人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みろくの夜明け前-6 死と再生その3。今の世で魂の点数を上げられる職種とは

 大本教から【人は神の子・神の宮】が出されました。だがそれは大本教神諭の【人には神とも成れる魂が授けてあるにも関わらず。】とあるように、人は神とも成れる魂を持っているということであって、無条件に誰でも死後は神に成れるではないのです。この世で人であった方が死後の世界で神霊と成り、神社の御祭神として赴任されているケースも見られることから、人から神への内容は嘘ではないとなります。

 

この世における神霊の多くは、過去に人として生きて来た

 

 それ自体は仏教における全ての物に【仏性が宿る】と説かれていることと同様です。されど仏性が宿るから誰しもお釈迦様と同様の【仏陀】には成れないのと同じ様なことです。それはこの世は【遊ぶ】場所では無く、学び努力をする場所だからです。それを怠れば死後に仏陀や神霊等に成れるはずも無いのです。

 

古来より、世の為、人の為に尽くした人は天国や極楽行き

 

スピリチュアルの何をしても自由ですは、地獄界に向かう

 

 この世は天国界に行くか!。地獄界に行くか!。両方の道があるわけです。それは結果的に言えば自分が選んだのであって、死後に誰かに文句を言う筋合いのものではないのです。ただ創造神は【慈愛】として【中有界】を設けて【輪廻転生】で地獄に落ちた者達の魂の救いをして来たなのです。

 

 実際に霊的世界を見聞して来ますと、死後に神上がりをされた方は、この世のでの生き方がどうであったかで解るのです。この世で【世の為に人の為に自己犠牲】をいとわずに尽くされた方達が天国天人界へと進んでおられるなのです。

 それは現代のスピリチュアル標榜者が言う様な内容では無く、古来から言われて来た内容なのです。

 

 キリスト教の様にイエス一人を創造神の御子と信じる者は天国界で、異教徒は地獄に墜ちるなどの要素はどこにも転がっていないのです。誰が考えてもその教えはおかしいと思わなかったのは、その人の怠慢が起こさせたなのです。これまでは霊界に渡って、それを確かめる人達は出なかったのです。だが時代の流れか?。霊界を見分出来る人達が出るようになり、キリスト教徒だから天国界に行っていない。そうした事実が解って来たなのです。

 日本における霊学の分野では、仏(一般霊)の声が聞こえる者は千人に一人はあり。神霊の声が聞こえる者は万人に一人は在る。そうした者が千人、万人集まって修業を積んでもやっと本物が一人出る程度とされています。スピリチュアル。スピリチュアと言っている間は本物では無い段階で、魔界の霊の餌食になるとも言われて来たなのです。

 

自分が蒔いた悪の種の果実は自分で刈り取るのが当たり前の教えで

 

それを誰も、おかしいと思わなかったのは自分がお人好しであったなのです

 

 キリスト教は旧約聖書が説く【目には目を、歯には歯を】の【カルマの原則】を完全に無視していいます。イエスは主の1人御子なので人類の罪を背負ったなど、キリスト教の牧師達の完全なデッチ上げと言えます。それは霊界を見てくれば解ることです。イエス様、イエス様と言っている間は低次元霊界を見ているなのです。

 イスラム教の場合は【カルマの原則】たる【目には目を、歯には歯を】を人たる存在が実施していますが、それは誤った考えと言えます。カルマの原則は輪廻転生を通じて、個々の魂に出ることで人が代わりに罰するではないからです。さらにアラーの神と讃えていれば天国かと言いますと、それもないなのです。

 

 また日本における【南無妙法蓮華経】と唱えていれば極楽界も無いのです。そもそもこの宇宙世界が【南無妙法蓮華経】の七文字で創られたなど、漢字の成り立ちからしても、どう考えても無茶な教えと言えます。科学でこの宇宙の初発とされる147億年前にそんな【漢字】があったのか?。なのです。その当時には宗教で語る様な人の様な姿をした神や仏すら存在していなかったからです。こうしたことは【後の仕組み】なのです。

 

宇宙の初発には、私達の様な人の姿の存在は無かった

 

万物を想像する【意識】と宇宙を創造する力が在った

 

 私は霊界修業を稲荷神霊界でお世話になりましが、いくら稲荷信仰をしていたからと言っても、それで天国界へでもありません。だが狐さん達の世界を見ていると面白いとか楽しいなどがあるのです。白狐の世界に関わっていますと、人から白狐へ。白狐から人への転生とか、半霊半物質化があります。実に霊界のことがよく解るなのです。

 また蛇霊にしても実際に蛇霊達の存在を見て来ないと、聖書における蛇の囁きでエデンの園(神の御国)を追放された人類の意味が解らないがあります。そしてそれが人類の原罪とされる意味です。また日本の行者であれば龍神とは霊界で三千年の月日を経過した大蛇霊のことだとしますが、逆にキリスト教の牧師には何のことかさっぱり解らないとなります。

 

 私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、【そなたはイエスの愛の教えを何一つ恐れずに乗り越えよ。】と告げられたことから、イエスの愛の教えを乗り越えたお釈迦様の悟りの【人に内在する良心神】に辿り着きましたが、次元界と呼ばれる世界まで説明していかないと解らないがあり、誰がこんな事を理解出来るのかと言われたら至難としか言えません。それこそ、お釈迦様クラスで無いと解らないじゃないかとなります。

 

お釈迦様と同じ悟りの教えを出す存在が弥勒菩薩

 

 大本教から【みろく大神】が出され、出口王仁三郎聖師は自分がみろく大神ですとも自称されましたが、後日、自分は似せ者で在った。本物は昭和20年に降臨していると述べておられます。だがそれは【みろく大神】では無く、その代位者として【言葉の神】の分魂をこの世に降ろしたのです。みろく大神と呼ばれる存在は未だこの世には出ていません。これからです。

 私は初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫から【貴方は言葉の神と呼ばれる尊き御方。貴方の言葉の教えは天帝の「詔」と同じで、如何なる神も貴方の言葉の教えが聞けなければ天帝に対する反逆罪で裁かれます。】と告げられて面くらったのですが、大本教神典に秘められた言葉の仕組みそのものは解説することは出来たようです。

 

 宇佐八幡宮の神の使いと称される方を通じて、私の元に宇佐八幡の神から私宛の詰問状が送られて来ました。その内容は、大本教の出口王仁三郎聖師は神界の許可も無く【淡路・鳴門】神業をされた。これは神界の規則違反であり、出口王仁三郎聖師が犯した罪はその上司で在る貴方の罪で在る。貴方はその天則違反の罪の責任をどう取る気かです。そうした質問状です。

 神界における私の魂の本体たる地位は、確かに出口王仁三郎聖師や出口なお開祖の上司とは言えます。一部の霊能者は貴方が大本教を創った張本人の神(国常立尊)ではないのかと指摘もされて来ます。それは肉体の私には関係していません。肉体の私は預かり知らぬことです。

 ただ私からすれば宇佐八幡宮の神も尻の穴の小さな神だなです。それがどうしたです。天帝は既に堪忍袋の緒が切れておられて、世の建て替えが中止されることはないのです。宇佐八幡宮の神は、出口王仁三郎聖師を動かしていた後ろの神の存在が何も解っていないなのかです。それは宇佐八幡の神が例え神軍を整えて対峙しても勝てる様な存在の神では無いのです。その神の命に従うのか、命に従わないかなのです。宇佐八幡の神の段階では【言葉の仕組み】は出来ないのです。

 

 インターネット上に発信者不明の【トドメの文】があります。その中で白狐ならば赦して使わすがあります。また大本教神典に国常立尊様の世の立替にあたっては【白狐(稲荷)は下郎の役で奉仕する。】があります。ただこれは稲荷神霊界を見聞して来ると、もはや半数の白狐は邪神界に転じており、白狐でも半数はそれとは違うとなります。白狐だからと言って安心は出来ません。ただ白狐と呼ばれる存在は、人は死ねば誰でも四次元界に行けますが、それ以上の世界に在るとは言えるなのです。

 

どの宗教を信仰しても、良心神の点数が高い者が天国界

 

 私は人の魂に【点数】が出るを知り、霊能者の方達にも聞いて回ったところ、それは最後の審判の時にみろく世に入る【良心】神の点数だと聞かされました。が、単に【良心】神と言われても、その意味がよく解らないなのです。それだけだと【善】と【良心】の違いが判らずに間違えるなのです。

 

 私が稲荷神霊界を離れて言霊の世界に転じた少し後、私の元に立派な羊が七~八体尋ねて来ました。私には彼らが何を言いたいのかがよく解らない。そこで当時の言霊師であった2番目の師匠に頼んで霊媒通しを頼んだところ、霊媒者を通じてその羊霊達は今から三千年前のユダヤ民族の族長であった者達で、その名前はヤコブとかヨハネと称する者達でした。当時のユダヤ人ならばありふれた名です。

 どうして三千年前のそうしたユダヤ民族の族長であった者達の霊が揃って私の元を訪ねて来たのかとその羊達に尋ねたところ、自分達は霊界からユダヤ民族の救い主が何時出て来るかと見張っていたところ、イエスが出て来たのでユダヤ民族の救世主かと思っていましたが、イエスはユダヤ民族の救い主ではありませんでした。

 それから二千年近くの時を経て、イエスが放っていた光とよく似た光を放っている人が居る。しかしイエスの光とは少し違っている。三千年間に渡って霊界から見張っていて初めて見る光の持ち主が出て来た。この光の人こそユダヤ民族の救い主かと思って、皆で語り揃って私を訪ねて来ましたと言います。

 

 私は一部の霊能力者から貴方の前世はイエスですか?、と尋ねられることがありますが、私が放っている魂の光の色が少しイエスと似通っている部分があるのでしょう。他にも私の魂が放つ光から、私の元に行けば創造神に出会えるかと思って私を訪ねて来た霊達もありますので、珍しい色の光を出してはいるようです。

 その羊達は、これまでイエスと同じ光を放っていた方は何人もありましたと言っていましたが、今日までイエスクラスの魂は何人も降りているはずです。大本教の出口王仁三郎聖師もそうしたクラスだったわけです。それはイエスは旧約聖書の主の一人御子たる存在では無いということなのです。

 

その時の私の疑問は、どうして彼らは【羊】の姿か?

 

旧約聖書は羊の言葉なれども、譱(善)だけでは難しい

 

 私は大本教神諭予告、【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯】の解読によって、それが良心神(大本教神諭、この世の閻魔大王として現れる)を指していると解ったしだいなのです。

 

羊の言葉たる【譱(善)】でなく、我れは羊の【義】が必要

 

 

 大本教から素戔嗚尊の【スの神】が出され、本来ならば【スの神】とは何だとなるはずなのですが、その意味を何も理解しない神霊達は【猫も杓子(神主も僧侶)も】の状態で【スの神】で踊ったわけです。

 それは大本教に入信して出口王仁三郎聖師の直弟子であった世界救世教の開祖である【岡田茂吉】師も含めての話です。多くの新興宗教で【主の神】と書いて【スの神】と呼ぶです。出口王仁三郎聖師が【スの神】と言ったから皆、右に習えで終わったと言えます。誰一人として、どうして大本教神諭予告の一輪の言霊の秘密が【スの神】なのですか?。と聞かなかったのでしょうか。イロハの終わりが【ス】だからス神など、そんな子供騙しの様な論に乗ったなと思うなのです。

 その時、スの神が素戔嗚尊ならば、では対とされる【天照皇大御神】は何かと言う疑問の言葉すら出ていないのです。どの神霊もそれを不思議とも思わなかったのかです。

 

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【日本神話の天の岩戸開けを初めとする神話の数々は、そうした事実があったのでは無い。全てはこの私が最後の審判に備えて人を使って創作させた話で有る。そなたはこの私が何故にそのような日本神話を創らせたのか?。その意味を紐解きなさい。】と言われています。

 大本教神諭は【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(秘密)】を予告しました。それは【五十六億七千万のみろく(369)】で解き明かす大掛かりな神の計画書でした。その前段として【スの神】が出されたなのです。ですから【スの神】って何の事?。と言っているスピリチュアルでは低次元界も低次元界にアクセスしているなのです。蛇霊や狐霊の段階になってしまうなのです。

 

 自らがスピリチュアル界の大御所と自認されている江原啓之さんは、行者と呼ばれる人達の中に入ると一流どころか三流以下と言わざるえません。世にはあまり知られていませんが、行者の世界に入るとスピリチュアル標榜者等は論外とさえ言えます。霊界が切った張ったの世界との認識すら出来ないのです。

 

霊界は神に遭えば神を斬り、仏に遭えば仏を斬る覚悟

 

これ迄の神仏を斬らなければ、真理が覆い隠されていた

 

 私は【言霊】とは何かと解った時、聖書には【言葉は始めに神と共に在った】とありますが、これはやっかいなことだ。どうすればいいのだとなりました。

 キリスト教では神が言葉で何々有れと言ったら万物が出来たような錯覚に陥っていており、イエスが何かを言ったら些細な奇跡が起きたことで、当時の人は信じたのかも知れません。しかしイエスが見せた程度の奇跡力で、この宇宙が出来たのでは無いわけです。そうした人達は、その理解力すら到達していなかったわけです。

 

 岡本天明師の日月神示には【言霊神】の言葉が出てはおりますが、その説明が何もなされていません。それでは解りようが無いとなります。この日本に言霊とは何かを知る霊能力者は若干名おられますがスピリチュアルは一人も無し。今の世に出ておられる神達も、【言霊】とは何かを理解していないのです。確かにそれは五次元とか六次元界段階にアクセスでは無理です。  

 その【言霊】神が何かが解らないと【スの神】論ですら、何の事かの理解すら出来ないのです。まして日本語という言葉を知らない西洋の宗教など、どうすればいいのだとなります。

 

この大掛かりな【神の計画書】は、国常立尊の仕組み

 

創造神の姿は見えないが、間違いなく存在しておられる

 

 この【神の計画書】は、出来うれば全ての神々も全人類も【永遠に嬉し嬉しのみろくの世】に渡す大計画であることは確かでしょうが、創造神の【御心】知らずに陥ってしまった神々や人類の様を見た時、改心するぐらいなばその時には暴れに暴れて死んでやるなどの蛇霊の言葉を聞きますと、私にはそうした蛇霊達の心が理解不能になってしまいます。改心するは容易いなのに、何故に改心するのがそんなに厭なのだろうです。

 

厭の猒(日+月+犬)は、辛いこの世を避けて離れる

 

人の魂の汚れの祓い(犬が友)は長い日月が必要だった

 

 大本教神諭には【世に出ている神達の心持ちが悪かった。】とありますが、この世の意味すら理解しておられなかったなのです。  お釈迦様の悟りに【この世は苦界】があることは知られていますが、その【苦界】によって、人の魂は磨かれる。それはスピリチュアルと標榜する者達の【魂磨きは辛いから止めましょう】の話ではないのです。

 

 

 人がこの世で就く職業の中には、それを職業とすることそのもで自分の魂磨きにつながる職業があります。

 

人の魂の点数を上げる第一は【無料の奉仕活動】でも

 

世の為、人の為に役立つ仕事に就くことも点数を上げる

 

 そうした仕事を職業として給料を貰っても、魂の点数が上がる職種があります。例えば人の命を預かる仕事、医師、看護婦。介護職。特に僻地医療に従事したり、赤髭先生と呼ばれ医師などは死後に高い世界にと進まれます。ただ人の命を助ける仕事でも、それが金持ちに成れるで就いたならば点数は上げれません。常にそこにどれだけ【義】が入るかなのです。

 人を導く教師。その傘下から世の為に人の為に尽くした偉人を出せば出すほどその功績が高くなります。また自己の命を落とす危険がありながら世の治安を守る警察や消防。国を守る軍人。さらに誰もしたがらないが絶対に必要な汚れる仕事。そこに【義】という事柄が入る職種です。自分が得られる報酬という面でなく、自分に【犠牲心】が無いと出来ない仕事です。

 人を育てる面だけでもいえば、多くの子を育て。その子が世の中に役立つ人間になれば、その子を育てた親も【賞】されます。

 

人は世に【賞】されれば、カルマの【償い】ともなる

 

 ただ、そうした仕事に就いた人は皆【義】の人だと言うことになりません。当然、そうした仕事が金に成るとか、威張れるとかでそうした仕事に従事される人はあるでしょう。私も何人者の悪徳警官に出会って来ています。その人が警察官だからと言って、天国に行けるではないのです。逆にそうした仕事に就いたことから墜ちるもあるのです。

 この世で【3K(きつい、汚い、危険)】と呼ばれる様な人が嫌がる様な仕事に従事することも、その人の魂磨きには繋がっています。

 

よくぞこの世の苦労に耐えてくれたと神から認められる

 

要は、この世の【苦労】は魂磨きだと認識すること

 

 人はこの世で生きて行く為には、働いて食料を得なければなりません。神様、神様と言っていて、神様から食べさせて貰えるのは一部の神の御代となった方だけです。神に仕えている以外の者は食べる為に働かなければなりません。私は大本教神諭解説に特化した事をしていますが、そこから一銭も得るではありません。大本教神諭に書かれた意味を知る為に日本全国の一宮も巡って来ました。そうした費用も自腹です。そして誰でも無料で学べる様に発信をしています。

 

私はそうした【無料奉仕】で、魂の点数を上げている

 

 どんな仕事に就いても 逆に3K(きつい、汚い、危険)の職種は厭だと、楽で綺麗で安全な職種に走ると、魂磨きにはつながらないのです。そこに古来より神は乞食の様な姿で現れるがあります。私は豊川稲荷さんが【肥担桶(こえたご)】を天秤で担いでおられる姿を拝見して、神は汚き仕事を率先してしておられると学ばさせて貰いました。私は豊川稲荷がてっきり稲を荷なっておられるのかと見たら【肥担桶】なのでびっくりしたしだいです。

 私の最初の師匠は豊受姫の御代でしたが、最初は【不動明王】の御代さんでした。その時の不動明王は【女性行者の修業の第一は便所掃除】と告げられたと言います。そうしたことは大本教神典にも書かれています。出口なお開祖の前に出て来た女神の金神に、綺麗な服を着て自分の前に出て来る等と怒られて、その金神に裸になって便所掃除をして来いと命令されたがあります。相手がいくら金神で在っても、神ならば率先して汚き仕事をする格好で出て来いです。

 

人の魂を更生させる【甦り】の場所を便所と言う

 

 米の教えを学ぶ方ならば、その夢の中に【便所(トイレ)】が出て来ます。綺麗な便所は汚れていない場所(宗教組織等)を意味し、汚れた便所は汚れた宗教組織を意味します。ある意味、各々の宗教の教えが【便所】であり、人の魂の更生(甦り)を説いていない宗教は汚い便所なのです。今の世は汚れた便所(宗教)ばかりなのです。スピリチュアルも然りです。

 なお豊川稲荷とは、霊能者やスピリチュアルを標榜する方達が見る豊川稲荷とは眷属霊達の姿であり、本体神を見られる霊能者の方はほとんど無いでしょう。豊川稲荷を姫神姿と言う行者や霊能者筋は全て脇神や眷属霊達を見ているなのです。そうしたことでも、その方の霊能力がどの程度のものなのかが解るなのです。

 

 人を殺したり。傷つけたり。盗みをする。欺す。暴力を振るう様な行為はどの宗教でも説くように地獄界に墜ちますが、自分の手を汚さないでボロ儲けをする詐欺師なども、凶悪犯と同様に地獄界に墜ちて行きます。スピリチュアルは金儲けになるで走っている人も、当然に地獄界に墜ちます。その時に自分がそれまで関わっていた霊等、何の助けもしてくれません。

 何故ならばスピリチュアルで出て来る霊の名乗りがどれほど高い神名を名乗っていても、それらは自分勝手な自称であり。地獄に墜ちた霊能者を救うだけの資格が無いなのです。霊能者の中で、少し前にかなり大きな宗教の開祖が亡くなられて地獄界に墜ちられたと言われています。その宗教の御祭神の実態は大黒龍神ですが、大黒龍神でも地獄界に墜ちて行った開祖を救う力など持たないなのです。

 この世ではそうした神霊を神として拝めば現世御利益と病気治しはしてくれますが、地獄に墜ちれば救ってはくれません。黒龍神とか黒蛇霊そのものが地獄に墜ちた姿だからです。私の少し前のブログに書いた。そこに神霊と崇められている蛇霊が泣く(鳴く)があります。

 日本の神智学においては、スピリチュアル標榜で【愛】しか言わない者達は【蛇霊の容器】と化しているとまで言われていますが、いくら霊が見えると言ったところで自分が死後に蛇霊に墜ちて行くのが見えていなければ、死後にウワーッとなってしまいます。生きている内に気がつかないと危ないのです。

 

死後に蛇霊と化して、泣いた(鳴いた)のでは遅い

 

 それはこの世に関わる霊界には【愉快犯霊】がゴロゴロしており、人を欺しては欺されていると喜んでいる霊達が多数居るからです。昔はそうした存在に欺されることを狐や狸に化かされた等と言っていのです。そうした霊は自分は○○大神とか○○天使などと名乗って出て来るのです。まったく油断も隙もないのです。

 

 

 

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