人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

国常立尊は悪神として追われたとされるが、三千年間に渡る日本での神仕組みとは?

 大本教から【ウシトラ金神国常立尊】は、蛇霊(主に黒龍神)に憑依された多数の神々から悪神として地上神界の主催神の座から追われたと出されました。ところがほとんどの日本人は、その【ウシトラ金神国常立尊】とは如何なる神なのかすら知らない解らないがあります。

 聖書における蛇霊の囁きで神の園を追われたアダムとイブの話で、何か類似しているなと感じるわけです。大本教が出て来た時、このウシトラ金神と旧約聖書の神は同一神でないかと言う方達もあったことはあったのです。

 

 日本の記紀神話の日本書紀には、宇宙開闢の神として【国常立尊】の神名は記載されておりますが、ある意味【埋没神】と言えます。世の表から消された神と言えますが、今は退いているから【艮(ウシトラ)】金神の名称が大本教から出されたと言えます。  そのウシトラ金神国常立尊様は【三千年間に渡る神仕組み】をされていると、大本教神諭は告げました。その仕組みとは?。

 

 私が子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。その声は、【日本神話の天の岩戸開けと呼ばれる内容はそうした事実があったのではなくて、この私が最後の審判に向けて仕組んだものである。そなたは天の岩戸開けが何を意味しているのか紐解きなさい。】と告げられました。

 いくら私が子供と言えども、教えてもらえるのではなく【紐解け】では、大変な苦労はありました。しかも日本の神の名乗りではなくて【旧約聖書の神】の名乗りですから、これはいったいどうなっているのかです。だが天の岩戸開けとは人々の想像を絶する内容なのです。昔の歌謡曲のお富さんの歌詞、お釈迦様でも知らぬ仏と言える様な内容と言えます。

 私は日本人で仏教徒です。その自分に旧約聖書の神と称する声が臨んだことを不思議に思っておりました。昭和五十五年に私の身に起きた不思議な体験から豊受姫の御代をしていた最初の師匠の元を訪れた時、その神社の御祭神である豊受姫から、【貴方と天之御中主(妙見)様とのご関係は?。】と尋ねられて、私と天之御中主様と何の関係があるのだ?。となりました。天之御中主は【古事記】に最初の神として出て来る神名です。

 

 その後、豊受姫から【貴方の本守護神は国常立尊様です。】と告げられて、私の本守護神は天之御中主様なのか?。国常立尊様なのか?。その違いの意味が解らずに戸惑っていました。その後に幾多の霊能者に出会い、7~8名の霊能者の方から貴方の本守護神は国常立尊様だと指摘されたのですが、一人だけ貴方には天之御中主様と国常立尊様の両方がおられるで、別の存在か?。で、さらに意味が解らなくなっていました。

 天之御中主様と国常立尊様の違いは大本教霊界物語を読むと、その違いは理解出来ます。国常立尊様は天と地に別れる時、天では【天之御中主】様。地では【国常立尊】様と分離されたです。天の神界における主催神は【天之御中主】名。地上の神界の主催神名は【国常立尊】名。言うなれば天と地での役割分担です。今の言葉だと【クーロン】で同一神と言えます。

 日本書紀で創造神と記載される国常立尊様が、何故に地上神界の主催神の座から【艮(引退)】状態に追い込まれたのかの経緯は大本教霊界物語に記述されます。

 それが霊界物語にある【君が臣となり。臣が君となる。】なのです。本来の国常立尊様が地上神界の主催神と成られたことは、君であった国常立尊様が天の天之御中主様の臣と成られたなのです。天之御中主の臣であった国常立尊様が今度は天の君となり。天之御中主様が地上神界の主催神たる臣と成られるを予告したなのです。

 

これを天地のでんぐり返しと言います

 

 私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神とは、国常立尊様であり。神界の表舞台から退かれてキリスト教から悪魔(サタン)と定義されている冥府の長官【閻魔大王】に成られた存在と言えます。それが大本教神諭における【この世の閻魔大王として現れる】の予言になります。

 私自身、鍾馗神のご案内で中国で創造神とも天子ともされる【盤古大神(木星神)】に拝謁していなければ、そこまで読み切れなかったがあります。

 

日本では艮金神国常立尊は表舞台に出てはおられない

 

 その理由の一つに私達日本人は伊勢神宮に鎮座する【天照大御神】がまるで最高神の様な洗脳を受けているがあるからです。伊勢神宮に鎮座されている存在は別に創造神とかのレベルの神霊の存在ではありません。ただ日本の皇室には関わる神霊です。

 私は自分の魂が霊界の伊勢神宮に飛び、霊界の宇治橋において一ヶ月間ぐらいの期間に渡りますが神主姿の霊から挨拶や修祓を受けた後、万体に及ぶであろう絢爛豪華な大神霊行列を見せていただきました。この私に対して伊勢神宮の神の威力を知りなさいで見させられたのでしょう。

 

 その後、牛車から中臈の様な感じの老婆が私を見ており、その老婆の事を豊受姫のお代であった最初の師匠に話したところ、【それは○○○さんと言い、伊勢神宮における男神たる天照大御神様が姿を見せられる前兆です。その牛車の後にもう一台牛車があったでしょう。そのうしろの牛車に伊勢神宮の男神の天照大御神が乗っておられたのです。貴方は間もなく男神の伊勢神宮の御祭神を見ることになります。】と告げられました。

 豊受姫のお代であったその師匠は、スピリチュアルで伊勢神宮に参拝して出て来られる女神は伊勢神宮の御祭神でも主たる天照大御神では無いと言います。それは豊受姫は外宮の神でもあるから言えるとも言えます。

 

 いろいろの霊能者の方を当たり、伊勢神宮で天照大神として鎮座されているのは男の方であり、通常言われている女の方は卑弥呼霊だとする方が多いと知りました。それらは何かを隠す一種のカモフラージュではないかと言えます。もし伊勢神宮の祭神が本当は男神ともなれば、日本神話の天照大御神を女神とする神話は最初から崩れてしまいます。

 

何故に伊勢神宮の神は、真実を覆い隠しているのか?

 

 そしてある日、私の前に出て来られた方を見ると女神の様な姿をしておられるが男性の霊で、この方が伊勢神宮で男の神と言われる方かと気づいたです。その服装を見た時、その胸元には金刺繍の【金鶴】。裾は同じく金刺繍で【亀甲紋】があしらわれており、私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声から告げられていた【私の教えは日本の童歌(わらべうた)にあり。もっとも重要な童歌はかごめ歌である。】と告げられたことで、その【鶴と亀がすべった】かと知ったなのです。

 

伊勢神宮の男神が私に見せた【鶴と亀がすべった】とは?

 

 鶴は千年・亀は万年。統合すると【一千万年王国】になります。そうなるとまさに【永遠の世】と言えます。されど伊勢神宮に鎮座されている御神霊の段階では、どう見ても鶴と亀を統合させる。それは不可能な段階の神霊とは言えます。

 しかし【すべるのすべった】には、【統べるのすべった】もあり。どちらのすべったかが解りません。滑ったと統べったでは正反対になるからです。すると残るのは【籠の中の鳥】が何を意味した物かです。

 霊的世界を見聞していますと【鳳凰】と呼ばれる霊界の鳥を見ることはあります。確かに美しい鳥ですが、籠の中の鳥とは鳳凰鳥のことではないと解ります。また【火の鳥】と呼ばれる鳥も【不死鳥】も霊界には存在しますが、それも違うと解ります。

 

 私は旧約聖書の神と称する声から【カゴメ歌】の重要性を言われたのですが、多くの霊能者の方も【カゴメ歌】は予言歌として捉えておられます。非常に重大な意味がそこには秘められているです。

 そうしたことを言われる霊能者の方は【夜明けの晩に】の夜明けとは、【みろくの世】の到来のことであり。後ろの正面のだあれ?。の鬼とは【国常立尊】様であろうです。するとその籠の中の鳥は、国常立尊様と深い関係があるとなります。誰かに籠の中に閉じ込められていた境遇からの【解放】です。

 

籠の中に閉じ込められていた存在が、永遠の世の鍵を握る

 

 しかしスピリチュアル標榜だと、自分が伊勢神宮に参拝したら女神さんが出て来られて声をかけられた。それで有頂天ばかりです。そこまで頭が回らないなのです。

 

 豊受姫のお代をしていた最初の師匠は、豊受姫の日頃の発言として、【伊勢神宮に鎮座されている男の天照大御神は自分より下位の神霊で、自分の本当の夫神たるお方が真性天照大御神たる方だ。】と言われているです。一瞬聞くと、びっくりする様な内容です。

 

真性天照大御神と豊受姫は本当は夫婦?

 

 しかし、豊受姫の御代であったその師匠が、豊受姫の下位たる神格の伊勢神宮の男の天照大御神とはいったいどなたなのてすかと尋ねると、頑として口を閉ざされると言われます。神界における【機密事項(タブー)】と言われるです。為にその師匠も伊勢神宮に鎮座されている男神が何者かまでは解らないと言われます。しかしそんなことを世間に言っても通用はしません。ほとんどの人が伊勢神宮の天照大御神は女神だと頭から思っているからです。

 その師匠と同様に一部に、外宮の神は内宮の神より上だという説はあります。伊勢外宮の神官であった度会(わたらい)氏が出した。外宮の豊受大神は天地開闢の天之御中主や国常立尊と同じ神と同一視した伊勢神道の考え方です。確かに日蓮聖人は当時の外宮の寺に籠もり。そこで妙見菩薩(天之御中主・国常立尊)を会得されたがあります。

 

 だが伏見稲荷山における行者筋であれば、豊受大神とは女神であり。国常立尊様その方では無いと否定されるでしょう。私は神霊界修行を伏見稲荷山の豊受姫にお世話になった関係上、国常立尊=豊受大神説は間違っていると言います。霊界を見ずに文章だけを研究している者の説と言えます。しかし豊受姫は国常立尊様と深い関係はあるなのです。それは実際に伏見稲荷山に関わると解って来ることです。

 ただそれを知るには【伊弉冉】様と呼ばれている御神霊がどういう立場の御神霊かを掴む必要があります。

 

 有能な霊能者の間では、伊勢神宮に鎮座されている男神の天照大御神は本物の天照大御神では無い。本当の天照大御神は未だ【天の岩戸の中】だとする説があます。そこには真性天照大御神は素戔嗚尊だという説まであります。それは世に天の岩戸は開いているとカモフラージュ(世間の目をあざむく)させて、本当は未だ【天の岩戸の中】に居られるです。

 そこにあるのは日本神話の【天の岩戸開け】とは、これから起きる出来事だです。大本教から最初の天の岩戸開けとは宇宙開闢のことであり、二度目の天の岩戸開けとは、宇宙開闢以来の2度目の出来事であると予告はされています。この地球云々では無く、宇宙規模の立替の話です。

 

 私自身は旧約聖書神と名乗る声からと、霊界での修業のお世話になった豊受姫からも日本神話に書かれている内容の天岩戸開け等の事実はどこにもない。全ては【最後の審判】の為に創造神が創作された神話と伺っています。そこにあるのは人類は三次元世界から離れて、その魂は高次元界に向かうです。

 しかしほとんどの人は高次元界に向かう。そのものの意味を理解するはないでしょう。あるのは三次元世界の肉体を失うのか!。そうした【恐怖心】です。

 

そこに天照大御神とは本当は如何なる存在か?

 

 ただ伊勢神宮において、内宮を天照大御神。外宮を豊受姫とした仕組みそのものは一種の【型】であり、私達日本人が知らなかった【ウシトラ金神国常立尊】の三千年間に渡る深い仕組みがそこに存在しているなのです。

 そうでないと、日本の童謡【カゴメ歌】を多くの霊能力者が【予言歌】とする意味も理解しにくいとなります。

 

 大本教は有能な霊能者の間で【予言教団】と言われており、その演技の中に不思議な演技が存在しています。ただその演技の中で【天照大御神】の名を使用すれば当時の天皇に対する不敬罪に問われて、邪教としてさらなる大弾圧を受けることになり、別の神名が使われています。  

 私は豊受姫から、大本教がその仮の名で使ったその名前こそ、真性の天照大御神のことであると説明を受けて、ようやく大本教の不思議な【型】演技の意味が解りました。自分自身が神霊世界を歩いて来ず。単に誰かの書いた文章を見ていたでは解らなかったなのです。

 

真性天照大御神と豊受姫が夫婦となる時が第八の世

 

そこに世に出ている天照大御神はカモフラージュか?

 

 大本教神諭に、【この神(ウシトラ金神・国常立尊)が世に出ておられる神々を「誑(たぶら)かして」使っている。】とあります。私は最初その【誑かし】の言葉に首を捻りました。

 

言葉で【獣の王(狂)】を誑かして使っている?

 

 私は大本教の信徒ではないので外部から検証していますが、逆に大本教内部に居たらその仕組みの凄さは解らなかったでしょう。大本教に入信していた日本心霊協会の父とされる浅野和三郎師。世界救世教開祖の岡田茂吉師。成長の家の開祖谷口雅春師等。大宗教家とされている方が誰も何も気づかなかったのかです。そこには日月(ひふみ)神示の岡本天明師も含めて、出口王仁三郎聖師よりも神界における次元格が低かったがあります。

 どの弟子も自分の霊力に自信はあったのでしょうが、言葉の仕組みに気づいていなかったと言えます。それが出口王仁三郎聖師が言った自分の弟子達を評して【お山の大将に成りたい者ばかり。】となります。自分が国家権力に弾圧されたら、皆、大本教から逃げて行ったです。どうして出口王仁三郎聖師の主立った弟子達は大本教が国家の弾圧を受けたら逃げたのか?。そこに神の深い仕組みがあったのではないかと疑問が出されていましたが、皆、自分がお山の大将に成りたかったからです。

 

言葉の仕組みの解読から言えば、お山の大将は要らない

 

 出口王仁三郎聖師は欲しかったのはお山の大将達ではなくて【一兵卒】だと言われていますが、私も創造神の一兵卒で今日まで来ています。それは大本教から離れたら、神の仕組みが解らなくなるからです。

 豊受姫は私が神々を従えて宗教家に成ると告げられましたが、旧約聖書の神と称する声は私を宗教家にはしないと言われていました。単に神界における神々の舞台を説明するナレーター(語り手)です。もし自分が宗教家に成っていれば、逆にこうした【真相】は掴めなかったでしょう。ナレーターの役割だからこそ、国常立尊様の深い仕組みを見させられていると言えます。

 

 それらは【ウシトラ金神・国常立尊】の大掛かりな深い仕組みの一端です。

 

言葉の仕組みは、国常立尊様を否定するでは解らない

 

ですから日本語は、【国に常に立つ御言(みこと)】

 

 そして国常立尊様が退かれた先とは、別に東北(ウシトラ)たる方位の地名ではありません。この地球上にある魂の総司神として輪廻転生を司る冥府の長官。牛頭虎パンツの牛虎の鬼達を司る閻魔大王の職に退かれたのです。どうして大本教基本宣伝歌の【節分の炒り豆にも花が咲く】で気づけないのかとなります。

 悪なる者達が仕掛けた【鬼は外】。悪いことをした自分を地獄の鬼達が地獄に連れて行こうとする。

 

自分に何も恥じる行為がなければ、地獄の鬼は怖くない

 

 そこに大本教神諭には【この世の閻魔大王として現れるぞよ。】と予告されたわけです。ただそれらは大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】に気づかないと紐解けないとなっていたわけです。

 

最後の審判の裁判官とは、閻魔大王と気づくべきこと

 

 

 

 

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