西洋や中東のキリスト教、イスラム教、ユダヤ教では旧約聖書の神を【唯一神】として信じるが行われています。しかしその唯一神がどこにも見当たらないのが実態と言えます。キリスト教ではイエス一人がその旧約聖書の神の御子で、イエスを通じないとその旧約聖書の神には出会えないからと説いています。
一方、私達が住む日本はお釈迦様が開いた仏教の教えを信じる者が大多数ですが、日本古来の神として巳さん(蛇神)信仰、狐さん(稲荷)信仰が強いと言えます。私自身は稲荷神界で修業のお世話をして貰った関係で、お狐さん、霊界で三千年の修業を経た龍神と呼ばれる大蛇霊、仙人とか天狗と呼ばれる存在を見て来ました。
日本人のキリスト教の牧師などは自分達は主の一人御子であるイエスを神として仰いでいるが、日本人の大多数は狐や蛇や文字を神だと拝んでいると鼻高々ですが、死後の世界における実態としては大本教の出口王仁三郎聖師は地獄界を覗けば牧師で一杯だと言われたように、イエス一人を主の御子と信じたから天国行きはあり得ないのです。世の大立替とされるものはイエスを救わないとキリスト教の全滅も予測されるのです。それはキリスト教はお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】を何一つ理解していないからです。
キリスト教やイスラム教の宗教世界にはそうした蛇霊や狐霊は存在していないのではなくて、キリスト教やイスラム教の世界ではそうした存在を知るだけの霊能力者が出なかったなのです。
今の地上神霊界とは【真理】に向かっているのでは無く
地上神界の神の【覇権争い】ばかりが主眼となっている
一部の霊能者の方は、この地球は魂世界の犯罪者たる魂が収容される【刑務所】的場所と説かれます。すなわち【カルマ】を背負った者達が住む世界です。大本教の出口王仁三郎聖師はこの地球は天人の苗床と説かれましたが、この地球で自分の魂の汚れを洗い流すことで【天国天人】の世界に戻れるとなるのです。この地球上で生きただけでは天国天人とは成らないのです。
悟りを得たお釈迦様、二度とこの世に出ないと言われた
そもそも人間とは何者なのか?。神と獣の中間の【人】
これは私の言葉では無く、大本教の出口王仁三郎聖師は人間とは【人と獣の中間で「人間」の意味だ。】と述べておられますが、この人と獣の中間という意味は【魂論】を理解していないと意味が解らないかも知れません。
人の顔でも、その魂が【毛物】であれば【獣】となる
神とは、魂が毛物でも人間より霊力があれば【上】なり
スピリチュアルでは【魂磨きは辛いから止めましょう。】等の発言が見られますが、確かに魂磨きは辛いのです。その魂磨きを止めればどうなるか?。すると人の顔をしていてもその魂は【毛物】を発生させます。そうしますと死後の世界で【蛇霊化】や【毛物(獣)化】を引き起こします。こうした霊的世界の事実は【日本語】でないと意味が解らないようになっていたのです。
私が子供の頃に臨まれた旧約聖書の神と称する声から告げられた【この国(日本)は私の教えで満ち溢れた世界で唯一つの国である。】に基づいているからです。
大本教から【神三千年の仕組み】として予告されましたが、今から三千年ほど前に出られたお釈迦様の悟りと仏教の祇園精舎の守護神【牛頭天王】から発した仕組みで、イエスやマホメットと呼ばれる存在が出て来ることも見越しての練りに練られた仕組みと言えます。
日本では蛇を神として祭ります。それは【巳さん】信仰と呼ばれます。すると人間より蛇霊の方が霊的に高い存在かとなります。
世の神々が蛇や狐なのは、魂磨きが疎かだったから
人は金銭欲で巳さんを拝むが、金で天国が買えるか?
出雲大社に行くと、出雲の神は【龍蛇神】と記載されています。私自身は霊界修業課程では出雲の大国主命様姿。大黒天姿。伏見稲荷山では権太夫と呼ばれる神姿でお会いして来ましたので龍蛇の姿は知りません。龍蛇神とは龍と蛇との中間たる存在の霊を指した言葉です。ただ三輪山の大神神社に関しては、行者の世界では黒龍神や黒蛇霊の世界として知られているです。
蛇は地上界に生命体として存在しますので、誰でもその姿は解ります。では龍はとなると架空動物で、一部の人は龍とはインドで説かれた川である【ナーガ(蛇神)】のことだと思っておられたりします。
龍はこの世には存在しないが、霊的世界には存在する
聖書には【龍とは霊界で年老いた大蛇霊】と記載されており、日本におけるスピリチュアル呼称では無い霊能者ならば、【龍とは霊界の海山川(Or火山川)で各千年間、合計三千年間の修業を積んで大蛇霊】と言われます。その意味では聖書の龍とは霊界で年老いた大蛇霊の記載は正しいのです。
だがそうしたことを知らない者。何も学ぼうとしない者。特に西洋人の場合は龍とは【恐竜】の様な存在と勘違いするが起きます。現実の【恐竜】とは太古の時代に生きた生命体ですが、キリスト教の牧師の教えに飼い慣らされた人達にはそうした存在との勘違いは発生します。
本来の龍は漢字の【流】の意味で、強力なエネルギー体
そうしたことを理解すれば、当然に霊界で年老いた大蛇霊も強力なエネルギーを持っています。
そうした霊界のエネルギーを持てば【龍の顔立ち】と成る
龍たる存在は、自分の霊能力次第でその存在は見える
龍はこの世に存在しませんが霊界に存在する龍の顔立ちを見れば、絵画に描かれた様な顔立ちをしています。それは龍たる存在は多くの人達に見られて、絵心がある人がしっかりした龍の霊的絵姿を描いて来たからと言えます。また彫刻として彫られた。
汚れから来た黒色の黒龍や毒々しい赤い龍は邪神や悪魔神とされていますが、金龍、銀龍、白金龍、白龍、青龍、黄龍、緑龍。汚れでは無い本来の黒色の龍の存在は正神界とされています。だが新興宗教を見ると、その背後に見られるのは汚れから来た黒龍神、毒々しい赤い龍が見られるのです。そうした龍は【権力】闘争が大好きで、そうした事柄に深く関わります。
大本教から出された国常立尊の地上神界の主宰の座からの追放劇は、今の人類は遺伝子調査では今から20万年前ほど前に出て来た種とされますので、現人類は預かり知らない話です。が、霊的世界に関わっていますと大本教から出された今から約【35万年前】の追放劇が出て来ます。国常立尊様と霊的世界は深く関わっているからです。
だが今の世で神社に鎮まっている御神霊とは、そのほとんどの方は若い方で、所属する次元界も低い世界なので、大本教霊界物語に書かれている様な内容があったかどうかを聞いても解らない。知らない段階の霊達となります。
龍神界は善悪云々では無く、その霊力の競い合いとなる
宗教の世界では【我が宗派の教えを信じれば天国界で、異教徒は地獄界に落ちる。】が鉄板の教えですが、汚れから来た黒色の龍神や毒々しい赤い龍が背後に存在する教団に入信してしまいますと、地獄界に案内されてしまいます。ただそれはその宗教からすると、その地獄界とは自分達が説くところの天国界であって、反対派が言うところの地獄界では無いのです。
そうした存在が説く天国界とはその宗教開祖が王と君臨して、その信徒達を奴隷の如く使う。その信徒達はその宗教開祖の奴隷として働くことを喜びとするなのです。それは【洗脳】によって、その開祖を天のトト様等と思い込まされてしまうなのです。何が天のトト様だ!。それは地獄の住人ではないかと言ったところで、洗脳されてしまえば天のトト様に仕える喜びが勝るなのです。
霊世界には、宗教が創り出した地獄界の王国が存在する
私の元に自分は【救世主】ですと言って来られた方は、三輪山の神は六次元界の黒龍神でその配下には五次元界の黒龍神が400万騎。その全てが自分の配下神になった。その五次元の黒龍神は長さが20メートルから40メートルと言って来られましたが、その長さでは本来の龍神では無くて大型の黒蛇霊達と言えます。
本来の龍神とは、その長さが何十キロともなるからです。インドで【川】そのものを龍神と見立てたのは、その川が持つエネルギーそのものを神として見立てたなのです。
川は長ければ長いほど大きな龍(流)になる
私は伏見稲荷山で霊界修業を積んで来ましたが、伏見稲荷山で見られる龍神と呼ばれる存在は【霊界の年老いた大蛇霊】達のことでした。
私は神霊世界に修業に入ってある霊能力者から、【この世は蛇や狐と呼ばれる存在が神として祭られる低次元の世界。高次元世界から神の教えを携えて出て来られた貴方には、蛇霊や狐霊を神として祭る世界で教えをするのは難しい。】と言われました。
伏見稲荷大社の豊受姫の御代として、私をこの世の霊界で導いてくれた最初の師匠は【自分は神様は蛇や狐だと思っています。】と言っていましたが、この地球界では現実としては蛇霊や狐霊が神として祀られているなのです。それは何故かと言った時、そこには【次元界の壁】が立ちはだかっているなのです。
私が初めて伏見稲荷山に上がった時、その最初の師匠の元で霊媒を勤めていた女性に入った某稲荷神の眷属たる大白狐霊は、そこに居る伏見稲荷講社の講員さん達に向かって、 人間の分際で頭が高い!。下郎ども控えおれと一喝して来て、私は思わず笑いを吹き出してしまいましたが、これは霊界が次元壁の世界で成り立っていることが解っているならば自然の言葉なのです。
白狐霊の方が、人間たる存在よりも霊界での地位が高い
日本の神社の多くは蛇霊が神霊として祀られています。また仏教でも蛇霊が如来や菩薩と化して出現して来るが多いのです。蛇霊や狐霊が人の姿で出て来る時は、その違いはその目で解るのです。蛇霊系は目が細く、狐霊系は目が丸い。
スピリチュアルだと叫んで居る人の多くは【四次元界スピリチュアル】と呼ばれてる段階で、高次元世界に関わっておられるではないのです。自分の魂が腐ったり不正で捻れて破砕されない限り、誰でも死後は四次元界と呼ばれる世界には入るわけです。
神社仏閣で祀る蛇霊や狐霊は最低でも五次元界に在る
死で四次元界に行く人と、五次元界に進む蛇霊や狐霊?
私は稲荷神界に関わっていて、人間で在った時は稲荷神の御代を勤め、霊界では白狐として存在する。三次元世界は人間たる身でも、霊界では白狐霊に帰って五次元世界に進んで稲荷神として祀られている事実に遭遇したなのです。それは白狐のみならず蛇霊界でもあるなのです。それらの霊はこの世にある時、神の世界に関わった功績があるからです。
涙で悔い改めた蛇霊は、麗しい天人の姿に戻る謎?
それはそうした蛇霊神や狐霊神は次元界が高く、改心することで天人の世界に入る。こうしたことは既存の宗教の教えでは解らなかったことです。
それを理解するには、霊的世界にある【天使の記章】と呼ばれる事柄を知る必要があります。
天使の記章とは、霊界で魂の地位を軍隊の階級に当てる
ここでは日本やアメリカで使われる軍隊の階級章を参考に、それはどういうことかと示します。
宇宙神レベル(八次元以上) 大将、中将、少将、准将
地球界の高級神(七次元界) 大佐、中佐、少佐
通常の御神霊(六次元界) 大尉、中尉、少尉、准尉
神霊界の眷属(五次元界) 曹長、軍曹、伍長、兵長
一般霊界の霊(四次元界) 上等兵、一等兵、二等兵
あるスピリチュアル系の女性は自分のことを【中尉】と言っておられましが、スピリチュアルでも高ければそれ位の階級章は持てることは持てるなのです。日本における伊勢神宮に鎮座する御神霊とて、そうした天使の階級章で見ていくと意外と低いと解るのです。
自称救世主を名乗る方には自分は【七次元格】と称される方が多いのですが、八次元格以上となると宇宙レベルの神霊になってしまうからです。宇宙神レベルとなると、そのバックは数十騎とか数百騎程度の龍神では済まないからです。宇宙レベルとなると何億騎もの龍神を引き連れておられると言われています。
そうした魂の階級章は、生まれ代わりが多いと高くなる
この世では天使の階級章が一等兵程度の魂の所有者が、高級神レベルの魂に対して同等以上の口を言うがありますが、霊的世界に帰るとそうしたことは一切許されないとなります。霊界では階級が一次元界違うと、その身分に大差が生じるのです。
三次元世界たるこの世は特別の世界で、魂の刑務所。天人の苗床とも言われており、この地球霊界では高級霊も低級霊も同じこの世の土俵上で相撲を取れますが、霊界ではそもそも一般的地位の霊が高級霊に出会うことそのものが無いのです。
その霊的に隔てられた階級が【次元層】と呼ばれており、この地球は同じ土俵で相撲が取れるので【魂の修業場】とも呼ばれているなのです。
この世では出会えた魂も、霊界では階級で会えない
この世での肉親の縁も五次元界以上に入れば消える
この世で自分の父母や先祖であった霊も五次元界以上に進めば、この世で肉親であった縁そのものが切れます。すなわち先祖供養とは、自分が関係した父母などの霊を五次元界以上の霊世界に送ってあげることが目標と言えます。
スピリチュアル標榜者の多くは四次元界スピリチュアルと言われているのは、霊がこの世の降りて来る目的とされる天国天人界。五次元界以上の世界に進む道筋を付けてあげていないことからです。単に中有界たる霊界は見えても、天国行きの道が見えないのです。
私は中有界から天国界に入る道筋が最初は解らずに苦労しましたが、スピリチュアル標榜ではその道筋を知る方は見かけませんでした。が、高級神霊の分魂を持っている方達を幾人か知って、その中有界から天国界への道筋が解りました。
されどその道筋は、どの宗教の教えにも出ていない
その道筋とは、統一教会の様な【高価な聖書。絵画。壺。印鑑等】を買えば天国に行けるという道筋ではないのです。スピリチュアルで示すグッズなどもまったく役立たずなのです。その中有界から天国界に入る道筋は高い位の魂を持っ方達は知っていても、宗教では説かれていない。それは真言宗に見られる【弘法大師さんと一緒の二人旅】の様な形にする必要があるのです。
自分が信じる宗教の教祖が、信徒の手を直接につないでくれないと難しい。が、その宗教の開祖が地獄界に落ちているでは、その教団の信徒はその道筋を知らないとなるのです。
私が伏見稲荷山で遭遇した【人間の分際で頭が高い。】は、そこに稲荷神としては最高位に近い神霊の現出があり。その眷属と言えども六次元界レベルの大白狐霊が出現していたがあります。もしそれがこの世では無く霊界で、一般的霊であればその存在の恐ろしさに震え上がっていたなのです。
大予言者で知られた大本教の出口王仁三郎聖師は、この世は天人の苗床と説かれましたが、確かにこの世の生き方で天国天人にも成れます。しかし天使の階級章の意味を理解出来ない様な者は天人界に進むことも出来ないのです。ただ単にこの世を生きたでは、天国に入る何の【資格】も得られていないなのです。
大本教からウシトラ金神国常立尊は、この世に【達磨(ダルマ)大師】として現れたがあります。そこに秘められた意味は達磨大師の壁面九年。ダルマ(真理)大師の弟子に成りたくば、その真理の為に【自分の手足】を差し出せです。手足の無いダルマに自分がその真理(ダルマ)の手足となるなのです。
真理の為に手足を出さない者は、創造神に出会え無い
創造神に平伏土下座が出来ない様な神や人は要らない
それは創造神は自分が創造神だと偉ぶれる為ではないのです。創造神に対峙するその神や人が創造神に対してどれだけ自分が謙虚であるかを見る為なのです。自分で鏡を見て、自分は偉いという輩は創造神など解りません。創造神が求めておられるのは、弥勒の世の礎(いしずえ)と成る幹部候補生と言えます。
神の世界のことなど自分は何の興味も無いであれば、霊界の階段を上がることも無いのです。それは神の【摂理】でもあるからです。天国の門も叩かない者に天国の門は開かない。天国門を叩いても、天国に入る資格がなければ入れない。地獄の門は叩かなくても、自分が墜ちて行けば地獄の門は開けてあるなのです。
神の士官学校、士官候補生は兵長、伍長位の階級でいい
創造神の存在が今日まで解らなかったのは、その在位の段階に到達出来る。そうした神や人が地球に関わる霊界には居なかったからと言えます。おまえを創造神と拝んでやるから、俺を幹部に引き立てろではその存在が解らない神なのです。創造神のサイドからすれば、別に貴方に神様、神様と拝んでいただかなくても結構ですと言われる存在と言えます。
自分で努力して、その地位に向かうなのです。
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