師が自分達は主の一人御子であるイエスを拝んでいるといくら豪語しても、その狐霊が住む霊的次元界すら牧師では越えられないことを見せて来ます。

 

人は黄泉の国から甦る。黄泉帰りと甦りの言葉の不思議

 

 行者系としては世に不動明王の存在が知られますが、その女性師匠は最初は四国小豆島の某寺の不動明王の御代さんでしたが、人の命を救う救わないの問題に当たり、その人の命を救う為に不動明王の御代から豊受姫の御代に転じた経緯を持っておられました。

 それはその不動明王の神力ではその人の命が救えず。豊受姫であればその人の命を救えたからです。その一人の人の命を助ける条件として、豊受姫から四国の小豆島の某寺の本尊である不動明王とは一切の関係を断つようにと言われたのです。

 私が神霊界修業に入った当初、火炎を上げた不動明王が出て来られたのでそれをその師匠に報告すると、その師匠は【貴方は不動明王ごとき存在を出して、何をしているのです。】と叱られてしまいました。

 

 大本教から出された世の大立替と呼ばれる事柄は、既存の仏界の○○如来や△△菩薩とか□□明王と呼ばれる存在の霊を出したところで、それらの霊で何が出来るかという話になります。この宇宙を造った神々!。そうした存在の神があるのか?。なのです。スピリチュアルの自分には天使長ミカエルさんが今日は。大天使カブリエルさんが今日は。そうした類いの話ではないのです。この宇宙を造ったとされる段階の神が存在するのか存在しないかの話なのです。

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞いていましたが、別にその神が創造神だと思い込んでいるではありません。本当にそんな神が存在するのか?。そうした観念からその存在証明に走っているのです。

 

大本教から出された謎は、創造神は存在するのか?

 

 私は伏見稲荷大社講に所属している時、豊受姫と不動明王の神力の差を見せつけられました。行者の世界では稲荷神と不動明王の両方を祀る方が多いのですが、稲荷大神首座神とされる豊受姫が何故に伊勢の外宮神であられるのか?。不思議な事柄に接します。

 私達は一般的に豊受姫とは伊勢神宮の内宮の天照皇大御神の食事を司る神程度の知識しか持ち合わせませんが、一部に豊受姫と国常立尊の混同が起きていて、それが同一の神だと思っている人達もあります。無論そうした方の多くは学の知識の研究家であり、実際に豊受姫と呼ばれている御神霊を自分の目で接した体験者ではないのです。しかしそうした混同が起きてもおかしくない事情があるのです。

 

 私は伏見稲荷山で修業を積んでいて、多数の豊受姫と名乗る御神霊に出会い。その時にはこれは何だとなりました。豊受姫と称されている御神霊は多数あり、その間には序列があることです。そうしたことは神社では【分霊】とか分祀をしますので、それにより本体たる御神霊と分霊された御神霊があるの説明は付きます。しかしそこには【魂の分派】があり、それが大本教以外の宗教からは出されていないなのです。

 さらに大本教や岡本天明師から出された神霊の階級は正神界も邪神界も【百八十段】あるが、言葉の仕組みとしても一番に納得が出来るなのです。天の岩戸(一八十)開けの言葉です。

 

 ただややこしいのは、そこにそうした神名を名乗るニセ者霊まで存在して居て、それらの霊がそれなりの神社に鎮座していることなのです。そうしたそれなりの神社に鎮座するニセ神達の存在は一部の霊能者の方達は語っておられますが、そうしたニセ神達を退治するだけの神霊や霊能者が見当たらない由々しき問題が発生しているなのです。

 もしそうしたニセ神達を退治しようとすれば、こちらも甚大な被害を被ります。そこまでしてニセ神達を叩く。退治する神霊など一柱も無いなのです。そうしたニセ神に引っ掛かるか引っ掛からないはその人を守護している【守護神】の力量問題になるのです。

 神霊界・宗教界の中にはニセ霊能者を使い。先祖霊の供養だと称して大金をだまし取る宗教団体もあります。その背後に如何なる神霊が控えているのか?。その正体が悪魔だと見えていても、誰もその退治には行きません。自分が反撃されて、それで傷ついて何の得があるのかです。

 

魂は分派があり、元を一つとして多数の魂は生まれる

 

 伏見稲荷山に上がりますと豊受姫をお祀りしているのは三ノ峰(下社神蹟)で、ここに行くと豊受姫と書かれた旗竿と【白菊姫】と書かれた旗竿が並び、三の峰にある御塚には豊受姫と彫られた御塚と白菊姫と彫られている御塚に出会います。どうして豊受姫の神蹟でありながら、片や豊受姫の名で、方や白菊姫の名で祀られいるのか?。これは伏見稲荷大社の神官に尋ねても、民間信仰でその名が使われているので子細は解らないと言います。民間人はその理由を知っていても、伏見稲荷大社の神主は知らないなのです。

 

 私の元に自分は創造神の現身(うつそみ)で、伏見稲荷山の長者社で自分が創造神の肉体を持った分身で有る証として、長者社の御祭神である御劔大神から七本在る神刀の一本を授かったと言って来られた方があるので、この方は御劔大神からからかわれているなと思えたので、貴方が自分は創造神の現身(うつそみ)であると主張されるのであれば、伏見稲荷山の三の峰の豊受姫の神蹟で豊受姫と白菊姫の旗竿が並んでいることは見てこられたでしょう。何故に豊受姫には白菊姫の呼び名と二つあるのか?。その程度のことは答えられるでしょうと返したら、もう答えることが出来ませんでした。

 それは豊受姫と呼ばれている御神霊と白菊姫と呼ばれている御神霊を見れば意味が解るのです。その自称創造神の現身(うつそみ)と称される方にはその御神霊がその姿を見せられなかったとなります。本当に創造神の現身(うつそみ)と呼ばれる様な存在の方であれば、その姿を見せられているはずなのです。

 これは単にスピリチュアル標榜者だと解る様な事柄ではなのです。キリスト教の場合はイエス一人が主の御子から一歩も抜けられない為に、神霊世界の子細を展開させて説明することも出来ません。イエス一人が主の御子説に固まってしまいますと、神霊界の説明は硬直も硬直した教えしか出来ないのです。スピリチュアルで【マリア】ばかり言っている人も同様なのです。

 

 私は霊能者の様に何神かに仕えている者ではありません。別に宗教を興している者でもありません。神霊の代位者と言うよりも、この日本に満ち溢れている日本語による【言葉の仕組み】を解説する為のサニワ(審神)者として育成された者であり、その為に多くの神々に出会って来た者と言えます。ですから豊受姫と白菊姫と呼称される神霊の違い。伏見稲荷山の長者社の御神霊が御劔大神と呼ばれている意味も解っています。

 

 私は自分が神霊世界に関わるまでは霊媒と呼ばれる存在は青森の恐山で知られる【イタコ】の様な存在だと思っていました。青森のイタコとして知られる霊媒者とはズーズー弁で語ります。ズーズー弁を知らない霊がズーズー弁で語るのか?。です。それは単にその【霊の想い】を受け取った者が自分の言葉でその霊の想いを語っているだけで、霊媒者に霊が入ってその肉体を支配してその肉体の口を借りて、相対している者と直に会話する霊媒とは違うなのです。

 

これまでの世に勘違いをもたらした霊媒の定義

 

 豊受姫の御代であった最初の師匠の元には優秀な霊媒能力者が居て、その霊媒能力者の方に神霊が降りてその肉体を支配する。そうした時、私はそうした神霊と酒を飲み交わしてくだらないおしゃべりをしていました。

 こうした霊媒者に観音様が降りると観音様と呼ばれる存在と語ることも出来ますし、如来でも菩薩でも明王でも鬼でも狐でも蛇でもその霊媒者の肉体を支配させると、その肉体の口を借りてその想いを語り。会話が成立するのです。

 私自身は単に霊を見るということだけであればスピリチュアル標榜の方よりも遙かに劣ります。しかし霊を浄化浄霊する力となると、自分の体内に龍神を入れてそれを浄霊出来る力を持ちます。為に自分の肉体に霊を入れる霊媒者と同様の素質は持ちます。私は霊界修業の過程の中では私の体内に入った霊が私の口を借りて、私がまったく意図しない言葉を発するがありました。霊媒能力者は自分の体内に霊を入れて、その霊に自分の口を通じて会話させるなのです。

 私自身がある神霊から聞かされたのは、【貴方は○○神が肉体がある者に降りる時、その使われる肉体としての訓練を受けておられる。為にどんな霊でも貴方の肉体を勝手に使ってはいけないようになっている。】と告げられました。

 

私は何神か解らねども、その神が使える肉体として育成

 

 大本教の出口なお開祖はウシトラ金神国常立尊と称する霊が使う肉体で、出口王仁三郎聖師は素戔嗚尊と名乗る霊が使う肉体としてありました。有能な霊能力者によれば、大本教の出口なお開祖に降りた国常立尊と称した霊は七次元霊界の国常立尊で、出口王仁三郎聖師に降りた素戔嗚尊の魂は八次元界であったとされます。そうした事柄が巷に輩出する自称救世主と名乗る方達の【自分は九次元界の素戔嗚尊の魂で在る。】の理論的根拠となるのです。

 国常立尊と名乗る霊であれ、素戔嗚尊と名乗る霊であれ、その霊が高次元界の霊であればあるほど、人の肉体に降りることは困難になります。自己の肉体に高次元界の霊の降臨に耐えるだけの力が無ければ、その肉体は【精神的発狂】を起こすからです。

 

高級神霊の代位者と精神病患者は紙一重

 

 それを如実に知らしめたのが、大本教の出口なお開祖の娘であった「福島久」さんであり、邪神達との戦いで精神を患われたのが大本教三代教主補であった出口日出麿師となります。その肉体に高級神霊降臨に耐えうる力が無いと、高級神霊など降りようがないのです。

 

 世にスピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。と叫んでいる人達は掃いて捨てるほど居られますが、そうした霊に自分の体を預けてその霊の想いを語らせる霊媒者は簡単には居られないのです。それは何故かと言った時、通常のイタコ的霊媒では無く、そうした霊媒者の魂とはその肉体を支配する魂そのものが高級霊であるからです。

 

神霊を降臨させて言葉を告げる霊媒は、本人が高級魂

 

 このことは大本教から人は【霊(ひ)止(と)】であるが出されていなかったならば、理解が進まなかった分野なのです。私は伏見稲荷山で有能な霊媒者を通じて世に言われる蛇霊や狐霊の神の存在を知ることが出来ました。

 

蛇霊や狐霊は神に成れても、人は死後に神に成れない?

 

 それが私に大疑問を発生させたのです。

 

大本教からの人は霊止であるは、霊媒者を知らないと無理

 

 その肉体の本来の魂では無い魂が、別の人の肉体を借りてその想いを語る。その時、その肉体の表情はその肉体に入った魂の幽体の顔立ちになります。麗しい天人がその肉体に入ると、そこに天人が入っていると解ります。逆に恐ろしい顔立ちの鬼の様な存在が入れば、その顔立ちがその鬼の様になります。

 霊媒者の肉体に入身した霊によって、その表情がその入身した霊の顔立ちとなり、その霊しか知らない事実を告げられる。それによって、人は死後は肉体を離れて霊体と魂だけの【霊魂】となり生きていることも解るのです。

 

 

 

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