聖書に【言葉は最初に神と共に在った】と記載されている事は知られていますが、イエスもイエスの弟子達もその意味の本質は理解していなかったことが覗(うかが)えます。西洋には【言霊】の概念が存在しないからです。
この日本は古来より【言霊(ことだま)の幸はふ国】とされて来ましたが、大本教から【言霊】と呼ばれる存在が出されるまで、日本で説かれる【言霊】の概念は間違っていたと言えます。それは【言霊】とは【こだま(木霊)】と思われていたことなどで解ります。山に向かってヤッホーと叫べば、ヤッホーヤッホーと反響して返って来ます。それを【木霊】と言うのであれば【音霊(おとだま)】とすべきだったのです。
何故、神は音霊とせずに【言】の漢字を振らせたのか?
言の漢字は、ものを言う。口から出される物の意
言の漢字の成り立ちは【辛+口】です。これでは漢字の成り立ちからいくら調べて解るではないのです。ただ、【辛】は【十(神)が立つ】で、口から神が出るとはなります。それには【十】の意味を知る必要があったのです。
私は鍾馗神の案内で中国で創造神とか天子とされる【盤古大神】に拝謁して、それまで【盤古大神】とは知る事もなかった存在の神であり、それを知る為にあほだら長い経の【大本教霊界物語】を買い。それを読みました。その霊界物語の中で【盤古大神から国祖国常立尊様に神界の大政奉還】を指す記述があり、大本教が告げた三千年に渡る仕組みの意味が解けて来たと言えます。
日本語は漢字が無いと【感じ】が掴めない
日本語の仕組は、漢字の段階から仕組まれて来た
霊的世界に関わっていますと【金文字】が出て来ます。そこに出て来た霊が何者か?。その名前やどこの国で生まれた者か?。何時この世を去ったのか?。その時期は何時なのか?。そうしたことが金文字で出るがあります。この金文字で出て来る内容には【嘘】が無いとされていますが、霊界の霊が霊能者や霊感者に直接にテレパシーで語って来るチャネリングの内容には、その霊の【魂胆】や人を欺して喜ぶ霊の【嘘】などが混じって来ます。
それらは、わらわは【天照大御神】なるぞよとか【大天使】等の名乗って出て来る霊です。それが本物かを調べもせずにいると、後で泣く事になります。それを単に蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊と言っているだけでは物事の先が見えないのです。何故に彼らは蛇や狐や狸や猫の【姿】をしているのか?。です。
蛇、狐、狸、猫等の意味も漢字が教えてくれる
1999年当時、宇宙連合とか銀河連盟とか○○司令官等名乗って出て来た霊の言葉に欺されて被害に遭ったスピリチュアルの方が続出しました。確かに、その人自身が創り上げた【嘘】の内容ではなく、そうした人の前にそうした名乗りをする霊達が現出したのですが、その霊を【サニワ(審神)】するが何もなされなかったのです。そうした方の当時のHpやブログ的な物は全て消えましたが、またもや違う人にそうした霊達が出て来て悪さをしているとも言えます。自分はチャネラーだと誇っていると危ないのです。
そうした人を欺して喜ぶ霊の処罰は何もなされていません
ある意味、天国天人界に渡らない霊のやりたい放題です
そうした霊達は、どうして天国天人界に渡ろうとしないのか?。天国天人界などは【窮屈】な世界だと思っているからです。天国では自分勝手、好き勝手が通らないのです。それらの霊は天国天人界に進むよりも、自己勝手な自由気ままな世界を好んでいるからです。そうした霊に懸かられると、何をしても【自由】なのですよと世に発信をするとなります。そこには地獄界の存在の見聞がまったく無いとなります。
そもそも天国天人達はやりたい放題とか、自分勝手な行為はしません。それは天国天人達は窮屈な世界だが我慢をしているのでは無いのです。そうした自己本位の【感覚】そのものを保持していないのです。ですから天国天人界の住人は天国界を窮屈な世界とは誰も感じないのです。
スピリチュアルの勘違いは、何をしても自由が天国界
天国天人達は我慢するではなく、他との協調が喜び
誰しも自分の魂が磨かれていないと、自我を押し通そうとします。スピリチュアルの【何をしても自由だ!】の論理は、必ず他の住人との摩擦を起こします。それはこの世に生きている私達でも解りきっていることなのです。
私達はこの世で【枠】にはめられて、卆業にと向かう
この世で苦渋(九十)の人生は、人を神の【伜】とする
大本教から出された【人は神の子・神の宮】は、単にそれだけでは意味が解らないのです。主の【娘】。主の【伜(せがれ)】。そうしたことか漢字に秘められているのです。
霊的世界に関わっていますと、何故に霊界の漢字は金色光で光っているのか?。の謎に襲われます。それは漢字は【象形文字】であり、西洋で使われる【表敬文字】とは違うからです。漢字には【ミコト(命)】が宿っているのです。
宗教家や霊能者が書かれた本を読むと、麗しい香りを放つ本もあれば悪臭を放つ本もあります。時にはそこに載せられた龍神の像の写真で吐く霊媒者も居ます。そうした物にすら霊が載っているがあるのです。当然、神社のお札には霊が乗っているわけです。
象形文字とは【命】ある物を形取った【感じ(漢字)】で
日本の神社で貰うお札には【言葉】が書かれている
ある日本のキリスト教の牧師は、日本人は【紙】に書いた文字を【神】と拝んでいると侮蔑していましたが、この日本に生まれて【言葉】の意味も理解ぜず。イエスを一人が主の御子だと説きまくっているでは、その牧師の行き先は地獄界となってしまうのです。それが大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師の【地獄を覗けば、牧師や僧侶で一杯だ!。】につながるのです。
日本で自称【救世主】だと名乗っている人を盲目的に信仰している人達も、死後は亡者道に入り込んで行くもそうしたことによります。
誰も聖書の【初めに言葉は神と共に在った】を理解しておらず、何故に日本では【創造神】は【想像神】と同じ発音で語られるのか?。神と紙が同じ【カミ】の発音になっているのか?。そして人類の原罪とされる【蛇の囁き】すら理解していないからです。
言葉の示しに【紙】が要り、紙と神をカミとする日本
また神を【火(か)水(み)】と言えるのも日本だけ
日本語はその【感じ(漢字)】を使って【音霊】を組み合わせて来たなのです。大本教において漢字派の出口王仁三郎聖師とひらかな派の出口なお開祖の闘いの型が出されました。そこには非常に深い【国常立尊】様の仕組があったのです。私は中国の【盤古大神】に拝謁したことから、その仕組に気づいたと言えます。そうでなかったならば、私も【言葉の変換(返還)】に気づけなかったのです。
漢字研究だけでは【言】の漢字の意味は読み取れません
日本では、三途の川は【舟】で渡ると教えられて来ました
霊的世界に関わっていますと【三途の川】を見る事が出来ます。そして、その渡し場には【フネ(舟)】があるのも見えます。スピリチュアルとは違い、霊能者の方達は【三途の川】が霊界に存在する事は見えておられます。ただ【三途の川】とは三本の川があるのではなくて、その行き先が【三途】ある川で、霊能者であれば三途川は常識的知識の範疇に入ります。
この世を去って死後の世界に対する認識が出来ていない霊は、その三途川の渡し場まで到達出来ないのです。そこでこの世に関わる霊界でウロウロしています。そして人に憑依したりして悪さをする。そこで霊能者と呼ばれる方達は、三途の川まで無事に行きなさいよと霊に語るなどをされているなのです。
霊能者だと言っても、勝手に天国や地獄行きは言えない
日本神話には【天鳥船(あまのとりふね)】と呼ばれる言葉が出て来ます。それは「神名」だと学者筋は捉えておられるようです。実際に見た事が無いからです。それはこの世に在る船のことではなく、霊的世界で見られる船だからです。霊的世界に関わって見れば、竹内文書で書かれた【天の浮舟】の言葉が一番しっくりするでしょう。天に船が浮いていて、その船に神達が乗っているのです。霊的世界ではいろんな物が出て来ます。
そうした船を見れば、現在言われる空飛ぶ円盤(UFO)とは異質のものであることが解ります。空飛ぶ円盤(UFO)に関しては、この世と霊界の狭間である3.5次元界説がありますが4次元界でしょう。霊的世界に入って行くとUFOも天の浮舟も見るなのです。UFOに関しては次元世界が低く。天の浮舟と呼ばれる乗り物の方が高次元世界でないかと推察が出来ます。UFOも船とは言いますが、【船】とは何を意味しているのかです。
こうした【舟(フネ)】に関しては、古代のエジプト神話の中にも魂は舟に乗るで出ているでしょう。別に仏教だけが【死後に渡る川】を説いているのではないのです。
船(フネ)で語られる乗り物は何を意味しているのか?
こうしたことを書くと、私が漢字解釈に無理なこじつけをしていると見られる向きもあるでしょうが、私が長年神霊世界に関わって来て知り得たことなのです。どの霊も私に直接語りかけて来るはありません。下手に私に語りかけて来ると、私が【質問攻め】をするからです。間違ったことを言えば、私の【怒気】に触れてしまうからです。
私からすると【チャネラー】と言う霊界の霊と語ることを売り物にしている方が、どうして霊達に霊界に関して聞こうとしないのか?。不思議でならないのです。
私がどうしてそうしたことを知るのかと言いますと、私の前に出て来る霊達が【演技】をしてくれるのです。私はその【演技】を見ていて、言葉の意味を解釈しているのです。特に演技をしてくれる霊の【名前】です。その名前がいろんな意味を教えてくれるなのです。漢字の【効能】と言えます。
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【この国(日本)は私の教えで満ちあふれた世界で唯一つの国である。そなた一人だけには、この神の仕組を見せる。】と告げられましたが、私の前に出て来る霊達が言葉の意味の解読の為の演技をしてくれるなのです。心の漢字が【船】の意味を持つは、霊的世界から見させられた事柄なのです。
そこに三途の川は【船で渡る】があるのです
仏教徒は【臨死体験】において【三途川】を見たという体験が多いのですが、キリスト教徒やイスラム教徒の臨死体験においての【三途川】が語られることがありません。為に臨死体験の研究者達は、【三途の川】は仏教で教えられた潜在意識特有のものではないかとされる方達があります。だが、霊能者であれば【三途川】は見ます。小川程度に出て来る場合もあれば、大海の様に出て来るもあります。いろんな形に変えて出て来るものです。大川で出る光景がもっとも良いとされます。で、大河を龍船で渡るがあります。
人のこの世での【寿命】は基本的には定まっており、何かのアクシデントで本来の寿命より早く三途川の側に行くと、【まだ来るのは早い。この世に帰れ。】となります。それは【黄泉帰り(蘇り)】となるのです。一瞬ですが、【黄泉(冥土)の国】を見るなのです。
ある霊能力者の方が【みろく世】行きの船は大型船で出て来ると語っておられましたが、
みろく世行きは宇宙の大海原を航海する大型船
スピリチュアルでは魂は自由でどこでも行けますが定番ですが、そこには【霊界ゲート】の存在が抜けています。そして次元界の違いです。スピリチュアルは四次元スピリチュアルと言われていますが、四次元世界(中有界)ばかりを見ているでは【輪廻転生】から抜けられません。
大本教霊界物語に三途川の渡し場の脱衣婆の本当の姿は美しい女神だとありますが、死後に三途の川の渡し場で美しい女神を見れば【天国界】に案内して貰えるでしょう。通常は脱衣婆の姿でも天女系の若い御神霊です。為に天に向かう人達もあるなのです。
渡し賃は六文銭の意味は、冥土に【六】の字がある
私は伏見稲荷山で旧来の神霊界の様を見て来ました。そこで見る内容は多くの霊能者の方が説かれる通りです。【現世御利益】で神の存在を説く方法です。困った時の神頼みです。しかしながら、現世御利益等でいくら信仰熱心な者を創っても、その人の【魂の向上】につながるとは言えません。神に頼むでは、自分の魂磨きではないからです。
私がお世話になった豊受姫のお代であった最初の師匠はこの世を去る少し前、私に対して【自分は自分の信徒に対する教えを間違っていました。現世御利益で信徒の皆さんを引っ張るのではなくて、人としてあるべき教えを説くべきでした。】と悔い改めをされました。私はそれに対して、気づいてくださってありがとうございました。と言っておきました。
人はこの世を去る前に、悔い改めるだけで助けられる
私は4年間ほど伏見稲荷山でお世話をいただき、次に【言霊】の世界に転じました。その言霊の修業をしている時、一人の女性に出会いました。
その女性は、【自分は神など信じ無い。どこを向いても蛇や狐の神ばかり。】と言います。私はその女性は霊感があってそうしたことを言っているのかと思い。世に出ている神々が蛇や狐ばかりと言うのは、貴女には神霊の姿が見えるのですかと尋ねたところ、【そうではありません。神に仕えていると言われる霊能者や行者の方に相談に行ったら、言われる内容が蛇や狐的なことしか言われません。ですから、私は今日まで本当の神様等は居ないと思っていました。だが、貴男の言葉を聞いて本当の神が存在するを知りました。】と言われます。
私は驚いて、私がしゃべった言葉のどこを聞いて神の存在を確信したのですかと尋ねたならば、その女性は【あなたが話された言葉の内容ではなく、貴男の声そのもの(発声)に本当の神を見たのです。貴男の口から神が出て行く様が見えました。これまで私は神は存在していないと思っていましたが、神は存在しないのでは無く、存在されていると解りました。】と言われます。
その時の私は私の言葉を聞いて神が見えたに首を捻っていましたが、自分が出す【声音】によって神の本質を見た時、私がそれまで持っていた神観は全て吹っ飛んだと言えます。それは一見すると、今日迄の仏教の教えには無いように思えますが、空也上人像を見るとそこに口から出る仏達で示されているのです。
空也上人像で示される、口から出る仏達。
念仏とは、【今の心の仏】
言葉は善人も悪人も使います。言霊そのものに意味があるのではなく 、
清く正しい心の人からは、世を浄める働きの言霊が出て
自分勝手自己本位や悪の人からは、世を汚す言霊が出る
スピリチュアル的な霊能者からも、世を穢すから汚い言葉は使うな。世を浄める正しい言葉を使いなさい的な発言はありますが、それは言葉の本質を捉えていない発言なのです。言霊を単独に理解しようとするならば、その方向性を間違えます。善人も悪人も言葉は発するからです。
言霊学から知らなければならなかったことは
【人としての心の在り方】そのものなのです
スピリチュアルの人に【人に内在する良心神】をいくら説いても、良心など貴方に教えて貰わなくても結構です。良心など知っています。と言う人ばかりです。そして【愛だ!】の連呼です。だが、実際には何も理解していないなのです。そうした方の魂の次元格を調べると非常に低いなのです。自分の次元格が低いと低級霊しか懸かって来ないとなります。
一部の霊能者達は最後の審判の点数は各自の【良心】神の点数だとは語っています。最後の審判は愛の点数では判定はされないのです。最後の判定を下す魂の【円真(核)】とは何かなのです。
それは誰かを【拝む】ことではないのです。自分で自分の心を【正す】しかないのです。だが、こうしたことをどれほどの人が理解しているのかとなると【皆無】と言わざる得ないのです。
人類は霊は見えても、言葉の仕組は知らなかった
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