人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№88 神霊と心霊の違い?。この世の時間と神仙の時間。あまり論議されなかった【神仙】界

 今は【スピリチュアル】と称することが花盛りです。あちらこちらに高額料金のスピリチュアル教室のセミナーが起きて、セミナーに通えば貴方も霊の世界が見えますよ。また、グッズ販売で儲かりますよです。それに掛けた費用ぐらいすぐに取り戻せますよです。

 

スピリチュアル教室に通って霊界を見ることは出来る

 

 これは人は霊長類のトップであり、人に霊(0)を懸けると霊(0)の世界が見えるの原理に基づきます。ただ、そうしたスピリチュアル教室の生徒に霊の世界を見せる為に懸ける(掛ける)霊(0)とは、主に蛇霊、それと狐霊を憑けるが主体となります。それでも人の目には見えない霊世界の一端を垣間見れるとはなります。それによって死後の世界を頭から否定するはなくなります。

 

宗教が説く神仏論だけでは、霊的世界の存在は解らない

 

 私は稲荷神界で4年間に過ぎませんが修業をさせていだいて白狐霊とも関わって来ました。そのなかで稲荷行者でもそうした白狐に使われている行者と白狐を使っている行者が見られます。当然、白狐や野狐霊に使われている行者はお狐さんを神と崇めるで、白狐霊を使う行者との間にはある【線】があるとなります。その線は【4次元と5次元】を区切る線の段階で決まると推察されます。

 白狐霊に使われている行者が告げる相談者個人の身の周囲に起きる予言的なことはよく当たります。個々の人の立場から言うと稲荷神は非常に便利な御神霊とは言えます。しかし、高い次元の神霊ほど人のこの世の幸せには関心が薄いことは知られています。為に人には【守護霊】が就けてあるのですが、その【守護霊】のほとんどは【副守護神】格と呼ばれている存在の為、その霊力がそうした蛇霊や狐霊達より弱いと言えます。そもそも副守護神の次元格がそうした蛇霊や狐霊より低い段階なのです。

 

守護霊だから、蛇霊や狐霊を越えているではない

 

 そうした意味では低次元界の神霊ほど人の幸せに【寄与】するがあります。一方高い次元格の神霊は人のこの世での幸せではなく、その人の魂を高い次元界に導く為に魂を【磨く】方向に行かせます。

 

 初期の私を指導してくれていた霊は日蓮聖人の弟子であった2体の霊と、後日私の家系の先祖霊で(祖父が養子であったので私と肉体的血脈は生じませんが)日蓮聖人の御分霊であった方と判明した霊が、私を法華経や仏教の世界に導くのではなく、大本教霊学にと導いてくれました。もしも大本教がなければ私もこれほど知識を得ませんでした。

 その間、私に何かを見せようと謀る霊達から送られて来る霊界映像を強制的に遮断してくれました。その時、【バチンと】という大きな音がします。電磁波を遮断するからです。霊界映像を見ることで、それが真実だと私が間違わない為です。だがそうした守護霊のサポートがないと、自分が見せられた霊界からの映像が真実だと思い込むが起きてしまいます。スピリチュアルでいくら霊的映像を見ても、自己の守護霊が高い次元格を有していないと間違った方向にと導かれてしまうなのです。

 人が邪教の教えに狂ってしまう原因として、その人を守護しているところの霊が低いと守護霊ごと邪教の強い霊の【罠】にはまってしまうとなります。そこに日本神道系では【正守護神】との【神人合一】が説かれるわけです。

 

高い神霊ほど、この世の人に【辛苦】を味わさせる

 

自分を甘やかす存在と、自分を厳しく導く存在は違う

 

 ただ高次元界の霊であれば、低次元の個々の人の幸せで無く、社会における大異変とか大災害を予言できるとなります。大本教の出口王仁三郎聖師は日清日露の戦いから太平洋戦争における日本敗戦まで予言し、関東大震災や広島や長崎に原爆投下、新兵器の登場、今のスマホの様な機器、電子メール等の登場まで予言されて昭和23年1月にこの世を去られました。

 その大本教の出口王仁三郎聖師の最後の予言と見做されるものは昭和20年12月、これから起きる三つの大災害として広島や長崎に落ちた原子爆弾は神様から見れば【線香花火】等しい程度のものである。悪魔は今の原爆の何千倍もある奴だ。毒素弾。生物弾などの最終兵器を作ると予言されたなのです。それらを【火の雨】と言われたなのです。

 現在人類は【コロナ菌】で大変な状態にありますが、コロナ菌がどの国から発祥したかを考えるならば自ずから解るわけです。そうした細菌類を化学兵器として研究していた施設が現に在ったと言えます。その意味では出口王仁三郎聖師の予言は当たっていたと言えます。

 豊受姫のお代であった私の最初の師匠も阪神淡路大震災や普賢岳爆発などを予言していましたが、高い次元界の霊はそうした予言をして来るがあります。しかし多くの人にとってはこの日本がどうなろうと、社会がどうなろうと自分の幸せしか興味が無いのが現実と言えるでしょう。

 

 

 霊能者である【江原啓之】さんは、自分が【スピリチュアル】という言葉を世に広めたと自画自賛をしておられますが、スピリチュアルという言葉を日本に初めて持ち込んだのは大本教在籍時代は世の大立替論の旗振り役で天下の秀才と言われた【浅野和三郎】師とされています。

 しかし浅野和三郎師はスピリチュアルという言葉の意味が【低級霊界との交流】の意味であったことから、スピリチュアルの言葉を使わずに【心霊】という言葉を使われるようになったがあります。そして浅野和三郎師は日本における【心霊主義の父】とも言われるようなったなのです。

 

スピリチュアルとは【心霊】で、神たる霊を意味しない

 

 通常、スピリチュアルは4次元スピリチュアルと言われているように、人は誰でも死ねば4次元霊界に渡るので、その4次元世界を知ることの意義はありますが、創造神の存在を認識させるではないのです。

 

 意外に知られていなかった事柄にその魂が神界に在った時、神界で犯した罪により、神としての【位を剥奪】されてこの世に出て来ている方が多々あるです。そのことが世に明らかになったのは、大本教の出口なお開祖と出口王仁三郎聖師が神界で大罰を受けて世に出ておられた方だったことからです。それが大本教霊界物語で発表されたことです。

 そうした神界とは、天国天人界とは趣を異にしています。既存の宗教ではその世界のことはほとんど説かれていなかったと言えます。そうしたことがキリスト教のイエス一人を創造神の御子と信じた者は天国界で、異教徒は地獄界に落ちるです。創造神と呼ばれる存在に言及していても、霊界の実相がまったく説かれなかったわけです。

 

 私が伏見稲荷山で霊界修業の世話になっている時、豊受姫のお代をされていた最初の師匠から【神仙界には行ってはいけません。神仙界に入ってしまいますと、もう天国天人界には戻れなくなります。】と教えを受けました。それは【天国界】とは別【神仙界】と呼ばれる別の世界が在るなのです。

 霊能者の間では【神仙界】の言葉は出て来ますが、辞書を紐解いても【仙人】が住む仙人世界程度しかありません。具体的に【神仙界】を記述した書が見当たらないなのです。霊能者の間でも神仙界とは天狗や仙人達が住む世界の感覚なのです。ただ、一部の優れた霊能者の方は神仙界は天国天人界よりも【上界】の世界とするのです。

 

 が、私の二番目の師匠は言霊師でその御祭神は【国常立尊】と称しておられた仙人だったことで、私は【神仙界】の一部を垣間見るとはなりました。

 それこそ私が知りたかった【神の世界】です。私の魂は基本的に宗教家の星ではありません。武人の魂でした。神界に居た当時は戦いに戦いをして来た神司(天使職)です。人に教えを説く宗教など大の苦手とする分野です。自分が宗教家と成って人々から神の様に崇められるは自分の本意にはそぐわないなのです。ただただ創造神にお仕えすることだけを喜びとするです。ですから天国天人界は自分には向いていない世界だと最初から思っていました。

 

天国天人界とは別に神界たる【神仙界】が存在している

 

行者は天国界を目指すより【神仙界】を目指す行を積む

 

 あまり世に知られてはいないのですが、世に【龍人】と呼ばれる人達が存在します。この世で知られる龍人は男性よりも圧倒的に女性が多いことが解っています。そうした方達にはある特徴があって、特に男性の場合はその背後を【龍】と呼ばれる存在が守っており、一つの時代の風雲児としてこの世で活動をした方にはそうした【龍】を背後に従えておられたがあります。

 

一代で事を為した様な偉人の背後には【龍】が見られる

 

 私が神霊世界に関わって解って来たことは、神代と呼ばれる時代には天女であったり龍女であった方が天人界(神仙界)で犯した罪の罰としてこの世に降ろされていることです。私はそうした女性の多くと関わって、ある意味非常に驚いたのです。今日迄の宗教はどうしてそうしたことを何も語らなかったのか?。

 そうした龍女は普通の人には無い【霊能力】を保持しておられるです。千里眼とか【印を結んで】手先から特殊電磁波を放射するなどです。そうした【印】を持って生まれて出て来るです。人間界に落とされても、神仙界で持っていた神通力を僅かでも持っておられるです。そうした方達が関わる世界とは天国界では無く【神仙】と呼ばれている神の世界なのです。

 龍女と呼ばれる存在に関しては【法華経】にその存在が少し書かれてはいますが、その子細は無いに等しい為に意味がよく解っていなかったがあります。また大本教霊界物語や世界救世教の岡田茂吉師が残された書物には龍人に関する記述はありますが、深いことまでは書かれていません。それは大多数の人には関わりがない世界のことだからです。宗教としては別にそうした世界の存在を説く必要がなかったからでしょう。

 

 私は稲荷神界に関わって来て、行者筋でも白狐に使われている人と白狐を家来の様にしている人がありました。その違いは何か?。その間には自己の魂の【次元界】の違いがあることは知りましたが、天国天人と呼ばれる霊達は龍神や白狐を従えるではありません。それは【神仙】と呼ばれる世界に在籍した人達の魂と言えます。元々の魂が白狐達よりも上界に在ったからです。

 瀧の行者としてその名を馳せた金井南龍師は、仏界の仏達は霊力が無いので神界から力として龍を借り受けていると述べておられますが、聖書に記載される龍とは霊界で年老いた大蛇霊とありますが、本来の龍はそれ自体が【神仙界】と言えるでしょう。

 

神仙界は神の主たる世界で、人の魂が行く世界とは別

 

 為に神仙界は行者の様に【山の業】を積んだ人達が目指す世界と言えます。そこで見る【奇跡】とは科学では絶対に解明が出来ない世界と言えます。これという修業もしないでスピリチュアルセミナーの講習を受けて下級霊界の霊が見える様になったのスピリチュアルでは、その【神仙界】の存在が何も解らないとなります。

 

私は神仙の世界が見せる物質の変化に驚いた

 

 私は伏見稲荷山で見た来た奇跡に関してはさほど驚きはしませんでしたが、神仙の世界に関わって見せられた奇跡には驚嘆したなのです。特に物質が別の物に変化する。一種の【錬金術】の様な事柄と言えますが、それは創造に準じるとなります。そして式神と呼ばれる【死に神】まで存在する。また妖怪も存在する。それらは既存の宗教学では何も解らないなのです。

 

宗教が説く創造神の概念だけでは、神界の理解は浅い

 

 聖書における龍神とは【霊界で年老いた大蛇霊】とありますが、本来の龍神とは霊界で年老いた大蛇霊とは別の存在なのです。しかし多くの行者が見る龍神の多くはそうした大蛇霊であり、本来の龍神を見たではないのです。ただ、霊界で年老いた大蛇霊と本来の龍神はその外形が同様であることから見極めがされていなかったと言えます。

 私は十二支において、龍(辰)と蛇(巳)に別れていることに疑問を持っていました。それは明らかに別物だと言っているからです。蛇霊が霊界で三千年の修業を積んだら龍に成るだと、何も【巳と辰】に別ける必要が無いからです。

 

本来の龍神と大蛇霊の力は【流】で同様の姿形となる

 

 一部の方達は大本教からその名が出された艮金神国常立尊は【金龍】神であり、その長さは日本列島の長さに匹敵すると言われます。日本列島の長さとすると、その長さは【二千キロ】近くになります。霊能者の方達から通常言われている【龍】は、その長さが20メートルから40メートル位で霊能者に視認されています。

 

 ただ霊能力を持つ方の龍神を視認して言われる龍神の長さは、その人が持つ魂の次元格により違っていて、ある自称救世主が三輪山の配下の何百万体の龍の長さは20メートル~40メートルと言われるその龍神達の長さは、私には2センチから4センチ程度にしか見えないが起きました。私が言霊師の元で修業していた当時に出て来た黒龍は私の視認では40センチ程度したが、その言霊師の師匠によるとその長さは40キロに及ぶ黒海の齣龍神と言います。

 私達が日常的に見る蛇は神霊ではありませんのでその長さは変わりませんが、神的蛇であればその長さが一瞬にして2~3センチの長さに成って消えたと見せかけるがあります。また白狐霊にしても現実界にその姿を見せたかと思うと、瞬時に消えてしまうがあります。それは宗教の【天国天人界】では説明しきれません。明らかに別の次元世界と言えます。

 そうした存在を説明しようとするならば、【神仙界】の存在が切っても切れなくなります。しかし神仙界を多くの人に説明しようとすれば、さらなる困難に入ります。為にキリスト教やイスラム教やユダヤ教は何も解っていなかったが起きています。

 

 宗教の世界からすれば神仙の世界を説くではなく、如何に多くの魂を【天国界】に渡そうとしているかであって、我が宗派の教えを信じれば天国や極楽に往生。我が宗派の教えを信じ無い者達は地獄界に落ちるが定番なのですが、実際に霊界見聞をして来ると特定の宗教を信じたから天国界でも無く、その宗派の教えを信じ無かったから地獄界もあり得ないなのです。

 

魂に点数が出て、その点数に応じて天国や地獄に行く

 

 その魂の点数とは一部の霊能力者の方は人の魂に内在する【良心】神の点数だと言われおりますが、そうした方達は霊能者をしていても宗教家として世には出ておられません。その人に内在する良心神はお釈迦様の本当の悟りだったのですが、お釈迦様の死後に諸仏の出世(仏に頼れば助けられるの誤った思想)によって埋没していたと言えます。

 以前から一部の霊能力者からキリスト教の信徒は第一天国界には渡れていないことが不思議だと言われていましたが、第一天国界に入ろうとすれば【如来の智慧】が要求されます。その人がいくら【愛善】の行いが素晴らしい方であっても、イエス一人だけが主の御子だという様な意識では【如来の智慧】が出て来ないとなります。それでは第一天国界などは絶対に無理だとなります。

 

他力本願では、自分の魂が上の天国界には進めない

 

 霊界は多様な世界でその説明は困難を極めます。スピリチュアルで見る世界も霊界の一部分であり、私にしてもその一部分を見聞したに過ぎません。そうした中で各種の宗教が乱立したのですが、そうした宗教の背後には邪神と呼ばれる存在も見られます。しかし私達人類はその教えの背後にある存在が【正神か邪神か】の見極めも出来ません。そうした邪神の配下と成ってしまった宗教家達も多数あるからです。

 

神界最終戦争とはこの世で無く、神仙界で起きる

 

 それは正神=善。邪神=悪。と言うような単純な論理ではないからです。大本教から予告された【世の大立替】とは、【善と悪】とか【光と闇】と言うような単純な二元論から起きるではないのです。もっと根深いものと言えるでしょう。ただそれは肉体を持った私達がお手伝い出来るというような単純な事柄でもないのです。そうした手伝いが出来るとなるのは龍男とか龍女の魂。神司(天使)の職責にあったような魂の方とはなるでしょう。

 何が自分にお襲いかかって来るかが解らない中で、神界の為に自分の命を差し出すだけの覚悟を持った者で無いと使えないなのです。そこに大本教神諭に【改心が出来た守護神ならば使ってやる】とあるように、魂世界、霊的世界の事象であることを告げているなのです。自分は助かりたい。助かりたいだけの魂など創造神には仕える必要が無い。この神がすることを黙って見ていなさいとなるのです。

 

過去の神界の戦いで散った魂も蘇らせたのが神仙の神

 

 人の魂がこの世にある期間は80年から90年程度が一般的です。しかし、魂の命は腐らせたり捻れて破砕されない限り、半永遠性を持っていることは霊界の存在を語る人の中では常識に近い物です。そこから霊界には時間と空間の概念が無いと説かれては来ました。

 だが、私が見せられたのは神霊世界にも【時間】はあるでした。私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【人のこの世の時間とは、魂の世界からすると修学旅行に出たような僅かの時間】であると告げられましたが、私が中学生頃の修学旅行とは3泊4日程度でした。魂の世界からすると、その3日~4日程度この世に降りているとなります。

 

神霊世界にも時と言う時間は存在している

 

 私は【神の時計】を見させられ、大本教霊界物語の【主の神、35万年前に御引退】の内容は、神の時計によって大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】の解読が出来たとも言えます。

 私達人間のこの世の時間の感覚では【35万年】とは途方も無い時間の経過に感じるのですが、神仙界と呼ばれる世界からみれば、そんなに長い年月では無いのです。逆に私達人間が神仙界の【龍宮城】に行っていると数ヶ月でも、とんでもない時間経過を起こしているのです。この世に帰って来たら、自分のことを誰も知らない年月が過ぎていたとなるのです。それが【浦島太郎】物語に出ているのです。

 

浦島太郎が行った先の【龍宮城】とは【神仙世界】

 

霊界には時間と空間が存在しないとされるのは時間差

 

 私達は人間は、宇宙空間を【光】の速度で考えています。為に、神と言えどもこの世の時間で考えてしまうがあります。その霊界時間が違うと、光の速度もまるで違って来るとなります。これは人は肉体人間としての【感覚】に囚われているからと言えるでしょう。そして【次元界】が違うとは、この世で肉体を持った感覚では解らないなのです。

 この世に生きる僅かな時間を【刹那心(今が良ければそれで良い)に溺れる】と、その魂を腐らせたり捻らせて破砕で終わります。しかし腐ったり捻れて破砕された魂でも【心】は残ります。魂その物ではなくて【心残】りです。そうしたことは【思念】として語られますが、【死ねん】の心霊なのです。

 そうした霊は【心霊】と言えますが、その思いを叶えてあげると消えて行きます。また祓い浄め等で消滅します。魂は腐ったり捻れて破砕されなければ消滅はしません。そうした【思念】たる破片(魄)がこの世にはウジャウジャしていて、人に憑いてしまいます。そこに【祓い清める】が必要となるのです。スピリチュアルではその【祓い清める】が説けていない。解らないとなるのです。

 私達は神社に行って正式参拝をすると、常に神主から【祓い清め】を受けます。それは身に【不浄】の心霊を憑けているからです。身に不浄の心霊を憑けて【神殿】に近づくなです。

 

人は他の心霊の思いを【祓い清め】しなければならない

 

 大本教神諭に【神が解っていると言う者は神のことなど解っていない。神のことなど解らないと言う者は神が解っている。】とありますが、【神仙界】などまるで解らない世界と言えます。

 

 一時の幸せの為に今生で命を終えるも道ならば、永遠に生きるも道です。どの道を選ぶにしても、決めるのは自分自身なのです。ただ願わくば、創造神から【この者は私にとっては必要な者だ!。】と思われる様な者に成っていただきたいです。

 

 

 

 

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