人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みろくの夜明け前-8 ヨハネの黙示録の太陽や月や星が輝かない世界?。言葉の音は闇から門で。音は【日立】?

 私は数少ない新・地球論者の一人です。大本教から世の立替。みろく世の大宣伝はなされましたが、大本教の神典には新地球論などはどこにもありません。ただ日本における新地球論者は、新天地・新地球の世界を創る神は【国常立尊】様であるとは一致しています。それは各自が新地球の存在をウシトラ金神国常立尊と呼ばれる神より【見せられた】からと言えます。また聞かされたなのです。ウシトラ(艮)の意味は、今は退いた状態にあるであって、存在しない神の意ではないのです。

 

 聖書にはヨハネの黙示録があり、そのヨハネの黙示録には新天地・新地球が予言されています。このヨハネの黙示録のヨハネとは、当時のユダヤ人の世界ではヤコブとかヨハネなどは有りふれた人の名前で、イエスの直弟子であったヨハネとは別人のヨハネではないかとも見なされています。

 何故にそのような人の予言が新約聖書に残されているのかとなった時、そこには【神の計画書】があったのではないかと思われます。大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を紐解くと、そこに【41】の数字が出て来ます。イエスは【40】日間荒野をさ迷って、悪魔を退けて【41】日目に神の一人御子と成った。モーゼの彷徨いは40日ではなくて40年間ですが、同様に【41】の数字に意味があるです。

 で、出口王仁三郎聖師最大の予言とされる【美濃か尾張の国の中から】も【41】で、飛騨の高山に向かって走るのが国道【41】号線で、飛騨の高山に大神殿を建立された宗教団体もあるなのです。

 

41位に秘められた存在は主の一人御子たる良心神

 

 そのヨハネの黙示録の内容は大雑把に言えば【太陽も月も星も輝き】を失うですが、それ自体は仏教の【月蔵経】の中にも書かれており、その内容はヨハネの黙示録と同じようなものではあるのです。太陽も月も星もその輝きを失うです。

 日本ではこのヨハネは【四(ヨ)八(ハ)音(ネ)】で、イロハ歌、ひふみ歌の言霊の意とも解釈します。

 

四八音(ヨハネ)の後に、真理(キリスト)が出る!

 

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する霊声を聞いていましたが、それは中学生頃には途絶えて、私は自分に旧約聖書の神と称する声が臨んでいたことさえも忘れていました。

 昭和五十五年、三十五歳頃に私の目は開いているにも関わらず、私が見ている景色は徐々に暗闇の中に入り、そして何の光も見えない闇の中に置かれてしまいました。その時、自分では自分の脳の中に異常が起きて、何の光も見えない状態になったのかと思い、大声を出して病院に運んで貰わなくてはと思いました。何故ならば目は開いているのに何の光も見えない暗闇に入ったからです。

 すると、まるで地獄の底から湧いて来るような恐ろしい声が臨み、その声のあまりにもの恐ろしさに震え上がりました。私は【声(音)】があれほど恐いものとは三十五歳の時まで知ることもなかったのです。私はその時、その声は地獄の底から響いて来る感じなので【閻魔大王】からとも思ったなのです。

 

闇とは、何の光も無い場所から音(声)が出る

 

 その件を切っ掛けとして、私は豊受姫の御代をしていた最初の師匠に出会い。その時の話をしたところ、地獄の底からと思うような恐ろしい声は閻魔大王様ではなくて【豊川稲荷】さんです。その時に豊川稲荷さんが貴方に言われた内容は忘れなさい。豊川稲荷さんが言われた事柄の内容は【起承転結】で、その話を信じて行く(起承)と、途中からその話がまったく違う方向に転じて、話が終わると意味が別の結果になりますと言われます。全ての結果が解って、やっと最初の【起】の意味が解るです。

 確かにその件は、良子と呼ばれる女子との出会いを【起】として、十三(ス)に消えた良子を【承】として、言霊の世界に【転】じて、【結】としてお釈迦様の悟りであった人に内在する良心神を【良】の漢字で示すに辿り着くという実に魔訶不思議な道で、書物等の学びから来た言葉の解読の教えではないのです。また単なる漢字の研究ではないのです。霊的世界の見聞からです。

 

 大本教神諭予告の九つ花に咲く一輪の言霊の経緯は、大本教に在籍当時は出口なお開祖派で、反出口王仁三郎聖師で知られた神道天行居の開祖であった友清九吾(歓真)師によって、その一輪は大本教から出された【素戔嗚尊】のス神では無く、【ラ神(天之御中主)】の事だと世に出されていました。

 しかし単にラ神(天之御中主)論だと、お釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】は出ないのです。大本教から【五六七】と【みろく大神】を出した経緯は、その【四一位のラ】に【良(ラ)】の漢字を振ることが鍵なのです。

 

良子という女子の名に【みのおわり】の役を演じさせる

 

だが、誰がそんな深い言葉の仕組みを創ったのか?

 

 その仕組みとは人の身たる存在の事ではなく、【魂の真ん中の心棒】のことだったのです。ですから主の一人御子とはイエスのことではなくて、日本神道の一霊四魂で説くところの【直霊(天之御中主の分魂)】と言われている事柄でした。

 

各自の魂の【核】に創造神の御子たる存在は宿る

 

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【この国(日本)は私の教えが満ち溢れた世界で唯一つの国である。この神の教えを知るには外国の宗教の教えは必要が無い。私の教えは日本の民話や諺にある。】と告げられたのですが、大本教から艮金神国常立尊の【三千年間に渡る神の仕組み】と予告された事柄は、この日本にはあらゆる日本語による言葉の仕組みがなされているなのです。

 私が修業時代に鐘馗神に案内されて中国の盤古大神に拝謁した時は、その盤古大神とは如何なる神なのかさえまるで解らない状態でした。しかしそうした体験を経て、私が子供の頃に旧約聖書の神と称する声から【そなたが歩く道は、そなたが初めての者であり。そなたを以てその道は終わる。】と告げられました。誰も言葉を為す【言霊】で、そうした仕組みが為されているとも気付かず、聖書にある【始めに言葉は神と共に在った。】すら、誰もそうした意味合いすら気付くがなかったのです。

 ただそれは私が死ぬと2度と紐解く者も出ないので、もうその言葉の仕組みの教えすら必要が無いなのです。

 

何故なら、ラ心神点は人に内在する神で最後の審判点

 

 私は自分の目は開いているにも関わらず真っ暗闇に落とされたことは私にとっては衝撃的なことであり、私と同様の体験をした人が居ないかと調べたところ、まったく同じ体験ではありませんが類似の体験者は存在しました。

 

神が人を太陽も月も星も見えない闇に落とすことは可能

 

 しかしそれは各自の体験であっても、現実に太陽や月や星が何も輝くことを失ったではありません。ヨハネの黙示録を書いたヨハネにしても、そうした太陽や月や星が何も輝かないそうした世界に自分が追い込まれたなのです。

 もし私が体験したと同様の自分の目は開いているにも関わらず、太陽も月も星も何の光も差さない暗闇の中に自分が置かれた時、貴方ならばどうしますかという問題なのです。

 

もしも自分が何の光も見えない世界に入ればどうする

 

 大本教神諭に、その時には恐怖のあまり、足の膝はガクガクで四つんばいで歩かないと行けない。そうした内容がありますが、その時とは大地震の場合もあるでしょうし、またそうした暗闇の中に落とされるかも知れません。

 おそらくヨハネの黙示録や仏教の月蔵経が書き残す私達が見ている太陽や月や星が何の輝きも見せない状態とは、現実の太陽や月や星々が消えるのではなく、自分が見ている世界がそうした状態に置かれるなのでしょう。

 それは【私達肉体人間の目自体に、光を見えなくさせるシャッター的】なことが仕組まれていると考えるのが一番正しいのではないかと推察出来るのです。それは太陽とか月とか星とかだけでなく、その時は【電灯】の明かりすら遮断されたからです。ヨハネの黙示録や月蔵経は太陽や月や星が見えなくなるでなく、電気の様な灯りすら見えなくなるではなかったかと考えられるからです。

 

電灯の明かりすら徐々に消えて行く?。だとすれば!

 

 いくら創造神でも、この世の時間で百数十億年も掛けて創り出した宇宙を全面的に毀す。この宇宙の初発(創造)の段階に戻すなどの事はされないでしょう。その中でどうすれば人類が改心して、人類が創造神の言葉に従うかとなれば、その人に見えている光景が何の光も見えない状態にするはあり得ると推察します。

 

人の目に暗闇の世界に入る仕組みがなされていれば?

 

 私は自分の目に見えている全ての【光】が全面的に遮断された時、その恐ろしさに驚愕するだろうと言います。その時、私は自分の目は一生見えないのだろうかと思ったほどです。それはスピリチュアルの様なハイヤーセルフ等と言っている霊にはそれを解除する等は出来ないからです。人類は本当の意味の【神の恐ろしさ】が解っていないと言えます。

 大本教神典や岡本天明師の日月(ひふみ)神示にある人の魂と肉体を結ぶ【霊子線(たまのこせん)】を切断すれば、切断された魂は全て肉体から離れます。霊本来の世界に帰ることになります。この【霊子線】のことは日本の霊能者や西洋のスピリチュアルでも知られており、創造神からするとこの世は何時でも終わらせることは出来るのです。

 ただこの日本でスピリチュアルだ。スピリチュアルだと言っている人達はそんな基本すら知っておられないようです。スピリチュアルセミナーなどに行って憑けられる蛇霊で霊的世界が見える。そんな類いのものではないからです。

 

創造神は、何時でも人の世を終わらせるは出来る

 

 創造神とは、自分の好きな人との結婚はどうなるのでしょうか?。そうした事を占う神ではありません。創造神とは、自分に現世御利益を下さいと願う神でもありません。大本教から出された【人は神の子・神の宮】。全ての魂の【総親】として拝する神なのです。ただその姿は見えませんが、各自の魂の【円真】として存在しておられるなのです。

 

人は自分が創造神との分魂として、どれだけ働けるか!

 

天国界に進むは、自分がどれほど世の役に立ったのか!

 

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいましたが、私に対して【この世に降りて、何の命令も遂行しないで終わったならば、二度と天に戻って来る必要が無い。この地球という星で永遠に輪廻転生で暮らすがよい。】と告げられました。

 私を見た幾人かの霊能者の方は【貴方は救世主様ですか?。】と尋ねられますが、私は救世主ではありませんと答えています。私は最後の審判を終えた後の今の地球には残りたくないので、与えられた任務を遂行しているだけなのです。

 私にとっては自己本位、自己中、利己主義者はどうなっても痛くも痒くもありません。そんな人達の為に自分が【犠牲】に成る気もサラサラありません。悔い改める気が無い人は、永遠の地獄界に行っていただきたい。ただ真面目にコツコツ働いている人達は、永遠に嬉し嬉しの世界に行っていただきたいという思いからなのです。

 今の地球に残る魂とは、自己本位の自己中の集まりたる魂や愛だ愛だと言って悔い改めるとか反省を言わないスピリチュアル標榜者達や悪党の魂が残るでしょうが、その世界には太陽も月も星の光は何も見えないでしょう。あるのは【闇】だけの世界です。正義や良心を重んじる者達の魂は光のみろくの世に渡り。力の強い者が勝つ、暴力が支配する地球には残りたくはないのです。そんな世界に永遠に居たくないからです。そんな世界に残って自分の魂の自殺を謀っても、魂を消せないのです。

 

ですから最後の審判は裁くではなく、別の世界にと捌く

 

 私は自分が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声が告げて来られたことが本当なのか?。解りようがありません。そこで本当に世の立替などあるのかと豊受姫に伺ったところ、【その時期ははっきり解りかねますが、それは貴方が生きている時に起こります。人類は一人残らず死にます。もしも今の肉体を持ってままで生きられる世界があるとしたならば、私に教えて欲しい。】とまで言い切られます。

 そうした中で私に解ったのは、【三次元世界は終わるが、魂は五次元世界に移行する。】なのです。スピリチュアルで言う様な、今の肉体を持ったままに五次元世界に進むではないのです。今の肉体では無く、自己の肉体の中にある自己の霊体と自分の魂で行く世界です。

 それ自体は自分が【幽体離脱】を体験すれば誰でも解る話です。それを否定する人達は自己が幽体離脱を体験していないことから、そうした話をする者をオカルト攻撃をされるです。三次元世界用の肉体を脱いで、四次元世界以上の霊世界で霊魂として生きるです。

 人は幽体離脱の体験をすれば、人の輪廻転生の生まれ変わりは【魂】が使う肉体が時代時代で変わるということが解って来ます。聖書にキリストの証として【人の子が雲に載ってやって来る。】がありますが、幽体離脱を体験すれば人は雲の上に乗れることも体験できます。その程度のことでキリストの証にはなりません。が【悟空】には成れるなのです。

 

人類が霊界を認識するには、霊子線切断しか道がない

 

 人には誰しも前世があり。その前世は某何某(なにがしのなにぼう)と名乗っていても次の世はまったく違う名前となります。その名前を使うのは一代限りとなるのです。だがそうしたこともスピリチュアル標榜者に懸かっているハイヤーセルフ等と称する霊は、そうした説明もロクに出来ないがあります。

 有能な霊能力者ならば人から蛇霊に、蛇霊から人に。人から狐霊に、狐霊から人に【転生】をしている時事を知りますが、スピリチュアルだとそうした【転生】の実態にも疎いが起きます。

 

 私が最初に師匠とした方は豊受姫の御代さんでしたが、自分は神様達は蛇や狐だと思っていますと言っていましたが、その師匠自身は【白狐界から人間界】に転出組でした。スピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。叫んでいる人達は自分の直前の前世が解っていたのですか?。と尋ねたいなのです。

 せっかく今生は【人として出して貰ったにも関わらず】。死後はその世界に戻る気なのですか?。それを問いたいところです。みろくの世とは【第8の世】であり、最後の審判を受けたらそこから永遠に天国と呼ばれる様な世界と、自分勝手で他人を暴力で従える者が勝つ様な世界にと分けられるのです。もう【輪廻】がないので【やり直す】ことが出来ないのです。

 

人は一代、魂は何代も生まれ代わるが出来たなれども

 

人の姿の時に【神の位】を得なければならないのです

 

 大本教神諭には、【人には神とも成れる魂を授けてあるにも関わらず。】とあります。世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師はこの世は【天人の苗床】と告げられましたが、この世の行き方で【神の姿に似せられし者から、神霊とか天人に成れる。】と説かれて来たように神に成れるなのです。

 だがそうした教えを【わや】にして、この世を去った人達を【蛇霊】化の道に引きずり込もうとしているのが蛇霊の容器と化しているとまでと言われているスピリチュアル標榜者達なのです。

 

聖書には、蛇霊と共に神の御国から追放された人類

 

スピリチュアルは金になる思考その物が蛇霊の考え

 

 私はこれまで幾多の【生き霊(この世に肉体を持っていて、その肉体から離脱した霊魂のみ)】と会話もして来ました。その生き霊こそがその人の魂の本質であり、死後にはその姿で霊界に渡ります。それは【想念】と呼ばれる物とは別物です。想念その物は【思念の玉】としてこの世に浮遊しますが足が見えません。想念その物は【思いが重い】ことから、この世に留まるなのです。

 

 私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、【この世では人はその切な(心の感じ方)からの刹那心(今しか考えない)に溺れて、魂を腐らせたりする。絶対に刹那心に溺れるな。】と幾度も教えを受けました。確かに時には私も刹那心で【自暴自棄】に陥りそうな時もありました。

 どうして神の御用をするのに、こんな辛い想いをしなければ行けないのだ!。嘆き節です。神霊と呼ばれる人達が多数居られるのに、どなたも神の世界を語ろうとされない不思議です。どなたも当たり障りが無いことし言われない。骨が在る神はどこに行ったのだ!。為に神の世界の解明の為に多くの時間や費用を使って来ました。その為に自分という存在を【犠牲】にしなければならないが起きました。

 

日本の諺に嘘は誠の皮なりて、嘘を叩いて誠の骨とする

 

 スピリチュアルでは、人はこの世を楽しむ為に生まれて来たのだと平気で発信する人達がありますが、それらは蛇(邪)霊の囁きであることの理解が必要なのです。この世では魂の汚れを落として磨いて【天国界】に進むなのです。お釈迦様はこの世は【苦界】と説かれたのは、そこにそれなりの意味があったなのです。

 

死ねば楽だと自殺すれば、それ以上の責め苦が来ます

 

 豊受姫の御代をしていた私の最初の師匠は、【この世の苦労はどんなに長くてもたかだか50年ぐらいです。千年も二千年も続くのではありません。その50年間を耐えきって神様にして貰った方がどれだけ得かです。】と言っていましたが、一理あるのです。僅かな苦に耐えられずに、神から頂いたこの世の命を粗末にする。その罪の深さはスピリチュアル標榜者は知るよしも無いのです。

 仏教で説かれる地獄の中には【無間地獄(むけんじごく)】があります。が、その説明は【阿鼻地獄】となっています。私が見て来た無間地獄とはそれとはまるで違う。大きな穴が開いた暗闇の中に放り込まれるです。落ちても落ちてもその底には辿り着かない。私はその無間地獄(むけんじごく)の底を見たくて降りては見たのですが、何時まで経っても辿り着かないので途中で諦めて反転させて帰ったがあります。

 ところがその底まで降り立った人が複数あり。その方達に詳細を聞いたところ衝撃的な内容がありました。だがそれはその方達の魂は大本教が説いた【坤(未申)金神豊国姫】系に繋がる豊雲野尊系列の分魂の持ち主だったからです。国常立尊と豊国姫は夫婦神で、二人揃って地獄の底に行かれたとする【地獄の底】の話です。

 

地獄界もとことんまで墜ちれば、底に創造神を見る

 

 

 

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