世界のどの宗教宗派でも、我が宗派の教えを信じる者は天国界で、異教徒は地獄に墜ちる式のことを教えています。誰が考えてもその論理はおかしいと気づきます。異教徒でも立派な人はいくらでもおられるからです。それをおかしいと思わないのは、その宗教宗派の教えに自分が【洗脳】されているということに気づいていないなのです。
例えばオーム真理教事件の時、麻原教祖を釈尊の再来と信じる信徒達は、自分達法華経行者に敵対する者達は悪魔だと抵抗していました。確かに法華経には法華経を信じる者を妨害する者は悪魔と書いています。自分達は法華経を信じているから、それに敵対する者達は悪魔など、その経典を書いた者が悪いと言えます。経典に間違いがあると気付くべきです。悪魔とされる存在は、あらゆる宗教に幹部として入り込んでいます。牧師や僧侶すらそうした悪魔に犯されて来たからです。その法華経にどれだけ【真理】が書いてある?。かなのです。大本教もユダヤの悪鬼と呼ばれる勢力が大幹部として入り込んでいました。
信じる宗教が違うから地獄界に行く?。等あり得ない
道理に気づかないで、宗教の教えに盲進すると危ない
世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は、地獄を覗けば牧師や僧侶で一杯だと残されたのですが、それは大本教だけが正しいでは無く、そうした宗教の教えが【真理】からかけ離れた教えをしているからです。
宗教家と呼ばれる牧師や僧侶がそれに気づかず、自分の宗派の教えは正しい。他の宗派の教えでは地獄界に墜ちると説いていることからです。そうなりますとイスラム教過激派のタリバンの様な勢力も出てきます。他の宗教の教えが間違えていると言うのであれば、そこを【指摘】すべきことです。
私達は何でも反対と批判だけして、対案を言わない立憲民主党を見ていますと宗教家の姿と被るのです。どこにも深い考察力がない。物事を表面しか見ない。今は地獄界を覗けば牧師や僧侶で一杯だ!。だけでなく、それに現代スピリチュアルの人達も同様との言葉をつけてあげてもいいのです。
ルカによる福音書にイエスの言葉として、【門を叩きなさい。そうすれば開かれる。】という有名な言葉があります。確かに天国の門も叩かなければ開きません。天国界に行く気がなければ、誰もその天国門すら叩かない。
で、その天国門とやらはどこにあるのですか?。となります。違う門に案内されているかも知れません。霊界には幾つも宮殿や門があります。例えば宝石や黄金で輝く宮殿に入ると、大蛇霊(龍神)が現れて【俺の宝を取る気か】と【威嚇】されかねません。金銀財宝に輝いているからそれは天国だでは見誤ってしまいます。六次元霊界位まではそうした大蛇霊達が跋扈しています。
五次元界、六次元界位の段階だと正神も邪神も存在しており。その数から言えば圧倒的に邪神達なのです。為に本当の創造神を知る為には、六次元界は突破しないとダメだと言われているのです。イエスの言う天国とは何次元界を指しているのか意味不明があります。現在の神智学では天国界は第一天国界、第二天国界、第三天国界があることが解っています。で、イエスが言う天国界とはどの段階だとなります。
天国に辿り着く道を行かないと、天国は見えない
そこに神の高山に登る【道】の問題が出て来ます
イエスの教えの天国門は叩いたから開くではないのです。どうやってその門まで行くかなのです。私は日本人で仏教徒です。キリスト教徒ではありませんので別にイエスを神として仰いでいません。キリスト教の教えに従えば、私などイエスが主の一人御子など真っ向否定ですから【悪魔】の一人でしょう。またキリスト教で冥府の長官(閻魔大王)を悪魔(サタン)としていますので、【閻魔大王国常立尊】様を主神として仰ぐ私はその配下と言えます。
私は単に宗教世界における先達の一人でしかあり得ないです。またお釈迦様も先達と言えます。先達を尊敬しても、その先達を神としては拝まない。何故ならばどの先達も神への道を人に説くだけです。天国の門番ではないのです。道案内人なのです。
スピリチュアル系だと、イエス、イエス一辺倒の人が見られます。そうした方の前世とは西洋で生まれてキリスト教を絶対だと信じていた過去世が見られます。どうして今の自分は【日本国】に生まれ出たのか?。その理解力すら至っていないがあります。そうした方達は【みろくの世】と呼ばれている事柄すら理解出来ないがあります。
私はそれなりに霊的世界の見聞をして来ました。仏教では【死者にお迎え】が来ると語られて来ました。実はそこに【霊が迷う】出来事が生じます。この世の命を終えて霊界に渡る時、お迎えが来ている方は行き先に迷いがありません。誰かが自分の行くべき処に連れて行ってくれるからです。しかし誰も迎えに来ていないと、広大な霊界の行き先が解らないで迷うが起きます。
この世を終えた時、誰が貴方を迎えに来てくれるのか?
この世に密接する霊界に関わると、本当の意味の霊界に渡っていない霊がうようよしています。通常、それらは浮遊霊とか不浄仏霊等と言われいます。他にこの世の人を欺して喜んでいる愉快犯霊も居ます。特に霊感があって霊が見えるような人に、神霊や天使に化けてその人を欺している【俺々詐欺霊団】もあります。お釈迦様は目連尊者以外の弟子には【霊性開発】を禁止されたとも伝わりますが、霊が見えるのはある意味危険なのです。その霊の正体を見破れる力があるかどうかです。
霊に関して一番よく知られているのが大事故や大きな惨事があると、その場所に自分はどこに行ったらいいのか解らずそこに留まっている霊で、それが多くの人に【幽霊】として視認されるがあります。東日本大震災の様な大惨事があると、多くの迷い霊が生じます。それは仏教の僧侶の御経一遍で片付くような話ではないのです。その霊と対話して、納得させるが必要となります。
本当の霊能者と呼ばれる方達は、そうした迷い霊を無償で救助されています。しかしスピリチュアルだ!。そんなことを言っている人は、そうした浮遊霊とか迷い霊とか不浄仏霊の救助を【無償】でされていますか?。なのです。私は神霊界修業において家一軒分位のお金を使っています。だからその金を取り戻そうではありません。このブログでも広告が入り込まない有料のブログにしています。人から見れば、【一銭の得にもならないことをしている。バカその者です。】。
私は今日までの神霊世界の過ちを、世に出ている神達の過ちを糺したいから発信しているのです。
この世には本当の霊界に渡らずの霊がウロウロしている
自分に霊感が無ければそうした霊に憑依される危険性はあまりありませんが、自分が霊媒体質だとそうした霊に憑依されて大変なことになります。そうした霊が怨霊化でもしていれば、自分は霊が見える程度で行くと、逆にその霊に命を取られるがあります。
天理教から【陽気暮らし(ポジティブ)】が説かれましたが、逆に【陰気暮らし(ネガティブ)】に入ると、人を自殺に誘い込むような霊に憑依されます。すなわち【陰の霊(冷)気】に襲われます。そうした霊に近づくと冷気が走ります。鳥肌も立ちます。全身が一気に冷たくなるのです。
私は自分が霊界の歩く霊の掃除屋とも言われて来た関係から、低い霊が自分の手足の先から憑依して来ます。為に私の手足の先は常に冷たいがあります。霊媒体質者の中にはそうした霊の浄化が苦しいので、他の霊媒体質者に転送しているがあります。
私の過去のブログに後に弁天様の御代となられた方が未だ修業の時代、周囲に居た大量の水子霊に懸かられて、あまりの苦しさに私に転送されて来たことを書いています。その時、豊受姫は私がその水子霊達を浄霊して霊界に送るだけの力を持っているので、黙って見ておられたがあります。私の家に来た霊能力者が自分が浄霊化出来なかった霊を私の家にドンと置いて行く等もありました。
スピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。で、そうした霊の浄霊が無償で出来るのですか?。しているのですか?。なのです。
自殺者には、その直前に霊の憑依がみられる
芸能人に自殺される方が多いのは知られていますが、そうした方は霊感霊媒体質であったりされるのです。芸能界などの華やかな世界に居ると、どうしてもそうした悪しき霊がその人に近づいて来ます。そうした中で何かで自分がネガティブになると、一気にそうした霊に憑依されて自分のコントロールを失い自殺するになります。
こうしたことは自殺した霊に問うても解らないのです。自分が命を絶った時の光景が本人の魂の【トラウマ】となっていて、その光景の繰り返しで、自分が何に取り憑かれたかが解らないのです。そうした自殺寸前に持ちこたえた人に尋ねると、自殺を謀る前にはネガティブになる事柄があり。鏡を見るとまったく別の顔が写っている。これは自分では無い。自分は霊に憑依されている。で自殺を踏みとどまったと言われます。自殺を考える時、その前に自分の顔を鏡で見ることも大事なのです。
私が言霊師であった2番目の師匠の元である自殺した芸能人の魂をサニワ(審神)した時、その魂は自分は【涅槃(輪廻転生しない世界)】を知りたくて自殺した。自分に助けは要らない。自分の力で霊界で【涅槃】とは如何なる世界か追求すると言っていました。ところがテレビ番組である霊能者と称する方が、その自殺した芸能人が苦しんでいたので私が地獄から助けました等と言っていました。その芸能人は自分は涅槃が知りたくて死ぬとの書き置きは残していました。どちらが正しいかです。
私が体験した自殺した芸能人の霊が本物であれば、テレビに出ていた霊能者に出た自殺した芸能人の霊とは、霊界で浮遊霊の愉快犯霊とも言えます。この霊界の浮遊霊の愉快犯は、実にやっかいなのです。あちらこちらに出てきて、人を欺しては喜んでいるのです。単なる霊感者だと、こうした浮遊霊の愉快犯霊にもて遊ばれてしまうのです。そこにサニワ(審神)の重要性が説かれているのですが、スピリチュアル標榜者にはそうした声は届かないのです。
霊能力者が呼び出して出てきた霊がその霊自身であるとは限らないのです。ともかく人を欺して喜んでいる愉快犯の霊達ですから、あらゆる存在に化けて出てきます。そうした霊がこの世にはウロウロしているのです。
また人を恨んだり妬んだりすると、そうした悪しき霊に憑依されて、自分が凶悪な犯罪に走りもします。
人は霊止なので人を憎むと、恨み霊の憑依が増す
この【憎む】と【増す】の漢字の関連性など、気付く人も無いでしょう。私は稲荷神界から言霊の世界に転じて、言霊が何かと知った時、驚愕しました。そして完璧なまでに仕組まれた【言葉の仕組み】です。こんなことは世に出ておられるどの神にも出来ない。
一時、心霊番組のテレビでその名を馳せた【宜保愛子】さんは、低い霊がよく見える方で、そうした場所に行くとギャーと逃げ回っておられましたが、実際に低い霊がよく見えるとああなります。ほとんどの霊能者は逃げるでしょう。
自らがスピリチュアル界の大御所と自認されている霊能者江原啓之さんに浄霊能力があるかとなると、テレビ番組のオーラの泉で相談者の背後霊の攻撃で大醜態を見せられたように、浄霊能力は見られません。ただ霊はよく見えるなのです。その点、本物の行者筋は除霊のみならず浄霊もして来るなのです。スピリチュアルと行者はまったく別となるのです。
私は霊界修業に入り、人の魂に点数が出ることを知りました。その点数でこの方は天国界。この方は中有界。この方は地獄界に向かうと解るのです。
某スピリチュアル教団の教祖は本人自身が自分は死後に信者を引き連れて地獄界に落ちると言われていたのでかまわないのですが、その教祖を【救世主】の如く思って従っている信徒さん達全員に【亡者】の世界に行く徴が出ていることに驚きました。誰かを信仰してその教祖と一緒に地獄界に行くでは目も当てられません。それならば無信仰の方が賢いとなります。
このスピリチュアル教団は、典型的なスピリチュアルで【愛】しか言わないなのです。その信徒達は【愛】の言葉に酔いしれて、愛を言う教祖を救世主だとかキリストだと信じるです。この教団は【奇跡】を売りにしていましたが、その奇跡とは【黒龍神】と呼ばれる存在が出していました。その信徒達に霊界の太陽を見せる催眠がなされていたのですが、その黒龍神が出す【火の玉】を太陽と誤認させるです。やってくれますね黒龍神界というところです。
スピリチュアルに走って地獄界に向かう方が多い
そこに個人を救世主と崇拝してはいけないがある
私は魂に出る点数に関して幾人かの霊能者に尋ねたところ、それは【最後の審判】で自分が行く霊世界を決める良心神の点数だ。そうした答えを貰いました。その魂の良心神の点数とは、【自己の善業-自己の悪業】
誰でも良い事と悪い事の差し引きぐらいは解ります
その善と悪との差し引き点で天国界に向かうも理解
だがそこに大きな勘違いが見られるのです。そうした悪業とは人を殺したり、強盗したり、泥棒のことだと思っていることです。仏教では【貪・瞋・癡(とん・じん・ち)】を説きます。聖書では【十戒】を説きます。そうした事柄だけが地獄界に墜ちる悪業と思う錯覚です。
そうした事柄は、地獄界に落ちる大きな悪業点であって、一発でアウトともなるものです。
大本教と呼ばれる宗教が起きた時、その神示は悪いことはしてはいけない。特に自己本位とか自己中等の【利己主義】に対する戒めでした。それは見た目は殺人や強盗などとは違います。しかしそうした自己勝手、自己本位の【利己主義】は日々の問題で、毎日の様にしているのです。
その大本教神示の逆を行くのが現代のスピリチュアルです。何をしても神の愛で赦されるますで、何も解って居いない人達に【利己主義】を広めているなのです。スピリチュアルで神社に参拝して、そこでその神社の神霊が出て来ても、そうした神霊達はそうした事柄の注意を与えてくれないでしょう。自分が適当にあしらわれているいることが解らずにいるのです。
自己本位や自己中の塵、積もれば大きな悪業点になる
ある御人は自分は人を助けることを一杯して来たから天国界だ!。確かにその人は人を助ける親分肌で良いことも一杯しておられる。だが自分勝手で多くの悪業もしておられる。その差し引きをすると地獄行きと中有界の境界域であったりします。つまり、自分の善行だけを見て自分の日々の悪行を見ていないのです。【自己本位の罪】が解っていないのです。
人は誰しもこの世に生きる限り、善も悪もします
これは図式しないと解らない側面があります。
今の世は【何をしてもいいのだ!】の風潮が蔓延しており、皆で赤信号渡れば恐くないで悪業点を増やす人ばかりなのです。
問題は自分がしている【悪の行為】の認識不足
スピリチュアルでは神は愛だから何をしても神の愛で赦されるがお題目です。一度たりとも地獄界を見たことがないのでしょう。一度地獄界を見てくれば、地獄界と呼ばれる世界があることくらい認識出来ます。ですから【善業-悪業】も理解しない。この世を去れば、自分がどういう世界に行くか?。地獄の鬼達が楽しみに待っていることでしょう。何故ならば、私はスピリチュアル標榜で地獄に行く教祖や信者達を見て来たからです。
スピリチュアルでいくら霊が見えても、本人の魂の点数が低いと、五次元界は無理だなとなるのです。
その【人としてはしてはいけない行為】を教えるのが宗教です。その教えに従って悪いことをしない。そうすれば悪業点が少ないので【天国界に近づく】なのです。
人が死後に天国界に行く行かないは宗教でなく行為
現世御利益主体の信仰であれば、天国界には行かない
人が天国界に入る為には【善業点】が必要で、誰かを神と仰いだから天国界に案内されるものではないのです。どれだけその人がこの世で善業を積んでおり、悪業を犯していないかの差し引きなのです。
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