人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みろくの夜明け前-9 龍宮の音秘めとは?。人類は創造神の存在認識に【音波(葉)】を見過ごした

 最近、トンガ王国の火山噴火の爆発時に起きた空気衝撃波の【空振】の威力が知られました。日本でも霧島の火山帯の噴火等で建物に被害を出す【空振】の存在は知られていましたが、これまでは空振が遠く離れた日本に津波を起こすほどの衝撃があるとは思ってもいなかったがあります。音には秘められた威力がある。

 聖書に【始めに言葉は神と共に在った】と書かれていることは知られていますが、何かそれは「イエス」が躄り(いざり)に向かって立てと言ったら躄りが立って歩き出した様な意味合いが【神の言葉】だと思っている様な人達を見受けます。旧約聖書では【始めに音ありき】だったとされますが、それが何時しか【音】から【言葉】に変化したのでしょう。

 

言葉を【音】とするか、言葉にするかで意味が違う

 

 為にイエスは【創造神の一人御子】で、その一人御子が発する【言葉】が【神】だと言う大いなる過ちの発祥です。世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は【言葉】だけで【金縛り術】を見せておられます。そうした言葉や気合いで人を動けなくする術は存在します。しかしそれは神の子と呼ばれる人達が発した言葉(言霊)に霊力が有るということがあるのです。

 大本教の出口王仁三郎聖師は【自分はナザレのイエスに何一つ劣っていない同格だ。】と言われた様に、優れた霊能力者達からはイエスは出口王仁三郎聖師とほぼ同格の魂と見なされているがあります。為に出口王仁三郎聖師の口に出される言霊には威力があったわけです。

 

 私が子供の頃には旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、【そなたにはこの神の力を何一つ授けない。そなたにこの神の力を授けるのは最後の最後の時である。】と告げられましたが、無論そんなことは最後の最後の時でなければ事実かどうかは解りません。私は霊世界を見聞していて、霊世界は存在しているがあまりにも霊の言葉には嘘が多いにぶち当たり、霊の言葉だからと言ってその言葉を全面的に信じるはしていません。ですから単に旧約聖書の神と名乗る霊です。

 しかし霊的世界が見せる霊力とは、人間が束になって掛かっても勝てるという力では無いことも知ったのです。それが俗に言われる天変地異が起きる時のエネルギーです。私が見る神の世界とは、人のこの世の現世御利益的な幸せとはまったく関係しない世界なのです。人に現世御利益とか安心立命を与えるという世界ではありませんでした。

 人の命の本質。魂と呼ばれる世界から見る【命】のことなのです。

 

宇宙の初発に鳴り鳴り響いた音波を【言葉】と言った

 

大本教からアイウエオの五母音が説かれたのはその為

 

 有能な霊能力者は、言葉によって何かを動かすことが出来る。ドイツの【ヒトラー】はどうしてあれほどドイツ国民を動かせたのか?。そこにはヒトラーが出した言葉(言霊)の波動が人々を酔わせる【音波】を伴っていたがあるのです。ドイツの独裁者であったヒトラーは霊能力者であったと言えます。

 例えばこの日本において歌姫と言われた【美空ひばり】さんの歌声は、美空ひばりさんをして、【歌手たる美空ひばりには神様が付いておられたが、歌手では無い加藤和枝(美空ひばりさんの本名)には神様は付いておられなかった。】と言わせしめたものがあったなのです。

 余談ですが、歌手であった美空ひばりさんが亡くなられた日、私は青空に向かって【ひばり(告天子)】が飛んで行く光景が出て来て、ひばりが死んだ。ひばりが死んだと出て来たので、歌手であった美空ひばりさんが亡くなられたと感じました。そして美空ひばりさんは歌手として天からの使命を持たれた神たる人であったと理解しました。ひばりに【告天子】の漢字などは神の仕組みでしょう。

 それで歌手であった美空ひばりには神様が付いておられたが、肉体であった加藤和枝には神が付いておられなかったので、自分はそれほど幸せでは無かったという意味なのでしょう。

 

 人は霊(ヒ)止(ト)で解る様に、その肉体に神たる存在を入れることが出来ます。その時、その肉体に高度の魂が入っていると、その人は通常では考えられない霊力を発揮出来ます。しかしそれを以て、その肉体が創造神等の論理には当てはまらないのです。

 イエスは地上世界に降り立った魂としては霊界で高い地位にはありましたので、それなりの霊力はありましたが、救世主の様な立場ではなかったのです。大本教の出口王仁三郎聖師もイエスとほぼ同格だと言われているような霊界で高い地位があったので、世紀の大予言者としてその名を為すでもあったなのです。

 

 私が霊界見聞の中で見て来た内容では

 

審神者の言葉は音波の剱として、諸神や諸霊をも討つ

 

そこに、神とは(言葉)を【示し申す(神)】の存在

 

 ヨハネの黙示録には【言葉が剱(つるぎ)】となり諸国民を裁くとありますが、霊的世界に関わり【審神(サニワ)】を体験しますと、霊界に起きている様を見ている霊媒者から審神者が出す言葉は【剱】の様に成るが報告されます。単に霊界で霊力が強い(病気治し・現世御利益の授け)だけの霊とは【上や守たる霊】で、スピリチュアル標榜だけの段階で在ればそうした存在の霊は【光の存在】としか見えないのですが、それを超える段階だと蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊や天狗霊や龍神等と呼ばれる姿の存在として見ることが出来ます。

 そこに単に神や霊は【光】だとか【愛】だと言っている人と、神とは何か?。そうした思考をしている人は【別物】と言えます。それは【次元界(意識界)レベル】がまったく違っているということです。一般的なスピリチュアルは【四次元スピリチュアル】と呼ばれている様に、四次元霊界から抜け切れていないがあるのです。

 

日本では【龍宮の乙姫】様と呼ばれる存在が語られる

 

聖書では【龍神】とは霊界で【年老いた大蛇霊】とする

 

 世紀の大予言者たる出口王仁三郎聖師を出した大本教は【未来の型】を演じた教団として知られますが、その中で【龍宮の乙姫様と日之出神の揃い踏み】を型として演じました。大本教三代教祖であった出口直日さんを【龍宮の乙姫】役として、三代教主補であった出口日出麿さんを【日乃出神】とする型演技です。

 一般的に私達が知る【龍宮の乙姫】様とは、日本では浦島太郎伝説にも見られる海の中にある龍宮城の主たる海神の娘のことですが、その元と成るのは中国神話における【四海龍王(東海・南海・西海・北海)】と考えられます。

 

大本教で演じられた龍宮の乙姫と日之出神の揃い踏み?

 

 私は実践霊能者として日々活動されている霊能者の方の様に日常的に霊が見える者ではありません。しかし霊的世界の存在証明の役割を背負っている立場からして、俗に言われる神々の姿が蛇や狐や狸や猫や天狗。龍神と呼ばれる姿で見えることは体験して来ました。

 日本の行者筋では、龍神とは大蛇霊が海山川(あるいは火山川)の各千年。合計三千年修業した存在と言い。聖書における龍神とは霊界で年老いた大蛇霊との説明と一致はしていますが、大本教の出口王仁三郎聖師は龍神と呼ばれる大多数は霊界で年老いた大蛇霊ではあるが、そうでは無い龍神達があると残しておられます。されどその霊界で年老いた大蛇霊では無いと言われる龍神のことは、ほとんど解っていないと言えます。それは次元界レベルが極端に高い龍神の存在です。

 その点に関して言えば、お釈迦様もイエスもマホメットもそうしたことを出しきれていないと言えます。

 

霊界の年老いた大蛇霊で無い龍達が居る龍宮界とは何?

 

龍宮の乙姫様で無く、言葉たる【音を秘めた】仕組み

 

 大本教の三代教主であった出口直日さんが【龍宮の乙姫】様たる魂に該当もしていなければ、大本教三代教主補であった出口日出麿さんが【日乃出神】たる魂に該当していたわけではないのですが、この二つの組み合わせが非常に重大な意味を持っているなのです。そこでその二つの【揃い踏み】なのです。

 そこに起きることは一部では【言葉の封印の解除】だと言われていますが、この言葉の封印の解除とは日本神話の【天岩戸開け】のことだとも言われています。

 

響くの【音の郷】とは、神の元

 

 

 私達は日本の昔話、浦島太郎伝説における龍宮の乙姫様。そうした話が今に残されていた意義を知るではありませんでした。この龍宮の乙姫様が【龍宮の音秘め(言霊)】であることは、大本教と呼ばれる宗教が起きて一種の【型】を演じて来なければ、誰一人として聖書の【神は言葉なりき】を理解することも無く、お釈迦様の悟りであった【人には良心と呼ばれる神が内在する】を56億7千万の仕組みを持って紐解くことすら出来なかったと言えます。

 

 世紀の大予言者と言うべき大本教の出口王仁三郎聖師は、【世の大立替】を【宇宙開闢以来の世の大立替】と予言され、それは宇宙的な出来事であると予告されています。そこに在る神とは、スピリチュアル的感覚で言うところの神では無いのです。

 私は大本教神諭にある【ウシトラ金神・国常立尊】様が【三千年間】も費やして組み立てられた仕組みが日本語による【言葉】であると理解した時、この【龍宮の音秘め】の意味は人類の想像を絶するものだと解って来ました。

 

それは言葉では無く、闇から出る【音(日立)波】

 

 

龍宮の音秘めは、創造神が出す音の衝撃波(音波)

 

 明治25年(西暦1892)に大本教から出された世の立替論は【いち早くに(1892)】に伝える使命を帯びていたことが解ります。だがこの立替とは大予言者であった出口王仁三郎聖師から宇宙開闢以来の大立替と予告はされましたが、その宇宙開闢以来の立替の意味はよく解りませんでした。

 

開闢とは【霊界の壁(闢)を開く】で衝撃を伴う

 

闢の壁の門は、分ける始める裂(避)けるの時節

 

 私は霊界修行の過程の中で、豊受姫から【貴方はこの豊受をもってしても見通すことが出来ない霊界の壁の外から来る神の力に左右されている。】と告げられましたが、この霊界の壁の外から来る神の力は解るではありませんでした。ただそれはこの宇宙を創造して来た神の世界から来るものです。

 私達は簡単に【神】と呼ばれる存在を口にはします。キリスト教やイスラム教では【創造神】と呼ばれる神が語られますが、実際に霊的世界を見聞して来ると【創造神】と呼ばれる神の存在が見当たらないがあります。この日本では神社には神霊と呼ばれる方達が鎮座され、お寺には如来・菩薩・明王と呼ばれる存在が鎮座されています。しかし神社やお寺を巡っていても、どこにも創造神と呼ばれる神が見当たらないがあります。

 世にウシトラ金神・国常立尊の存在を出した大本教を霊能者が訪れても、そこに誰もそうした神の存在を見ないがあります。ただ大本教は予告の使命を帯びた教団であり。大本教が演じた型は必ず起きるです。つまり大本教三代教主であった出口直日さんが演じた龍宮の乙姫と三代教主補であった出口日出麿さんが演じた日乃出神の揃踏みの演技は実行されるです。

 

 キリスト教では創造神はイエス一人を通してしか出会えない神と説いてはいますが、私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、私はその声に対して【貴方様はイエスの上に臨まれたのでしょうか?。】と尋ねたところ、その旧約聖書の神と称する声は私に対して、【私は一度なりともナザレのイエスの上に臨んだことなどは無い。ナザレのイエスは我が子には非ず。他の高い神の御子である。】と告げられたがあります。

 無論、私に臨んで来た旧約聖書の神と称する声は本当に旧約聖書の神では無く、世に言う蛇や狐や狸や猫などと呼ばれる霊であったのかも解りません。で、私は自分に臨んで来た声が本当に旧約聖書の神かどうかを知るのは、その声が告げた【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国である。】から、その【証明】に走ったわけです。

 

 そうしますと、イエスが説いた内容ではイエスは創造神たる主の一人御子と言える様なレベルの存在でもないことも解ります。お釈迦様と比べると、イエスが持つ識界レベルは低いと解ります。巷には自称創造神とか自称救世主が目白押しですが、霊界を見聞して来ると実に摩訶不思議なことに遭遇します。そこに出て来る事象から、神の説明が何も出来ていないなのです。

 ある自称救世主は、私も貴方(私は言葉の神と呼ばれる)と同じ体験を積めば、貴方が説いている程度のことは説けると言って来られましたが、仮に私と同じ体験を積まれても私と同じようには説けません。それは生まれながらにして持つ【識界レベル】が違うからです。

 

世の立替(天岩戸開け)時には宇宙の衝撃波が伴う

 

 

 

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