世に予告教団として知られた大本教の大本神諭には、意味がよく理解出来ない内容があります。
神も時節には敵わない。時節が来れば叶う
創造神とて、待たなければならなかった時節とは?
日本で万物の創造神とされる【国常立尊】様でも【時節には敵わない?】。その【時節】とは【何か】が大本教神諭や霊界物語のどこにも示されていないのです。大本教から盛んに宣伝された【節分の炒り豆にも花が咲く】などは、その時節の現象に過ぎないと言えます。
ただ世紀の大予言者として知られた大本教の出口王仁三郎聖師は、大本教は女子の教祖七代で終わると告げられておりますが、今の大本教の教祖筋の家系ではなく、大本教の本来の教祖となる直系の女子は既に七代目教祖となるべき女子も育っておられます。すなわち、予言としては終わりの型の時節には来ているなのです。
何故、型として【七代続く】とされたのか
何故か、みろくの世とは第8の世と言われています
人類は過去に6度滅びたとされています。その6度目の滅びが聖書ではノアの方舟で語られる【水の審判】であったとされています。ただ、ノアの方舟などは読んでいると、それは今から少し前の出来事の様な感じを受けてしまいますが、今の神霊世界に出ておられる神々は大国主命様などを除くと、ほとんどが若い御神霊達と見受けられます。そんな若い御神霊達は【水の審判】と呼ばれた事態を体験されてはいないようです。
日本の出雲大社の御祭神である【大国主命】様は【大黒天】としても世に知られているのですが、私は神霊世界に関わった時、日本神話の大国主命様と大黒天様ではあまりにも異質の存在であり、そんなバカなことは無いだろうと思っていました。しかし、霊界修業に入って大国主命様は若い青年姿であり、伏見稲荷山における【権太夫】大神と呼ばれる時は老人姿であり。中年姿は【大黒様】と呼ばれてるけれども全て【同一神】だと解りました。
神霊はその働きに応じて、人に見せる姿が違う
されど、大国主命=大黒天では逆に謎が深まる
その大国主命様の【三つ目青黒憤怒相】の姿を拝見しました。その姿を初めて見た時、私はそれは【自在天】ではないかと感じました。それは若々しい大国主命様のイメージとはまったく異質のものでした。その【大黒天】とはヒンズー教の【シヴァ神】神ともされます。また【大自在天】もシヴァ神とされています。日本ではシヴァ神は密教に入って【不動明王】とされています。
不動明王と言えば【大日如来】の化相とされますが、不動明王と呼ばれる存在には各種の形態があり、横に見た時にはまったく別の霊系の存在があるのです。そうしたことは不動尊行者の方も語っておられます。また【大日如来】は日本の【天照大御神】だとされる向きの方もありますが、それはこじつけの様な面があります。ある意味、まったく理解不可能なことが世に言われています。
私が初めて霊能者と呼ばれる方の元に相談に行った時、貴方の守護神は【不動明王】様ですよと告げられて、その年に初めて行われた近畿三十六不動尊を一堂に集めた秘仏御開帳に行き。その中の七~八体の青色系の不動明王像から得体の知れない霊物をビシビシと投げつけられて、思わずこの野郎。やる気かとなったのですが、その話を豊受姫のお代であった最初の師匠に話したところ、その師匠は笑って、お不動様達は貴方の力量を調べる為に飛ばされたのです。貴方にとってはさほどのことは無かったでしょうと言います。確かに、さほどのことではなかったのです。
その後、その時に飛ばされた霊物は【霊を縛る】物であることが解りました。霊を動けなくする為の霊物です。霊は【霊剣】を使用して斬ったからといって【霊死】するではありません。霊剣は相手を痛めつけるだけで殺せるではないのです。それは霊剣とは違い、その霊を動けなくなるように縛る霊物です。
豊受姫のお代であった最初の師匠は、私がそれを不動明王達から飛ばされたことを笑っていましたが、それは霊世界を知るには非常に重要な事柄ではあったのです。
私はある薬師如来像に宿る霊と対峙しましたが、その時もその薬師如来像に宿る霊からその霊物を飛ばされて、その薬師如来像に宿る霊が二度と暴れないようにしたがあります。でも、それは行者の方達が言う霊を【封印】する作法ではありません。
私は霊能者や行者筋の方が【九字】を切って霊を封印したとか、閉じ込められている霊の封印を解いたとか言われますが、ほとんど首を傾げています。九字切り方は市販の本に出ていますが、その九字で低い段階の霊はともかくとして、高い霊とか強い霊にそうした作法の封印はほとんど通用していないからです。
私は伏見稲荷山で修業を積んでいる時、指導役である豊受姫よりも大黒様を見ている方が遙かに回数は多かったのですが、その大黒様はいくら私に姿を見せられても一言も語りかけては来られませんでした。ただ、神界に何かをお願いすると大黒様が動いて下さったなのです。ただ、人のお願いを頼むと、その人の為にはならないを体験したことから、人のお願い事は頼まれても絶対に受けないなのです。大切な事は今の世の救いではなく、その魂を神霊界や天国界に渡すことだからです。
私は大黒様の姿を見ても会話が出来ない事から知る事は不可能ですが、
水の審判は大黒様と会話が出来るであれば子細は解る
自分は神々と会話をされると言う霊能者の方は、どうして神々にそうした質問をされないのか?。常々私は不思議と思っています。
聖書では今の世は創るのに【6日】かかり。【7日】目は安息日と定められたとなっています。誰が考えても【7日間】でこの世は出来ません。これは日ではなくて【世(代)】と言えます。日本神道では、今の世は【神代(かみよ)7代】と言い。7回目の時代を示しています。6度目の世の終わりに【水の審判】が起きたと思われるなのです。そこにあるのは【数字の意味】で【七で終わる】の意味です。
大本教神諭に仏(質)の世は終わるとありますが、三次元物質世界は終わる意味です。人は誰でも死ねば【仏(四次元界)】様ですが、仏の世界から神の世界(五次元界以上)にと移行するです。
みろくの世とは【神代の8代目】とされます
ダルマ(真理)は【七転八起】となります
この【七転八起(七転び八起き)】は諺の由来が見つかりません。辞書を調べても何度転んでも立ち上がる回数の多さ程度の解釈で終わっています。だが、日本人ならば縁起物として【だるまの七転び八起き】で教えられて来ているなのです。ダルマとは仏教語では【真理】の意味です。それが大本教神諭における【ウシトラ金神は達磨大師と現れたであり。高崎のダルマではあるまいし。】なのです。
そのダルマの【七転八起】とは別に、【七転八倒(しちてんばっとう)】があります。七転八倒は【悶え苦しむ】です。それに関しては同じく大本教神典に天の岩戸が開いたならば、悶え苦しむ気の毒な人達が出るとあります。これは【七転八倒】です。
何故、七の終わりで起き上がる人と悶え苦しむ人に別れる?
仏教は【一死七世(いっししちしょう)】を説いた
仏教の用語に【一死七世(いっししちしょう)】の言葉があります。一死七世とは、【魂は天上界で死ぬと、人間界で七度生まれ変わる】とされて来たことからです。よく、芝居のセリフに【この恨み忘れられようか!。七度生まれ変わっても恨む。】などがあります。天上界で死ぬとは、その魂は神罰を受けてこの世に降りて来て輪廻転生の中に置かれることです。その人生は七度に渡るの仏教の説です。
私はこれまで霊的世界に関わって来て、神罰を受けてこの世で生まれ変わる都度、悲惨な目に遭っている方達を見て来ました。スピリチュアルでは自分は一億回も生まれ変わって来た等と言う方もありますが、そんなバカな回数はあり得ません。人の魂が天国界や神界から生まれ変わってこの世に降りて来る回数とはよく解っていませんでした。日本神道でも、聖書でも、仏教でも【七度の世】を説いて来たとなります。
七度目の世の終わりには【創造神の交代】が説かれる
予言教団の大本教から世の大立替は宇宙開闢以来と予告されていますが、大本教からではなく、一部の霊能力者の間でも【宇宙創造神の交代】が言われています。それは神の世界の問題であり、人間世界の問題では無いと言えばその通りなのです。だが、その影響は私達人類の上にも及ぶなのです。何故ならば全ての人に【魂】があるからです。
この日本だけでなく、世界の神智学においてもこの地球は【五次元世界】にと向かい。宇宙の星に住む霊人達と肩を並べる時が言われています。
三次元世界の住人から、五次元世界の住人になる
元々人の魂の源は高次元世界の存在であり、魂が罰を受けて流刑地に流されて【輪廻転生】をして来たという意味では、元の高次元世界に帰るだけの話となります。そこにスピリチュアルでは、何の心配をしなくてもこの地球が自動的に五次元世界に上がるだけですが、その論調となっています。
それならば、私もこんな苦労をしてしゃしゃり出る必要もなかったとなります。スピリチュアルが言うようにこの世を楽しく遊んでいればよかったなのです。
しかし、この地球は遊ぶ場ではなくて魂の修行場
その8度目の世とされるみろくの世に人類が渡ることに関しては、大人よりも子供達が見た霊的映像がある意味重要と言えます。人は子供の時は神が示す物を見ているからです。私も小学生頃までは旧約聖書の神と称する声を聞いていましたが、中学生になるとその声は起こらなくなりました。
スピリチュアルとは四次元スピリチュアルと言われているように、四次元界とのコンタクトが主流なのでそこまでは見てはいないなのです。
そうした映像を見た子供達は、今の地球ではなくて違う世界から新しい地球がやって来て、汚れた今の地球と重なる。その時に人々は新しい地球に乗り移る。古い地球は今の位置から離れて遠くに行ってしまう。そうした事を言うのです。ですから大人はそうした言葉を一笑に付してしまいます。現実的にあり得ない事を語っているです。子供の妄想で片付けるなのです。
それは【新地球論者達】の意見と同じ見方なのです
ただ新地球論者は、その時は三次元用の肉体では新しい高次元の地球に乗り移りが出来ないので、霊魂のみとなって五次元世界に進むなのです。霊能者であれば霊魂たる自分と肉体の自分とに特段の差が無い事はどなたも御存知ですが、霊魂と呼ばれる存在を認識しない肉体に縛られている人にとっては、【死】の意味が理解出来ないのです。為に肉体の【死】があると言うと、その言葉に怯えるとなります。それは魂と呼ばれる存在は言われていても、誰も具体的に説明して来なかったからです。
人だった神霊が存在するのであれば、人も神と成れる
そこに岡本天明師の日月(ひふみ)神示には【345(みよいづ)】の世から【567(みろく)】の世の予言が出て来ているなのです。
そして一時期その活動が活発であった【地底王国建設】論者の間では、今の地球軌道から離れて行く古い(今)地球の上には太陽も月も輝いていないから表面上は氷の様な世界になるので、地底に【人工太陽】を創る地底王国計画に邁進していたなのです。そこにも【二つの地球】論はあるのです。
みろく世の地球は高次元界地球で、今の地球と瓜二つ
もしもそうした事象が起きるならば、それを実行出来る神とは今の世に出ておられる神霊や蛇や狐や狸や猫等の類い霊ではないのです。四次元界スピリチュアルに走っていれば、そうしたことに気づけなくなるのです。
されどあまりにも途方も無い話であり。とても信じる事など出来ません。それは私も同様です。何故ならば誰もそれが出来る様な神を現実に見た事が無いからです。ただ、予言的なことが走っているのです。
創造神は語られても誰も見た事が無い。艮の引退状態
しかし世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は日清日露の戦いから始まって、第二次世界大戦の終わりまで予言されて、その詳細までことごとく当たっていた事実は消しようがありません。そうした未来を見通す神が現実に出たのです。今の世に出ておられる神々で、誰がそこまで言い当てられたかです。
私の神霊界修業の世話して下さった豊受姫のお代であった方は、阪神淡路神戸大震災や普賢岳爆発を予言していました。そうした予言が出来る段階の御神霊だと、今の世は間もなく終わると言われるのです。肉体(物質)の世が終わって霊魂の状態となり、そして魂は高次元世界にと向かうです。
国常立尊(旧約聖書の神)を悪神とする一派は、本来の魂は何をしても【自由】であり。それを肉体と言う魂の自由を制限する存在に押し込めた神は悪神だと言いますが、それ自体は終わるなのです。
その時、個々の魂の次元格が固定されてしまう為に、万が一にもそうした事態が起きるかも知れないで備える必要はあるわけです。 審判が終わった後に、こんなことならばどうしてもっと早くから教えてくれなかったのかと泣き言を言っても、その時は遅いのです。
ただその宣伝は大本教開教が明治25年。西暦1892(いち早くに)年からであったが為に、その立替の日が何時かが解らず、さすがに神の宣伝マン達も宣伝ばかりで、何時まで経っても起きないことから疲れ切ってしまったなのです。
スピリチュアルでも、みろくの世は五次元界と説くが
その為には【乗り換え(馬小屋の駅)】が抜けている
大本教霊界物語には【○に十字はみろくの神の御紋章の定め】とありますが、天文学で【○に十字】とはこの地球を現す天文記号なのです。そしてもう一つは【中心を現す臍記号】と言えます。
何故、第【8】の世は別れの時を意味するのか?
大本教の出口王仁三郎聖師は宇宙創造に関して日本神話に基づいて【八力(ハチリキ)】を説いておられます。そもそもその八力に関わる神名の読み方や意味があまりにも難しく、私などそれを説き解説する気も起きません。そんなことを出して、誰が理解するかです。そんなことは学者に任せておけばいいなのです。
通常言われているのは、【三元八力】に基づいて下記の様な要素が言われています。
これだとみろくの世が蜂(8)の巣別れとは出ない
私にある【神紋】が出て来たのですが、その時は意味がよく解らないので【霊能力者】の方に解読を依頼しておきました。それを依頼をした後に私なりの答えが出たのですが、その霊能者の方からの回答は奇しくも部分的に一致したと言えます。その霊能者の方の回答は、これは【宇宙神紋】と呼ばれるもので、宇宙から貴方に示されたものと言われます。
それが下記の図です。
私がこの図をこのブログ上で開示したところ、何人者の方からその◇型の一つは右回り。もう一つの◇型は左に回っている様に見えるとの意見が寄せられました。すなわち逆回転の【分離】するです。
古き女王蜂は巣を新しい女王蜂に譲り、新天地にと向かう
古き創造神(国常立尊)は、新地球の主神に向かわれる
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【嬉し嬉しの新しい世(みろくの世)に渡す船はそなたが船長を勤める船だけではなく、数多(あまた)の神司(国常立尊様を主の神と仰ぐ神霊)達も船を出すが、そなたが船長を勤めて出す船が最終船となる。】と告げられました。
某宗教団体はその実質御祭神は黒龍神として霊能者の間で知られています。その教団の売りは【信徒をみろくの世に案内する】ですが、その信徒の方が見た霊的な光景は、その教団が出すみろく世行きの船は天から降る火の雨(焼夷弾の様な物)で、ことごとく沈む光景だったと言われます。
みろく世行きは、羅針(ラ神)盤がないと航海は出来ない
日本語と言う限られた言葉ですが、言葉の仕組を知るとあまりにも途方もない仕組をされた神の存在が浮かび上がります。が、あまりにも途方もない仕組なので、逆にその神の存在が信じられないともなります。人が持つ【人智】を遙かに超えた存在だからです。
誰も七(質)の世が終わる等、信じられるではありません
が、八の代は末広がりで公(松)の世。待っていたのです
にほんブログ村
この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。