「地震が起きて2万人が亡くなり、自分が1100万ドルを儲けたら、どう思う?」天才トレーダーが明かす「神のまね」の手の内(『トレーディング・ゲーム』より)
地震が起きて2万人が亡くなり、自分が1100万ドルを儲けたら、どう思う?
ひとり当たり550ドルだ。
地震が起きるなんて知る由もなかった。僕は予言者じゃない。
席に着くと、何百件ものメールが届いていた。シティバンクのマクロ経済学部門からのメールにはこうあった。「今回の地震は2011年の日本のGDP成長にとって大きなプラスに働くと予想される」
僕は机を開け、青のボールペンを取り出して静かに折り、ごみ箱に落とした。続けて、2本目を取り出して同じことを繰り返した。そして、文具棚のところに行ってもう何本かペンを持ってきた。
東京デスクの下級トレーダーが、地震の最中にトレーディングフロアにいた東京のSTIRTトレーダー、ヒサ・ワタナベの動画をティツィーに送ってきた。彼は机の下にうずくまり、何かにしがみついていたが、小型の黄色いヘルメットをかぶった小さな頭をときどき机の上に出しながら、必死でマウスをつかんで取引しようとしていた。後ろの窓越しには、激しく揺れる東京の街が見えた。
ティツィーはその動画をデスクに転送してくれたが、面白がる者はひとりもいなかった。どうしてだかわかるかい? 地震が起きると金利が下がるからだ。
おかしな話だろう? 人生の3年間を経済学の勉強に費やし、もう3年間をトレーディングに費やす。午前5時に起き、100件のメールに目を通す。毎日だ。経済理論について講釈を垂れてもらうために新卒の若者を雇う。とうとう壮大な理論を思いつき、大金をぶっ込む。その結果がどうだ。1回の地震により、たった1日で250万ドルが儲かる。その裏では、2万人が命を落とす。自分の身近な人々、毎日を一緒に過ごす人々、トレーディングを教えてくれた人々、何もかも教えてくれた人々。その全員が叩きのめされる。
いったいどういうことだ?
ティツィーは天才を見るような目で僕を見つめつづけた。まるで地震が起きることを僕が予見していたと言わんばかりに。まるで僕が地震を引き起こしたとでも言わんばかりに。
もちろん、最大の損を食らったのはビルだ。保有額がいちばんでかかったからだ。5、600万ドルは失ったと思う。ただ、その損失に耐えるだけの余裕はあった。スヌーピーも150万ドルか200万ドルは失った。彼にとっては、年間損益にほぼ匹敵する大金だ。JBはなんとか踏ん張り、戦おうとしたが、結局は400万ドル近くを失い、赤字に転落した。ホンゴーはすぐに損切りし、損失を50万ドル程度にとどめた。テフロン製の仏像みたいなチャックは、かすり傷程度ですんだ。どうやったのかはわからない。ときどき、彼が実在するのかどうかさえわからなくなる。僕は何も言わず、ただ成り行きを見守った。ペンを折りながら。
すると、原発事故が起きた。たぶんあなたもご存じだろう。15万4000人の福島県民が避難を余儀なくされ、原子力発電所が爆発するかもしれない、と誰もが思った。だが、僕のポジションにとっては追い風になった。プラス350万ドル。プラス450万ドル。
1週間がたつころには、僕は600万ドルのプラスとなり、JBは窒息寸前だった。とても見ちゃいられなかった。そのとき、僕はちょっぴりイカれた行動を取った。トレーダーとしては、今ならたぶん同じことはしないと思う。
同じフロアの僕たちの隣のデスクに、ひとりのセールスマンがいた。僕はそいつのことが好きだった。いいヤツだが、お世辞にも切れ者とはいえなかった。歳は40代半ば。爽やかでこざっぱりとした、育ちのいいイングランド人だ。名前はスタンリー・パーマー。ある日、原発騒ぎの最中に、パーマーがおかしくなった。午前11時、トレーディングフロアのど真ん中で立ち上が
ると、いきなり叫び声を上げたのだ。「燃料棒が露出したぞ!!!」
フロアじゅうの下級トレーダーたちが自分のデスクに大声でその知らせを繰り返すと、僕のまわりで同じ言葉がこだました。隣のティツィーも立ち上がり、両手をメガホンのようにして「燃料棒が露出したぞ!!!」と叫んだ。
誰もが自席に戻り、ブローカーやお互いに向かって叫び声を上げると、あたり一帯が騒然とした。スタンリーはまだ立ったまま同じ言葉を繰り返していた。「燃料棒が露出したぞ!!! 燃料棒が露出したぞ!!!」
ティツィーは道化師みたいに同じ言葉を繰り返した。
僕はティツィーに黙るよう言った。
ティツィーは頭がおかしいのは僕のほうだと言わんばかりに、両手を大きく広げて大げさに肩をすくめた。
「ティツィー、燃料棒ってなんだ?」
ティツィーはイタリア人が両手でよくやるジェスチャーをした。
僕はスタンリーのほうを振り返った。まだわめき散らしている。
スタンリーについて知っていることは? オックスフォード卒なのはほぼまちがいない。専攻は? 歴史? 古典? PPE(哲学・政治・経済学)か?
「ティツィー、ありえないぜ。スタンリーは燃料棒が何かなんてわかっちゃいないさ」
ティツィーは耳も貸さず、画面をじっとのぞき込んでいる。かたや、JBはブローカーに向かって叫んでいた。とうとうストップアウトを決めたようだ。
僕は重たい茶色の受話器を取り、ユーロダラーのブローカーに通じるボタンを押した。僕は手で口を覆い、ユーロダラー先物を大量に売却した。これで僕のポジション全体が逆になった。僕はもはや大惨事ではなく、金利の上昇に賭けていた。
そんなことはしちゃいけない。直感や気まぐれでポジションをまるまる逆転させる、なんてことは。神様のまねなんかしちゃダメだ。無敵じゃないんだから。でも、僕はどうしたかって? 24歳だった僕は、それをしたのだ。
結局、原子力発電所は爆発しなかった。神に感謝だ。
そして僕はまた、500万ドルを儲けた。
最良のトレーディングは嗅覚で行なうものだ。それはバカの匂いがする。
(ギャリー・スティーヴンソン『トレーディング・ゲーム』パートⅣより)
著者紹介
ギャリー・スティーヴンソン(Gary Stevenson)
1986年、東ロンドンのイルフォード生まれ。シティバンクでトップトレーダーとして活躍し億万長者となるが、2014年に退職。オックスフォード大学で経済学の修士号を取得後、2020年にYouTubeチャンネル「Garys Economics」を立ち上げ、120万人超のチャンネル登録者を獲得(2025年4月現在)。格差拡大に反対するための発信や署名活動を行っている。トレーダー時代の最後の1年半ほどは丸の内で勤務。
書誌情報
書名:トレーディング・ゲームーー天才トレーダーのクソったれ人生
著者:ギャリー・スティーヴンソン
出版社:早川書房
発売日:2025年5月9日
本体価格:2,600円+税
判型:四六判並製


