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第十六話 管を伝って

 俺はお嬢様の部屋の下、伝声管のすぐそばで待機していた。


 驚いたことに、朝方地下室に戻っても何も言われなかったのだ。コリンナ叔母さんは無関心な目で「いってきな」と言うだけだった。


 音が聞こえたので、伝声管を金棒でコンコンと叩いて返した。蓋をパカッと開けて、耳を当てる。


『こちらハイデマリー。起床した。どうぞ』


 不思議な気分である。

 彼女の声ははっきりしていた。なんだか、昨日とまるで変わらないというか。


『こちらヴィムです。どうぞ』


『おっ、来たね。本日の要求を言いたまえ。どうぞ?』


『……奥様からの伝言です。「いい? しばらくは無茶しちゃダメ。危ないことだけはしないって約束だったのに──』


『だぁーもう、いいから、それは飛ばしてくれ。要求は? どうぞ?』


『……その、本日はお勉強のみ、だそうです。どうぞ』


『あい? どういうことだい、どうぞ』


『怪我が治るまでゆっくりしていろとのことです。どうぞ』


『あー、論外だな。ちょっと待って、どうしたものかな』


 彼女の声に突き放すような意味合いが入って、それが俺のことを指していないことがわかっても、少し焦ってしまった。


 また、伝声管がカンカンと叩かれた。


『よし、論外だ。物資の受け取りのみ行う。どうぞ』


『昨日の取引分の物資に、食料五日分と三日分の軟膏と薬とが増えています。どうぞ』


『……余計だな。ちょっと待って』


 向こう側の管が閉じられた音がした。

 今回のお嬢様の冒険に関して、旦那様はそこまで心配していなかったものの、奥様の方は大変に心配していらした。


 また、コンコンと音が鳴った。


『昨日の取引分と生活物資だけ確認次第上げてくれ。あとは突き返してくれ。どうぞ』


『……わかりました』


 昨日と同じように大きなお盆が降ろされたので、そこに物資を載せていく。


 本と、各種服、下着、保存食。

 彼女の中で施しを受けるべき部分とそうでない部分に何かしら線引きがあるらしい。


 突き返せと言われたやつ、どうしよう。


 相手が何を考えているのか慮ってあれやこれや。これではいつもと変わらない。



『よし。確認した』



 いつもと変わらないってなんだ。変わる気がしていたのか。


 そういうことみたいだ。昨日の冒険が嘘みたいに平然とした彼女の様子が、肩透かしにすら感じていた。


 何回目だろう、彼女に対して変な期待を抱いていたのは。


 自分が恥ずかしい。受け身のままでいったい何を期待していたというのか。だから言い聞かせる。


 なべて世はこともなし。身の回りの二、三歩の──


『その……勉強、嫌い、なんですか……?』


 ──だけど意外なことに、俺は会話の糸口を探ろうとしていた。


 ガラにもないことだった。俺がいつもと違うこと、俺から話しかけるなんてことをやった可笑しさが、伝声管を伝って彼女に届いてしまったようで、変な間ができてしまった。


 やってしまった。

 話を繋げることなんてできない。



『うん、嫌いだね。学校の味がする』



 と思ったら、すぐにそんな言葉が返ってきた。


 あれ、やってしまったわけでは、ないのかな。


『じゃあそれ戻してきたら迂回して集合ね。あっ、確認だけど私を止めるように言われてたりするかい? どうぞ』


『……はい? いえ……その、ありません。どうぞ?』


『ん? 私のお付きなんだろう? 何か任されている仕事とかあるのかい』


『ない……ですけど』


 伝声管の向こうは何も見えない。俺の顔も見えてないと思う。


『行くぜ、冒険に』


 だけど彼女は、ニヤッと笑ってくれている気がした。





 冒険の日々である。


 頼りになる相棒を見つけた私は無敵だった。

 人数が増えて足取りが重くなることがなくて、それなのに死角は減って、一人じゃ登れない場所も登れるようになって、どこまでも進んでいける気さえした。


 朝起きるのがいつもより早くなった。動ける時間で少しでも動かないのが勿体なかった。


 朝の取引を恭しく行って、順番をズラして森に入って合流すれば、最初から小走りで冒険の始まりである。


「おいヴィム! 昨日コリンナさんっ、怒ってた!?」


「いえっ、バレませんでした!」


「そいつぁよかったっ!」


 昨日と同じ道を昨日よりも速く駆けていく。


 冒険の目的は専ら魔力薔薇(アイソローゼズ)。まだ採り尽くしていないかもしれなかったから、最初に見つけた場所からさらにもっと奥に進むことにしていた。


 すると、やはりあるのだ。


 半球(ドーム)状の木に囲まれた、魔力薔薇(アイソローゼズ)の群生地。


 私はやったな、と言って拳を突き出す。


 彼はコクコクと頷きながらそれにコチンと手の甲を当てる。


 私たちの関係性は友人ぽくもありつつ共生関係でもありつつ取引の敵対関係でもあるという奇妙なものだった。

 親から物資をかっぱらいつつ冒険をしたい私、コリンナさんから怒られたくないヴィム、私の扱いに困り果てている父上、その三人の絶妙な均衡が保たれていたのである。


 特殊な状況だった。長く続くわけもない。だからこそ一瞬一瞬が楽しくて、速く進めるうちにすべて進んでしまおうと思った。


 そしてついに、その瞬間はやってきた。



 冒険はどうも、終わるものであるらしいのだ。


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