私は霊界修業に入って愕然としたのは、この世で【善人】とされている人が天国の門を叩いても、必ず天国の門が開くではないことでした。
単に【善】だけでは、何が足りないのか?
そこにあるのは【善の定義】なのです
スピリチュアル標榜者に私が良心神を言ったところで、それは【単に良い心】のことで、別に貴方に教えて貰わなくても結構です。まったく【良心神】が何であるかを理解しようとさえされません。たぶん【善】にしても、その程度の意識でしょう。そうしたスピリチュアル標榜者の魂の点数を見ると、低すぎるです。死後に行く次元界は四次元界。高くても五次元界程度なのです。そこに四次元スピリチュアルと言われているなのです。
その点、自称救世主と名乗る人は六次元界位は見られます。但しそれは邪神界の六次元界で、その次元界は別に良心神の点数ではありません。私が言う魂の点数とは【みろく世に渡る最後の審判点】とされるものです。しかし既存の天国界に渡るのも同様の点数なのです。
スピリチュアルでは自分が神社に行けば神様が出て来られるで、自分は選ばれた者とか高い次元界の者とかの錯覚があります。神社には邪神界の高次元界の存在の神もおられます。そこに正神界、邪神界百八十(イワト)段が言われているのです。正神界の六次元界と邪神界の六次元界。同じ六次元界でも別なのです。その霊が六次元界に居るから正神ではないのです。ただ、正神とか邪神は立場を変えると逆になります。何故ならば【国常立尊】様は創造神でありながらも、邪神の汚名を着せられたからです。
そして皆さんは、節分の夜に【鬼の意味も解らず】に鬼は外とやっている。
私など子供の頃、虎パンツの【鬼】とは【閻魔大王様の家来で悪を取り締まる存在】なのに、どうして人々はその鬼に節分の炒り豆で鬼は外と、真逆の行為をしているのか?。それは悪が栄えよとしているか?。人々は悪の奉仕者なのか?。意味がさっぱり解りませんでした。
私が霊的世界に関わって解って来たことは、神社の神と呼ばれる存在には段階があることでした。さすがにその神霊が神界の【百八十(イワト)段】のどの階級かを調べるのは容易ではありません。為に通常は【神の高山の合目】を【次元】界と見るが行われているなのです。しかしスピリチュアル標榜者はそうしたことすら見ているのではなく、単に神社に行けばそこに出て来る霊を神様。神様としているなのです。で【反国常立尊】派の神々も人気を持っているなのです。
通常の白狐霊ならば五次元界位となり、行者にはその白狐にこき使われている方もあれば、逆にそうした白狐達を使っている方もあります。行者でも白狐に使われている方は次元格が低く。白狐を使っている方は次元格が高いとなります。六次元界位の白狐霊ともなれば【大明神】と呼称されているはあります。そこはスピリチュアル標榜者でも行者でも、その人の次元格を見るバロメーターにはなるのです。黒龍でも龍神が憑いているとなると、高い次元格と解って来るのです。
野狐霊でも八尾とか九尾と呼ばれる存在ならば、神社に鎮座していた本来の神霊を閉じ込めて、自分達がそこに【鎮座】しているもあります。そこには国常立尊様を御引退に追い込んだ神達の勢力がどれほど強かったかがあります。
無論、その勢力が強くなければ【国常立尊】様の地上神界からの御引退劇も起きなかったのです。で、反国常立尊派の神々が神界を支配するとなった。それが中国で【盤古大神】と呼ばれる神になるのです。木星神なので西洋で言えば【ゼウス】となります。為に、その復帰が見えて来た三千年ほど前から、【ウシトラ金神】としての仕組みが開始されたと大本教は予告教団として告げたなのです。
私も鍾馗神のご案内で【盤古大神】と呼ばれる神に拝謁していなければ、そこまでは学べなかったと言えます。
今の神霊世界は勝てば官軍、負ければ賊軍で力次第
為にA教団で天照大御神と名乗っている霊。B教団で天照大御神と名乗っている霊。C教団で天照大御神と名乗っている霊。全部違うが起きています。またその間には関連性が無いなのです。優れた霊能力者の間では、某天照大御神教団は【赤龍】で知られています。伊勢神宮とは何の関係も無しです。だがそうしたことを知らない人は同じ神だと思い込みます。
私はある霊能者から、某天照大御神は龍神で貴方でも危ないから関わらない方がよいとアドバイスされたこともあります。そこの天照大御神も、伊勢神宮とは何の関係も無いなのです。
霊能者だと自分が本物だ!。おまえは贋物だ!。そうした争いが絶えませんが、神霊世界ではそれで争うはありません。神と神が自分が本物だ!。贋物だ!。で争えば血を見る惨事となります。さすがにそこまでは踏み込めないなのです。
いくら良心神を説いても、力の強い神々に通用しません
では、何故に私は無意味な【人に内在する良心神】を説いているかとなります。私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫は私に告げられたのです。【貴方は言葉の神と呼ばれる尊き御方。貴方の言葉による教えは天帝の詔(みことのり)と同じで、貴方の言葉の教えに従えない神は、如何なる地位の神であっても天帝に対する反逆罪として裁かれます。】と言われたのです。
それがきっかけとなり、私は言葉の仕組みで天帝の【詔】に等しいことを説くことにはなりました。いったい誰がこんな仕組みをしたのだろうかとなった時、既存の神社の御神霊では無理だと言えます。
それが本当の伊勢神宮の神かの真偽は解りかねますが、ある霊能力者か伊勢神宮に参拝して伊勢神宮の神から私への伝言として、【上野公園氏におかれましては、自分が三千年間に渡り日本の総氏神を勤めていましたことをお忘れなきよう。】とのメールが届きました。伊勢神宮の神が日本の総氏神様は間違いないと言えます。だが、総氏神では日本語でこんな仕組みは組み立てられないと言えます。
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいましたが、その声は【私は全神々が私に敵対したとしても、それを全て滅ぼすことが出来る。】と言われたのです。
すなわち天帝の裁きとは、想像を絶する事態になるからです。それらは大本教の出口王仁三郎聖師が予告されたように【宇宙規模】のものなのです。この地球という星の問題だけではすまないのです。
私は邪神の神々とて、その滅びを見たくはない
全ての神々が悔い改めて、新しい世に行って欲しい
スピリチュアル標榜の人達が思う【良心神】とは、単に人の【良い心】にしか過ぎません。
人の良心神の点数は【善-悪】。で【善】とは何か?
善の漢字は【羊の言葉(譱)】で、我れは【義】なり
私は最初の頃、どうして聖書は【羊】を語っているのかよく解りませんでしたが、これは【我れは羊で、「義」を語っている。】だったのです。天国界に進む人は宗教家よりも【義の人】の方が遙かに多いのです。
聖書の単に【迷える羊】では、正義の羊が読めない
戦前の大本教は日本国家神道界をバックにした勢力により邪教集団として国家から大弾圧を受けて、多くの信徒さんが【獄死】されました。裁判では大本教が勝ったのですが、日本が敗戦したので大本教は国家に対する賠償請求権を放棄したがあります。霊能者の方達の中には、その大本教弾圧事件で獄死された信徒さん達の霊が、皆さん霊界でも高い次元界に進まれているの話がありました。
宗教の世界ではその宗教の教えを信じて【殉教】された方達は高い世界に行くとされてきました。特にキリスト教はそうした殉教信徒を【聖人】とし祭るがされて来ました。しかし霊能者がその宗教が【聖人】として祭っているその殉教の霊を調べると、必ずしも高い次元界には行ってはおらず。霊界で苦しんでいるなどの報告があります。いくら神様、神様と言っていても、自分が殺される時には【トラウマ】が生じて、霊的世界で苦しんでいるのが実情と言えます。
霊能者下ヨシ子師の名を世間に一躍有名にした事案に、岐阜の共同住宅におけるポルターガイスト現象があります。茶碗や物が飛んで来る現象です。このポルターガイスト現象は科学者が何を言ったところで、その原因など掴めません。私達の目には見えない霊が起こす現象だからです。その元凶はキリシタン禁止の命令で処刑された牧師霊の仕業でした。
日本における天草四郎の反乱の原城に行けば、今でも天草四郎の幽霊が出ると言われています。イエスを神と仰いでいる人達が浮かばれていないなのです。一部の霊能者の間では、イスラム教開祖のムハンマド(マホメット)も地獄界に落ちていると話があります。キリスト教であれイスラム教であれ、どちらも【閻魔大王】たる存在を理解していなかったがあります。
死後の世界で宗教の殉教者に差異が生じている?
霊能力者の間で、キリスト教徒は第一天国界には一人も行けていない。不思議だと言う声がありました。キリスト教の場合、イエス自身が第一天国界にありますので、そのイエス個人崇拝であれば第一天国界は無理と言えます。どの宗教宗派であっても、教祖個人崇拝であればその教祖の次元格を超えられません。
大本教弾圧事件で獄死された大本教の信徒さんが霊界でも高い次元界に進んでおられるとすれば、大本教の場合は出口王仁三郎聖師の個人崇拝ではなく、神がウシトラ金神【国常立尊】様であり、閻魔大王でもある関係から【特別待遇】の処置とも考えられます。が、それだけでは無いとも言えます。
それは【羊の言葉(譱)は善だから】だけではないのです。それは日本の昔話。帝釈天の化相の老人の前のたき火に、その身を投げ出した【うさぎ】と同じ話になるからです。それが解るのは【犠牲】と言う漢字なのです。
神の祭壇に【牛と羊の血の捧げ】は人の犠牲心
為に自分のことよりも他人に尽くした人は天国界
この世で【正義】の為に命を落とした人は、高い世界に進んでおられます。閻魔大王がその魂を拾っておられるなのです。
そこに私が出した【米】の教えは、他(田)を救い(鋤くい)て世根(米)と成れで、自己の犠牲心を出す【羊の言葉(譱)】を出してあるのです。そしてその仕組みをした存在こそ、日本では国常立尊とされる【創造神】なのです。
宗教はどの宗教であろうとも、我が宗派の教えを信じる者は天国で、異教徒は地獄に墜ちるが定番です。で、その宗教の教えを信じたからでは天国門が開かない。特に天国と地獄論の二元世界だけを説く宗教は大きな過ちを犯しているなのです。キリスト教にイスラム教。大天使カブリエルと称するわけがわからぬ者が導くから、おかしなことになったと言えます。
大本教の出口王仁三郎聖師はミカエルという天使長は存在していないと言われています。それは天使長ミカエルとは【蛇の尾を踏む者】とされていたように、蛇をぶった斬る存在でスピリチュアル標榜者の前に出て来るような存在ではないからです。さすがにミカエルは日本語の【巳(蛇)帰る】とまでは読み切れなかったのです。
私が子供の頃に臨んでいた霊の声は、ウシトラ金神国常立尊とは名乗らず。【旧約聖書の神】と言われたのは【ミカエル】の言葉の意味を私に理解させる為であったと考えられます。
仏教には【三途の川】の教えが存在します。この三途とは、天国界。中有界。地獄界の三途です。天国界には行けない。地獄界にも落ちない。そうした人は死後にどんな世界に行くのか?。それが【中有界】です。
昔は天国界に渡る人も多かったのですが、今や天国界行きは少数も少数となっており、ほとんどの人は【中有界】にと渡っているなのです。
私は霊界修業に入って、人の魂に点数が出るを知りました。それは魂の点数ですが、幾人もの霊能力者から魂に出る点数は最後の審判で判定される【良心神】の点数だと告げられました。霊能力者達が知っているということは、当然世に出ている【神仏】も解っているはずです。だが世に出ている神仏はそうしたことを世に発していません。それはある意味、神霊として【職務怠慢】を引き起こしているなのです。
ある方がある神社の側を通ると、その神社の神霊らしき存在からの言葉を受け取られたがあります。
その内容は、神社に鎮まる神として、人々に【人に内在する良心神】を伝えなければならないことは解っていた。しかし人は困っている時だけ、助けてくださいと参って来るが、誰も耳が痛い説教を聞きには来ない。そうした自分は困っているから助けてくれという人達の【情】に流されて、それだけになってしまった。
自分は間違っていたと言われるだけ、ましな御神霊と言えます。
神社の神といえども、人に教えをする時は介在者が居る
そうした時、スピリチュアル的な人が神社に来たら、その人を通じて教えをしよう。そんな御神霊は居ないでしょう。するだけムダとは言えます。お釈迦様の悟りであった良心神など理解しないからです。
私の最初の師匠は初めは四国小豆島の某寺院の不動明王の御代。そこから豊受姫に引き抜かれて、豊受姫の御代に就いたがあります。豊受姫の分魂所持者ではありませんでした。神霊と言えども、神たる自分と人々を繋いでくれる存在がなければ、神の教えは出来ないのです。 そうしたこともあり、為にほとんどの人の死後の行き先は【輪廻転生の中有界】に留まるなのです。
この世で迷っている霊を霊能力者が救って本当の霊界(中有界)に渡すことは出来ます。しかしその送り先の霊界とは天国界ではないのです。天国界行きの切符など、閻魔大王の許可なくて切れるものではないのです。
この世を何の意味もなく過ごすだけでは、中有界に渡る
ただ中有界と言っても、中有界の上界に行けば天国により近い世界もありますし、下に行けば地獄に近い世界も存在しているです。中有界の世界であれば、この世の肉体の子孫に会いに出て来られるがあります。しかし、本当の天国界に渡ると、その時点でこの世の肉体の子孫との縁は完全に切れます。もうこの世の子孫と関わってはいけないなのです。
夢枕で自分の亡き親と語っていた人が、ある日、その亡き親から私は上の世界に行くから、もう二度と貴方には会えないと告げられて、それを最後として二度と夢枕に亡き親が出て来なくなったがあります。それは中有界から天国界に上がる道が存在しており、中有界から天国界に行かれたなのです。
人が死後に【天国界】に渡る道としては、2種類あります。一つは三途川から天国界に直行です。元の魂が天津神系であれば、その三途川すら見ません。もう一つはいったん中有界でも上階に入り、その中有界の上階から天国界に向かう道です。先ほどの事例の親が夢枕に出て来られたは、中有界から天国界に行かれた事例です。
三途川から天国界に直行組は、はっきり言って少数派です。昔は多かったと思われますが、今は【万人に一人】程度でしょう。スピリチュアルだ。スピリチュアルだと言っている方で、その三途川から天国コースは一人も居られないでしょう。それは【良心神】の存在をいくら教えても捨てていることから、天国行きが判定される【良心神】の点数が低いことが原因でしょう。
先祖霊のご供養は、その先祖霊が中有界にいる間
肉体の先祖霊も【生まれ変わって】いたならば、そのご供養の必要は無いとなります。
私は霊界で不思議な【職】に就いていたがあります。その職種は中有界に居る霊達を天国界に渡す職です。このやり方が非常に不思議で、豊受姫の御代であった最初の師匠に尋ねたところ知りませんでした。私は豊受姫がその方法を知らないなどあり得ないと思い。豊受姫の分魂を貰っておられる女性達に当たったところ、皆さんその方法を知っていたがあります。だがそうした事柄はスピリチュアル標榜者からは出て来ないのです。スピリチュアルの場合、それに関わる霊が蛇霊や狐霊の段階で終わるからです。
霊界には私がお世話になった豊受姫では無い豊受姫と称する霊が神社に鎮座しているも多々あります。その正体は【野狐霊】達ですが、そうした霊はその中有界から天国界への道は知りません。
漢字の不思議に、何故か信じる者は【儲かる】?
この世で無信仰であった者と信仰者の差は、中有界から天国界に行く道で生じてきます。その中有界から天国界に行く道は、蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊等と呼ばれている霊達には指導すら出来ない道ですが、正神界の神霊なら出来るのです。しかし岡本天明師の日月(ひふみ)神示にあるように、今の神霊世界とは九分九厘は邪神とある様な状態なのです。たった【一厘】を知らない。
この一厘はキリスト教徒やイスラム教徒は知ることさえ出来ないなのです。お釈迦様の悟り。【人には良心と呼ばれる神が内在する。】だからです。で、その解読は「みろく」に委ねられたなのです。そこに【五十六億七千万】の数字が必要だったのです。
私は子供の頃、弥勒菩薩の【五十六億七千万】の数字を見ていて、これは何だ?。と感じていましたが、大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経緯(たて・横)】で、なるほど【五十六億七千万】かです。
そこには国常立尊の言葉を信じるが必要なのです
私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神(国常立尊)と称する声は、この私を唯一の神とする者達は全員助ける(みろく世に渡す)と告げられましたが、宗教の世界では語られていない道が無数にあるのです。
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