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第四十六話 言い訳をするために

 まるで荒々しく心臓を抜き取られたみたいな跡だった。


 ハイデマリーを奪取した盗賊団は必要な打撃を与えれば颯爽とその場を撤収し、何一つ残さないで消えた。


 残ったのは事態を静観していた賢者の依り代と、惨殺された護衛部隊、そして無力な職業未取得者だけである。


 ずっと現実感がなかった。

 人死にという恐怖を前にすれば、余計に現実を呑みこめなかった。


 奥様の悲鳴と慟哭が響き渡る。それに何か応えるものもない。


『まだ諦める段階ではありません。防衛戦は争奪戦に移りました』


 賢者様は敢えて、この混乱した現場の基準となるべく、それとも本当に何も感じていないのか、無機質に言った。


『今より追跡部隊を編成します。職業持ちでなくても遠方からの追跡は不可能ではありません。リョーリフェルド伯、使える馬を──』


 職業持ちが全員殺されてしまった以上、頭数になるような人員はほとんど残っていなかった。


 盗賊団はそういう人間を残さなかった。使用人と貴族の伯爵夫婦という、事態に関係できない人間が生かされたということだ。



 ようやく大広間は慌ただしくなってきた。呆けている使用人たち、非戦闘員たちを抜きにして、盗賊団の手を逃れた護衛たちが集められ始めた。



 ここに来て悟る。


 そう、俺には、本質的に関係のない話なのだ。


 たまたまここに居合わせただけである。世界が羨む巨大な才能とそれを巡る思惑を傍観して、ちょっと害を被っただけなのだ。


 現実感がないわけがようやくわかった。俺はどこか、自分のちっぽけさゆえに、何もできないと理解していた。


 俺は察しの良い子供なのだ。


 賢者の“卵”だなんて。


 そんなの、割れやすいからそう呼ばれているに決まっている。


 泣いている奥様の肩を旦那様が抱いている。その旦那様の目尻にも涙が浮かんでいる。


 無力な俺は見ているだけ。嘆かわしいだけで、それで何もおかしくない。



 ──だから、今からやることは、言い訳だ。



 どうなるのかはさっぱり見当がつかない。

 護衛部隊の無力さを目にした実感からすればハイデマリーは十中八九助からないように思われるけど、賢者の依り代の淡々とした対応からするに、このくらいのことはせいぜい長い戦いの一幕であるかのようにも見える。


 それは俺のあずかり知らぬところ。大きな目で見て考えれば、俺はもはや無関係と言っていい。


 でも、ちょっと発想を伸ばして。一年でもいい、この先のことを考えて。


 もし、彼女が助からなかったときに。


 俺はきっと、何かできたんじゃないかって、思う。

 できることなんてないに決まっているけど、わずかなわずかな細い糸でも勝手に見出して、後悔するに決まっている。


 誰も責めやしないだろう。自責の念に苛まれ続けるようなものでもない。


 単にある日ある瞬間に頭を過り続けて、それが薄れるのを待つか、正当化するのを繰り返すだけだ。



 それが嫌なら今、具体的に考えろ。


 後から見出すであろうわずかなわずかな細い糸を、今。



 ──盗賊団を見つけられるか?


 無理じゃない。足跡は追える。そしてそれは、時間が経てば経つほど難しくなる。



 ──追えたとして、追いつけるか?


 無理だ。そんな速度を出せる馬は領内にいないし、技術もない。



 ──追いついたとして、彼女を取り返せるか?


 これも、無理。


 なんだ、何もできることなんてないじゃないか。そもそも現状の俺は無力すぎる。当然としか言いようがない。



 だったら、前提を変えるしかないよな。



 ──どうしたら可能性が見出せる?


 手札を増やす。



 ──じゃあ、手札を増やす方法は?


 ある。



 この答えに行きつくまでにちょっと時間がかかったけど、予定調和みたいだ。逆算した感じなのかな。


 微かな怒りというか、事態に置いていかれていた悔しさがあって、もうちょっと自分のことを考えてほしいとかそんな子供っぽいことを思っていたのかもしれない。だから心当たりになった。


 それがここに結びつくんだから、俺としては罪悪感の対消滅みたいで気楽かも。



「賢者様」



 淡々と指示を出す賢者の依り代に、俺は一気に何歩か近寄った。


「僕の分の蛹化の儀(パプ・ア)がまだです」


 その言葉を聞いた使用人たち、奥様や旦那様は、こんなときに何を言うのかと思ったに違いない。


 それよりも先に、そんな話があったなと素朴に思うかもしれない。


 だって俺はずっと埒外に置かれていたのだ。ハイデマリーという巨大な才能を前にしたら、誤差の範囲のちっぽけな存在だから。


 ほんの一瞬だけ、賢者の依り代から憂げな雰囲気を感じた。


 だけど本人にとっては大事な話なんだろう、と切り替えてくれたみたいだ。やはり賢者という人たちは、本人の選択や個人の気持ちというものを重んじてくれる優しさを持ち合わせているらしかった。


 けっこう頑固に、魔術師になりたいって言ったもんな。


 うん、なりたかったもの。それを目標にして、無茶をして、ハイデマリーも喜んでくれたわけだし。


 叶う目前まで来たのだ。本当に、幸運だった。



『それは失礼。確かに刻限が近いですね。しかし詠唱するだけですから、申し訳ありませんが一人で蛹室で──』


「いえ……その、別の詠唱を発行して、もらいたいです」



 職業を取得すれば、戦力の頭数になることはできる。だからこそ盗賊団は余計な罪状を重ねることも承知の上で、職業持ちを殺していった。


 それが最適な戦略であることは間違いないが、襲撃した場所が職業取得の儀式である、という超特殊な状況下においては抜け道が一つ存在する。


 職業持ちになり得る職業未取得者がいるのである。


 しかし、即戦力という意味でそれは叶わない。なぜなら職業を取得するまでには繭の期間が要る。この繭の期間は最低でも丸一日、普通でも数日。一刻一秒を争う今、職業を取得するということで手札を増やす算段は成立しない。


 ただし──



「魔術師にはなりません。付与術師になります」



 ──繭の期間が存在しない、付与術師を除いては。


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― 新着の感想 ―
[一言] こうしてみると付与術師になったのはある意味、運命だな
[良い点] なるほど... これが職を選んだ理由か 選ぶべくして選んだんだな
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