人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

カゴメ歌の【籠の中の鳥】は、勝手に綾部には帰れなかった

 私の神霊界修業は伏見稲荷山からスタートしました。その中で修業のお世話になっていた豊受姫は、完全霊媒者であるその御代たる師匠の口を通じて【綾部は神の聖都。綾部に帰りたい。綾部に帰りたい。】と泣かれました。

 それを聞いた私は、豊受様は神様なのだから勝手に帰ればよいのにと思っておりました。このことは幾度か書きました。為に私はその意味を深く考えておりませんでした。ここに来て、ようやくその重大さに気づいたと言えます。

 

 スピリチュアルでは魂は自由なので何でも出来ます。どこへでも行けますよが売りです。しかし現実はそうでもありません。例えば自殺した霊はその場所に繋がれて地縛化しています。また幽霊と呼ばれる存在もその地で地縛化していることから、その場所でその姿が多くの人に見られるがあります。自分でどこでも好きに行けるのならば、地獄にわざわざ行く霊など無いでしょう。それが道理と言う物です。スピリチュアルでは地獄などと呼ばれる世界は無いと思っているようですが、地獄界は存在しています。

 

スピリチュアルとは、実にいい加減なことを言う

 

 霊界その物は非常に多様な世界ですが、次元という大きな層の隔たりがあり。高次元の天使職(神司)でも無い限り、その層を超えることは出来ません。すなちわ第二天国界の天使であれば、第一天国界の子細が解らないなどです。第三天国界であれば、第一天国も第二天国界も解らないとなります。ただ自分が居る世界しか解らないなどです。

 さらに霊界は多様な世界と言われているにも関わらず、同じ次元層内でも別の世界が見られるとは限りません。それは霊界における集団は一定の【同意識】を共有しているのであって、そこに別の意識を持つ者は入りにくいがあります。ただ【中有界】はその層や壁の縛りが緩く、中有界の中であればかなり自在となります。その中有界にも天国的な世界もあれば、地獄界的な世界もあるなのです。しかしそれは本当の天国界でも地獄界でも無い中有界です。ただ中有界だと【輪廻転生】に入ってしまうなのです。

 

お釈迦様が説かれた仏教の原点は、中有界から離脱

 

 そうした中で、あらゆる次元界の魂、個々に存在する集団に所属する霊。そうした霊達が一堂に集まって、他の魂の意識(考え方)を学べる場所がこの地球という星ににります。このことを大本教の出口王仁三郎聖師は【天人の苗床】と説かれたなのです。ですからこの世は教えを説く為に天国界から降り立った魂や地獄界から赦されて出て来た魂も混在しているとなります。

  この世を去った霊達が元の霊世界に戻っていたならばさほど問題ではなかったのですが、元の世界には戻らずに【浮遊霊】とか【不浄霊】としてこの世に留まりだした為にこの世はおかしくなって来たと言えます。そうした霊は四次元界とされる世界に存在し。スピリチュアルとはそうした霊との交信が主体となるので、四次元界スピリチュアルとも言われているなのです。

 スピリチュアルで出て来る様な霊にまともな教えが出来るはずも無く、そこにイエスの教えが【絶対】だの思い込みから、【愛】ばかりを言っていれば自分は偉い者とか選ばれた者だと言う大錯覚が生じているのです。仏教の教えが理解出来ないなどです。

 

豊受姫その方は、私の家に来られることは出来ます

 

為に【綾部に帰りたい】の意味が解りませんでした

 

 豊受姫が私に言われた【綾部に帰りたい】は、私自身が大本教の霊界物語を完全に読んでいなかったことから起きました。あまりにも【阿呆陀羅長い経】を流し読みをしたからです。そこにある方から【大本教の本宮山は違う名前で出されているが、豊受姫が降り立たれた場所。】との指摘です。

 通常豊受姫は丹後の【磯子山】に降りられた天女伝説で知られています。私も磯子山とばかり思っておりました。しかし磯子山に上がった人が、磯子山のどこにも天女が【水浴び】をする様な場所が無いと言われます。また磯子山の近くの【比治山】に降りられたの伝説があります。私は豊受姫伝説を追っていたので、丹後ばかりに目を向けていました。

 

 そのことに関して大本教の出口王仁三郎聖師は、豊受姫は大本教で聖地として立ち入り禁止にした本宮山に降りられた神で、羽衣伝説はその本宮山の下に流れる由良川で川水浴をされていた時、天津羽衣を盗まれた話だと残しておられます。その話を丹後に変えたのが磯子山伝説で、さらにその話が全国に散らばったです。その代表格が三保の松原伝説。豊受姫が比治山に降りたの話は【豊国姫】の話と述べておられるです。ところが日本神話ではその【豊国姫】の名がありません。大本教が世に出すまで、誰も知らなかった神名です。

 私が子供の頃は、その本宮山の下を流れる由良川の対岸は【松林】で、私が子供の頃は夏は川水浴場所でした。現在治水工事で堤防が築かれて今はその面影はありませんが、川水浴が出来る松林ではあったのです。その時に天津羽衣を取られて天に帰れなくなった天女が豊受姫で、地上界で暮らすとなったが大本教からの話です。

 

 大本教によれば豊国姫の精霊体として出られたのが【素戔嗚尊】で、その関係は人間界で言えば母と子に当たるとされます。その素戔嗚尊は、地球に降りられた国常立尊様の妻神として一緒に降りられた母神たる豊国姫を慕ってこの地球に渡って来たが大本教の論です。

 国常立尊様の妻神は豊雲野尊様のことではないかとされる向きもあるでしょうが、豊雲野尊様とは大国常立尊の妻神で、より広大な宇宙世界を指しているのです。そこには全宇宙。銀河宇宙とか。その銀河宇宙の中の太陽系とかで区別すべき話が、まるで全宇宙的に述べられている為に話の整理が出来ないとなります。それは次元格の違いではなく、広さの違いと言えます。

 大本教では国常立尊様のことを日本の【国祖大神】ともしていますが、それで理解が出来る方が居るかとなったならばいないでしょう。宇宙規模の大国常立尊様が、どうして日本の国祖神とする国常立尊になるかです。それを神を人型で見ると理解不能となります。魂の大きさで見ると理解が進むなのです。

 日本神話では伊弉諾尊が単独で生まれた素戔嗚尊が母恋しと黄泉の国に渡って来たとなっていますが、男神単独から生まれた子供が【母恋し】では最初から話がどこかおかしいぞとなります。

 

 私自身、大本教霊界物語を読んでいても整理が出来ないで困惑しましたが、日本には豊受姫の分魂を貰っておられる女性達が少なからずおられまして、そちら側から整理を進めて、ようやく意味が解って来たがあります。そうした豊受姫の分魂を貰っている方は大国常立尊様をおじいさまと呼び、豊雲野尊様をおばあさまと呼ばれたりするのです。それが一人や二人の話ではないのです。が、国常立尊様のことを【ととさま】とは呼ばないのです。ととさまは伊弉諾尊様に対して言われるです。

 その豊受姫側から話を進めないと、国常立尊様の異相神とか大本教が告げた【国常立尊の世の立替に白狐は下郎の役で奉仕する。】の内容が読み切れないのです。

 大本教から出されたのは、その素戔嗚尊がこの地球に来て母神である豊国姫を葬った場所が本宮山であり、その本宮山に豊受姫も降臨されたとする話です。この話は日本神話とはまったく違います。ただ私は子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声から日本神話の神代に関する話は全て私が人を使っての創作話であり、そうした事実があったのではないと聞かされていたので、そこに隠された意味を探っていただけです。

 

 出口王仁三郎聖師の説だけを聞いていると、それは大本教がいかに凄いかを宣伝する為の創り話ではないかと疑わざるにはおえません。

 そうした中で私はある不思議な光景を見ました。霊的映像にはなりますが、宇宙の彼方からこの地球を目指して【光の玉】が飛んで来ます。その光の玉は私が推察するには【シリウス星】からと考えられます。そして一度【金星】を経由したらしく、日本に向かって降下して来ます。その降下した場所は【倉敷】ではないかと思えましたが、すぐに倉敷と考えられる場所から綾部の本宮山に光の玉が降り立った光景です。

 

シリウス星から本宮山に降り立った玉は豊受姫か!

 

 豊受姫がシリウス星出身だとするならば、その光景は合点がいくのです。そして降り立った場所が綾部の本宮山ならば、大本教の出口王仁三郎聖師が言われた内容と、豊受姫が言われた【綾部に帰りたい】の言葉の意味が符号します。だが、どうして綾部に帰りたいと言うのであれば、綾部に帰れないのか?。逆にその疑問がつきまとっていました。

 

 豊受姫は倭姫が三輪山の神を伊勢に巡幸鎮座させ、伊勢の天照大御神が安心して食事が出来るようにと、御饌津(みけつ)神として与謝の【籠(こも)神社】から呼び寄せて、外宮の神として鎮座させたことは歴史的事実です。

 

そこに、豊受姫その方が束縛された【籠の鳥】

 

 豊受姫が御代であった師匠に告げられた、自分の夫神と呼ばれる真性天照大御神が世に出て来るまでは、そうではない天照大御神の元での【籠の中の鳥】の状態ということなのです。

 伊勢の天照大御神が安心して食事が出来る云々ではなくて、その天照大御神の統治下における日本の国民が安心して食事が出来るようにと、豊受姫を伊勢に束縛したです。丹後における豊受姫伝説は、豊受の神が酒造りや織物の技術を人々に伝えたとなっています。豊受姫は伊勢に束縛されたことにより綾部に帰りたくても綾部に帰れないと泣かれたなのです。

 さすがに豊受姫も、そこまで世に明らかにすることも出来ず、その御代であった最初の師匠にも口をつぐんでおられたとなります。

 

籠の鳥とは、籠の鳥の様にその身の自由が束縛される

 

世に豊受姫の神紋とされる記号

 

 

その豊受姫の神記号とされる物を並べたものが【籠】


 

 豊受姫が【籠(こも)神社】から伊勢神宮に連れて行かれたは歴史として知られていることですが、その【籠】を【こも】と呼ばせていた間は誰も気がつかなかったなのです。私は漢字の【籠】を見ていて、?をしていました。籠の漢字には【龍】があるからです。

 

籠(こも)という漢字の意味は、籠(こも)っている

 

 私は豊受姫と関わっていて、豊受姫その方が世に言う【龍宮の乙姫】様ではないかの疑いを持ちました。それは霊的映像ですが豊受姫が龍船に乗って一部の霊能力者が言う龍宮城が在るとするフィリピン沖の南紗諸島に向かって龍船を走らせておられる霊映像です。日本神話で言われている龍宮の乙姫とは【豊玉】姫のことでは無く、豊受姫様のことだったかです。

 

籠の漢字は竹と龍。豊受姫は【龍女】で龍宮の乙姫殿

 

 豊受姫の龍姿とは金龍でも銀龍でも白龍でも無い【桃色】系と言えます。そこに大本教が告げた【三月三日の桃の花】の意味があるともなります。やはり大本教から出された

 

【龍宮の乙姫と日之出神のそろい踏み】が最大の隠し

 

 

 私は旧約聖書の神と称する声から、日本の童歌たる【かごめ歌】に重大な意味を秘めたと告げられても、簡単には紐解けない内容だったなのです。誰しも籠の中の鳥は、鶏とか鳳凰とか火の鳥とか不死鳥と考えてしまいます。

 まさか自由になれない囚われの身のことかまでは私も考えていませんでした。どうして私が拝謁した伊勢神宮の男神は、鶴と亀の文様が入った召し物をしていたのか?。今の伊勢神宮の神が神界を統べるにしようとしても滑るで、真性天照大御神が出て来られたならば統べるとなるです。天之岩戸開けとは本当の【天照大御神】を出すなのです。

 そこに旧約聖書の神と称する声が、日本の童歌の【カゴメ歌】に最も重要な意味が入れてあると言われたのかです。

 

 今の私達はほとんどその曲を知りませんが、大正十四年に【籠の鳥】という歌謡曲が世に出されて流行しました。私の父がその曲を口ずさんでいて、私もその歌謡曲を何気なく歌っていました。その曲の歌詞は籠の鳥の様に囲われた女性の悲哀を歌っているのです。

 

 私が霊界修行のお世話をしていただいた豊受姫は、三輪山の神を毛嫌いされていましたが、同じ豊受姫と呼称されている他の神霊には三輪山の神とベッタリ派もおられます。そうした三輪山の神とベッタリ派の豊受姫と呼称する神は、私がお世話になった豊受姫を黒狐だと言ったりしておられますので、霊界では常に自分が本物とか偽物論争があります。

 私は自分がお世話になった豊受姫が本物の豊受姫であると言い切れませんが、その豊受姫は事前に阪神淡路大震災や普賢岳爆発を予告されました。だがその豊受姫を黒狐と言っている他の豊受姫と呼称している霊は、そうした予言をして当てたことがあるのかです。霊界における【俺々詐欺集団】はスピリチュアル系では解っていないのです。未だ来ていない災害等を事前に予告して当てて来た豊受神とは、他で豊受姫と呼称している霊とは別物となります。その神霊の名乗りの真偽は個々の者が自分で判断するとなります。しかしそれは反面、今の神界はまとまりが無いなのです。

 

霊の名乗りでなく、大災害等を予知できたかが実力

 

 大本教の出口王仁三郎聖師は明治・大正・昭和にかけて、あらゆる事柄を予言してそれらは実際となりました。それは出口王仁三郎聖師の背後は考えられないような高次元の神が存在していたなのです。スピリチュアルで言う様な話ではありませんでした。もし本当に天使長ミカエル等がその方に出ているのであれば、そのミカエルと称する霊から予言されたことは当たるでしょう。だが何の予言もしないでしょう。予言すら出来ない霊達なのです。

 

 では、三輪山から出た伊勢神宮の神に自由を縛られいてた豊受姫がその束縛から解き離れた時、この世がどうなるかです。私は稲荷神界で霊界見聞のお世話になっていましたが、食物神たる豊受姫が持たれる【衣食住】は人類にとって重大な意味を持つと言います。豊受姫がこの地球から去られたならば、人類は【食】に関して重大な危機に陥のです。

 大本教からみろくの世は【衣食住】に困らないと予言されました。そのみろく世の住民の「衣食住」に関わるお宝を出す総元締めはどなたになるかと言った時、そこに【豊受姫】が出て来ます。そして私はその豊受姫こそ本物の【龍宮の乙姫】様だと知ったのです。

 

人類は神からの【火水、大気、食等】を忘れている

 

 豊受姫が【綾部に帰りたい】と泣かれた意味は、豊受姫が本来の自分の星に帰るには、降り立った綾部から帰られなければならないからです。

 

大本教の【綾部は神の聖都】は、神達が故郷に帰る地場

 

 私の少し前の記事に、大本教が聖地として立ち入り禁止にしている本宮山の上に幻の天守閣を見たことを書きましたが、その天守閣の現れはその時期が迫っているとなります。

 

しかしながら、言葉による仕組みは実に恐ろしい

 

 大本教神諭が告げたウシトラ金神国常立尊の三千年間かけての水も漏らさぬ仕組み。私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声が告げた。【この神が世に出ている神達や人を使って、世に出ていない神達や人民に見せる神の舞台。その神の舞台に上がっている神々も人民も誰も私の筋書きを知らない。この私だけが知っている。】と告げられたその神の舞台かです。

 ただその時に言われたことに、【神の舞台に上がる役には善役も悪役もある。悪役も見事に演じれば次の舞台で善役にもする。神の舞台が終わった時、悪役であった者はその化粧を落とさないと行けない。もし悪役の化粧を落とさないのであれば、次の舞台は無い。】と告げられたのです。

 

創造神から見れば善役も悪役も全て神の舞台の役者

 

 ただ人々は悪役を見て憤る。正義の役を讃える。そこに自分の心の中に【何】が有るのか?。そうした【根本】を誰も見つめていなかったなのです。いくら【瞑想】をしても【迷走】となり、山で荒行を積んで【法力】を得ても掴めない。【悟り】には至らないなのです。ただ神に生かされていることまでは解るなのです。

 

 私がその旧約聖書の神から告げられたのは、【そなたはこの神が神々や人民に見せる舞台の台詞回し】。今風に言うと【ナレーター(語り手)】です。

 だがナレーター役であるが故に、豊受姫が私に告げられた【貴方は言葉の神と呼ばれる尊き御方で、貴方の言葉による教えは天帝の「詔(みことのり)」に等しい物で、如何なる神とて貴方の言葉による教えに従えないとなれば、天帝に対する反逆罪で裁かれます。】と告げられた意味にもなるのかです。

 だが人は私がいくら【言葉の仕組み】を解いて出しても、ほとんど見向きもされません。何よりも【現ナマ】なのです。そして我が宗派の教えを信じれば死後の世界で天国に簡単に行けると宗教が説く嘘に嵌まっているなのです。

 

 私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【この日本の国は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、その仕組みはそなた一人には見せる。】と言われたその一巻として、カゴメ歌もあったとなります。

 大本教神諭に【出口直に明治25年に申してある事、この大望な経綸を致したてあることを、世界に一人知りておる。】がありますが、

 

やっと、カゴメ歌の意味が完全に説けました

 

されど、夜明け(みろく世)前が一段と厳しくなる

 

 

 

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