自由法曹団 埼玉支部

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痴漢冤罪事件で無罪判決を獲得しました

痴漢冤罪事件で無罪判決を獲得しました

埼玉総合法律事務所

深谷直史

はじめに

表題のとおり、弁護士3年目となる2024年に、無罪判決を獲得しましたので、ご報告します。

1事件の概要

後に依頼者となるTさんは、いたって普通のサラリーマンです。30歳代の働き盛りであり、妻と1歳の男の子がおり、前科前歴もありませんでした。事件当日は、営業先から自宅へ帰ろうと、JR埼京線の先頭車両に乗っていた。金曜日の夕方、電車も最も混雑する時間です。Tさんは、先頭車両の先頭ドア(進行方向から見て右側)付近に、リュックを前に抱えて腕を組むような姿勢で、ドア方向を向いて立っていました。車両が板橋駅に到着しようとした瞬間、左隣に立っていた女性(以下、「Aさん」とする)から腕を掴まれ、「あなた触りましたよね」などと言われ、すぐにホームへ降ろされ、臨場した警察官に痴漢の容疑で現行犯逮捕されるに至った、というものです。

Aさんに腕を掴まれる直前に、Tさんの妻から一枚の写真がTさんのもとにLINEで送られていました。Tさんは、駅員室に連れていかれるさなか、妻に「ごめん、ちょっと時間かかるかも」「なんか痴漢につるしあげられた」「なんもしとらん」とLINEでメッセージを送り、連絡を絶ちました。

2受任の経緯・裁判までの経過

逮捕後に勾留請求されたものの、勾留却下となったため、在宅事件として進行することになりました。弁護人接見前から、Tさんは犯行を否認しており、供述調書にもその旨記録されていました。釈放後は、取調べ拒否の対応を取りました。

Tさん本人が否認しているにもかかわらず、公判請求されてしまいました。

3裁判の経過

刑事弁護を中心に活動している知り合いの弁護士に声をかけ、二人体制で公判を戦うことになりました。起訴後まもなく、証拠開示がされました。大まかに分けて、①Aさんの検面調書、②列車内の防犯カメラ映像、③被害再現調書、、です。

①Aさんの検面調書を検討するに、Aさんの言い分は、概要「自分の目の前に男性が立っていた」、「男性は腕を組んでおり、左腕の下から指のようなもので自分の胸を触られる感覚があった。おそらく男性の右手の指である。」、「しばらくして胸の感触がなくなると、自分の陰部に何か食い込むような感覚があった。」、「腕を下に伸ばして腕を掴んだら、目の前の男性の右手だった」というものでした。

②防犯カメラを検討するに、Aさん及びTさんが立っていた位置は、埼京線の先頭車両の一番端であり、Aさんの周りにTさん以外の人物は立っていませんでした。Tさんの周囲に、Aさんに向かって手を伸ばしているような人物も写っていませんでした。そもそも、Tさんは、「混んでいる電車だったので、身体は四方八方、周りの人と触れていた」と証言していました。夕方ラッシュの時間ですので、実際の防犯カメラ映像も、そのくらいの混雑状況でした。そのため、「Tさんの手がAさんの身体に触れてしまったかもしれないが、意図的ではない」という故意否認のケースセオリーで裁判を戦うことにしました。

③の再現写真も、基本的には①の供述に沿う形で作成されていました。警察官の再現では、犯人役の警察官が腕を組んで左腕の下から右手で女性の胸を触っている写真、警察官が右手を左前方に伸ばして女性の陰部に触れている写真が写っていました。

翻って、Aさんは、前方にリュックを抱えながら腕を組むように立っていたと証言しており、実際にその姿も防犯カメラ映像に映っていました。ところが、③の写真では、警察官はリュックを前方に抱えることなく再現をしていたため、正確性に疑問のある再現写真となっていました。また、陰部を触れている再現状況では、リュックを抱えることない状態でも、再現をしている警察官の右肩は大きく下に下がっていたところ、防犯カメラの映像ではTさんの両肩は平行を保ったまま動いていませんでした。再現写真の状況及び防犯カメラの映像から、再現写真の再現性が低いものであることを主張することにしました。

また、Aさんは、陰部を触っている右手を掴んでホームに降ろしたと主張していたところ、Tさんは左ポケットに入れていたスマートフォンを取り出そうとしていたところ左手を女性に捕まれた、と主張していました。この点、防犯カメラ映像には、AさんがTさんの腕をつかんだであろう瞬間に、Tさんの顔の右横に自由な右手がうごいているところが、ほんの一瞬だけ写っていました。Tさんが左ポケットにスマートフォンをしまうところも、新宿駅の乗り入れの際の瞬間を写した防犯カメラ映像に写っていました。実際にTさんが腕を掴まれる直前に妻からLINEが送られてきており、その通知がTさん着用のスマートウォッチにも来ていたため、その証拠を弁号証として提出することにしました。

以上から、「胸の感触は、Tさんの左の二の腕が触れてしまった感覚であり、電車の揺れに合わせて触れていたためにAさんは故意に触られていると勘違いした」「陰部の感触は、Tさんが左手でスマートフォンを取り出そうとしているところ、Aさんの陰部付近に触れてしまい、AさんはTさんの左手を掴んだ」というケースセオリーを立てたうえで証人尋問に臨みました。

証人尋問では、「Aさんは、胸にせよ陰部にせよ、実際に触られている手を現認していない(=触れられた、との証言は感覚上のものである)」、「電車が相当混雑していたこと」、「故意に胸を触られている瞬間が映っている防犯カメラ映像上の時間の特定(=電車が前後左右に大きく揺れている瞬間と近似していること)」などの証言を反対尋問で固めることに成功しました。

4無罪判決の宣告

審理を終え、Tさんには無罪判決が下されました。混雑状況や電車の揺れの状況からすれば、Tさんの左腕等が揺れに合わせてAさんの胸付近を往復するような動きになった可能性は十分にあり、証拠からすればTさんが左ポケットからスマートフォンを取り出そうとした可能性は十分にあり、この動きをもってAさんが陰部を触られていると誤解した合理的疑いが残るとしました。そのうえで、Aさんがことさらに虚偽を述べているとはいえないとしつつ、感覚として述べる接触行為が被告人による意図的なものであったとまでいえるかについては、「慎重にならざるを得ない」と裁判官は結論づけました。

5判決宣告は、Tさんと握手し、抱擁し「おめでとう。おめでとう。」と言うことしかできませんでした。在宅事件とは言え、1年近くもの間闘ってきたTさんとそのご家族の心労を思うと、感極まるものがあります。無罪を勝ち取る難しさとともに、良い判断をしてくれた裁判官・法廷の弁護活動を教えてくださった相弁護人の先生など、人とのつながりが大切だとも思いました。

以上

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