人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

みろくの夜明け前-2。みろくの世には職業の貴賎は無い

 この世では自分が就いている職種で自分が世間から評価されるがあります。その評価が高くなる仕事に就ける尺度して使われるのが学歴です。いくらその人が人間的に人柄も良く。仕事の能力が高くても、学歴が無ければそうした職業に就けないがあります。為に貧乏な家庭でありながら無理に大学に行く。その大学に行くは本当に学びたいのではなく、単に学歴が必要だから無理して行くです。

 九九の暗算も出来なければ、分数計算もまともに出来ない。それで自分は大学を出ました。そんな世は何かが間違っていると気付かなければなりません。日本の大学は大学としての見識すら疑わざる得ないがあります。為に世界の大学のレベルから落ちて行くです。中卒でも高卒でも出来る者を育てて行く社会でないと、その活力すら失います。

 この日本を一大産業国家に仕上げた人達の多くは、さほど学歴があった方達ではありません。松下幸之助さんの様に無学歴に近い人達です。

 

神は天分を備えた人を世の下に潜ませる

 

 私はもう今の社会は根本から建て替えないと先行きが無いと創造神は考えておられると言います。そうしたことを言えば、【創造神でも無いおまえが如き者が何を言う】と世間から叱られてしまいますが、豊受姫を初めとして幾人かの霊能力者から貴方の背後には【国常立尊】様が居られると指摘されて来たように、私の言葉には国常立尊様の御意志は入っているのです。

 私は肉体の父親が九歳で死んだこともあり、貧乏な母子家庭で育ちました。当時は母子家庭と言うだけで差別を受けていました。それは今日でも見られます。その基本にあるのは母子家庭は貧乏人でろくな教育も受けていないという偏見差別です。確かに母子家庭に陥ると生活が苦しく、上級の学校には行けないという環境に置かれたりします。

 しかしそこに【神界の仕組み】があることは、ほとんど知られていません。自分が高い世界の魂の持ち主であったりすると、自分の肉体の親すら殺してしまうがあるのです。両親や父親の早死にです。高い魂の持ち主で裕福な家庭に生まれたなどは、釈迦族の王子として生まれ出たお釈迦様ぐらいなのです。ほとんどの高い魂の持ち主は貧困の環境に生まれ出るなのです。

 

偉人の韋は、普通の人とは違った韋の道を行く

 

 私が子供の頃には旧約聖書の神と称する声が臨んでおり。その声は【人は外形やその置かれた環境で判断するのではなく、その中味(魂)において判断されるべき者。】と告げられました。そして【上に立つべき者が社会の底辺を知らずでは、何時まで経っても世の中は良くならない。】とも言われたのです。

 

上に立つべき者が社会の底辺を経験せずの世は潰れる

 

 そして【私はそなたを社会の底辺に置く。そなたは社会の底辺をウジ虫の如く這ってでも、人の「心の在り方」に関して学ばなければならない。】と告げられました。

 

社会の底辺で【人の心の在り方】を学ぶとは?

 

それは、【社会の底辺】でしか学べないのか?

 

 私は言葉の仕組みが解って、ウジ虫とは【身分などの氏(うじ)】を無視して、這うは【言葉の道】のことかと理解出来ました。この世で仮に天皇家に生まれ出ても、良心神とは何ぞやが解らないのです。それがお釈迦様の本当の悟りであったにしても、スピリチュアル者の様に良心神とは単に【良い心】のことで終わってしまうなのです。そうなりますとお釈迦様の小乗の悟りは忘れられて、大乗仏教の様な【真理】に基づかない教えが蔓延るとなります。

 

 私はお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】を、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の秘密】で五六億七千万の【みろく(369)】で紐解くことが出来ました。しかし、それは【学】だけの話であり、それだけではほとんど意味がないのです。

 

自分が社会の底辺に身を置いて、初めて良心神が解る

 

 自分が社会の底辺に身を置いていますと、意外なことが見えて来るのです。例えその人が世に【浮浪者(ホームレス)】と呼ばれている人でも、魂的にはこの人は神様かと思える様な魂を持った方とか、掃除のおばちゃんと呼ばれている人でもその魂は明らかに神の魂だと解る方もおられます。

 

日本の風土記、素戔嗚尊(武塔神)は乞食の姿で現れた

 

蘇民将来の意味は、素戔嗚尊によって【将来民は蘇る】

 

 大本教の出口王仁三郎聖師が救世主は【素戔嗚尊】として演じられた意味は、備後風土記の【蘇民将来】の仕組みに基づくのです。そこに祇園精舎の守護神牛頭天王と素戔嗚尊と混在させた【神の計画書】が存在したのです。ただ人々は蘇民将来という言葉を見ていても、それが【将来民は蘇る】までは誰も読めなかったなのです。

 

 兄の蘇民将来は貧乏人であったけれども【良心】を持つ人なので助けた。大金持ちの弟の巨旦将来は良心を持たない者なので皆殺しにした。

 

巨旦将来に秘められた意味は、拒否の【巨】に将来無し

 

 蘇民将来に巨旦将来?。どちらも【将来】を意味している言葉。変な組み合わせだと気付かなければならなかったのです。

 

 一方、社会の上で政財界人として君臨している人を見ると、何じゃ!。この人の魂はどす黒く汚れていているではないかがあります。死後は間違いなく地獄界に墜ちると解る方もあります。その人が大財界人で大量の僧侶を動員して葬儀したところで、地獄の沙汰は変えようがないなのです。

 

雲の上の人では無く、社会の底辺から人々を見る

 

 イエスの教えに【金持ちが天国に入るのは、針の穴に駱駝を通すようなものだ。幸いなるかな貧乏人】がありますが、金持ちだからと言って絶対に天国に渡れないではありません。金持ちに成る人には自分の【良心神】を無くした方が多く、天国界には遠いなのです。その反対に貧乏人と呼ばれる人達の中には意外と【良心神】の存在が見られるなのです。

 貧乏人だから言って皆が皆。良心神があるではないのてす。社会の悪環境に負けて犯罪に手を出す人達も多く、貧乏人で幸いとは言い難いわけです。

 

幸いなる貧乏人とは、自分の財を分けた為に乏しい人

 

 私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【旧約聖書は我が書であるなれども暗号化されており。その暗号を解く鍵を持たなければその意味は解けない。新約聖書は人の子達が為した書であり。私の書では無い。】と告げられました。新約聖書では旧約聖書の神の【使徒】には成れないのです。

 

みろくの世には、職業に関して【貴賤】が存在しません

 

 この世における【貴賎】とは、その身分が高いとか低いの意味です。しかし、その身分の高い人とは何ですか?。となります。古代、武力が強い者が兵を集めて王となる。その王達の中で勝ち残った者がさらなる王となる。それだけの事だったわけです。ただその王となった個人の魂はそれなりの格の魂であったなのです。しかしその王となった魂とは、その肉体の子孫に受け継がれる魂ではないのてす。

 

この世の王とは、武力で多くの人を殺して得た地位

 

それは神霊世界が、勝てば官軍、負ければ賊軍に成った

 

  ただそれは今の人類が知る歴史以前の話であり、大本教から国常立尊様は【三十五万年前】に神界の主宰神の神の座から御引退と言う【艮(ウシトラ)】で、今の私達からすると確認も調べようも出来ない話が出されたことで解って来たなのです。

 大本教神諭に【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(火水)】がありますが、この解読は大本教から出された【三十五万年前に御引退】話がセットになっており、これが解らない人に何を言っても解らないとなります。

 そこに、この地球時間も全て仕組まれた世界であることが解って来ます。それは大学に行っても、誰も教えてはくれません。世に出ている神々も言いません。学者筋もどうしてこの地球は約365日で回っているのか?。そんなことを誰も考えたこともないからです。逆に私はどうしてこの地球は約365日で回っているだろうかと疑問を持ったなのです。それでモーゼもイエスもお釈迦様も含めての創造神の大仕掛けが解って来たのです。

 

この地球が太陽を約365日で回るのは必然性?

 

大本教から出された【神も時節には敵わない】

 

 その神も時節には敵わないから、大願成就の【叶う】の時節が刻々と近づいて来ているなのです。お釈迦様の死後、【五十六億七千万】後の【みろく】の仕組みなどは、その一部分に過ぎないなのです。

 

 その武力で王となった者の肉体の子孫だから身分が高い?。それは私達は大錯覚の中に置かれていたと言えます。それはこの世の王は魂が高いとか低いとかと一切関係が無いことだからです。私達が見誤ったことは、この世で【富や財】を持っている者が身分が高いとしたことです。

 結果として、この世での身分がいくら高くても地獄界に落ちる。

 

賤とは【財】が少ない。 諺に、一将功成りて万骨枯れる

 

 自分が将軍として功績を上げられた裏には、戦争でおびただしい自分の部下達を犠牲にして来た。その死んだ部下達は何も報われずに、その骨が朽ちて行くの意味で、会社であればその会社が大飛躍した陰には、多くの部下たる社員の犠牲があったという意味にもなります。

 ある財界人は、その成功の果実を自分とその家族(自分と妻とその子)だけが食べて、その人の成功の為に必死で働いた社員達を雑巾の如く使い捨てているがあります。

 

成功するにあたり、多くの兵士(部下)達を殺して来た

 

その成功の裏に、多くの怨嗟(えんさ)の声が充満する

 

 私は子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声から、【未来永劫に嬉し嬉しの世はこの地球上ではなく、この地球とまったく瓜二つの新しい地球で、風景的にはその世界に入っても何の違和感もない。だがその世界に住む人達の顔ぶれは大きく変わる。その新地球の日本国には今の天皇制度は存在しない。住民による選挙制度も無い。すべてこの私が役を命じる。新しい世の日本国は私に代わって天使長が直轄する。】と告げられたのです。

 そして【そのみろく世にそぐわない人は外国魂として、新しい日本からは出て貰う。】とも告げられたなのです。この外国魂と大和魂は別物となるのです。スピリチュアルでミカエルとかガブリエルとかマリア等と言っている方は【外国魂】となります。

 

 みろくの世とは通貨も税も無い世界で、仮に天使長職に就いたところで、高い給与が貰えるではないのです。ただ、天使長という職務遂行の為にはその手足として働いてくれる天使達が要るなのです。その天使長に仕える部下達もそれで高い給与が貰えるではないのです。誰一人としてそれに従わないと食べられないではないので、嫌ならその職を辞するとなります。

 

みろく世は、食べる為に不当な事柄に【我慢】は要らない

 

 今の世は、自分が良い生活をしたいと思えば、上の者の不当な押し付けにも耐えなければなりませんでした。上の者が犯した犯罪の尻拭いをさせられて、秘密を抱えて自分が自殺に追い込まれるもあります。それは今の世が【通貨とか税】に支配された世であったからです。だがみろくの世は【通貨や税】が無い制度なので、不満ならばはっきり物を申すとなります。嫌ならそこを辞めるです。辞めても岡本天明師の日月神示にあるように、遊んでいても食べさせてもらえるからです。

 ですからみろく世においては職業の【貴賤】は存在しなくなります。どんな職業に就いても、富とか財は欲しければ自由に取ればよいで、そこに【貧富】の差は生じないからです。自分が大金持ちの様に暮らしたいのであれば、財などいくらでも貰えます。だがそれで大屋敷を持ったとしても、その下で働いてくれる人があるかとなった時、その人の為に下働きをしてくれる人はいないでしょう。大屋敷を欲すれば、自分でその大屋敷の掃除をし、食事も自分が作るとなります。通貨が無い世界なので使用人を雇う金そのものが無いのです。

 

みろくの世では、富を持ってもその下働き者がいない

 

 みろくの世では、この方に仕えたい。この方の下で働きたい。この方の日常生活の世話をしたい。そうした慕われ方をしないと、誰も自分を世話してくれないのです。金や地位で物を言わせることが出来ないのです。為に自分が他人から尊敬されないと、何も動かせないとなるのです。

 この世おける【貴賤】問題は、金から発生します。誰でも欲しい物は与えられる世でも、誰もしたがらない仕事があります。その仕事をすれば自分の衣服が汚れる。身体的にもきつい。だが絶対に必要な仕事はみろくの世にもあります。

 そうした時、全ての富は与えられる世で誰がそうした衣服が汚れる。身体がきつくて仕事をするかです。そこにそれならば自分がするという【義】の人達は存在して来ます。そうした人達はみろくの世では【尊敬】される人達となります。

 

誰もしたがらない仕事は、【義】の人達が率先する

 

 為に、弥勒の世では衣食住は保証されますが、そこに【我れよし。自己中。自己本位者】は一人も必要とされないわけです。

 

みろくの世は、他人から尊敬される価値観が違う

 

 今の世に見られるスピリチュアル者は、【神は愛ですから何をしても赦されます。魂磨きは辛いから止めましょう。良心の呵責は重いから捨てましょう。】などの論調です。

 それを宇宙連合とか宇宙評議会。銀河連盟などからのメッセージと言えば、それを頭から信じているであっては、みろくの世などは解りようが無いわけです。

 だいたい宇宙人と呼ばれている存在は四次元界と言われています。神と呼ばれている存在はピンからキリまでありますが、一部には高次元界の神霊も居るには居られます。別に宇宙人と名乗る者達を相手にする必要そのものがないのです。それらの宇宙人は審神(サニワ)にかけますと、ほとんどが蛇霊系とされているなのです。蛇霊系にみろくの世などは語れません。

 四次元界位の宇宙人と称する霊を見ているのではなくて、自分の魂を五次元、六次元、七次元と言う様な高度の世界に駒を進める。それか先決でしょうとなるのです。

 

 この世は魂の修学修行の場です。個々の魂が過去世からの間違いを【更生】させて【カルマ】を解消する場所です。そして天人とも成れる【苗床】です。

 この世における人の【一生】の時間とは長いように見えても、魂の世界からすると【瞬時】の時間です。その僅かなこの世の時間で【刹那】心に溺れると、その魂は腐ったり潰れます。

 

人はこの世の瞬時の世界を見て、永遠の魂の世を見ない

 

 

 

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