人類の魂が創造神と呼ばれる存在により創られた時、そこには魂に【悪】は存在しなかったのです。この状態が聖書では【エデンの園】であり、そうした土地がこの世に現実に在ったのではないのです。ですから地上界でエデンの園(天国)をいくら探しても存在しません。それは次元界が違う霊的世界の事柄だからです。
万物は【〇(レイ)】から始まったので【霊】と言う
数字の〇(レイ)~十(テン)までに意味が秘められる
〇に十字はみろくの神の御紋章とは、全てを意味する
霊能者であれば天国界とは【高次元霊世界】と言うように、元々魂は高次元世界に存在したからです。その話を【三次元世界】のこの世の話に置き換えようとすると、かなり難しい話なのです。魂は修学の為に三次元界に下りて、元の高次元霊界に戻るなのです。
そこにこの世は高次元世界の【型】だとする論が説かれます。高次元世界で起きた出来事が、この世という物質世界に写し出されるです。また、この世は魂の流刑地で肉体と言う服を着せられたです。世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師の予言の数々が当たったのですが、そこには何故に【予言が当たるのか?】の謎があります。
そこに霊界で起きた出来事は、必ずこの世で起きるとされています。しかし、霊界で起きた出来事がこの世で即座に起きるかとなった時、世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師はこの世と霊界との時間の関係からそれが千年先になるのか、2千年先になるかは解らないが必ず起きると述べられたがあります。霊界で起きたから即座にこの世でも起きるでは無いのです。
今日迄世の大立替が宣伝されて来ましたが、高次元霊的世界では既に【みろくの世】は開いていると言えるでしょう。それがこの世に住む者達に解るには、時間の問題があるのです。霊的世界からの映像だけで言えば、何れこの地球は人類が住めない環境の星になります。ある意味、この地球を修復することは手遅れと言えます。
大本教からは【型】の話が出されましたが、霊界の【型】をこの世たる三次元世界で演じることそのものがかなり難しいのです。
型は大地の刑。アダムとイブのアダムはヘブライ語で【土】
アダムとイヴのイヴは、ヘブライ語で【呼吸する】の意味
人類の祖先は別にアダムとイヴではありませんが、ある意味、人は大地で作られた神に似せた【人形】なのです。で、肉体は死ねば土に還るです。しかし魂は元の霊界に帰る。人の魂は元々は宇宙的な存在だからです。
私は神霊世界に関わっていて、観音菩薩から【観音経】を聞かされ、不動明王からは【不動経】を聞かされたのですが、その経典の読み上げの中に一度も息(ブレス)が無い事に気づきました。
神霊達は人間の様な【息】をしない?。空気が要らない?
この空気が要らないは重要なことです。人でも動物でも肉体がある物は【息】をしていない状態を【死】と定義づけています。だが【霊】は人の様な息(呼吸)をしていないので【死】の定義が当てはまらないのです。霊は空気呼吸をしないことから、空気が無い星にも住めるとなります。
学者の頭には人は空気呼吸をすることから、空気が無い星に霊人達が住んでいる概念そのものが起きないのです。しかも次元が違う世界のこととまでは理解していません。三次元世界ばかりを見て、宇宙に人の存在を推し量ろうとしているなのです。宇宙人と呼ばれる存在は【霊人】なのですが、神そのものではありません。良い宇宙人もあれば悪い宇宙人もあるなのです。何れその存在は人類の命運に大きく関わって来るでしょう。
命とは【息(い)の霊(ち)】とされますが、自分の心が命
だが、今日迄の宗教は【命】の概念を間違えていたと言えます
スピリチュアル標榜者の中には、【魂磨きは辛いから止めましょう。】とか、【良心の呵責は重いから捨てましょう。】などと、そうした発信をされている方達が多数見られます。良心を捨てて、愛を言っていればよいです。そしてそれが【世間受け】をするのです。
また、宗教家も然りなのです。誰も【魂(玉形の思惟)】のことを考えずに、【我が宗派の教えを信じれば天国で、異教徒は地獄に落ちる】の一点張りです。そして信じる宗教の教えの違いから異宗教と戦争をしているです。
愛を言っていれば、良心神など知らなくても良いが蔓延
どんな新築の家でも戸締まりをして使っていなくても、年月が経つと家の中に自然と塵や埃は積もります。掃除が必要です。それと同様に私達の魂も何の悪事をしなくても、塵や埃が附着します。
そこには常に自分の魂を【洗濯】するの意識が必要
自分は魂を汚したことなど一度も無いは通用しない
私はスピリチュアル標榜者に対しては【きつい】との言葉を受けますが、私がスピリチュアル標榜者に対してきついのは、私が霊界で【閻魔庁】付きの判官職にも就いていた魂でもあるからです。このまま行けばスピリチュアル標榜者の多くは【みろくの世】には行けません。【みろくの世】とは如何なる神が主宰神と成られるのか?。何も解らずに【みろくの世】と言っているからです。
みろくの世とはお釈迦様の弟子のみろく菩薩が主宰される世界だと思っていたのは勉強不足だったのです。お釈迦様の十代弟子は知られていますが、お釈迦様の弟子にみろく菩薩は存在していないのです。最初から存在していない架空仏なのです。今はそれを調べれば簡単に解る事ですが、昔はそれが解らなかったのです。
ミスラ教の最高神を大乗仏教が中央アジアで広がる過程で、みろく菩薩として取り入れてお釈迦様の弟子とした架空話です。しかしそこには【国常立尊】の計画書が存在していたと言えます。それは仏教の祇園精舎の御守護神が誰であったかを調べると【牛頭天王】だと解るからです。
それは大本教と呼ばれる宗教が【みろく大神】を前面に出したことから、それが創造神の遠大な計画の元で行われたことが解るのです。大本教から出された【牛虎金神】とは【牛頭天王】か?。です。そして大本教出口王仁三郎聖師の【素戔嗚尊】の演技です。日本では【祇園】の神は【牛頭天王】ではなく【素戔嗚尊】とされたからです。
大本教から【素戔嗚尊】は日本神話の【伊弉諾尊】から生まれた御子ではなく、国常立尊(艮金神)の妻神である豊国姫(坤金神)の精霊体(人間世界に当てはめると子供)だとして出されました。この話は書物では無く、実際に霊的世界に関わらないと解らない話だったのです。
みろく菩薩の原形であるミスラ教の主宰神は、光の太陽神であり司法の神(閻魔大王)の両面を備えた神だったとされています。日本の宗教で言うと、天照皇大御神であり閻魔大王でもあるです。
みろく菩薩の原形たる神は、太陽神で在り司法の神
私は2番目の言霊師の師匠から、【おまえは地獄界の天使で、閻魔庁の判官の一人だ】と言われた時、地獄界の天使などはあまり嬉しい言葉とは思わなかったのですが、閻魔大王様の【側近】の一人であったことは、閻魔大王様にお仕え出来たことは【喜び】でもあったなのです。
私がヤフーの【輪廻転生の板】で論陣を張っていた時、あまり霊能力が無い私でも恐ろしいほどの霊波動の持ち主と解った人物が、自分ほど凄い霊能者はこの日本には居ない。自分は高木の神を祭る千年間も続く神主家の家柄で、おまえは生意気だから高木の神や神主仲間を引き連れておまえを殺してやると板上で宣言して、実際に御本人の生き霊とその仲間の神主達の生き霊と、高木の神と称する天狗霊が私を霊的に殺しに来たがあります。霊剣を振りかざして来ました。
人は誰しも生きている時は【霊波動】を放っています。霊能者と呼ばれる人の中には、その霊波動が非常に強烈な方が居られます。人は誰かを恨むと、その恨みの波動が【霊剣や霊針】と化して、相手を刺しに行くがあります。知らず知らずにそうした霊剣や霊針で刺されていたり切られているがあります。ほとんど知られていないのですが、人は常に他人から妬み等の霊的攻撃を受けており、それが原因で【病】になったり事故に遭遇するがあるのです。
自分に霊能力があると、自分を霊的に攻撃して来る人の顔が見えます。そうしたことがあるので、大本教神諭に【世界の人民には、一人に守護神が一人附けてある】とありますように、各自には霊的世界からの攻撃の防御としての役目を持った守護神が存在しています。それはスピリチュアルが言う【ソウルメイト】ではないのです。日本の新日本神道系ではそれを【副守護神・正守護神】として説いているのです。
私は霊的世界の中では二番目の師匠から【死に神】を送りつけられたり、火を噴く龍神との戦いの経験者でもあります。私の正守護神は霊界で私を守る為にかなりのチャンバラ劇をしています。霊界は綺麗事では済まない世界なのです。
私が拝謁した中国の盤古大神とか、伊勢神宮の男神である天照大御神はその配下に強固な軍事力を備えておられました。スピリチュアル標榜で自分は盤古大神と一対一で光の剣で倒した等と言う方がありますが、その配下に龍の軍団や無数の部下を従えている大神霊が一対一で剣を交わすなどはないのです。戦うとすれば霊団と霊団の全面戦争になります。
その霊能者の方が放つ霊波動とは【寄らば切るぞ】の霊剣であり、非常に危険極まりない霊能者でこれまで多くの人をその霊力・念力を使って殺している存在と解りました。私は霊能者の殺し合いの世界も見て来た者なのです。そうした存在と比較するとスピリチュアル標榜者などは無害的な存在なのですが、人を惑わすから厄介(やっかい)な存在と言えます。
その時、私を守護して、その霊能者の生き霊や天狗霊を捕獲したのは閻魔庁の役人達でした。その後、その天狗霊が所属していた某霊山を支配される大天狗霊から、末端の天狗達の管理が行き届いておらず申し訳ありませんでしたと侘びを頂きました。が、そうしたことを書いても、ほとんどの行者筋は嘘だろうと言います。某大霊山の大天狗がおまえごとき者に謝るなど考えられないです。
その霊能者。その日を境として二度と私が論陣を張っていたヤフーの輪廻転生の板には顔を見せなくなりました。その生き霊を【肥溜め落としの罰】にしたことで震え上がったのでしょう。その生き霊にはくみ取り便所の臭い匂いが染みついたはずなのです。肉体を洗っても洗ってもその霊体の臭い匂いは抜けません。その霊体に臭い匂いが染みついて、恥ずかしいとなります。
霊的世界に関わっていますと、そうした肥溜めの臭い匂いを発する霊に遭遇します。それらは【便所(肥溜め)落としの刑に処せられた】霊達なのです。一時、トイレの神様の歌が流行しましたが、そうした便所神とされる金神も存在されています。
豊受姫のお代であった私の最初の師匠は、【貴方を見て、こんな恐ろしい存在を見たことは無いと言う霊能者であれば本当の霊能者ですが、貴方を見ても貴方の恐ろしさが解らない霊能者など、相手にしては行けません。】と言っていましたが、私は別に恐ろしい者ではありませんので、変な事を言うなと思っておりましたが意味が解りました。
私の背後には閻魔大王様が在り、その光を見させられた霊能者は、これまで日本の神々の光は見てきたがこんな恐ろしい光はこれまで見た事が無い。その光に殺されると逃げて行きました。閻魔大王とは光と司法の神だからです。ただそうした光は三流以下の霊能者や行者筋には見せられません。そうした光を見せるだけの価値が無い者達と思っておられるからです。
私が何故に【良心神】を説いているのか?。それ私自身が天の岩戸の光と呼ばれる存在を見たからです。その光は最後の審判と呼ばれる時の捌き(裁き)の光でもあるのです。一部の霊能者が最後の審判は各自の良心神の点数だと言うのは、そこにあります。その時、スピリチュアルの【愛】などは何の意味もなさないのです。各自の良心神で判定するのみ。
もしスピリチュアル標榜で、私の背後に【閻魔大王】と呼ばれている方の存在が見えたならば、その方は本物と呼ばれる段階の霊能者でしょう。
これまで私を見て貴方は救世主様ですかと尋ねられる霊能者の方は幾人かありましたが、私はその質問に対しては、【私は救世主ではありません。】と答えています。私は自分を拝めば助けてやる側ではなく、逆に閻魔庁に所属して【光で裁く】側に所属している者だからです。
大本教神諭予告、【この世の閻魔大王】として現れる
為に私が説いているのは、この世の閻魔大王(良心神)の存在であり、魂の【円真】の存在であり、人の魂に【来世を授ける】閻魔(閻羅)大王の羅城門の【羅(ラ)】と、本当の天照皇大御神を示す【良(ラ)】の漢字で【ラ神】論を展開しているなのです。
私はこれまで一貫して【悔い改めた者は赦される】と説いて来ました。スピリチュアルでは【神は愛だから何をしても赦される。】と説くのが一般的ですが、私は【魂(鬼と云う)】存在から論を張っています。それは何故かと言った時、何度も述べるように【悪は魂の穢れから起きる】からです。
魂の穢れを取らないと、いくら赦してもまたもや悪を犯す
創造神と人の魂の契約は【禊ぎ】で、魂の穢れの身削ぎ
だが、誰しも【悔い改めたならば過去の罪が赦される】には納得されないでしょう。それならば散々悪行をしておいて、悔い改めたならば赦すでは、その被害に遭った者はどうするのだ!。それだと神の正義等、どこにも無いだろうとなります。霊的世界の基本原則は【カルマ】の法則であり、【目には目を、歯には歯を】であり、【自分が蒔いた種の果実は自分で刈り取れ】です。良い種を播けば良い果報として返り、悪い種を播けば悪い果報として返って来る。自業自得の無世界です。
これは【魂】論で見ないと意味が解らないのです。
罪を受けるべき存在は、その魂に憑依していた邪霊達なのです。
人の悪行は、日本の諺【邪の道は蛇】。聖書の【蛇霊の囁き】で解る
人の魂の本質は【善】であり、蛇(邪)霊達に良心が犯されたのです
ならば、散々悪をして【悔い改めます】と言ったならば赦されるのだと考えると大間違いなのです。この悔い改めるとは、言葉で【申し訳ありませんでした。】の上辺の言葉の改心ではないからです。上辺だけの言葉で【申し訳ありません】などは円真(閻魔)の働きで簡単に見破られるからです。
自分の魂から蛇霊が去る【巳(ミ)帰る】の時が改心
スピリチュアル標榜で、自分には天使長ミカエルが大天使カブリエルが降りて来る。日本人として日本の国に存在していながら、日本書記で創造神と記される【国常立尊】様など聞いた事も無い神だ!。何も知らないでは実に恥ずかしいことなのです。
私は大本教神諭予告、【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸(火水)】に基づいて、イエスの【パン】の教えではなく【米】の教え。大本教神諭にある【この神は煮ても焼いても裂いても食べられる】に基づいて、米の【飯屋(メシヤ)】の教えとして出しています。
私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞いていましたが、豊受姫を初めとして私を霊査された霊能者の7~8名の方からは、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですと聞かされています。だが、私が自分の目で見てきた存在は【閻魔大王】様なのです。
旧約聖書の神と称する声は、【私はこの私を唯一の神と認める者達は、未来の永遠に嬉し嬉しの世に渡そう。しかしこの私を唯一の神と認めない者達とは永遠の別れとする。】と告げられたなのです。
それは大本教神諭にあります。【この神は野に落ちた米粒は一粒だに助ける。】なのです。今は悪に染まっていようが、地に落ちていようが、その者の魂が【米の粒】であるならば助けるなのです。
艮金神のトドメの文と呼ばれる物にあります。一厘ある米と一厘が無い米は大違いの、一厘を入れた【米】なのです。
大本教の出口王仁三郎聖師。
神の九十九折り。織られた物を見ないと誰も解らない
九×九で【一厘】を出す秘密とは誰も思わなかった
誰がこんな仕組を考えたのだろう?。そこまで頭が行き着くようでないと、この仕組の理解には到らないでしょう。
人の一生は学びであり。学びを忘れると魂は成長しない
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