人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みろくの夜明け前-3 蛇や狐が神として祀られる世界から、差別が無い世界にと向かう

 みろくの世とは、石臼で引いたような均一の粉の様な世界と宣伝はされて来ました。人が人を差別するような世界は愚かな行為の世界だからです。そもそもこの世での差別とは、人として生まれ出た環境。肌の色の違いとか身体的能力の差によって意味が無い差別が延々と続いていました。そしてパワハラとか虐めなどもはびこって来たがあります。

 

これまでの世は、正しいことが正しいでなかった

 

人に内在する【良心】などないがしろにされて来た

 

 お釈迦様の本当の悟りであった【人には良心と呼ばれる神が内在している。】などは、いくら説明してもスピリチュアル標榜者には届きません。何故に創造神は【56億7千万】の数字で解き明かす【みろく】等と言う仕組みをなされたのか?。

 

 私は霊的世界に入って解ったことですが、この世で霊的能力を持っている人。特に女性に多いのですが、神代と呼ばれる時代には神霊とか天女と言われる身分であったなれども、その時代の罪でこの世で落とされている人が多いなのです。西洋だと堕天使などと安易な言い方がされていますが、実にいい加減な言葉が使われたものです。その代表的な事例として大本教の出口なお開祖が言われています。神代の時代の罪でこの世に落とされて、生まれ変わる人生はいずれも貧苦の連続です。

 

 スピリチュアル標榜者を除いて、この世は魂の修業場。宇宙の天人達の流刑地とも言われて来ました。自分が神代と呼ばれる時代に罪を犯した者だの自覚が無く。反省し悔い改めもせず、この世で自分は神代では偉い(高い)身分であった等と、未だに自分の過去世の罪に目覚めないなのです。

 この世は魂の修行場。カルマの解消場所と告げられていても、自分は過去世で悪業を積んだのだ!。その自覚に入れないです。ただ自分はかっては天女であった等の驕った意識だけを今も持っているなのです。

 

みろく世には、自分は偉い者とか驕る者は入れない

 

 スピリチュアルでは【この世は遊ぶ場所です。】等と主張される方が多いのですが、スピリチュアルと言う言葉を嫌う霊能者や行者筋は、この世は【魂の修行場】の認識はあります。ですから【地獄界】の存在も見ます。

 しかしスピリチュアル標榜だと【地獄】など存在していないと思っています。為にカルマの解消をほとんど言いません。刹那心(今さえよければそれでよい)に溺れる人に対して高額鑑定料金を請求して、何を鑑定してるのだとなります。

 仏教における【三時(過去・現在・未来)】の教えすら理解していないなのです。仏教における【三時】の教えを理解していないのは、キリスト教の【愛】の教えが絶対だと誤った思い込みの中にあるからです。

 

 本当にその人の前世が見えるのであれば、その人が犯した過去の状況が見えるはずなのです。その罪を見た時、その罪を安易に浄化しますなどの言葉を出せるはずなどないのです。

 私は蛇霊系黒龍神の浄化を体験させられましたが、その苦しさは筆舌に尽くし難いものでした。蛇霊系龍神等はいくら霊力があろうとも、自分を汚してしまっているのです。自分の汚れを浄化する。その意識すら持っていなかったと言えます。

 

 私は修業時代、ある大手新聞記者に絡まれた事があります。私が勤めている職場を知っての話です。その新聞記者は自分は大新聞社の新聞記者だ。新聞に書かれたくなかったならば、俺の股下を潜れと強要します。このままでは私が勤めている職場にも迷惑が掛かる。相手はゴロツキ記者だと思って、その股下を潜ってやりました。

 後でこの新聞記者はタダでは済まないだろうと解ってのことです。私がまがりなりにも神の世界の使者とは知らず。後の怖さを知らないからです。かって私に悪態をついた不動明王は、豊受姫に金縛りにされたがあります。

 私は子供の頃、【韓信の股くぐり(大望を抱く者は、些細な恥辱には争うことなく耐える)】の故事を学び。私を侮辱する者の言葉など、屁程度にしか思っていませんでした。で、その股をくぐってやりました。そんなことで悔し涙など一滴も出ません。私は幼い頃から相手の魂を見ることに徹していたからです。ろくでもない者に関わっている等、時間の無駄だです。

 

 この新聞記者はそれでも飽き足らず、当時の私の職場に押しかけて来て、さらに土下座をせよと迫って来ます。股くぐりでも平気でする私にとっては、土下座など易いことです。相手を土下座させて喜んでいるでは、そのお里が知れます。しかし私の職場に来てまでの狼藉に私の職場の上司と揉めました。その上司はその新聞社の通信所の所長と知り合いなので、その名を出すと引き下がりました。

 その職場の上司がそのその新聞社の通信所の所長に電話で聞いたところ。その大新聞社の重役の縁故で入社した記者で、ヤクザと同様で会社でも困っているが何分にも重役の縁故入社で、本社には置けず地方に飛ばされた者と代わりに謝ってくれれたそうです。そんな重役が居るような新聞社ならば、それもまた恥ずかしいことです。

 

 その後、その新聞記者の前世を神から見せられました。江戸時代某藩の家老職の子供として生まれ、その城下町を馬を走らせて住民を馬の足で踏み殺すをしていましたが、家老職の親の威光を嵩に着て城下で乱暴の狼藉の限りです。が、常に家老の息子でお咎めなしです。ともかくその前世からヤクザ的な暴力者です。その性質は今生も抜けていないのです。

 その時の職場の上司が私にその新聞記者がその後どうなったかを伝えてくれました。高給が貰える大新聞社を辞めて、大阪で暴力団員なったとのことでした。そして消息不明。落ちて行ったのでしょう。幾度生まれ変わっても暴力でしか生きられない人生の繰り返しをしているです。

 

人の性分は、幾度生まれ変わっても簡単には直せない

 

 私は霊能者はしていませんが、必要があれば、その人の過去世(カルマ)を神から見させられるがあります。個々の人のカルマなど、簡単に取り除いてあげますなど言えることではないのです。私は神から見せられると言っても、自分を見て下さいと言われても見えません。その人の過去を見せる見せないは私を守護している神しだいです。

 

 私の2番目の言霊師であった師匠は、自分は国常立尊の現身(うつそみ)と称していましたが、その前世に室町時代の豪農に仕える若侍の時があり、その時に雇い主の娘と恋をして駆け落ちして逃げ切れないとなって、その恋する娘を手にかけて落ち延びる光景が出て来ました。追っ手がかがり火を掲げて、高い山の上まで追って来る。そこまで光景が出て来ます。

 その言霊師の師匠の元に相談に来た30代前半の女性がその時の女性で、これは大事になるぞと思っていたら、その女性は離婚して幼い子供を連れてその師匠と結婚しました。とんでもない歳の差ですが、過去世からの長年の想いが遂げられたなのです。それでそのカルマは解消はしたのです。自分が手にかけたのは両方が愛するが故です。だが自分は死にきれなかったので逃げた。

 その罪は問われてはいなかったのですが、両方の魂にはそれが今日までカルマとして残っていたなのです。その時の光景が鮮やかに霊的スクリーンに写るのです。

 

 その言霊師の師匠の次の人生は江戸時代には江戸で魚屋で、その相手の女性は北陸の某藩の武士の奥方として出て来ました。江戸時代には2人は江戸と北陸で出会えなかったなのです。室町時代の恋から、今日までの時を経てようやく男と女として結ばれたです。この恋は誰をもってしても引き裂けないなのです。人のカルマの解消とは長い年月を掛けて現れるものです。

  私はその人の過去世を神から見せられるはありますが、それはその人の性格が過去に関係している場合なのです。これでこの人の性格はそうなのかです。

 

人のカルマは、自分は霊能者ですで解決など出来ません

 

神は人の過去の罪を、全てスクリーンに写すことは可能

 

 霊的世界に関わっていれば、蛇霊でも狐霊でもその人の近い過去に起きた出来事はある程度は当てて来ます。それでビックリするはありますが、その人の全ての過去世の所業まで詳しく見えているではないのです。その多くは今の世で何歳頃に恋愛したでしょう程度です。それが出来れば占い師としては成功します。されどその人のカルマの原因が見えていないと、魂の根本までは直すにはつながりません。

 霊能力がある人の過去もスクリーンに映し出されるがあります。その前世に古代のシャーマンの時代があり、そのシャーマンの時に精霊界とか低級霊界に関わって人を生け贄にしたことがあるなどです。その時の罪を今の世で背負っているなどが出て来ます。創造神は人を【生け贄】にして喜ぶ存在ではありません。

 ある難病があります。その病に罹った霊能力を持つ方は、過去世でシャーマン時代の罪の償いとして、その病に罹っているがあります。世界の人類が平和でありますようにのスローガンで知られる白光真宏会の開祖であった五井昌久師は、病は過去からのカルマの解消と述べておられますが、一理あるのです。

 

人は言葉や肌の色は違っても、胸を開けば皆同じ

 

 アメリカで眠れる偉大な予言者と言われたエドガー・ケーシーは、白人の前世をリーディングした時、白人の多くの前世は黒人(ニグロ)であったと書いています。今はニグロは差別用語だから使ってはいけないとされていますが、そうした言葉を投げかけるのか、そうした言葉が使われていた時代があったことを知る為に使うのかは別のことです。

 単に差別用語だから使っていけないではなくて、その差別する意識そのものを変えさせるが本当のことなのです。黒色の肌で生まれてこようと、白色の肌で生まれてこようと、黄色の肌で生まれてこようと【人は霊止(ひと)】なのです。その魂を取り出したら、黒色も白色も黄色の肌の色など関係が無いのです。

 

 そのエドガーケーシーが言った、黒人→白人は、白人→黄色人種に輪廻転生して行く過程と言えます。神国日本と言われる日本に居て、スピリチュアルだ!。スピリチュアルだでミカエルとかガブリエルとか叫んでいる方達の前世には、中世キリスト教社会で生きていた当時の意識に未だに支配されているなのです。その過去世がキリスト教社会において火焙り刑にされた魔女やイエス一筋の修道女です。どうしても過去のキリスト教社会で生きていた当時の意識から日本で生まれても【イエス】が抜けきれないがあるのです。だがそのキリスト教には【輪廻転生】の教えすらないなのです。

 

 この日本は仏教国家です。その仏教を学べばキリスト教の教えの低さは解って来たはずなのです。為にキリスト教国家ではない日本国に生まれた。それが解っていないのです。日本神道は学びを深めると、旧約聖書につながることすら解って来ます。単に霊が見えるは蛇霊や狐霊の世界なのです。霊世界に興味を持って、高額料金のセミナーに行って蛇霊を憑けて貰って喜んでいるなのです。

 その憑けられた蛇霊の霊力で低級霊界に関わることは出来ますが、自分も死後には蛇霊界に行くことになりかねません。

 

私は蛇霊が泣くを見て来ました。何故に蛇霊は泣く?

 

 私は霊界修業の過程で、現実界の蛇が【泣く(鳴く)】を知りました。それまで蛇が泣く(鳴く)など聞いたこともなかったからです。その時、豊受姫のお代であった師匠が私の側に居たので尋ねたところ、【呼び声大神】様が貴方に教える為に蛇を泣かせておられるのですと言います。【呼び声大神】様とは声の神様で、蛇を泣かせることも出来ますと言われます。蛇霊は曲がりなりにも神霊として祀られているのに、どうして泣く(鳴く)?。

 私の最初の師匠は豊受姫の御代で、その著書に【自分は神様は蛇や狐だと思っています。】と書いています。確かにこの日本で神霊として祀られている存在の多くは蛇霊や狐霊達です。私自身は霊能力者から貴方は高次元世界の教えを説かれる方ですが、この世は蛇霊や狐霊が支配する世界。下級霊界が見えないと霊能者には成れませんと言われて来た身です。その神として祀られている蛇霊が【泣く】に遭遇して、これはどういうことなのかの疑問が生じたのです。

 そして私は蛇霊系の神霊が【改心】すると、この世の蛇が【棒】の様に直立するを知りました。この蛇が棒のようになるは調べると、映画十戒においてモーゼとエジプトの神官がコブラ蛇を投げ合って、どちらがコブラ蛇を棒のようにするか競うがあります。その程度ぐらいしか資料的なことはありません。この蛇が棒の様に直立するを知る方は数が少ないのです。

 

 しかし【蛇】の漢字を見るならば、蛇の右辺は仏陀の【它】。これは船の【舵】にあり。直進とか蛇行。そして【虫】は真ん中を止めてしまった【無視】なのです。人の魂の真ん中には丸ければ【心棒】と呼ばれる【棒】があります。それが良心神となります。この棒が曲がりくねった。心棒を無視したのが【蛇】なのです。

 

私は蛇霊が巻き付く【棒】が心棒で、良心神と知った

 

 日本の神智学では愛ばかり言っているスピリチュアルは【蛇霊の容器】と化しているとまで言われていますが、これは魂の真ん中の棒(良心神)を理解しようとしないスピリチュアルであれば、死後に蛇霊の世界に進むのはやむ得ないわけです。スピリチュアルでは日本の神道系で言われる【一霊四魂】などの話は絶対に出て来ません。

 私はあるスピリチュアルの方から、貴方はスピリチュアルに対して厳しすぎると言われましたが、死後に【蛇霊】と化す人の数を減らしたいなのです。聖書には蛇霊の囁きで神の園から追放された人類。世に龍神と呼ばれる存在は【霊界で年老いた大蛇霊】とあるように、霊的世界を歩いていればこうしたことは解るはずなのです。

 

で、蛇霊も悔い改めたならば天人の世界に戻れる

 

 差別で言えば、日本人は白人から【ジャップ】という差別用語で卑しめられる侮蔑されるがあります。この【ジャップ】と言う言葉、インターネットで検索しても差別用語としてしか出ていないでしょう。その言葉がどのよう場面で使われるかの意味が解らないがあります。

 日本で明治維新の後、多くの日本人が貧しさからアメリカに移民として渡りました。主にカリフォルニアが主体ですが、勤勉な日本人はよく働いたことから、自分達が働く職場が奪われるとした貧困層の白人労働者が日本人排斥運動を起こしました。その時に使われた言葉が【ジャップ】です。

 その意味合いはインターネット上では出て来ません。日本人を辱める時の意味合い程度です。それが差別用語だから使用するなと言うことで意味を遮断することと、過去の歴史を検証することまで一緒にしてしまっているがあります。

 

 先だってNHKの大河ドラマ【青天を衝け】で主人公渋沢栄一氏の生涯を描いた場面で、渋沢栄一氏がその日本人排斥運動を和らげる為にわざわざアメリカに渡った場面がありました。アメリカ人に人種で人を差別するなという訴えです。

 私は【渋沢栄一】氏が日本の資本主義の父と呼ばれていることは知っていましたが、ここまで功績を上げられた方だとの認識は不足していました。この渋沢栄一のことを知ると、神から使わされた方だったと認識が出来ます。別に宗教家だけが神から使わされたのではなく、多くの方が神から使わされています。

 第二次世界大戦において同じ敵国住民でも、アメリカに居るドイツ人と日本人の間には明らかに差別的な扱いがありました。そこには日本人は黄色人種だから下等人種だという非常に見下したものがあり、ドイツ人は自分達と同じ白人種だです。アメリカに居た日本人は【捕虜収容所】に送られたがあります。また日本における原子爆弾投下は、日本人が黄色人種だから行ったという側面は歪めないでしょう。

 

白人優越主義の根底にはキリスト教がある

 

 キリスト教が説く【愛】などは欺瞞の教えと言えます。白人は鯨の肉は可哀想だから食べては行けないと日本を攻撃して来て、牛や豚や羊の肉は平気で食べるのが【愛】かです。牛も羊も豚も哺乳類で命があるのです。キリスト教徒は愛と言う言葉をはき違えているのです。愛を言うのであれば、【菜食主義】になるべきなのです。

 私は牛の屠殺(とさつ)に立ち会ったことがあります。当時は電気による屠殺ではなくて、ハンマーで一撃して殺すです。為か自分が殺されると察知した牛はあの大きな目に涙を浮かべます。私は国常立尊様が神界の表舞台から退かれた後、主君を失い俗に言われる堕天使として牛の世界に転じて、牛として死んでは生まれ死んでは生まれての長い年月を経ています。その間には肉として人に食べられたでしょう。牛を食べては行けないのではなくて、その命を頂いていることに感謝をするなのです。

 

愛しか言わぬ者は、他の命を食べてはいけない

 

 私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいましたが、その声は【多くの偉人の功績から、いろんなことを学びなさい。】と告げられました。また【多くの物語(ドラマ)を見て、その劇で演じられる人の生き方や人情などを学びなさい。】とも言われました。

 そうしたドラマを見て学ぶことと、単に漫才とかバラエティー番組を見て笑っているだけでは、魂の学びに大きな差が生じます。人の一生は短い。その短い一生の中でどれだけ魂磨きの知恵を入れるかです。為に【他山の石】を知ることが必要なのです。それには【他の人の生き様】を知るのが一番なのです。

 今はスマホ中毒になっている方が多く。魂磨きが疎かになっています。この世はスピリチュアルが説く遊ぶ為の世界ではないのです。だが全ての人が僧侶の様に出家して修業するであれば、この世は成り立ちません。そこに人を見て、世の中を見て、いかに自分の魂を磨くかが鍵となります。

 

偉人の生涯から学ぶ事柄とバラエティーでは差が生じる

 

他人の功績から学ぶ者とその反対者では魂の器が変わる

 

 この世は【魂の修学の場】であるので、天国界から教えをする。導くために高い次元の魂も降ります。また何時までも地獄界に留めておいても成長が出来ないので赦して人として生まれ変わらせる。そうした魂が混在して、善と悪との違いを学んでいます。お釈迦様やイエスや大本教の出口王仁三郎聖師。弘法大師。日蓮聖人などはそうした高次元界から降りられた魂なのです。但し、イエスは旧約聖書に書かれた主の一人御子の立場ではなかったなのです。

 で、大本教の出口王仁三郎聖師は、自分と出口なお開祖は旧約聖書で予言された【男女二人】の預言者だと言われたなのです。

 

だが宗教家と成った魂だけが、高い魂ではないのです

 

その時代、その場面において神は高次元の魂を降ろす

 

 

 

 

 

 

 お釈迦様は二度とこの世に生まれ出ないと言われたことは知られていますが、魂の点数から言うと【卆業点】に達しておられるので、二度とこの世に生まれ出ないと言われた言葉は正しいとなります。巷で自分の前世は釈尊だと自称される方は全て贋者と言えます。その魂を霊査すれば霊界でも低い段階と解ります。

 過っては魂の修行場たるこの世は機能しており、多くの方がこの世の生き方で天国界に進まれたはあります。だが文明の発達と利便性から、この世が魂の修行場としては相応しくないが起きて来たと言えます。天国から人々に教えをする為に降りて来た天人ですら、この世の悪に染まって元の天国界に帰れなくなったなどです。で、多くの魂は輪廻転生の中有界に入るです。

 その割合ははっきり解っていませんが約7割近い人は中有界だろうと言われていました。残りは天国界と地獄界。しかし今や天国界に進める人は僅かになった言われています。中有界行きがさらに【大勢】となっているのです。

 かっては新地球論者の中ではみろく世に進めるのは全人類の1パーセント程度だろうと言われていました。だが中有界でも上階あたりには後少しの点数の上積みで天国界に進める人達が多数おられるのです。

 

国常立尊様の大計画は、そうした者達をみろく世に進める

 

 私には最終的にみろくの世に進まれる人の数も割合も解りません。ただ決められた数ではなくて、その人の魂の良心神の点数で決まるは他の霊能者の方達も説くところです。

 

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【この世の幕を引く舞台の筋書きは、世に出ている神達や人民が知ることでは無い。この世の舞台が終われば、そういうことかとこの私に大拍手大喝采するであろう。】と告げられましたが、大本教神諭には、この神の大望を世界に1人知りておるとあります。私は旧約聖書の神と称していた声の持ち主が、全人類を助けたいと思っておられる大望を持っておられることは知っています。それは人々の想像を絶する仕組みと言えます。が、私が全貌を知るではありません。

 

世に出ている神ではなく、創造神の存在を知らせる仕組み

 

 

 

精神世界

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。

このブログの人気記事ランキング

JUGEMおすすめブログ

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< May 2025 >>