私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いていました。その声は【日本神話の天の岩戸開けは、私が最後の審判の仕組の為に人を使って創作させた物語であり。その様な事実があったわけでは無い。そなたは日本神話の天の岩戸開けが何を意味したものか。どうして私が日本にそのような神話を創作させたのか。その謎を解き明かすがよい。】と告げられました。
私からすれば【謎を解き明かせ】ではなく、その意味を旧約聖書の神と称する声が私に直接にを語っていただければ、謎を解き明かせで無く簡単な話です。何で?。です。そして、どうして西洋の神である旧約聖書の神と称する声が、この日本の神話を創作されたと言われるのか?。の疑問でした。
面白い事ですが、精神世界の事柄は○○神様の神示とすれば、それが本当の御神霊なのか確かめもせずに猫も杓子も飛びついて来ます。また自分の前世はイエスであったとか、釈尊であったなどの名乗りです。その○○神と称する霊が何者か!。ほとんど疑わないなのです。言った者が勝ちです。為に有能な霊能者から蛇や狐や狸や猫霊だと言われている霊の名乗りの○○霊の言葉を信じるなのです。
私は旧約聖書の神と称する声は本物かと疑い続けた
私が神霊世界に修業に入ったところ、そのお世話をしていただいた豊受姫からも【日本神話の天の岩戸開け等の事実はどこにも存在していない。】と告げられもしました。だがその豊受姫は別として、スピリチュアルを言う方達の前に出て来る○○神などは、そうしたことは一切言われないわけです。どちらかと言うと、そうした事柄が過去にあった式なのです。ほとんどの神霊が日本神話の天の岩戸開けが事実だと思っておられるなのです。
この地球が出来て46億年とされますが、そこに日本神話を事実だと持ち込んでしまいますと実におかしなことにはなります。
日月神示の岡本天明氏から、岩戸は【一八十】と出た
大本教霊界物語には正神界は【一八十】段あり。邪神界も【一八十】段と出されており、天の岩戸開けとは、その一八十の霊の階級がその時点で永久に確定してしまうなのです。そして一八十は【でんぐり返し】と呼ばれる様に、世が百八十度ひっくり返る意味ともなるのです。
大本教の霊界物語には不思議な予告があります。【臣が君となり、君が臣となる。】です。これはあまり語る人が居ないことから世に知られていませんが、臣(国常立尊)が君(天之御中主)となり、君(天之御中主)が臣(国常立尊)となる。天之御中主様が新しい世においては国常立尊様と成るなのです。【一八十】の引っくり返しです。
天地開闢は地は国常立尊、天は天之御中主に別れた時
地上神界の主宰神となられた国常立尊様は地上神霊界に湧いた蛇霊達に唆された邪神達によって地上神界の主宰神の座から降ろされて、キリスト教の教義では【冥府の長官】をサタンと定義付けていますが、その冥府の長官たる【閻魔大王】の職に落とされたなのです。そこに今は【退いていますの艮の牛虎金神】で大本教から出されたなのです。
牛虎(艮)で、誰も閻魔(閻羅)大王に気づかなかったのか?
そして、大本教から節分の炒り豆で追われている閻魔庁の邏卒たる鬼達から【節分の炒り豆にも花が咲く。】の大宣伝が行われたなのです。
ある霊能力者の方のブログに、自分は百三十次元の者であるとありました。通常霊能力者が言う次元とは神界をピラミッド型に見立てて【神の高山】と言い。高山の高さの段階は【合目】で言いますので、その合目を【次元】とする向きがあります。合目で言うと頂上は【十】次元なのです。
合目で言う霊能力者の多くは、お釈迦様とイエスと大本教の出口王仁三郎聖師と弘法大師を八次元界の魂の方とされる向きが多いようですが、私個人はお釈迦様は九次元界であり、イエスと出口王仁三郎聖師はほぼ同格とされているので八次元格で合っており、弘法大師さんは七次元格でなかったかと推察しています。
それは私が旧約聖書の神と称する声から、イエスやマホメットや弘法大師さんの霊界における地位を伝えられたからです。確かにイエスは旧約聖書にある主の一人御子には当たっていないことは解ります。それは主の一人御子の登場前には男女の二人の預言者が出るの女性の預言者が、イエスの場合はその存在がどこにもなかったことで解るわけです。
その霊能者の方の自分は百三十次元の話は神の高山で言う次元格では無く、【百八十段】の階級の中で自分は百三十段にあるなのです。この段の数字は岩戸開きが起きた時、確定されます。
私が小学校に入った時、母方の祖母が小学校の入学祝いに学研の百科事典集を祝いとしてくれました。当時としては高価な代物で、早くにその百科事典を全て読んでいました。それが後に私の事を【歩く百科事典】と言う人までありました。今はその学んだ内容をほとんど記憶していませんが、その当時は子供ながらクイズ番組の答えが解るほどでした。
国常立尊の現身(うつそみ)と名乗っていた言霊師であった2番目の師匠から、おまえは単なる【牛の尻】だと言われていました。牛の尻とは「物知り」に過ぎないです。確かに私は物事には詳しいが、霊界で活動出来るだけの神力を何も持たないだけの存在です。しかしその歩く【百科事典的】な要素が、私がサニワ(審神)をする時に神霊として出て来る霊の言葉を打ち負かすことには繋がっては来たのです。
豊受姫からは、【貴方はあまりにも賢すぎる。そんなに賢いと神達が貴方に近づけない。もっとバカにならないと行けない】と忠告されましたが、私が賢いから近づけないと言う神ならば、別に私に近づいてもらわなくて結構ですで来ました。私は別に賢い者では無いのです。常識的な【道理】を知り、それを曲げることが嫌いなのです。道理が解らない神等、私は最初からそんな存在は神だとは思わないなのです。ただ霊はこの世の肉体人間と違って見える世界の域が広いなのです。
また私の父親がお釈迦様とかイエスとかマホメット等の漫画本なども買ってくれていましたので、そうした宗教家の知識も子供ながら有していました。そうしたこともあって、霊界に現れて自分は天照大御神だとか大天使と称して出て来る霊等、難しい質問をすると即座に立ち往生して来るのです。肉体の私でも知っていることを、大天使や大神と称する貴方達は何も解らないのですかです。
自分の前に出て来る神霊に対して、そうした類いの質問を何一つしないで、自分には天照大御神や大天使が出て来るなどと、頭からその霊の言葉を信じるなどの愚挙は霊界の次元システムから考えるとあり得ないなのです。だがいくら口酸っぱく【審神(サニワ)】の重要性を説いたところで、スピリチュアルに走ってしまいますと【馬の耳に念仏】なのです。
賢いとは頭が良いでは無く、【賢明(道理に明るい)】です
日本神話の【天の岩戸開け】とは、姉君で太陽神たる天照大御神が弟君の素戔嗚尊の乱暴狼藉が元で天之岩戸と呼ばれる洞窟にお隠れになったので、太陽が輝かずに真っ暗な世になった。そこで神々が洞窟の前に集まり元祖ストリッパーたる天宇受売(アメノウズメ)命が上半身裸で陰処すら見せて踊ったことで神々が笑い。何事かと思った天照大御神が岩戸の戸を少し開けたところを、天手力男(アメノタヂカラオノ)命が一気に天の岩戸を開けたと言う神話です。
誰が考えても【道理】としてはあり得ない話です。太陽が隠れてしまうほどの洞窟とは何だ?。となります。日本各地に天の岩戸と呼ばれる場所はあります。私はそうしたところの幾つかを見て来ました。伊勢神宮から磯部に向かう道に天の岩戸と呼ばれる場所があります。そこで驚いたのは本当に小さな小さな水か出ている小さな穴が天照大御神がお隠れになった場所となっていたことです。さすがに唖然とせざるには終えませんでした。どうやってそんな小さな穴に太陽神を隠れさせるのかです。別に天手力男命云々ではなく、子供でも素手で掘れる程度の穴です。そりゃオーブ玉程度の物ならば小さな穴にも隠せるでしょう。だがオーブ玉程度の物で太陽神などあり得ないのです。
私が霊界修業に入って間もない頃、大江町(現在は福知山市)の元伊勢宮に参拝されたしと入って来たので、何事かと車を飛ばして向かったところ、その元伊勢神宮の参道の入り口に聖徳太子の弟君で知られる磨呂子親王霊が出迎えてくれました。この神社と麻呂子親王の関係は、麻呂子親王が大江山の3人の凶賊を征伐する時に大江の元伊勢に詣でられたとなっています。その時に麻呂子親王が植えられた杉が麻呂子杉で樹齢千年以上とされています。
その参道を麻呂子親王霊とたわいの無い話をしながら、いったいこの私に何用ですかと尋ねると、それは本殿に行かれれば解りますと言われます。そこで本殿に行くと誰も居られない。人を呼んでおいて誰も居ない?。そこで天の岩戸神社に行くと、5体ないし6体の立派な衣装をまとった御神霊達が並んで居られて、私に【そなたにこの神社の天の岩戸の仕組が解るか!。】と尋ねられます。
この大江の天の岩戸神社は大本教出口なお開祖と出口王仁三郎聖師が、ここのお釜の水を汲んで出雲大社に持って行った神業でも知られます。その水が流れて来る川を【宮川】と言い、伊勢の五十鈴川の原型です。神霊界としては非常に重要な神社ではあるのです。またパワースポットとも言えます。
私は周囲を見渡して、大江の元伊勢神宮の本殿から天の岩戸神社まで来る道から見える【日室ヶ岳(岩戸山)】との関係だと解りました。この【日室ヶ岳(岩戸山)】とはピラミッド状の山ですが、貴重な植物が自生していることから山に入ることが許可されていません。ただ神域とされている神聖な山です。
ピラミッドはエジプト王の墓とされていますが、霊的に言うと違うのです。私がその霊的な【仕組】のことを言うと、その通りだとそこに居る神達は言われます。だが、私はそれに対して天の岩戸開けの本当の意味はそういうことではありません。別の意味ですと返しました。未だ真相に辿り着いていないのに、そうした神霊達に対してそこまで言う自分は何だろうかとも考えもしました。
ただそこに出て来られた神達は神霊としては未だ若い方達ばかりで、私からするとあまりにも日本神話に囚われすぎているなのです。日本神話の内容を事実だと思っている段階の神霊と言えます。
日室ヶ岳(岩戸山)に関しては、夏至の日の朝日が伊勢の二見浦の夫婦岩から宮津の元伊勢籠神社に到る直線上に岩戸山があるとの説もあります。【光の道】です。それに関してはインターネット上で検索されれば、現地に訪れなくても図が出ています。大江山の千丈ヶ原付近からこの岩戸山を見ると、実に不思議な山でピラミッドではないかと思える節があります。日に到る日室ヶ岳(岩戸山)とされるだけの意味はあります。
大江町元伊勢宮の本殿から岩戸神社に到る遙拝所から見る岩戸山(日室ヶ岳)
その伝言が本物かニセ物かは私に解りかねますが、私の元に霊能者の方からメールが来ました。その内容は、その霊能力者の方が伊勢神宮に参拝されたところ、私宛の伝言を頼みたいと言われた。そう言ってメールが送られて来たなのです。
私は霊界修業に入った当時、自分の魂が霊界の伊勢神宮に飛び。神主姿の霊に一週間ほど私の魂からの挨拶を受けてもらい。その後一週間ほど経て、また一週間ほど別の神主姿の霊から私の魂が一週間に渡る修祓を受け。その後に一万霊体に及ぶであろう絢爛豪華な大神霊行列を見せていただきました。それは伊勢神宮の神の私に対する力の誇示と言えます。
さらにその後、○○○さんと呼ばれている老女の面接を受けて、伊勢神宮の祭神とされている御神霊に出会っています。その時はその○○○さんのことをよく知らなかったのですが、豊受姫のお代をされていた師匠から伊勢の男神たる天照大御神が出て来られる前には、その○○○さんが出て来られる。下見だと言われます。伊勢神宮の天照大御神に拝謁するには一定の過程があり、霊能者だからと言ってその姿を簡単に見せられる様な存在では無いと告げられました。
スピリチュアルで自分に天照大御神が出て来られたなどは、ほとんどが眉唾ものと言われています。だれが考えても大企業のトップに出会うにはそれなりの紹介状を持っているか、直に案内して下さる方が必要です。いきなりトップクラスの存在が自分に出て来た。そこでおかしいと思わないと変なのです。それが【道理】なのです。
伊勢神宮の御祭神が本当に私に伝言したいのであれば、過去に拝謁していますので私に直接に言って来られる事は可能です。何も仲介者を必要とはしていません。為に単なる伝言はその真偽のほどが私には解りません。ただその伝言内容は、【上野公園氏におかれましては、この私が三千年間に渡ってこの日本国の総氏神を務めて来た事実に関してはお忘れなきように。】と言う物でした。
私の元には出雲大社教の霊能者で有る教師を通じて出雲の神からとか、宇佐八幡宮の使いの巫女と称する霊能者からは宇佐八幡宮の神からとか、そうした伝達文が送られて来るがあります。 そうした私に対しての伝達文の中には、その人は明らかに【ニセ物の神霊】に欺されておられると解る物が多々あります。だが、私が何を言っても【自分は欺されていない。】で終わります。
出口王仁三郎聖師、人は邪教の真理に狂うと悟るべし
その伊勢神宮の天照大御神と称する霊の私に対する伝達文の内容の真偽は別として、伊勢の天照大御神が三千年間に渡り日本の総氏神を勤めて来られてきたのは事実と言えるでしょう。だが本当の太陽神と言うような存在では無いはずなのです。行者の世界では【天使の階級章】という言葉があります。伊勢神宮の御祭神をその【天使の階級章】に照らし合わせると、創造神と呼ばれるような段階の御神霊で無いことは確かと言えるでしょう。
私が神霊世界の修業でお世話になった豊受姫は、伊勢神宮の本当の御祭神は女神ではなく男神で有ると言われます。有能な霊能者の間では、伊勢神宮には天照大御神と称する霊は男神と女神の二体があり、通常スピリチュアルの方が伊勢神宮に参拝して見る女神は【卑弥呼】霊だとする説があります。それが伊勢神宮に鎮座しているのは【卑弥呼の霊】だとする説がくすぶっている理由なのです。
卑弥呼は【日御子(ひみこ)】だからだけでは、神の仕組としては弱いと言えます。
私がお世話になった豊受姫は、伊勢神宮に鎮座されている男神の御神霊の霊界における地位は自分より格下の方であると言われていたのですが、ではその正体は何神かと尋ねると【神界の機密】として頑として言われなかったのです。ただ、本当の天照大御神とは豊受姫の夫神たる立場の方であるとは言われたのです。
世には豊受姫を男神だと言う方達がありますが、それは実際に出会ったのではなくて、偽書とされている○○文書等に頼った意見と言えます。神道家と称しておられても、実際に霊を見ているとは限りません。
日本神話における謎は、太陽(天照大御神)が隠れた
そうしたことに関して学者筋は【日食】では無かったかと言われますが、霊的世界に関わっていますと【霊界の太陽】と呼ばれる存在にぶつかります。その霊界の太陽とは、霊界探訪記で知られるスウェーデンボルグが説く霊界の太陽とはまるで違うことが解ります。霊界にも太陽が輝いているのです。それを知る日本人の方はそれなりにあります。
私が初めて【霊界の太陽】を見た時、豊受姫のお代をしていた最初の師匠に言ったところ、その答えは【貴方もようやく神界の入口に到達されましたね。】でした。その師匠は霊界の太陽を見た時点で、肉体にある魂が神界に入ったと言うのです。そこから肉体にある魂が神の高山を上がって行くです。後日、霊界の太陽を見た幾人かの魂を検証したところ、その時点でこの世の肉体を持ちながら肉体内にある魂が神界の入口に到達されたが解って来ました。それは霊的な【神の高山】の登り口でもあるのです。
スピリチュアルでも【五次元界】を語りますが、その五次元界が【神の高山】たる入口に入ったなのです。それに伴い【霊界の太陽】を見るなのです。
霊界の太陽を見た時、その人の魂は神界の入口に到達
スピリチュアルが低次元とされるのは、霊界の太陽知らず
霊界の太陽を知らないと、自分が【天照大御神】ですと名乗って来る霊に簡単に欺されてしまうなのです。
霊界の太陽とは、伊勢神宮に鎮座する神霊では無い
その当時、ヤフーの板で【霊界の太陽】を見ようという掲示板がありました。その掲示板主は霊界の太陽を見る能力をお持ちでした。だが、他の人からその方法で霊界の太陽など見えないの投稿ばかりで、その板は消えました。その方の霊界の太陽を見る方法は正しいのですが、その掲示板の主は【霊界の太陽】を見れるのは、その人の魂が神界の入口に入っていることが条件だとは御存知無かったなのです。まさか自分が神界の入口に到達していたとは思いもせず、人は誰でも霊界の太陽は見えるものだと思っておられたなのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は、霊界の太陽を【天照大御神】と言い。霊界の月を【素戔嗚尊】と言うと述べておられますが、それはスピリチュアル標榜者の前に【わらわは天照大御神なるぞ】と人型の様な存在で出て来る霊のことではないのです。
予告教団たる大本教の出口王仁三郎聖師は【スの神】で【素戔嗚尊】役を演じられました。ならば大本教の出口なお開祖が【天照大御神】役を演じられたならば、神の舞台の話の筋書きは解りやすかったのですが、さすがに天照大御神役を演じるのは日本皇室神道の元では危険すぎたのです。そこで大本教では出口なお開祖は天照大御神の妹君とされる【若稚姫】の魂だとしたわけです。
ある著名な行者さんは、どうして大本教は出口なお開祖の魂を【若稚姫】にしたのだろうかと首を捻っておられましたが、当時の日本の状況下で大本教出口なお開祖に天照大御神の役柄を演じさせるのは危険極まり無いことだったのです。また優秀な霊能者筋から大本教出口なお開祖の魂は神の高山の七合目だったとする説で解る様に、その役柄を演じる役者としての魂の次元格はそこまで高くは無かったなのです。
何故、創造神は天照大御神役と素戔嗚尊役を必要とされたのか?
もし天照大御神役を演じるとしたならば、伊勢の神霊よりも上の魂
日本で語る日本神話の天の岩戸が開いているならば、別に伊勢神宮に天照大御神と呼称される神霊の存在など必要はありません。各自の魂が【霊界の太陽】を天照皇大御神だと仰ぎ奉ればいいわけです。
日本神話における天の岩戸開け神話は、明らかに何神かの手によって創作されたものであるとこが解ります。
日(太陽)月の組み合わせで、【明(あき)らかにする】
世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師は月神たる素戔嗚尊役で【ス神】論を展開された。すると、反論として月神は素戔嗚尊ではなく【月夜見(月読)尊】ではないかとなりますが、一部の霊能力者は素戔嗚尊と月読尊は同じ神だと見做しています。日本神話を読んでいると、月読尊の名はあってもその活動はほとんど書かれていません。不思議と言えば不思議です。月夜見尊はどこに消えた?。
これはスピリチュアルではなくて、霊的世界を実際に見聞出来る霊能力者であれば日本神話では無く、素戔嗚尊=月読尊説を取ります。私も神霊世界を歩いていて、素戔嗚尊とは月読尊でもあるに行き着きました。
日本神話では伊弉諾尊が阿波岐原(あわぎはら)で禊ぎ祓え給えし時に、天照大御神、月読尊、素戔嗚尊をお産みになったとなっています。これは初めから創作された話と言えます。大本教霊界物語では、素戔嗚尊は坤(羊猿)金神の精霊体としました。人間世界に当てはめますと、国常立尊(牛虎)の妻神である豊国姫(羊猿)を母神とする息子たる存在を意味します。その豊国姫そのものが【月】の母神とされているのです。そこに素戔嗚尊は月読尊とは兄弟ではなく、本来は月の精霊体でもあり同一神の説が起きるなのです。
さらに、そこに不思議なことが解って来ます。国常立尊は仏教の【祇園精舎】の守護神であり、【牛頭天王】としてその名が世に知られています。牛頭天王とは【牛頭の虎】です。そして素戔嗚尊は日本の【祇園】神社の祭神で【牛頭】で知られるです。国常立尊と素戔嗚尊は同一の神ではなく、人間世界の親子の様な関係になるのです。大本教から国常立尊と素戔嗚尊の演技がなされたのは、そこにあると言えます。
では、大本教から【天照大御神】役が出なかった事は何を意味していたのかです。これは【スの神】論では説けないのです。【ラの神】の論を出さないと、この仕組の意味が解らないなのです。大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸(火水)】を世に初めて明らかにされたのは、大本教在籍当時は出口なお開祖派で、反出口王仁三郎でその名を知られる【神道天行居】の開祖である【友清歓真(九吾)】師ですが、その九つ花の型は、ある神霊が【九吾】師に教えたとされます。本名が【九吾】なので、その役割があった方とは解ります。
友清九吾師に【九つ花】の型を教えた御神霊が誰であったかは詳しく資料を調べないと解りませんが、それに基づいて【ラ神】論が世に説かれ、そのラ神とは【天之御中主】とされたのです。ラ神論に関しては、別に私が言い出しっぺではありません。そのラ神論も大本教とは関係していたなのです。それは友清師が大本教で出口なお開祖派で知られた方だからです。
そんなことも知らないで、今でも【スの神】と言っているような御神霊は、神霊としては如何なる神だとなります。かなり次元格が低い神霊と見做さなければなりません。
ただ、そこに何故に天照大御神と素戔嗚尊と呼ばれる二神を出さないといけなかったのかがあります。大本教からは出口王仁三郎聖師で【瑞霊の素戔嗚尊】役は出されましたが、【厳霊の天照大御神】役が出せなかったがあります。その代わりとして大本教三代教主補である【出口日出麿】師に【日之出神】の役をさせたがあります。それは本来の天照大御神とは女神では無く、男神(厳霊)だからです。
大本教の【日之出神】とは、次期天照皇大神に御出世
ただ、その役は大本教三代教主であった出口日出麿師でも難しかったのです。で、大本教の出口王仁三郎聖師はその役も自分で演じようとされたのですが、その型が【源の日出雄】と名乗っての【蒙古行き】なのです。
大本教で演じられた【神芝居】。普通の感覚では掴めません。世に出ておられる神々ですら、その神芝居の筋書きがまるで見えていなかったなのです。
巷には自分は素戔嗚尊の魂(瑞霊)で救世主ですと名乗る方がかなり排出しています。さすがにスピリチュアル標榜者ではなく、【厳霊】とか【瑞霊】の言葉を言われます。それがまったく理解出来ないのがスピリチュアルの段階と言えます。直感、直感など意味が無いといくら説いても、直感だ!。直感だ!。と言う方は何を説いてもムダなのです。そうした直感の多くは【蛇霊】の囁きから来るからです。
巷の自称救世主達が自分は素戔嗚尊と名乗る理由は
天之岩戸が開いたならば、素戔嗚尊しか閉められない
厳霊(火)は立てに走り、瑞霊(水)は横に走る
火の立て(矛)と、水の横(盾)で矛盾が起きるので
その両方の交点たる矛盾の位置は【厳瑞霊】となる
この厳瑞霊に関しては大本教神諭にある事柄で示されています。私が大本教神諭を読んでいて、最大の謎と思った事柄です。それは世に出ている神々では絶対に解らない事柄なのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は自分は救世主で【瑞霊で素戔嗚尊の魂】と称しておられました。多くの有能な霊能者のサニワ(審神)で、出口王仁三郎聖師は八次元格の魂とされています。八次元格の魂ではイエスとほぼ同等で、天の岩戸が開いたならば【岩戸閉め】るには八次元格の魂では神力が足りないのです。
何故、天照大御神と素戔嗚尊を出す必要があったのか?
人類を新地球に移す作戦の実行神も【瑞霊の素戔嗚尊】
巷で自分は瑞霊で救世主で【素戔嗚尊の魂】と称しておられる方達の魂は、どの方も自称されるだけの次元界にすら達しておられないなのです。それでは本当の素戔嗚尊とは言えないのです。大本教の出口王仁三郎聖師はこの大本教に現れた変性女子はニセ者だと残されましたが、出口王仁三郎聖師の素戔嗚尊魂よりも上位の素戔嗚尊魂を持った存在がやがて世に出て来ることを【型】としてお教えているのです。
この仕組、素戔嗚尊と真性天照皇大神が対となる仕組で、誰でも演じられるではないのです。
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【日本神話の天の岩戸開けはそうした事実があったのでは無い。この私が最後の審判の為に人を使って創作させた。】と聞かされましたが、聖書における最後の審判は【火の審判】と呼ばれていますが、日本だと【光たる火】を出す天の岩戸開け。実に驚くべき仕組をされた神があると驚くしだいなのです。
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