人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みろくの夜明け前-4 死と再生その1。家系の先祖守護霊と共にみろくの世を目指す

 各自の魂とは肉体の父母から貰ったものではありません。妻や子とも魂は同じではありません。兄弟姉妹の魂とも違います。ただ自己の魂と縁がある【家巣】に生まれ出るとなります。仏教で説かれる【縁起】の縁によって、この世での親子や家族としての【契り】を結ぶなのです。

 もし、自分を受け入れてくれる【家巣】が存在しないと、その魂はこの世に人として生まれ出て来られるではないのです。

 

自己が生まれ出た家巣には、多大な恩義がある

 

そこにご先祖霊を供養して、天国に進ませるがある

 

 自己の魂の親たる存在は日本の新神道系では【正守護神】と呼ばれており、その正守護神の祖たる魂は【本守護神】と呼ばれています。それは自分が生まれ出た家系とは関係がありません。魂はこの世では人としての肉体を貰い。縁があって家系で他の魂と一つの【家族】として、同じ家巣の中で育てられたり、暮らすなのです。

 こうしたことはある事例によって解ります。自分の肉体の親としてあった存在の魂が中有界にある場合は、親として夢枕に出て来られるはあります。が、その親だった魂が天国界に進むと、もう夢枕に出なくなるがあります。それは天国界に渡ると、この世の者との縁が切れるからです。天国界に渡った魂は、自己の魂の先祖魂に向かうからです。

 自分の魂が自分の魂の本体たる正守護神に向かう。さらにその上の魂の先祖たる本守護神に向かうは、私が調べた限りでは大本教霊界物語でしか解らないようです。それには【次元界】の存在があり。次元界まで含めたところまで説いた宗教は大本教以外には見当たりません。仏典はそれなりに意味はあるのですが、霊界に関してはまったく記述が弱いがあります。

 

 もしこの世に自分を受け入れてくれる【家巣】たる場所が無ければ、この世は【魂の修行場】としては機能しなかったのです。地獄に墜ちて地獄界暮らしを続けているならば、その魂に救いはありません。この世に人として出して貰えることで、魂は【更生(甦る)】の機会を与えられて来たのです。

 しかしキリスト教などは冥府の長官(閻魔大王)を悪魔(サタン)扱いにしたりで、冥府の意味をまったく理解していなかったがあります。それ自体はこの日本でも閻魔大王の【羅城】の門番たる邏卒に対して、節分の日に【鬼は外】とまるで悪魔の様に【煎り豆】をぶつけているなのです。

 

その家巣に縁が無ければ、受け入れ先が見当たらない

 

縁が無ければ、地獄の様な家巣にしか生まれ出られない

 

 これまでは中有界に入って、また人として生まれ出る期間は個々の魂でかなり違い。早ければ即座的な魂もあったようです。通常は家系守護霊として就かれる方が五代前の先祖霊さんが多いことから、中有界に留まっている期間は120年間から150間年程度と見る説が有力と思われていました。

 その御先祖霊もある程度の期間を過ぎると、またもや人として生まれ出るです。中有界には別に定まった年数は無いのです。希には生まれ変わらず、延々と生きた時代の意識のままで生き続けている魂も見受けられます。私が出会った事例では、外国人の姿ですが五万年前の人の姿をした霊がありました。

 

人の魂は生まれ変わる都度、その時代の意識を得る

 

魂の意識は更新されて行き、魂は過去の自分を忘れ去る

 

 大本教神諭に【人には一体の守護神を就けてある。】とありますが、この守護神とはスピリチュアル標榜者が言うハイヤーセルフではありません。日本の新神道系の宗教であれば、守護神には【本守護神】【正守護神】【副守護神】の存在を説くことが多いのですが、その中での【副守護神】格です。

 大本教霊界物語の説明では、その【副守護神】格は蛇霊や狐霊や諸々の霊の存在を言っていますが、実践霊能者として活動している方達が副守護神として見るのは五代前か四代前の家系御先祖霊が多いなのです。その御先祖霊が見当たらない方には代わりに蛇霊等が就いているです。または蛇霊と化した御先祖霊です。

 

 ある御夫人は御主人を亡くされたが何の供養もされない。仏壇は埃だらけ。ある日、その仏壇に蛇が来て仏壇内でとぐろを巻いて居座った。その方は市役所に電話して蛇を捕りに来て下さいと言われたのですが、その御主人は死後に蛇霊化をして、この世の蛇を使って供養を求めていることに気付かれないなのです。

 昔の人は仏壇に上がって来る蛇は亡くなった方が家族に供養を求めている。で、線香を上げれば蛇は逃げて行くと言われます。 

 

 私が伏見稲荷大社講社に所属している時、ある方の屋外の祠の更新があり、支部長であった最初の師匠のお供として、その自宅で祠の更新のお祝いの祭礼をしていると仏壇で上げていた御線香が真っ直ぐに立ち上るがありました。それを見ていた祭主であった最初の師匠が、その方が長い間、ご先祖さんが祀られた稲荷さんを捨て置いていたことで、御先祖霊が降りて来て喜んでおられると言います。

 私も神仏に捧げる蝋燭の火とかお線香の煙の上がり方で、神仏がどのように感応されているかを見るがあります。御先祖霊が喜ばれている時は線香の煙が真っ直ぐに上がります。霊が来ていて蝋燭の火で浄化される時は蝋燭の火が上がります。希には一瞬にその蝋燭が燃え尽きるもあります。それはよほど汚れていた霊なのでしょうが、火(ヒ)による浄化です。

 私など買い物に出た先で、お線香の匂いに遭遇します。それは私の側にお線香を一杯受けておられる仏が来ているなのです。こうしたお線香には匂いの特徴があり、自宅の線香の匂いで無ければ他所の仏様となります。

 が、スピリチュアルだスピリチュアルだと言っておられる方は、そうした事柄さえもあまりご存じ無いなのです。家に青大将が居ると、御先祖霊が家を守っておられると言う俗説がありますが、人と蛇には深い関係はあるのです。だがそれを示すのは、聖書におけるアダムとイヴが蛇の囁きから神の園を追放された話だけと言えます。

 

エデンの園(神の御国)から追放されたのが人類です

 

どの宗教でも火を点すのは、火は霊の浄化に繋がる

 

 ある程度の年月を経過しますと御先祖霊も人としてこの世に生まれ変わって出ておられます。為に霊能力者は御先祖霊が中有界に居る間の年数が、霊が中有界にいる間と推察しているなのです。

 

 私の副守護神として私を守っておられたのは五代前の家系の御先祖霊で、霊能者の調べでは日蓮聖人の御分魂とのことでした。出雲大社教に所属する霊能者から貴方の家系の五代前の御先祖霊は出雲大社に匹敵する力を持っておられると言われ、どうして私の家系の五代前の御先祖霊が出雲大社に匹敵するのかと首を傾げておりましたが、その御先祖霊の本体が日蓮聖人と解って、ならば出雲大社に匹敵すると言われた言葉に納得もしました。

 が、私の祖父は養子なので私と肉体の血脈はありません。安政2年没で今年で167年目になります。先日、私の父母を葬った墓に行ったところその姿を出されました。以前からその墓に居るとは言っていました。で、いよいよ大嵐の到来の伝達かと感じたしだいです。

 私の肉体の父母は既に神上がりをしていますので供養の必要はありませんが、この世では親類縁者もありますので外形として墓も必要があるのです。私が肉体を終えて霊界に帰る時にはその御先祖霊もその副守護神としての使命を終えて、日蓮聖人たる本体霊の元に戻られるなのです。

 

 私は子供の頃、自分がこの家系に生まれ出たのは、この家系の御先祖霊が私を預かりますで、この家に生まれ出たという不思議な想いを持っていました。そして霊能者の方から告げられたのは貴方が生まれた家系は、国常立尊様に直につながる家系だと聞かされたなのです。

 日蓮聖人は国常立尊(天之御中主)様とは深い関わりがあることは昔から知られています。その関係から私の家系に御分霊を出されたのでしょう。それはある意味昔から練られた【神の計画書】に従っているなのです。

 そうでないと、私の初期の霊界修業の中では日蓮聖人のお弟子だった2体の霊が私の枕元で常に不寝番をしていて、私におかしな霊的映像が送られてくると、それを強制的に遮断するなどをされていました。するとバチンという音が聞こえるです。霊能力がある方からは、貴方の背後には日蓮さんらしい霊が居るが、日蓮さんではなさそうだ。が、日蓮聖人に似ていると言う声も聞いて来ました。その当時はその御先祖霊が日蓮聖人の分魂とは解っていなかったなのです。

 

自己の守護霊がしっかりしていないと、邪神に惑わされる

 

守護霊に就く霊は、守護人が天国界に進むと天国に進む

 

 先祖の家系から子孫の守護に就いている霊がしっかりしていれば、その守護人を間違った方向に進めるはあまりありません。  私の家系の先祖守護霊さんは霊能者の調べで日蓮聖人の御分霊であることは解りましたが、日蓮聖人は私を【法華経】の世界に導くではなく、大本教へ大本教へと導いてくれました。また私の守護神は稲荷神界から言霊の世界へと導いてくれました。

 もし【法華経の世界】だけであれば、私は【言霊】の存在に辿り着かなかったでしょう。また【法華経】では【創造神】の存在が解らないがあります。仏教においては御釈迦様は【無から有を生じた】と説かれたのですが、その無から有が生じることに関しては、【そのことで思い煩うな】と説いておられます。弟子達に説明しても解らないだろうからと推察出来ます。

 私は【無から有が生じた】課程を普通の人に説明するのはかなり難しいと言います。だがそれを見た時、神と呼ばれる存在はキリスト教の様にイエス一人を神の御子と信じればよいなどの馬鹿げた話ではないと解ります。

 そして私は稲荷神界に身を投じていなければ、稲荷たる【米】の教えにも辿り着かなかったでしょう。私は単に学的なことから、話を進めているのではないのです、稲荷神界に所属して、【如来。菩薩。明王。諸神。蛇や狐、狸や猫霊。龍神とか天狗。】そうした霊世界の存在を私の目で確かめて来て、話をしているのです。

 

私が見て来たのは宇宙を創った創造神たる存在の可否

 

 この世に肉体を持った方がみろく世に進むであれば、その人を守護していた副守護神格の霊も、またみろく世に進む。  

 

 大本教から出された【人は霊(ヒ)止(ト)】であるは、宗教世界から言えば革命に等しい教えであり、全ての人に【霊は止まる】なのです。それならば全ての人に霊が見えないのはおかしいとなりますが、この世は魂の修学場であり、あまり霊が見えるのは好ましくはありません。  

 

 特に霊力が強い蛇霊や狐霊が人に憑依すると、霊的世界がよく見えます。しかしそれは霊界でも低い霊界なのです。自分は霊が見えるから凄いのではないのです。為に霊を見る能力は凄いけれども、人間的にはどうなのか?。そうした人達も出て来るのです。

 

自己の副守護神の力が弱いと、蛇霊や狐霊に欺される

 

先祖霊の力を高めるには、自分の魂の浄化と神を学ぶ

 

 

 

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