カルロス「こちらB班、3番区のエーテリアス討伐を完了。これより5番区へと向かい、引き続きエーテリアスの討伐および要救助者の捜索を行う。オーバー」
『こちらC班、了解した。なお、原因は不明だが先程からホロウの大幅な縮小が確認されている。くれぐれも脱出のタイミングを逃さないようにされたし』
カルロス「了解、通信終わり」
事務的な通信を終え、周囲を警戒しながら前進するカルロスら戦闘救難室3課御一行。
装甲服に身を包み、エーテル合金で作られた特注の戦斧を携えるタンク役のカルロスを先頭に、様々な銃火器と投擲型爆発物を扱うアタッカーのヒラノが中央、そして高性能ドローンを駆使した様々な戦術・後方支援を行うサポーターのサクラが少し離れた後方に位置し、お互いをカーバーしあっている。
ちなみに鄙は斥候としてルートを先行し、脅威度の高い上級エーテリアスを排除するのが本来の任である。
サクラ『いや〜藤木さんが先に殆どのエーテリアスを片付けてくれるおかげで、いつもより仕事が楽ちんですよ〜♪』
ヒラノ「藤木さんの任務は上級エーテリアスの排除であって、全個体の掃討ではないのですが…まぁ仕事が楽なのは同感ですね」
サクラ『でしょ?課長もそう思いますよね?』
朝7時出勤夕方7時退勤、夜間・休日出勤ありの過労死スケジュールの日々を送っている二人にとって、楽に仕事をできるのは1時間の昼休憩よりもたいへんありがたいことである。
カルロス「はぁ…作戦行動中の私語は慎むように何度も言ったはずだが……まぁ確かに、多少楽になったことは事実だな」
作戦中は厳しいことで知られるカルロスだが、今回は珍しく二人と同意見を示す。
ヒラノ「しかし、藤木さんは一体何者なんでしょうね。あの剣術を見てみると、本人が言う自己流で覚えたとは到底思えない程の達人並みですし…」
サクラ『あ〜…確かに言われてみればですね…』
よくよく考えてみると、彼には不審な点がいくつか見られる。
やけに零号ホロウの話題に興味を持ち、集団での作戦行動が鉄則の調査員としてはごく珍しい単独行動……先程から無線に応答しないことを加味して、彼には自分達に隠しているもう一つ別の正体があるのではないかという考えが二人の頭に浮かんでいた。
サクラ『―!!前方から複数の反応が急速に接近中!エーテリアスです!!』
すると、焦る彼女からの報告がイヤホン型の無線機を介して耳に入る。ふと前に目を凝らしてみると、エーテリアスの群れがこちらに群をなして来ているではないか。
ヒラノ「あの数は少し骨が折れそうですね…」
カルロス「そう弱音を吐くな。こういう時こそ、少数精鋭の戦闘救難科の見せ所だ」
押し寄せるエーテリアスの波を受け止めるべく、装甲服越しからでも分かるその勇ましい筋肉を隆起させ、長年使用し続けている相棒とも言える戦斧"アイアンスマッシャー"を構える。
カルロス「各員戦闘態勢!!奴らに引導を渡してやるぞ!!」
ヒラノ「了解」
サクラ『了解しました!!』
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同時刻、鄙とニコ達は目的の金庫すぐ近くの場所まで来ていた。
パエトーン『みんな!金庫まであと少しだよ!』
鄙「(ふぅ、やっと到着か。それにしても流石はパエトーンだ。道中エーテリアスと遭遇したり、迷子にならずスムーズに進むことができた)」
ニコ「ち、ちょっと待ちなさいよ…!!」
先頭を走っていたパエトーンと鄙は目的地手前で立ち止まり、後ろに着いてきているニコ達を待つ。
ニコ「ゼェハァ…ゼェ…藤木あんたね…加減ってものを知らないのかしら…」
息を切らし疲弊していたニコは、到着するなり鄙に向かって問いかける。
鄙「そんなに速かったか?」
アンビー「少なくとも、藤木先生の走る速度だと私達じゃついて行くだけで精一杯よ」
ビリー「それはもうスポーツカー並みの快速だったぜ」
自身の問いに速攻答えるアンビーとビリーの両名。いつもより遅めに走ったのだが…と本人は思っていたが、こう周りへの配慮が少々欠けているところが彼の悪い癖である。
パエトーン『みんな!金庫を見つけたよ!!』
声に皆が振り向くと、パエトーンが黒い正方形の金属製箱の傍らで手を振っている。どうやらあれが目的の金庫のようだ。
ビリー「フゥーッ!今日はツイてるぜ!!」
ニコ「私の金庫〜!!」
金庫を見たニコとビリーの二人は、すぐさま駆け寄っていく。
オイオイ…あんなポツンと置いてあると普通警戒するだろう……まぁ、金庫を見つけたことには変わりないし、早く手助けを終わらせて、カルロス課長達の元に戻らないとな。
そう思いながらニコ達の元へ一歩踏み出そうとしたその時――背後から金属音のような足音が微かに鳴ったのを、聴覚に敏感な自身の狐耳が聞き取る。
そして空気の感触が僅かに変化し、漂い始める刺されるような強い殺気―
鄙「ッ…!エーテリアスか!!」
アンビー「後ろよ藤木先生!」
親指で鍔を弾いて咄嗟に刀を抜き、自身と同じ気を感じ取った彼女と共に防御態勢に移る。
ガキィィィィン!!!!
全身に小刻みに伝わる強い衝撃と、激しく散る火花―
アンビーと共に受け止めた相手の攻撃を押し出すと、一歩後ろへ下がりそれと対峙する。
鄙「(デュラハン…中々厄介な個体が出てきたな)」
汎用個体名 デュラハン
レイクタウン・ホロウでその存在を初めて確認され、特筆すべき能力は無いが順当な強さを誇る難敵である。
数分前に戦ったハティのような高い機動性こそ有してないが、エーテル結晶でできた堅牢を誇る盾に、右手と一体化したエーテル合金をも貫くロングソードと、攻守共に高い能力を持つ。
プロキシ「二人とも大丈夫!?」
鄙「あぁ、心配無用だ」
アンビー「私も大丈夫よ。プロキシ先生は私の後ろに隠れていて」
ニコ「あぁっもう!!おっさんは、ホント鬱陶しいわね!!」
おっさん?……そういえばニコ達と一緒に赤牙組のリーダーもホロウに落ち、エーテリアスになったと言っていたな。
犯罪組織の人間に情をかけるつもりは無いが、その耐え難い苦しみからせめて解放してやろう。
鄙「こいつの相手は自分に任せてくれ。手出しは無用だ」
そうニコ達に告げると前屈みになり――直後、右足を踏み抜いて一瞬で相手の懐に移動する。
その光速の如く移動速度に反応できる生物は極わずか―気付いた時には己の身体を両断されていることが殆どだ。
だが、このデュラハンはそれに上手く対応し、攻撃をギリギリ受け止める。そして文字通りの手刀を鄙に向かって振り下ろし、その刃は鄙を捉えることはできなかったが距離を置かせることに成功する。
鄙「(やはり一撃で仕留めるのは難しいか。それにあの硬い盾が邪魔だな……ならば)」
生半可な攻撃では相手の防御を崩すことはできないと判断した鄙は刀の刃を一度鞘に戻し、再び前屈みの姿勢になる。
鄙「スゥゥゥゥ…」
深く静かに息を吸い込み、視覚・聴覚・触覚・嗅覚―ほぼ全ての感覚を目の前のデュラハンに集中させる。
この技を使うのは何年ぶりだろうか。
自身から母を奪ったホロウを、エーテリアスを全て滅するために、武術の師と仰ぐあの人から教わった数々の剣技の内の1つ――敵の防御態勢を崩すにはこれが効果覿面だ。
鄙「―!!」
そして地を強く蹴り、相手の真正面に堂々と突っ込む。それに対しデュラハンは再び大盾を構える。自身の防御に絶対の自信があるのか、回避や反撃の動きが見られないがこちらとしては好都合。
鞘より刃を引き出すと、黒く赤い炎が刀身を纏い相手の生気を求めるように炎が蠢く。
鄙「曙流三式、降竜砕波ッ!!」
相手の眼の前で高く飛び上がると刀を振り上げ、落下する際の運動エネルギーを利用し渾身の一撃を放つ。
バキッバキバキッ…
ガシャァァァァン!!
それは腕と一体化した大盾を粉々に粉砕。痛みで膝をつき咆哮をあげる相手の懐にすかさず潜り込むと、地面に膝がつく程の低姿勢から逆袈裟斬りでデュラハンを切り上げる。
ズシャァァァッ
斬傷から勢いよく噴き出し、辺りに撒き散る緑色の鮮血。
『Guaa…Gruaaa……』
頭部のコアごと身体を深く斬られたデュラハンは崩れ落ちるようにして地に倒れ、この世にまだ未練があるのか弱々しい鳴き声を呟きながら塵となって消滅していった。
鄙「………」
元が犯罪者だったとはいえ、人が骨も残せず重みの無いエーテルの塵となって消えていくその光景は、未だ見るに堪えない。
複雑な思いを浮かばせながら刀を鞘に収めると、物陰に隠れ観戦していたニコ達が早走小走りで詰め寄ってくる。
ビリー「藤木の兄貴!!さっきの技はなんだったんだ!?カッコよすぎだろ!?」
アンビー「私も初めて見る剣術だった。藤木先生が編み出したもの?詳しく教えて欲しいわ」
鄙「え、えっと…」
ビリーとアンビーは興奮冷めぬといった様子で、次々と質問が浴びせられる。
ニコ「ちょっと二人共!!今はそんなことより、このだーいじな金庫を持って早くホロウから出ることが先決でしょ!!」
その言葉に二人はハッとし、冷静を取り戻す。
ニコ「それじゃあ藤木、早速だけどキャロットのデータを頂戴!」
鄙「はいはい、分かって――」
………無い。
鄙「あれ…おかしいな…確かここに入れていたはずなんだが…」
身体のあちこちを必死に探るが……無い…
ビリー「なんだか嫌な予感がするんだが…」
アンビー「まさか藤木先生…」
鄙「……すまん、どこかに落とした…」
ニコ「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ホロウ内を何周もしそうな大声で叫び、その場に崩れ落ちるニコ。
トラブルによってパエトーンが用意していたホロウを脱出するためのデータが消えてしまった現状、鄙の持っているキャロットデータが脱出のための最後の手段だったが、当人の戦犯級のうっかりによって希望はことごとく粉砕された。
ニコ「ハハ…こんなに苦労したのに、ここから出られないなんて…」
ビリー「短かったが良い機械人生だったなー…来世はモニカ様とデートできたら良いな…」
鄙「(母さんに雅…こんな不甲斐ない息子と兄でごめんな…仏壇には毎週メロンを供えてほしい…)」
パエトーン『みんな絶望し過ぎだよ!!そんなに悲観的にならなくても、私にはとっておきの切り札があるんだから!まぁ、ニコの同意が必要なんだけど』
ニコ「ほんと!?するする!!同意するわ!!」
いや恐ろしく即決だな…やらかした自分が言うのもなんだが、もう少し考えてから決めた方が良いと思うが…
パエトーン『決めるの速すぎない…?まぁ同意してくれたことだし、今から説明するね。あの悪玉ハッカーが言うには、この金庫の中にはあの
鄙「なるほど…ロゼッタデータと同等の価値を持つ物―か…」
移動している最中、ハッカーによってアカウントを奪われたことをパエトーン本人は話してはいたが…意外な物が出てきたな。
常に変化し続けているホロウの莫大なデータを元に算出されているキャロットだが、ホロウ観測設備による誤差の積層によって有効なデータが失われてしまう。
それを防ぐため、ホロウのマスターテープを用いて修正を行う―それが『ロゼッタデータ』である。
しかしそのロゼッタデータは都市の統治者がただ一つ有する唯一無二の物であり、それと同じ価値を持つ物ということは大変高い価値であることに違いない。そんな貴重な物を、どうして暴力団である赤牙組が狙った?それにこの金庫は元々ホワイトスター学会の研究所にあったもの……次々と浮かんでくる不審な点に謎は深まるばかりだ…
鄙「しかし勝手に金庫を開けてしまって良いのか?依頼人の物だろう?」
ニコ「相変わらずお真面目さんね、あんたは。私がここから出られなかったら誰が金庫を渡すっていうの?生きるか死ぬかの瀬戸際にそんな悠長なこと言ってられないわ」
鄙「まぁ確かにそうだが…」
ニコ「と・に・か・く!私達はさっさと脱出しないといけないんだから!さっ、開けて頂戴プロキシ。暗証番号は分かるんでしょ?」
パエトーン『もちろん。でも正直、この中に何が入っているか私にも分からない…強制的にデータを読み取ったら何が起こるか……あまり考えたくないけど、もし私が失敗したら…』
金庫から取り出したデータチップを見つめながら不安そうにパエトーンが話す。
ニコ「安心して!無事ここを脱出できたら、何があってもあんたの店まで助けに行くわ!」
鄙「(…ん?店?)」
まてよ?聞き覚えのある慣れ親しんだような喋り方、自分の店を持っていること、それにこの古い型のボンプは………まさかな…
パエトーン「ふふっ、そんなこと言っても借金はチャラにならないからね?じゃあ始めるよ」
額の差し込み口に躊躇なくデータチップを挿入する。そして次の瞬間、ボンプが眩く発光し暴走状態に入った。
あまりの眩しさに、少しも目を開けられない。
失敗した…?
誰もがそう思っていたが、一通りの暴走が落ち着くとパエトーンはまた無口でゆっくりと歩き出した。
ニコ「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!どこ行くのよ!!」
ビリー「おい待ってくれよ!!計画は成功したのか?」
ニコ達はまだ状況を掴めていなかったが、それに気にせず進み続けるパエトーンの後ろ姿を慌てて追いかけ始める。
鄙「(結局どうなったんだ?)」
成功か失敗か…こちらも状況が分からないが、ニコ達の後を追った方が良いのか…?
ブゥゥゥゥゥン
すると、どこからともなくプロペラ音が聞こえてきた。モーターのような特徴的な音から、サクラさんの操作する小型ドローンに違いない。
アンビー「藤木先生も早く一瞬に―」
鄙「いや、俺は大丈夫だ。味方のドローンが近づいて来ている。君達が見つかると厄介なことになるから、急いでここから離れた方が良い」
アンビー「分かったわ。ニコ達にも私から言っておく」
鄙「ああ。君達が無事に出られるよう祈っている」
別れ挨拶もそこそこに、アンビーは早い足取りでこの場を去っていく。
しばらく待っていると瓦礫の陰からドローンが現れ、自身の目線と同じ高さで目の前に滞空する。
鄙「(おっと、無線を切ったままだったな)」
勝手に切れていたフリを装いながら、耳に装着しているイヤホン型無線機の電源を入れる。
鄙「こちら藤―」
サクラ『ちょっと藤木さん!!今までどこに居たんですか!!定期連絡もないですし、無線にも応答しないしですっごく心配したんですよ!?』
鄙「ッ…す、すいません。エーテリアスを追っていたら奥地まで入り込んでしまって…それにキャロットのデータを紛失してしまい…(耳が痛い…)」
彼女の大声の説教で耳にノイズが走り、両耳をほぐすように軽く触る。
サクラ『すいませんでは済みませんよ!!もし仮に私が見つけていなかったら、ホロウから出られなくなってエーテリアスになっていたかもしれないんですよ!?』
カルロス『まぁまぁ落ち着け。本人も無事なようだから説教はそのくらいにだな。あと無線を返してくれ』
サクラ『あ…そ、そうですね分かりました…すいません藤木さん…少し怒りすぎてしまいました…』
鄙「いえいえ、無線が切れていたことを知らず、定期連絡をしなかった自分にも責任があります…こちらこそ申し訳ないです」
何とも気まずい雰囲気になってしまった…
カルロス『藤木隊員、先ほど本部よりホロウから脱出するよう指示が来た。どうやらホロウの消滅が始まったらしい。サクラ隊員のドローンが近くにあるデータスタンドまで誘導するため、キャロットのデータを入手して即座に脱出してほしい』
鄙「了解しました」
カルロス『よし。おっと…あと一つ言い忘れていた。今日は藤木隊員のお陰で、我々は安全に作戦を遂行することができた。戦闘救難室3課を代表し感謝する』
丁寧な感謝を述べると、通信が終了する。
鄙「自分のお陰…か」
口角を上げ、微笑む。そして飛行を再開したドローンの後を着いていき、ホロウの脱出に向かう。
一新紀元
星見 鄙の――いや、新エリー都の新しい時代が今、幕を開ける。あまねく宇内を駆ける彗星のようなその姿は、漆黒の闇夜を照らす希望の耀となるだろう――
to br Continued