私は予言者ではありませんが、この地球の終末の光景ではないかと思われる霊的映像を見させられてはいます。無論、霊的映像はそれを見たからと言って即座にそれが起きるではありません。ただ、私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から【私はこの世の幕を引く。その代わりとして、人類を永遠に嬉し嬉しの世に渡そう。】と聞かされました。世に大宣伝されて来た【みろくの世】の事です。
霊界に在る映像からすれば、やがてこの地球は人類が住める様な環境ではなくなります。大地震や火山の噴火などは序の口で、それ以上の出来事です。そこに人類を助ける手段として【新地球】の存在が何人者の方を通じて、その存在が予告されたのだと考えられます。しかし新地球の存在を告げる者は今や数を減らし、誰も語らなくなって来ました。確かに、そんな途方も無いことなどあり得ないと思うのが人の常です。常識で言えば論外です。
私には新地球の存在を告げたのが本当に旧約聖書の神であるかどうか解らないことであり、その霊が本当は何者霊であったのかを追求して来たと言えます。その旧約聖書の神と称する声は、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国。】と告げましたが、この日本の国に満ちあふれていたのは【言葉での仕組】であり。それ自体は出せたと言えます。だとすれば、この神は神々や人類にもよく解らないだけで、存在しているともなります。
大本教から出された【艮(ウシトラ)】とは、今は表に立っている神では無く、【退いているの艮】に過ぎません。ただそれは【根元神たる】神でもあるです。
ただそうしたことは【真理】を求める道筋にあったと言えます。だが逆に言うと、【人類は真理など、誰も求めていない。】にぶつかるのです。ほとんどの人がただただ【刹那心】に溺れているからです。
で、私は別のHPの題名は【新・ノアの箱船】としています。いくら【警告】しても、それに耳を貸す人など僅かであるからです。それは【みろくの世】は、今の地球の上で成り立つのではなくて、高次元世界で天文学では突き止められない星とされているからです。
科学は万能では無い。霊界の実相は科学では解らない
人々は未来を求めるでなく、今の自分を助ける現ナマ
かなり著名な宗教家で、その名を言えば誰しも聞いたことがあると言われる方ですが、その教えが書かれた書物を読むと内容的には間違いはありません。人がこの世で味わう苦や病は自己の過去からの【カルマ】が消えて行く過程だと正しいことを説いておられます。
この宗教家の方が晩年、悪魔に魂を売られて断絶魔の苦しみの中で死なれたことは、霊能者とかスピリチュアルでもそこそこのレベルの方ならば御存知の話です。その自著にも悪魔に魂を売られたことが書かれていると言われていますが、多数の書物を出されているのでその書がどの書なのかまでは現認していません。だがその事を開祖の側近の方からも聞きましたので事実でしょう。ただ解らないことは、何故、人助けの為と言えども自分の魂を悪魔に売る。そのようなことをされたのか?。その人柄からして自己の【欲望】からではなく、多くの人を助けたいと思われたことからの行為でしょう。
正神界は奇跡無しとされ、正神界に人を助ける力が無い
原理原則で言えば全て【自業自得】で、手出し出来ない
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する霊からある事を言われました。【もしそなたが人を助けたいと思うのであれば、そなたが過去から持つ徳分の中から出さなければならない。もし自分が持つ徳分を越えてまで人を助けようとすれば、自分がその助けたいと思う者の罪分を被って自分が地獄に行くことになる。】と告げられたのです。
他人の罪を安易に受けると、自分の魂を地獄に落とす道
私は霊界見聞の中で、あまたの行者系霊能者の方がその信者諸共【地獄界】に墜ちているを見ました。生前は神仏の力を借りて、多くの信徒を助けておられたはずなのです。この世に生きている時は、明らかに人助けをされていたのです。そうした霊が何故に何百年間もさ迷っておられるのか?。
自分に従う信徒を助けて、行者諸共地獄界に赴く???
そうした霊界の事実を知った時、その行者系霊能者の霊を見ても、とても生前は悪人だったとは思えないような人達です。だが、その魂は汚れている?。そうした行者霊達が生前に信仰していたであろう御本尊たる霊は、一体何をしていたのだろうか?。どうして助けようとしないのか?。信仰していた神霊は悪神なのか?。そうした疑問を抱いていました。
私には長い間、この問題が紐解けませんでした。最近、やっと私が子供の頃に旧約聖書の神と称する声から告げられた。【もしそなたが人を助けたいと思うのであれば、そなたが過去から持つ徳分の中から与えなければならない。もし自分が持つ徳分を越えてまで人を助けようとすれば、自分がその罪分を被って地獄に行くことになる。】と告げられたことです。
そうした行者系霊能者の霊は、人助けの為に自分が持つ【徳分】以上に助けたい人達の為に【徳分の借金】を作ってしまったなのです。私はその論理を子供の時に聞いておきながら、霊界の実相を見る中でも理解に到っていませんでした、その論理が自分に結びついて来なかったなのです。
それを図式すれば、
スピリチュアルでは【神は愛だから、何をしても神の愛で赦されます。】などと説きまくっている人が人気を博しますが、スピリチュアル呼称者でも正しい方は【カルマの正負の原則(目には目を、歯には歯を)】を説かれます。どこにも自分勝手、好き勝手に生きて神の愛で赦される世界等は無いのです。
ただ輪廻転生のシステム下では、次に人として出る気が無ければこの世に関わる霊として、ウロチョロ出来るがあります。そうした霊が霊感者等に嘘を出して悪さをする。そうした霊を【愉快犯】霊と言っています。また浮遊霊とも呼ばれる類いです。なまじ霊的世界が見えると、そうした霊に自分がもてあそばれるなのです。
キリスト教ではイエス一人が信徒の罪を被ってくれる
大本教の出口王仁三郎聖師は世紀の大予言者と言えますが、【地獄を覗けば牧師や僧侶で一杯だ!】と残しておられます。私はイエスらしき霊と3度ばかり遭いました。無論、それが本当のイエス霊かどうかは解りません。ただそのイエスと覚しき霊は、キリスト教徒の罪を償いきれずに居たのです。その結果がどうなるかです。私はイエスと思われる霊が気の毒でなりませんでした。それが本当にイエスの霊で在れば悲惨の一言です。
キリスト教徒は、自分が積んだ【罪のカルマ】は自分が【刈り取る】を教えられていないなのです。しかしながら旧約聖書を読むと、【自分が蒔いた悪しき種の果実は、自分で刈り取らなければならない。】と、正しく書かれています。誰がその【原理原則】論の教えをひん曲げたのか?。
過去世の因縁の業たる【カルマ】の存在を知らないと、自分を助けてください。自分を助けてくださいとすがる方は、それが自分の過去世の【業(カルマ)】から来ていることを知るではありません。為に自分の過去世からの罪を悔い改めることもなく、ただその時だけの【刹那】の中に置かれているなのです。
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【人は生まれて死んで。生まれて死んでの繰り返しである。人は自分の過去世の業を思い出さない。もし次の世に生まれ出て自分の過去世の過ちを覚えていると、その事柄に引きずられる。人が自分の前世を思い出さないのは、この神の恩寵からである。】と告げられましたが、その過去世の罪が【清算】されて生まれ出たではないのです。
人は皆、平等だと唱える方達はありますが、この世はある意味、生まれた時から【区別】を受けています。物質的にも豊かな国に生まれて教育も受けられる人達。一方、教育等何も無く、飲む水にすら苦労する地域に住む人達もあります。この世はある意味、非常に【差別】が多いのです。
私達は誰でも神は【平等と公平】の存在であると思いたい。だが、この世のどこにその【平等と公平】があるのか?。それを思った時、【神は死んだのか!】となります。その時、この世の表面の現象を見るのではなくて、その【深層】を探れば【真相】が見えて来るなのです。それを簡潔に言えば、この世は【魂の修業場】。【天人の苗床】。【魂の刑務所】等の論になるのです。
神界の【真相】は、霊界の【深層】に隠されている
私の最初の師匠は豊受姫のお代さんでしたが、豊受姫がその師匠に告げられる私の道筋はことごとく外れるで、さすがに疑問を持たれて豊受姫に糺すと、【あの者(私)は、この神(豊受姫)の霊力を持ってしても見通せない霊界の壁の奥から来る神力にコントロールされている】。為に、この神の力では何も動かせないと言われたと言います。
一部の霊能者の方は私を見て、貴男は【救世主】様ですかと尋ねられることがありますが、私は救世主ではないと答えています。私が過去世から持っている【徳分】とは、全人類を助けられると言う様な巨大な【徳分】ではありません。全人類に吐き出せるだけの【徳分】が自分に無い以上、自分は救世主ではありませんと断言できるわけです。
巷には自分が【救世主】ですと名乗る方は多々あります。だがどなたもその方が持っている【徳分】では、全人類など救えないがあります。
そこにあるのは一人の救世主が出れば、全人類が助かるなどは【戯れ言】に過ぎないなのです。何故ならば、
人(霊止)の肉体は、魂の汚れを浄化する能力がある
肉体を持つ者は、自分の魂の汚れを取ることが出来る
すなわち、自分が【救世主】だと名乗る人を必要としないシステムです。
霊的世界を見て来ると、自分で自分の魂の汚れを【浄化】しようともせず。自分の魂の汚れを【霊媒体質者】に転送して、自分の苦しさが楽になった等と言っている方もあります。一方、自分は霊媒体質者だと解らないが為に、他人の魂の汚れを押しつけられて、それに苦しんでいる人達も多数あります。今日迄の宗教では、ほとんど知られてこなかったことから起きていたのです。
私は言霊師であった2番目の師匠から、【おまえは霊界の汚れを吸い込む歩くバキュームカー】と言われましたが、多くの霊的汚れを肉体に吸い込んで浄化することで苦しんで来た者です。私が住む土地は大本教の出口王仁三郎聖師の予言と深く関わりますが、霊能者の方達によれば【霊界の汚染された物が集まる特殊な場所】で、貴男でなければその汚染された土地を清めることは出来なかったであろう。と言われて来ました。
スピリチュアルは、霊的汚染の浄化を誰も語らない
低級霊には霊の浄化能力がなく、逆に霊の汚れを出す
霊能者江原啓之さんは、自ら自分はスピリチュアル界の大御所と自認されています。確かに霊が見えると言うだけであれば大御所なのでしょう。しかし、霊的浄化能力で言えばテレビ番組のオーラの泉で俳優宇梶さんの背後霊に倒されるがありました。慌てて横に居た美輪明宏さんが助け出したがありました。行者の世界から見ると江原啓之さんは一流の行者では無く、三流的になるのです。一流の霊能者や行者ほど【霊的浄化能力】が強いなのです。
単に霊が見えるではなく、どれほど浄化能力があるか
もし霊的汚染の実情が解っているならば、【神は愛ですから、何をしても神の愛で赦されます】等と、霊的汚染を拡大させる様な発言は出来ないのです。そうした霊的汚染を自らが体験して来ると、一部のスピリチュアルであれ、【神は愛だから何をしても神の愛で赦されます】等の暴論を出した者は絶対に赦されない存在者となります。そうした者はかならず死後は閻魔大王の裁きの場に引き出されるとなるでしょう。
私は過去から積んで来た自分の【徳分】を他の者に渡すにことに関しては、肉体を持つ方には自己の魂を浄化する肉体があるから渡しませんが、既に肉体を失っていて浄化の拠り所を持たない霊に関しては私の徳分を分けて来ました。無論それは全人類に渡せると言う様な膨大な徳分ではありませんでしたが、数百万の霊には分け与えられたと思います。為に、もうそうした徳分は尽きました。もう霊達から貴男が持っている徳分を私に下さいと言われてもありません。それらの徳分を霊達に分けたのは肉体の私の魂ではなく、私の守護役に就いていた霊達です。霊界の様子は守護している彼らの方が詳しいからです。
悪魔に、病気治しや物質の豊かさを与える力はあるが
悪魔は徳分(善-悪)を与えられず、天国界に渡せない
にほんブログ村
この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。