人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№94 【ひとでなし】と【ろくでなし】とではどう違う?

 私達はよく【ひとでなし】という言葉と、【ろくでなし】という言葉を耳にします。どう違うのでしょうか?。

 ろくでなしは、【役に立たない者】とか【生が無い(しょうがない)】者の意です。人として生きているだけで、何の役(価値)もなさない者です。ぐうたら(不精者)とか放蕩者を指す言葉です。

 一方、ひとでなし(人で無し)とは、人の姿をしているけれども人らしくない行為をする者。恩義とか人情の欠片も持たない者。人非人(人の道に外れた行為をする者)で【外道】を言います。通常、極悪非道の殺人者などは【人で無し】で、死後の世界では真っ暗闇の地獄界に落とされてしまいます。その責め苦は長期に及びます。

 何れの世で人を殺しても、赦されてまたもやこの世に出て来るはありますが、そこには【悔い改める】やその犯罪に到った理由があるからであって、極悪非道のひとでなし等は正神界邪神界問わずに、もう人では無いなのです。

 

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から

 

人の道や道理から外れるな!。外道を行けば獣の道

 

 

 戦前、軍時歌謡として【可愛いスーチャン(作詞作曲不詳)】がありました。戦後その歌が【練鑑ブルース】として歌詞を替えて流行しました。練鑑とは東京練馬区に在る東京少年鑑別所のことで略して【練鑑】。この鑑別所に収容されていた少年達が歌う替え歌が世に知られて、多くの歌手が歌詞を替えて歌ったがあります。

 この練鑑ブルースを知らない方がありますが、当時何故か放送自粛になった曲です。当時は他に【山谷ブルース】なども良い曲でしたがテレビで放映が自粛された物がありました。何れも人生の【悲哀】を歌っていました。誰も成りたくて成った人生ではなかったが基本です。

 

 通常歌われる「練鑑ブルース」の出だしは

 

身から出ました錆(サビ)ゆえに

 

 自分が少年鑑別所に送られたのも、自分の自業自得(身から出ました錆びゆえに)と歌い出すのです。悪さをしている時は楽しいと思っていた。だが少年鑑別所に収容されて【悔いる】歌です。そうしたことはこの世は天国だと思って好き勝手をしていて、死後に地獄界に落とされるも【身から出ましたサビゆえに】なのです。

 スピリチュアル標榜者の方達の大多数は霊世界の部分は見ておられます。しかしそこに見る世界に【地獄界】の様は見ていないはずです。為にいい加減な内容が多く、それを信じると地獄界にと導かれます。

 

 世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は、【地獄を覗けば牧師や僧侶で一杯だ!。】と記しておられますが、霊能者の間では最近亡くなられたかなり大きな宗教団体の開祖も地獄界に墜ちたと言われています。かなり有名な宗教の開祖達も地獄界に墜ちておられます。それらの教団の祭神として鎮座している黒龍神では、その御代として仕えた開祖の地獄落ちを止めるだけの神力が無いことも要因です。

 ネット教祖として有名な方が、日蓮聖人が地獄に墜ちていると発信されていますが、確かに地獄界を覗けば日蓮聖人のお姿は見られるでしょう。しかしそれは罪を背負われたのではなくて、自分が開いた日蓮宗の僧侶達霊の救いの為に地獄界に赴いての活動がネット教祖に霊視されたなのです。霊的世界は部分だけを見ていると解らないことが多いのです。

 だがそれらを通して言えることは、自分は霊的世界が見えるだけでは【天国行き】が保証されているではないなのです。

 

スピリチュアルに導かれて墜ちて行く先は地獄界

 

 私はこれまで出会った霊能者の7~8名から、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですよと告げられましたが、私はその姿を見たことはありません。しかし【閻魔大王】様と呼ばれる方は見ました。私の2番目の師匠で言霊師であった方は、私の事を【おまえは閻魔庁の地獄の判官の一人だ】と告げましたが、閻魔庁には閻魔大王のみならず、実際に裁きをしている裁判官(判官)達も居るのです。言うなれば閻魔大王とは霊界における最高裁判所の長官のような立場です。そうした判官が決めた処置は閻魔大王によって取り消されるはないのです。

 豊受姫のお代をしていた私の最初の師匠は、【貴方を見て、こんな恐ろしい存在は知らないと言う霊能者ならば本物の霊能者です。だが貴方を見てもそれが解らない霊能者はたいした霊能者ではありません。そんな霊能者は捨てておきなさい。】と告げられましたが、私の背後に【閻魔大王】と呼ばれる方は存在しておられます。

 大本教神諭には【この世の閻魔大王として現れる】とありますが、そこに出て来るのが【ス神】論では無くて【ラ神】論となるのです。最後の審判は、個々の魂の【良(ラ)】神で判定されるからです。

 

 

 練鑑ブルースは多くの歌手が歌っていますが、その中で一番知られているのは【藤圭子】さんが歌っている練鑑ブルースです。作詞【若杉嵐】があります。

 

その歌詞には、不良にも不良なりの苦しみがある

 

身から出ました錆ゆえに、夢を見てさえ目がにごる

恨む親でも有ればいい、一人生きてく世が寒い

 

曲がりくねった道だから、ひねくれ根性で歩いてた

俺も人の子人なみに、過去もあります傷もある

 

殺したいほど惚れたのに、好きと言えずに言われずに

別れて今夜も酒を飲む、あいつの小じわが気にかかる

 

金で昔が買えるなら、堅気(かたぎ)になります稼ぎます

殴って夢が覚めるなら、なんで喧嘩をするものか

 

人の不幸を聞き流し、笑うこの身はろくでなし

ひとでなしよりまだいいが、こんな男に誰がした

 

 この曲の五番目の歌詞に【ろくでなし】と【ひとでなし】があります。【ろくでなし】には「陸でなし」と「碌でなし」の漢字が振られていますが「碌」は当て字とされます。【碌】ならば「火水の石」の意味であり玉たる魂を意味します。では【陸】は何だ!。となります。この【陸】の漢字は【六合(天地四方)大神】を表しています。その【六合大神】は大本教霊界物語に出て来ますが、天地四方(宇宙)を支配する神。すなわち創造神のことです。

 

六が無ければ、自己の魂から創造神の核が消えて行く

 

 大本教から【六六六】で【みろく】大神と出された時、世間ではそれは聖書における反イエスのことではないかと驚きをもって受け取られましたが、イエスが主の一人御子だとする説は間違った教えです。それはイエスが世に出る前にキリスト登場前に出ると予告された【男女二人の預言者】がそもそも出ていないことからも解るわけです。

 大本教からは男女二人の預言者が出たことで、そこにキリスト(真理)の意味が予告されています。【キリスト(真理)】とは何だ!。かが解るわけです。

 

【ろくでなし】は、自己の内部に良心神の働きが無い

 

 では、霊学的に【ひとでなし】とは何の意味かとなります。

 

人の顔をしていも、その魂は【毛物(獣)】の状態

 

 こうしたことは、人の内にある魂を見る霊能力があれば解ります。私はブログで何度か魂の写真をアップしましたが、そうした写真が撮れる方は数が少ない為に写真を見ても理解されないがあります。スピリチュアルという言葉に引っ掛かっている間は、霊界での次元格が低いなのです。

 魂の表面に毛物が発生していると、その魂の姿は【獣】として見えて来ます。古来より【魂を磨け】と教えられて来たのは、自己の魂に【毛物】を発生させない為です。為に【魂磨き】は辛いのです。ところがスピリチュアルに走ると、【魂磨きは辛いから止めましょう】とか、【良心の呵責は重いから、良心を捨てましょう】となるのです。愛という言葉さえ言っていればそれでよいです。

 スピリチュアルでは【何をしても自由です】とか【神の愛で赦されます】が定番ですが、まったく地獄世界の見聞が無いと言えます。地獄界を見た人達の中で絶対に行きたくない世界と言われるのは【ゾンビ】の様な世界です。腐った人の様な姿をした者達がうごめいている世界です。もはや【人】では無い存在です。あまりにもおぞましい世界だから、見たくも無いなのです。

 

スピリチュアルとは、【ひとでなし】を養成させる

 

 西暦1999年当時、スピリチュアルの世界では宇宙連合とか銀河連盟とか○○司令官等がいっぱい出て来ましたが、皆がそうした霊に欺されてしまったがあります。この宇宙人と称する霊達が何者か?。当時はそこまで【サニワ(審神)】がなされなかったなのです。

 またもやそうした宇宙人と称する霊がゴロゴロ出て来ていますが、大本教から出された【世の大立替】とはこの日本だけでなく、地球と言う星だけでなく、宇宙を根本的に立替る宇宙開闢以来の立替を指しているのです。だがその為には【宇宙を創造した神】の説明が要るのです。それは日本の神社に鎮まっておられる神々のことでは無いのです。

 私が説明している内容は、私が子供の時に臨んで来た旧約聖書の神と名乗る声が、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つ国である。そなた一人だけにはその仕組を見せる。そなたは私の仕組を知り。その内容を人々に告げなさい。】と言われたことをしているだけです。

 

創造神は見えずとも、言葉の仕組で存在の確信は出来る

 

スピリチュアルで、創造神の存在に言及する者はいない

 

 大本教神諭には、【世に出ておられる神々の心の持ち方が悪かった。】とあります。もし世に出ておられた神々の【心の持ち方】が正しかったのであれば、ここまで世は荒(すさ)むことは無かったでしょう。

 

 創造神は人類の上にその姿を見せてはおられませんが、全ての人の魂の【核】として存在し、その魂(人)の行為行動は全て把握されてはいるのです。

 

そこに創造神は、口に出して一々語らぬ神と言えます

 

だが、人の行為行動は全てエンマとして把握されている

 

 

 

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