人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みろくの夜明け前-7 蛇霊の【改心】から知る心棒。誰も【心の棒】に気づかなかった

 私が子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、その声の主から【私はこれまでの世の幕を引くが、次に人類を永遠に嬉し嬉しの未来の世(俗にみろくの世と言われる)に渡す。】と告げられました。但しその嬉し嬉しの新しい世とは今の地球の上では無く、今の世に出ている神々も知らない高次元界に存在する今の地球と瓜二つの地球とのことでした。当時はそうした事柄の理解が何も出来ずに、ただ聞いているだけのことでした。

 私はある意味とんでも話を聞かされたのですが、世に出ている神達も知らない隠された地球を知る人達は、それは七次元霊界に隠されていた地球が五次元霊界に降臨して来る。五次元霊界にアクセスするのが限界のスピリチュアル標榜者では、その地球の存在を知ることなどは無いとの意見を受けて来ました。ただ多数決で言えば、七次元霊界などは大多数の神霊や霊感者は知らない世界と言えます。為にとんでも話とは言えます。

 

今の世に活動する神霊達を見れば、あり得ない話

 

 確かにスピリチュアル標榜者からは【世の立替】論など一言も出て来ません。またこの世が【魂の修業場】だの話も出て来ません。そもそもスピリチュアルとは神は【愛】だから何をしても赦されるで、【地獄】と呼ばれている世界の存在すら否定するになっています。しかし霊界を見聞をして来ると間違いなく【地獄界】と呼ばれる世界が在ることも解ります。それに従って【輪廻転生】が存在しているです。

 霊界とは私達の目には見えない世界のことですから、それを物理的に証明するのは難しいと言えます。ただ未だ来てもいない先に起きる出来事を的確に当てて来た予言者。例えば数々の予言をして、その予言が次々に当たった大本教の出口王仁三郎聖師の様な存在を通じて、そうしたことが解るだけの神が存在した事実だけを知ります。

 大本教から出された予言の数々とは、スピリチュアルの様な個人の恋愛運などではなく、世界に何が起きるかが予言されて、それらは全て当たったなのです。だとすれば大本教が予言した出来事は、実際に起きる可能性が高いとなります。高い次元界の御神霊にとって、個人の恋愛など何の関心も興味も無いのです。神界の覇権が絡む事柄には興味があるなのです。逆にスピリチュアルに出て来る様な霊は、神界の覇権には何の興味も無いなのです。今がよければそれでよいなのです。

 

未だ来ない事柄を予言して当てる神が、本当の神

 

大多数の神や人達は、何も知らない世界に生きている

 

 キリスト教の教義では【冥府の長官(閻魔大王)】を悪魔(サタン)としていますが、イエス一人が主の御子と信じる者達は天国に行けるのであれば【愛】だけを言っていればよいともなりますが、現実にはスピリチュアルで愛ばかり言っている教祖に従っている子羊達の霊界の行き先を見ると亡者道となっています。案内される世界は地獄界となります。

 そこには世に出ておられる神達をして、万物の創造神と呼ばれる神の存在がどこにも見当たらないがあります。私達日本人は伊勢神宮に祭られている天皇家の先祖とされる天照皇大御神を最高神だと思い込んでいるがあります。どこをどう押しても伊勢神宮に鎮座する神霊が創造神で無いぐらいは解るのに、誰も何も言わないことも不思議なのです。

 

 私は子供の頃に自分に旧約聖書の神と称する声が臨んで来たことを別に不思議とは思ってもいませんでした。ただそのことを肉体の親に話したところで、自分の親でも信じてはくれない。だから親にも黙っておこうでした。

 私は幼い頃から自分は天から特別の命を帯びた身で、自分の本当の身分を世に明らかにすることは出来ないけれども、この世に出ておられる神々に従う段階の者では無い。私に命令が出来るのはこの世に出ておられる神達では無く、天帝と呼ばれる神のみであるという思いです。

 ですから鍾馗神の案内で中国で創造神とも言われる盤古大神に出会おうが、日本の伊勢神宮に鎮座して天照皇大御神と名乗っている霊から大神霊行列を見させられようとも、出雲の大国主命(大黒天)と呼ばれる神に遭遇しようと、私にとってはそれらの神は私が仕えるところの神では無いなのです。私からすれば、世に出ておられる神々は天における最高神をどう思っておられるのかです。

 

私が神と仰ぐのは【恐怖の宇宙大王】と呼ばれる存在

 

 私は神とはスピリチュアルが説く神は愛だから何をしても赦される存在では無く、本当の神は【恐ろしい存在だ。】と言います。

 

 それはその罪を赦しているように見えて、人の魂を長年に渡って縛る【カルマ】とか、その身を【蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊や天狗や龍神】等の、身変えるを起こさせているからです。

 

私は貴方の罪を決して赦すことはしないの大権現

 

罪を償えた【人は賞される】と言葉の仕組みは告げる

 

 私は神霊界修業時代、主に黒蛇霊に対して言向けをして来ました。すると黒蛇霊は【人が自分に助けてくれとすがって来る。それで助けて、お礼として幾ばくかのお金を貰ったりお酒を頂く。それのどこが悪い。】と反論されます。

 私はそれに対して、【人助けをして、そのお礼として幾ばくかのお金やお酒を頂く。それが悪いと言っているのではないのです。自分を姿をよく見なさい。今の貴方の姿は蛇の姿でしょう。どうして人であった姿から、蛇霊の姿をしているのだろう?。そこを貴方自身はどう思っているのですか?。と聞いているのです。】そうした応答をしていました。

 

自分が蛇霊や狐霊の姿の世界は、天国界では無い

 

何故に人の身から蛇霊に変化したか?、考えていない

 

 無論、全ての蛇霊が過去に人の身であったのではありません。蛇その物が神の身ではなくて、

 

神霊であった存在が蛇霊と化した【転生】問題です

 

 こうした黒蛇霊とは日本では三輪山の神が世に知られていますが、これまでの神霊世界を牛耳って来たのは大黒龍神として知られる大黒龍神達です。ほとんどの新興宗教の祭神として鎮座しているのはそうした大黒龍神達です。次元界的に言えば六次元霊界が主体と言われています。

 黒龍神のみで言えば、六次元界と言われている黒龍神とは【汚れの黒色】を指した存在で、八次元と呼ばれる様な高次元界に進むと、本当に美しい黒色の黒龍神も出て来ますが、スピリチュアルで知る様な存在では無いと言えます。

 ある自称救世主は三輪山の神は六次元界の大黒龍神で、自分にはその配下の四〇〇万体の黒蛇霊(一応は龍神と呼ばれている)達が自分に従ったと言われて来ました。確かにそうした数は揃えていたようですが、宇宙サイドからすればその程度では物の数では無いのです。

 

神の園から蛇の囁きで追放された人類の祖アダムとイヴ

 

 聖書における人類の【原罪】とされる物はアダムとイブに囁いた蛇霊の【唆し】とされる事柄ですが、その事柄を追求しても意味は解りません。禁断のリンゴなどと言われたら、誰もが頭を傾げます。リンゴを食べて、それのどこが悪いとなります。

 

聖書に記載される霊界で龍神と呼ばれる年老いた大蛇霊

 

大蛇霊が悔い改めると現実界の蛇が棒の様に【直立】

 

 私は神霊界修業の中で悔い改めた大蛇霊があると、現実界の蛇が棒の様に成る不思議な現象に出会い、この現象の意味は何だろうと探って来ました。しかし世界の宗教書を見てもそんなことは書かれていません。

 ただモーゼを描いた映画【十戒】の中で、モーゼとエジプトの神官がコブラ蛇を互いに投げ合い。とちらのコブラ蛇が棒の様に成るかを競い合うシーンがあったことを思い出しました。蛇が棒の様に成る?。です。

 

コブラ蛇が棒の様に成る?、棒は奉(立て祀る)?

 

蛇の漢字は、真ん中を無視(虫)した它(舵)は曲がる

 

 私は心霊界修業の中で、精神を患っている方を霊視していると、一本の光の棒に蛇霊が巻き付いているのが見えて来ました。

 

この人は蛇霊に巻き付かれて精神がおかしくなっている

 

しかし、蛇霊が巻き付いている【光の棒】が解らない

 

 その蛇霊が巻き付いた棒から【八方向】の白光が出てると、その棒に巻き付いていた蛇霊が逃げて行く。

 

 

 今日までの世界の宗教を見ると、お釈迦様は仏陀への道を説かれた。ただそれには【悟り】が必要なわけです。ただその悟りは【正法】と呼ばれる事柄で、今は【像法】の時を経て【末法】と呼ばれる時代に入っていますので、その【正法】の頃の教えが消えているなのです。

 そのお釈迦様の悟りを出すのが「みろく菩薩」ですが、大本教から【みろく大神】は出されましたが肝心要のお釈迦様の悟りは大本教からも出てはいないなのです。

 キリスト教に至っては、イエス一人が主の一人御子などと言うまったくデタラメな教義の上に成り立っていました、為にイエス様、イエス様と必死に唱えていてもそれはで天国界には行けなかったわけです。

 

 下記の左側の写真はスピリチュアルで撮られるところの【オーブ玉】ではなくて、魂が写っている珍しい写真と言えます。魂は【玉型の思惟(恣意)】であることを語ります。

 スピリチュアルだと、魂に点数が出るなども語られることもありません。

 

 

 

 

 しかし【魂】と呼ばれる物が【丸い玉形】で【玉思惟(玉恣意)】と解って来ますと、そこに【心棒】が存在するのが【正論】となります。大本教神諭に【この神は北を上にする】とありますが、まさしく北を上にするなのです。

 私は日本における日本語の仕組みで、今日までの人類が語って来た様な神では無い神が存在することを知ったなのです。

 

 

魂の心棒は天帝(直霊)の働きで、人に内在する良心神

 

 お釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】が世の中から消えていたのは、それが解るような人が世に出て来なかったことが原因と言えます。識界レベルとして創造神を第十識界とすると、お釈迦様は第七識界。イエスは第五識界。マホメットは第四識界と言われていますが、イエスやマホメットの段階では無理だったということなのです。

 

 私が未だ幼稚園児であった頃、地元のキリスト教会の幼稚園児の集団見学に行き、その教会にあるイエス像に向かって、【私は必ず貴方(イエス)を救って上げる。】と口走りましたが、その当時はイエスが霊界で重い十字架を引きずっている意味の理解が出来ていませんでした。スピリチュアルだと、イエスは人類の罪を背負っているのだと思いがちなのですが、他人の罪を背負う等は神界の【基本原理】を知るならば、あり得ない教えだと解るはずなのです。

 

  優れた霊能者の間では、この世は【正神界と邪神界】のバランスが取れた社会だとします。つまりこの世に出ている神霊達を全て【正神】とは見なしてはいないなのです。邪神と呼ばれる存在を叩いて乗り越えて来た人だけが、正神と呼ばれる神を知るなのです。

 

そこに万物の創造神の存在が見当たらないがあり

 

何故に邪神達には、悪事が赦されているのか?。

 

 スピリチュアル標榜でも多くの霊が蛇や狐だとは解ります。その蛇や狐と呼ばれる霊が一般の人よりも高い次元霊界にあることぐらいは、スピリチュアル標榜の段階でも解ります。だがその意味を何も理解していないなのです。そうした蛇霊の多くは、過去は【人の身】であったなのです。

 日本の神智学では【愛】ばかり言っているスピリチュアル標榜者は蛇霊の容器と化しているまで言われていますが、死後に蛇霊の身と化すなのです。あるいは地獄界に墜ちるです。そのどちらかと言えます。

 

 私はこのブログの記事の中で【蛇霊の泣き声】を書いています。蛇の身に墜ちた自分を嘆いている霊の泣き声です。さらに蛇霊と化した存在が人の身に生まれ代われないことから起こす他人の魂を食い破って、人として生まれ代わる等の出来事です。

 

その中で【改心】した蛇霊が【棒】状に成る謎に触れた

 

 

 

 

悔い改めほど素晴らしきものは無し  

 

 

 されど人は口先だけで【申し訳ありませんでした。】と簡単には言えないのです。心の底から走って来る【申し訳ありませんでした】の感情が出て来ない限り、表面的には謝れないものなのです。私はこれまで蛇霊神達が悔い改めて涙を流されるを見て来ました。

 

 私は子供の頃に世の立替を告げられて、当時の私は子供でもあり。あまりにも途方も無い内容なのでとても信じるではありませんでした。ただその声の主は、【この国(日本)は私の教えで満ち溢れた世界で唯一つの国である。】と告げられました。

 私は鍾馗神の案内で中国で創造神とも天子ともされる盤古大神に拝謁し、国常立尊を地上神界の表舞台から引退状態に追い込んだ神霊が盤古大神であったと知ったわけです。

 

 私は霊界修業を積んできて、スピリチュアル標榜者では無い本当の霊能者達が言われる【蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊や天狗や龍神】等と呼ばれる霊の存在を見て来ました。こうした霊は通常は【神霊】と呼ばれており、単に人間として終わった存在よりも【霊界での次元が高い】のは事実でした。

 だがそうした蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊とは、動物が神霊と成っているのでは無いということです。過ってはこの世で人として在った霊が、そうした蛇や狐や狸や猫の姿の世界に落とされてそうした霊的身体に【転生】したなのです。

 スピリチュアル標榜者を除いた霊能者は、人から蛇霊化することを語ってはおられます。例えば【安珍清姫の物語】の清姫は大蛇霊化したのですが、人はこの世で怨念や執念を持ってしまいますと死後の世界で蛇霊化します。私は審神(サニワ)の過程の中では人から蛇霊と成った存在を見て来ています。そして言向けと呼ばれる作業をして来たわけです。

 

 白狐から人に、人から白狐は霊能者の段階では知られているのですが、蛇霊化してしまいますと元の人の姿に戻るのが容易ではないのです。蛇霊と成ったことで霊界で三千ほど修業して【龍神】と呼ばれる存在に成る。これが聖書における龍神とは霊界で年老いた大蛇霊と記されていることなのです。

 しかしそんなことはイエスでもマホメットでも知ることではないのです。スピリチュアル標榜者は別として、霊能者がイエスやマホメットをあまり評価しないのは彼らは無知過ぎたがあるからです。いわんや【大天使】等称して出て来る霊等、こいつらはいったい何者だとなるわけです。

 

 大本教の出口王仁三郎聖師は世に龍神と呼ばれる存在の大多数はそうした霊界で年老いた大蛇霊と記しておられます。ある自称救世主と称する方が、三輪山の神は六次元界の大黒龍神でとぐろを巻いた時の大きさは三輪山に匹敵する。その配下の長さ20メートルから40メートルに及ぶ400万体の黒龍神が自分の配下に従ったと言って来られましたが、20メートルから40メートルと言う長さは霊界で年老いた黒蛇霊達等のことです。宇宙創造に関わった本来の龍神ではありません。

 本来の龍神とは、そんな程度の存在ではないのです。

 

 私はある日、不思議な映像を見ていました。それはモーゼが【紅海】を割った道を逃げたとされる映像と考えられますが、無数の龍神が立ち並んで【壁】化して、海の水をせき止めてそこに道を創った映像です。無論、こうした霊的映像が本当に正しいのかどうかはありますが、紅海を割った道が無数の龍神によって為されたとするならば、それは三輪山の神程度の龍神の比ではないわけです。 

 

旧約の神は、人類に【後悔】の道を歩ませてみろくに至る

 

 

 

 

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