シャンプーで吐き気、死への不安 元選手が苦しんだ脳振盪の後遺症

照屋健

 サッカー選手として11年間、プロの舞台でプレーしていた大谷尚輝さん(29)は2024年限りで現役を退いた。引退を決めた理由の一つが、脳振盪(しんとう)の後遺症に苦しんだことだった。

 「私生活でも症状が出るレベルだったので、これはサッカーを続けるのは難しいな、という感覚でした」

 当時J2の栃木SCに所属していた23年の夏。ホームで、清水エスパルスと対戦した。前半、競り合いの際に相手選手から激しくぶつかられ、頭と頭が激突した。1度ピッチの外に出て、再び戻ったが、数分後に座り込み、結局、担架で運ばれた。

 気づいたら、救急車に乗っていたという。

 「(試合の映像を見ると)普通に(プレー)しているように見えるんですけど、記憶がほとんどなくなっていました」

 異変が起きたのは、その1カ月後。セットプレーの練習で、頭が相手選手の頭に軽く接触した。激しくぶつけた清水戦とは違い、「大丈夫だろう」という感覚だったという。

 「『いやー、(頭)打っちゃった』くらいの感じでトレーナーに伝えていたんですけど、帰ったら結構ひどくて……」

 シャワーを浴びるとき、目をつぶってシャンプーをしようとするだけで猛烈な吐き気に襲われた。短期間で繰り返したことによって、脳がぐらん、ぐらんと揺れ、「いつも二日酔いみたいな感じ」。頭を動かしたり、スマートフォンの画面を見たりするだけで気持ち悪くなり、トイレに行って吐いた。そんな状態が1カ月ほど続き、チームの練習に参加できなかった。

 つらかったのは、対処するための情報が少なく、復帰のめどもわからないことだった。

 トレーナーと病院に行っても、医師から伝えられるのは「異常はない」や「症状が落ち着いたら、やってもいいです」だけ。症状がなくなったと思って復帰しても、ランニングをするとまた頭が痛くなった。

 当時は同じような症状に苦しむ選手の記事も少なかった。「これ、死んだりしないのかな」。そんな不安もよぎったという。

 支えになったのは、アメリカンフットボールやラグビーなどで脳振盪の選手を多く診察してきた脳外科医の話だった。

 「脳振盪の後遺症だから、これくらい休んでください、とか、めどを伝えてくれたのが大きかった」

 その後、離脱した時期もあったが、1週間休みをとって段階的にランニングをこなしていくなどし、良くなる感覚があったという。

 ただ、翌年の24年9月、ホームでの鹿児島ユナイテッド戦で、先発出場しながら再び脳振盪で交代した。

 「自分がこれまでサッカーをやってきて、何度もあるような軽い接触だったんです。『コン』と相手と接触して、頭が揺れたくらい。でも、それで立てなくなっちゃった。もう、これは無理だなと思いました」

 脳振盪の症状もあって病院のベッドで寝られなくなった。元々、次のキャリアでは一般企業で働いてみたい、と考えていたこともあり、そのタイミングで、「もう辞めよう」と決めた。そこからシーズンの最後まで試合に出て、引退した。

 感じているのは、情報共有の大切さだ。

 「一番思うことは、Jリーグのトレーナー内でいいので、症例をオープンにして共有してほしいな、ということです」

 栃木時代のトレーナーは親身になって相談に乗ってくれ、他クラブで同じような症状の選手がいないか、聞いて回ってくれたのだという。表に出ていないケースでも、苦しんでいる選手が他にいることがわかった。

 「自分は11年間、プレーしていたけど、先輩や後輩、過去に所属していたクラブのトレーナーさんに聞いても周りに同じような症状が出た人はいなかった。みんな、心配してくれるんですけど、『同じような人に会ったことがないから分からない』って。情報があるだけで、全然違う」

 けがをしているわけでもないのに離脱が長引き、周囲から「気持ちが弱い」とか、「メンタル(精神)をやられている」という見られ方をするのもつらかったという。

 「冗談で『メンタルが弱いんじゃないか』とか言われたこともあったけど、つらい状況なのにそう思われていることは結構きつかった」

 監督やコーチは親切に対応してくれたが、プロの世界の厳しさもある。

 「自分が復帰して試合に出たい、と思うなら、症状が出て休みたくてもすべて本音ではなかなか言えない。監督だって、途中で抜けるかもしれない選手を(ピッチに)置いておけないと思う」

 だからこそ、脳振盪の事例や症状、復帰にかかる時間などを指導者も共有するなど、現場の理解が進む大切さを訴える。

 引退後は、2月から企業に就職し、広告の営業に励んでいる。いまは後遺症もほとんどないという。

 「自分は、脳振盪になったときに記事や事例を調べても『吐き気がする』とか、そういう症状が載ったものがなかった。少しでも、後遺症について知ってもらえたら」

 そう、願っている。

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この記事を書いた人
照屋健
スポーツ部
専門・関心分野
サッカー、五輪
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    平尾剛
    (スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表)
    2025年5月28日11時30分 投稿
    【視点】

    20年前を思い出した。相手と軽くぶつかるだけの軽度のコンタクト練習中に、目眩がしてその場にへたり込んだ。胃の辺りがムカムカして、すぐに立ち上がれない。しばらくして顔を上げると視界がぐにゃりと歪んでいる。まるで水族館で分厚いガラス越しに魚を見ているときのような感じだった。何度か瞬きをして立ち上がり、眼球を動かして右側を見るとものが二重に見える…。 これはおかしいとすぐに病院に行くも診断結果は異常なし。しばらく練習を休んでも症状が続いたので、以前とは違う病院で診てもらうことにした。それでも異常はみつからなかった。そんなはずはないと、また違う病院に行くも結果は同じ。4軒目の病院で、ようやく「脳震盪の後遺症」という診断が下りた。「脳に異常が見つからない以上、あなたの症状はこれまでの度重なる脳震盪の影響だとしか考えられません。」医者は、慎重に丁寧な言葉遣いで伝えてくれた。 症状の原因が明らかになったことに安堵したのも束の間、確たる治療法がないことに先が見えなくなった。その後、2年間をリハビリに費やしたものの完治には至らず、そのまま現役を引退した。 「冗談で『メンタルが弱いんじゃないか』とか言われたこともあったけど、つらい状況なのにそう思われていることは結構きつかった」 大谷尚輝さんのこの言葉はとてもよくわかる。直言されるのならまだしも、表情や口ぶりなどで言外に伝わってくるのは相当にきつい。いつ治るかもわからない、あるいは治らないかもしれないという不安を抱えながら、チーム幹部から疑われているかのような冷たい視線はたまらなかった。 引退して20年が経った今でも、視界が歪むことはたまにある。趣味のゴルフでは、後半に差し掛かるにつれて、自分が打った球の行方を見定めようとしたときに二重に見えて気分が悪くなるし、グリーンのアンジュレーションがてんでわからなくなる。でも幸いなことに、仕事には差し障りがない。本を読んで思考を巡らせたり、パソコンで講義資料を作るにあたっては、なにも問題がない。加齢に伴って目が疲れやすくなっているが、これは仕方がない。眼球を素早く大きく動かす必要のない日常生活にほとんど影響が出ていないのは、不幸中の幸いである。 脳震盪への対処法は、どのスポーツにおいても整備されつつある。子供をはじめとする選手が安心してスポーツに取り組めるように、指導者やチームサイドの脳震盪への理解を深めていってもらいたいと強く思う。 ちなみに、私は「脳震盪の後遺症」をきっかけに身体論の研究を始めた。自分の身になにが起こっているのかが知りたくて文献を読み漁り、さまざまなワークショップや治療院にも足を運んだ。いまの自分があるのは「脳震盪の後遺症」を患ったお陰であるとさえ思っている。20年という月日が経ち、ようやくここまで前向きに捉えられるようになった。

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