人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

私の教えは世界のどの宗教書にも載らずと告げた旧約聖書の神と称する声。が、この日本はその神の教えで満ち溢れている?。

 私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【私の書は旧約聖書なれども旧約聖書は暗号化してあり、暗号を紐解く「鍵」を持たないままに読むと意味を間違えるように創ってある。新約聖書は人の子達が創った書で私の書では無い。私の教えは世界のどの宗教書にも記載されていない。が、この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界でタダ一つの国である。そなた一人には私の仕組みを見せるので、それを人々に告げなさい。】と告げられたなのです。

 私にこの意味が解けたのは、鍾馗神の案内で中国の盤古大神に拝謁したことから大本教霊界物語を読み。日本語は【漢字】が無いと【感じ】が掴めない。その漢字とは【象形文字】で、漢字そのものが霊界で【金光】でも有ったからです。

 

 霊界に入りますと言葉(漢字)が【金文字】で出ることは霊能者で有れば体験する事柄です。この世に関わる霊界の霊は【嘘】を平気で出しますが、霊界で金文字で出て来る言葉の内容に嘘は無いのです。そこには文字と霊との関係が見られるのです。日本の神社では紙に書かれた文字を神として仰ぐがあります。

 日本におけるキリスト教の牧師は、日本人は紙に書かれた文字を神とし仰いでいるが、自分達は主の一人御子であるイエスを神として仰いでいると言います。しかしそれは聖書の【初めに言葉は神と共に在った】を理解出来ていないなのです。言葉を後世に残す為には【紙】が必要であり、何故に【神と紙】の発音が同じ【かみ】なのか?。何一つ理解していないのです。

 

紙に書いた文字に霊力が宿るは、霊界に関わる者の常識

 

日本は【神の言葉】たる日本語を使う世界で唯一つの国

 

 私は霊界修業に入り、稲荷神界で基礎的な霊界の知識を知り。次に言霊と呼ばれる学びに転じました。日本で一部の方達は【言霊】を語られますが、世界を見るとほとんど言霊学は出ていません。キリスト教にもイスラム教にも言霊の概念は無いでしょう。まして最近流行のスピリチュアルともなれば、言霊という言葉の概念すら知らないかも知れません。

 聖書に言葉は神と記載されていても、その【言葉】の理解とはイエスが何々と言ったから何かが起きた式の言葉のことであって、基本的に【言霊学】としては成立していなかったと言えます。

 それに対してこの日本では大本教からは【いろは歌】。日月神示の岡本天明師からは【ひふみ歌】が出され、日本古来より【あわの歌】があります。日本は古来より【言霊の幸はふ国】と呼ばれ、世界に例が無い【言霊】学はあったと言えます。しかしその言霊の並びで、霊縛が出来たり悪霊を退散に追い込めるなどほとんど理解されてはいません。天の数歌(あまのかずうた)などです。それらの言霊の働きは単に祈りとか御経の類いで片付けられたなのです。

 言霊学による事柄と単に御経や祝詞を上げるのとではどう違うのかがあります。言霊学は祝詞や御経を長々上げるよりも、より簡易で同様の効力を持つです。

 

日本では言霊を強める為に【臍下丹田】法が説かれた

 

 私が修業に入った稲荷神界とは、キリスト教の様な宗教から見ると【狐】とは如何なる存在かを知らないことから、牧師から言えば自分達は創造神の一人御子たるイエスだけを神として拝んでいる。狐の様な畜生を神と拝む日本人とは実に哀れな民族だとなりますが、実は神と言う存在を知るにはイエスより狐霊から知識を得る方が遙かに早いと言えます。しかし狐神にはイエスの様に創造神たる神を説く能力は備わってはいないなのです。ただ狐神でもその規模は小さくてもイエスが見せた様な奇跡を人に見せることは出来るのです。

 

イエスは高次元界出でも、天国行きの切符は切れない

 

 人は狐霊を拝んで現世御利益を得られたとしても、霊界で自己の魂の次元格を上げることは出来ません。さりとてイエスを主の一人御子と信じても、それだけでは次元格は上がりません。それはキリスト教は【主の一人御子】の意味そのものを間違えてしまったからです。行者筋ならば知る人の魂に出る点数は【良心神】の点数で、それで人は死後の霊界での地位が決まるからです。

 

良心神の点数は、イエスを拝んだからで動かせない

 

 この日本における【言霊学】とは伏見稲荷大社の社家であった【荷田春満】が深く関わっています。京都伏見稲荷大社に参拝すると、その外拝殿の右横に東丸神社がありますが、その東丸神社の御祭神はその荷田春満となります。

 伏見稲荷で知る【稲成りと日本の言霊学】は狐と無関係では無いのです。私は伏見稲荷大社講社に所属した時、二体の対となる狐像が銜えている【巻物と鉤】を見ていて、この【巻物】には何が書かれているのだろうか?。この【鉤】はどこを開ける鍵か?。首を捻っていました。

 通常の狐像が銜える【鉤】は【米倉】の鉤だと言われていますが、だとすれば【巻物】の意味が解らないなのです。稲荷は稲成りですから【米】に関して書かれた書物かとなります。

 朝鮮に残されていた予言書に【最後の審判前、救世の為に米一字の教えが起きる。】と有りましたが、誰が考えても米一字の教えなど出来ないわけです。だが大本教神諭予告、九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(火水)を持ってすればそれは米一字の形で可能だったなのです。

 

稲成りの狐像が銜える巻物には、何が書かれている?

 

日本語は世界で最多の言霊で、ヘブライ語は世界最少

 

 その言霊を世に【言霊学】で知らしめたのは大本教の出口王仁三郎聖師と言えるでしょう。しかしその言霊とは何か?。言霊の本質は大本教からも告げられませんでした。わざと【秘密】にしたと思われます。この日本で言霊とは何か?。それを語ることが出来る者は若干名の方になるでしょう。それは自分に霊能力が無ければそれを知ることも解ることも不可能だからです。単に宗教団体の牧師や僧侶に成ったでは、これは理解出来ません。

 優れた霊能力がある人には言霊が見えるで良いのですが、なまじ学問としてそれを教えると邪神達に利用されるがあります。

 

言霊自体には善悪が無く、言霊を使う者に善悪がある

 

 私は言霊学の世界に転じて、大本教の出口なお開祖と出口王仁三郎聖師と覚しき霊の現出を受け、霊媒者を通して出口なお開祖と覚しき霊から【大本教はまな板の上の鯉。その鯉をどう料理するかは料理人の腕次第。】と告げられて、大本教と呼ばれる宗教の教えを鯉に見立てて料理に入ったなのです。

 大本教と言えば、三月三日の桃の花。五月五日の桃の実で世の大立替を宣伝したのですが、私が生まれた綾部で発祥した教団です。ただ私は大本教の信徒ではありません。私は仏教徒であり、日本神道の道を行ったです。

 

故事に五月五日は鯉の瀧登り、黄河を上る鯉は龍と化す

 

 霊界に関わっていますと【龍】と呼ばれる存在を見ますが、聖書に龍とは霊界で年老いた大蛇霊と有るように、行者筋だと龍とは霊界の海山川(Or火山川)で各千年。合計三千年間も霊界修業を積んだ大蛇霊とされますので、そこに差異はありません。しかしほとんどの人はその霊界の年老いた大蛇霊を龍と呼ぶ。その事柄すら理解するに至っていないのです。スピリチュアルだとほぼ全滅に近いと言えます。

 西洋のキリスト教徒が考える龍とは【恐竜】の類の竜をイメージさせますが、霊能力がある人が見る霊界の龍とは中国で【ドラゴン】と呼ばれる蛇踊りの形態に似た姿態なのです。

 聖書に残される霊界の年老いた蛇霊の龍の場合はその長さが数十メートル程度の霊力の存在を指しますが、大河を龍と見立てますとその龍の長さは何十キロ百キロと言われたりします。龍とは【流】であり、エネルギー体の姿形がそうした姿で見えるなのです。国常立尊の龍体は日本列島の長さに匹敵するとも言われていますので、そうすると2000キロもあるとなります。

 龍は流たるエネルギー体ですから【鯉の瀧登り】とか【大河を登る鯉】の形容になります。瀧の漢字を見ると【水と龍】の組み合わせになります。それは力たるエネルギーの霊姿を霊能力があり絵を描く才がある人達が絵で描いたり、何かに彫刻されて来たと言えます。

 

霊界の老いた大蛇霊で無く、大河を上る鯉は龍と化す?

 

 そこに【龍宮城】と呼ばれる存在があり。蛇霊達が住む場所は龍宮城とは言いません。龍宮城は【乙姫】様の居所と言いますが、そこにあるのは【音秘め】の話であって、言葉と音秘めは不可欠なのです。

 

本来の龍は音秘めで、言葉と音秘めは切るに切れない仲

 

 私は豊受姫の命令で現在地に住みますが、私が住む土地は大本教の出口王仁三郎聖師が当時の一部の大本教信徒達に教団には内密でその土地を死守して欲しいと頼まれた土地の一画でした。そうした信者の方が建てた古家が有り、その古家を私の母親が買ったのですが、その古家を解体すると大正九年に棟上げとありました。大本教霊界物語が大正十年とされますので、大本教から霊界物語が世に出される前から【神の仕組み】は始まっていると言えます。

 残された謎は、どうして出口王仁三郎聖師はその土地を大本教で持たずに一部の信徒達にそうした土地を預けたかです。

 

 私はそうした土地の一角に住んで、約3年間に及ぶ大ラップ現象を体験したのですが、その土地に関して見た霊能力者はその騒霊達は今の神々の代では無い太古の神々で、その土地は太古の時代の神界の中心点。今の人類は知らない万物の創造神がやがて天下る場所。そうしたことを言われる方達もありました。

 ただ大本教の出口王仁三郎聖師は私が住む土地の一角を含めて、その付近一帯を大本教神苑内の金龍海は型であり、本当の金龍海がある場所と言い残しておられます。霊能力があればその付近で金龍神の霊姿を見るとはなります。

 

その付近一帯を【陸(あげ)の龍宮城】とも言う

 

 通常の【龍宮城】とは海の中を指しますが、その地を【陸の龍宮城】と言わさせた意味は、その地から【天の御国に帰る】為の回路が開かれることからです。で、一部の霊能者達はそこに【最後の最後の時に使われる神界の機密ゲート】か在ると言われます。

 この天の御国に帰る道とは、聖書の初頭にある蛇霊の囁きで神の御国から追放された人類。すなわち人類の【原罪】を知る必要があるのです。キリスト教ではその人類の原罪をイエス一人を主の御子と信じれば赦されると説きましたが、そもそもそれが間違いの大元だったと言えます。イエスを主の一人御子と持ち出したことで、人類の原罪の意味があやふやになったなのです。

 一方お釈迦様は、【悪魔は実態が無い現れであり、人には良心と呼ばれる神が内在している。】と悟られたのですが、それは他力本願の大乗仏教では無くて、自らが仏陀の悟りを目指す【小乗仏教】の道だったので、その苦労を厭う人達からはそうした教えは見捨てられて行った教えと言えます。為にお釈迦様の本当の悟りは長い間、誰も知らなかったなのです。

 

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでおり、【私の教えは世界の宗教書には載っていない。】と告げられていましたので、大本教から出された書物以外の宗教書はほとんど読みませんでした。実際に自分が霊世界を見聞して来ると、世界の宗教書の多くは事実と相反しているなのです。確かに新約聖書は人の子達が為した書であり、創造神の書とは言い難いがあります。

 いくらイエス一人だけを主の御子だと信じても、それだけでは誰も天国界に進めません。いくらアラーの神は偉大なりと唱えても、それだけでは天国界には行けません。霊界見聞をしているとほとんどの魂は天国界には進めずにカルマの法則に従って【輪廻転生】の内にあるが実態なのです。

 だがその【輪廻転生】の教えは仏教やヒンズー教にその教えはあっても、単に六道輪廻で語られているものとは違っているなのです。それは地獄と呼ばれる世界を見て来た時、そこに【六道輪廻】の教えでは無い地獄界の存在を見るからです。

 映画にバイオハザードがありましたが、その映画の中で人々が【ゾンビ】の様に動き回っているがありました。ゾンビならばまだ動き回っているでしょうがその動きすら無い。魂が無い腑抜けと呼ばれる様な人達が寝転がっている世界が死後の地獄界に有ることが、神の世界に関わる人達からは報告されています。

 

地獄界の存在は宗教で無く、霊能力者の方が知る

 

 ただスピリチュアル標榜でもそこそこの霊能力がある方は、自分が見る地獄界の様が宗教が語る地獄界の様とあまりにも違っていることから、地獄界の様を見ても言われない方がほとんどでしょう。宗教界は現実の霊界の地獄の様を語るのではなく、自派の教えを信じる者は天国界で異教徒は地獄界に落ちるなので、自己の宗教の教えを広めんが為の自分達に都合が良い地獄絵図を作ったなのです。

 大本教の出口王仁三郎聖師は天国に案内すると言いながら地獄に案内している取次ばかりと残しておられますが、実際に霊界を見聞して来ると、その通りだと言えます。宗教を信じて地獄界に案内されるです。

 

天国や地獄界は存在するが、宗教とは関係が無い

 

 スピリチュアル呼称だと【魂磨きは辛いから止めましょう。人はこの世に遊ぶために生まれて来たのです】。そうしたことを言われる方達が多数おられます。確かに魂磨きは辛いのです。魂磨きなどせずにこの世は天国と遊んでいる方が楽なのです。だがその結果は毛物(獣)界たる【獄】界に進むなのです。

 スピリチュアル標榜で無い優れた霊能力者は、この世は魂の修業場だと言われます。その修業場でスピリチュアルのこの世では何をしても神の愛で赦されます等の言葉を信じると後で泣くことになります。死後に気付いた時には遅いのです。

 

魂磨きを忘れると、人の顔をしていてもその魂は毛物(獣)

 

 優秀な霊能者の方達は、人がこの世に生まれ出て来るのは何等かの【罪】を背負っているからと言われます。カルマの原則を知るのです。カルマの解消の為に出た世で、遊んでいればカルマは解消出来ません。

 

過去世に何の罪も無い者は、この世に生まれては来ない

 

人の魂は更生の為に黄泉の国から【黄泉帰る(甦る)】

 

 日本の言葉は【輪廻転生】を黄泉の国からの【黄泉帰り】と説きますが、別の漢字を当てると魂の更生の【甦(更生)り】となっているのです。こうした言葉の仕組みは、英語やアラビア語では無理なのです。

 

 私はお釈迦様の本当の悟りが【悪魔は実態を持たない現れであり、人には良心と呼ばれる神が内在する。】であったと知った時は小躍りしました。仏教で無く日本神道系に属する大本教から【みろく大神】と【56億7千万】が出された意味が、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(火水)】で紐解くことが出来たからです。

 しかもそれは朝鮮に残されていた予言の最後の審判前、救世の為に【米一字】の教えが起きるの【米】一字の形になるからです。  

 

 私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は【私はそなたが説く教えに従った者達は一人残らず救う。】と告げられたのですが、私にはその教えがどういうものか解りませんでした。ただ旧約聖書の神と称する声が私に言われたのは【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国である。私はそなた一人にはその仕組みを見せるから、それを人々に告げなさい。】でした。

 私が初めて伏見稲荷山に上がった時、稲荷大神首座神である豊受姫は【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方。貴方の言葉による教えは天帝の「詔」に等しい物で、その教えを聞けないと言う神は如何なる地位の神で有ろうとも天帝に対して反逆罪で裁かれる。】と告げられたなのです。

 私が出会った何人かの霊能者の方達は間もなく最後の審判が実施される。その最後の審判とは魂の中に出る【良心神の点数】で霊界で行く次元界が違うと言われます。しかしお釈迦様の悟りが【人には良心と呼ばれる神が内在している。】であったとしても、その教えは今日まで消えていたように仏教という宗教の教えには【人に内在する良心神】は存在していなかったと言えます。

 

お釈迦様の悟りは大本教から出た【みろく大神】で蘇った

 

 私にしても大本教と呼ばれる宗教があり。その宗教から【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)】が出されていなければ、お釈迦様の悟りを受け継ぐ【みろく大神】の存在や【56億7千万】の意味を理解することは出来ませんでした。しかし逆にこれほどの仕組みを組み立てていた神が在ったのか!。の驚きです。

 

世界の宗教書に人に内在する良心神は載ってはいない

 

世界の宗教は魂と云っても、玉型の思惟とは言わない

 

 為に魂を汚すとその魂の表面から【毛物】が発生して来る。そうすると魂が獣化や蛇化して来る。そうした内容が世界の宗教ではほとんど説かれていないのです。イエスをいくら主の御子だと信じても、イエスがその魂の汚れを取ってはくれないのです。

 何故ならば主の一人御子は各自の魂の中に核としてある各自の良心神だからです。私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は私に【私の教えは世界の宗教書には載っていない。】なのです。

 

主の一人御子とは、各自の魂の核たる天帝の分魂良心神

 

神は汝と共に有り。自己の中から良心神を消す消さない

 

 私は人の魂の中に存在するお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】を説いて来ました。しかしそのことで勘違いをされる方達があります。私はナザレのイエスとは違い。私をいくら拝んでも一銭の得にもなりませんよと言います。私は私を拝んだから助けて上げますなど一言も言わない者だからです。

 私は旧約聖書の神と名乗った声に従って、この日本に満ち溢れている教えを拾った者であり。旧約聖書の神と称された声が創造神だと信じているメッセンジャーに過ぎない者なのです。

 

私をいくら拝んでも、貴方の良心神の点数は増えない

 

 されど

 

私の教えを学べば、貴方は自分の良心神の存在を知る

 

 

 

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