人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№77 結婚と結魂。霊界における霊と霊の結婚は厳霊(陽魂)と瑞霊(陰魂)との結びつき

 日本のスピリチュアル界の大御所は、霊能者江原啓之さんと、その師匠格である美輪明宏さんが言われています。その御二方は通常の霊能者とは異な事を言われています。魂には男も女も無い。中性だと言われます。

 

もしも魂が中性であれば、性同一障害は発生しない

 

 性同一障害とは、肉体が男なのに心(魂)は女。肉体は女なのに心(魂)は男から発生します。肉体の性と魂の性の違いから起きるなのです。それは魂は中性ではなくて【男(陽)と女(陰)】の性が有るなのです。

 スピリチュアル界の大御所である霊能者江原啓之さんとその師匠格である美輪明宏さんは、男の精子と女の卵子が結合した時に魂が発生論であり、霊能力者が説く魂が人に降下する時期は母胎の【悪阻(つわり)】時とは論を異にしておられます。

 

 スピリチュアルでは男と女の性交の時、何億の精子が射精されるのですが、その精子そのものに魂が有り。貴方はその何億の魂の中から選ばれた者だと言う論理を言われる方達もあります。それだと【輪廻転生】論などは出せません。肉体の遺伝子的な話になります。それだとほとんど【偶然】の産物の様な話をしていることになります。

 また大本教霊学から発祥し、多くの日本の新神道系が説く【体主霊従】と【霊主体従】論とも質を異にします。体主霊従や霊主体従とは、肉体と霊魂は別の存在の意味を持つからです。そうでないと副守護神とか正守護神とか本守護神の存在を出せないとなります。

 

東洋哲学は魂には陰と陽があり。大本教は厳と瑞を説く

 

 どうして誤った魂の【中性論】が出て来るかとなると、人の前世を調べると男として出たり女として出たりしている方が見受けられますので、そうなりますと魂は【中性】と見誤るともなります。性同一障害はその男として出たり女として出たりの中では起きうるなのです。

 

 大本教から【変性男子】とか【変性女子】と言う聞き慣れぬ教えが出て来ました。大本教で演じられた神の舞台を見ますと、素戔嗚尊は日本神話の伊弉諾尊が阿波岐原に禊ぎをされた時に伊弉諾尊単独から出た天照大御神と月夜見尊と素戔嗚尊の三尊ではなく、国常立尊(艮金神)と豊国姫(坤金神)の夫婦神の豊国姫の精霊体としました。

 外形的肉体は男の神であるけれども、内面的には女神である。そこに【瑞霊魂】と言うものが出され、変性女子と言うものが出されました。私は自分が霊界見聞をしている中では、素戔嗚尊は瑞霊魂であり豊国姫の精霊体であったという説に軍配を挙げます。

 私は子供の頃、旧約聖書と神と称する声から、【日本神話はそうした事実があったのではない。この私が最後の審判の為に私が創った神話である。そなたはその意味を紐解け。】と告げられおり、伊勢神宮に座っている神霊は本当は誰かと探って来たなのです。私がお世話になった豊受姫は、神霊界における地位は自分より下位の方であるとは言われますが、その正体はと聞くと、口を閉ざされて言われないなのです。

 

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【人は生まれて死んで。生まれて死んでの繰り返し。人には前世がある。しかしその前世とは失敗の人生が多く、人は前世の失敗を「更生する為に甦り」をする。人が自分の過去世の失敗を思い出す事は魂の為とはならない。その為に人は自分の前世を思い出さないようにしてある。それはこの神の恩寵からである。】と告げられました。

 私自身の前世は、【そなたあまりにもお人好しで、他人の「魂胆」が解らない者であった。為にそうした魂胆の持ち主達に利用されて、悲劇の武将でその一生を終えてしまった。そなたの今生の修業は他人の「魂胆」を見抜く力の養いである。】と告げられました。

 その自分の前世は誰かと解らずに来ましたが、【神霊として祭られている。】とは告げられました。何人かの霊能者のブログに、私の前世は悲劇の武将とされる○○○○と△△△△の二方を上げておられる方がありますが、その○○○○は私の前世であることは解って来ました。それは私の【正守護神】として出て来るからです。しかし、今の肉体の私とは似ても似つかない身体の持ち主ですが、その当時は他人の魂胆が見破れなかったことから悲劇の武将になったのは確かと言えます。

 

 だがその名を言うと、巷には自分の前世がその悲劇の武将であったと名乗る霊能者の方もあります。その霊能者の方と私との間には魂的に何の関係も関連性もありません。すると、どちらかが本物でその方が本物で私はニセ者となります。否、両方ともニセ者かも知れなくなります。それは要らぬ争いを生むだけであり。名乗っても意味が無い事なのです。

 私は旧約聖書の神と称する声から、【自分の過去世の名前を出して、その名前を利用してはならない。今の世の名を以て働くべし。】とも言われています。過去世の自分と思われる名前を出して、それをどう【証明】するのかがあるのです。

 巷には自分の前世は釈尊であったとか、イエスであったとか、弘法大師であったとか、大本教の出口王仁三郎であったとか自称されている方達は多数あります。中にはその複数が自分の前世であった等と、欲張ったことを言われている方達もあります。それを鵜呑みにされてその信徒となる人達も多いなのです。それで今生は良いとしても、死後の世界の行き先の保証も無くなるのです。

 

 私は霊界修業を積んでいる中で、自分が【国常立尊】様にお仕えしていた神代と呼ばれる時代。この日本だけでなく、外国にも出た時代があることを知りました。そして霊界でも天国界でも地獄界でも天使職として働いていたです。その時のことを知る幾人かの霊能者にも会いました。

 

人の魂は長い年月を【輪廻転生】の中で暮らして来た

 

 そうした魂の【流転】の中で、人はこの世に出て結婚をして、子を産み育てるをします。この世の人の結婚には【良縁】もあれば【悪縁】もあります。

 霊能者の間で、ある芸能人夫婦は今生のみならず、過去世でも幾度も夫婦として出ているが言われています。この世で出会うべくして出会い。結婚したです。その夫婦は【良縁】の典型なのです。必ず結びつくようになっているのです。だが、全ての人がそうではないのです。そこには【カルマ】による【縁】も生じるなのです。

 私の前のブログ記事に天罰・神罰の類いとして、一人の肉体に二つの魂が入れられた事例を話しましたが、カルマによって自己の意志にそぐわないが起きるのです。スピリチュアルでは無く、本当の霊能者であれば【カルマ】がどれほど恐ろしいかを言います。仏教で説くカルマの【因果応報】が【輪廻転生】通じて起きて来るからです。で、この世は魂の刑務所、流刑地、天人の苗床とも呼ばれるわけです。

 

人の【命】は、神からの【命】で【禊ぎ】を受けている

 

この世の刑期(修行)を終えれば、魂は元の世界にと戻る

 

 魂に【中性論】などありません。魂にもこの世と同様に【結婚】があります。それを端的に語るのが日本神道の世界で男の神を【○○彦(命)】と呼び、女の神を○○姫】と呼び、同じ「○○」を称するがあります。例を挙げますと、金山彦に金山姫の様な呼び方です。この金山彦と金山姫を一緒にすると、【金山】大神という名になります。

 

一つの神名を名乗ることで、【一心同体】となります

 

 最近、国連から日本人の夫婦別姓を認めないのはおかしいような論議が出て来ましたが、そこには【日本が神国】と呼ばれる世界に類がない国の認識がありません。神が何故夫婦を一つの名字に置こうとされているのか?。魂論などほとんど教えられていない世界の人に解ることではないのです。

 

 キリスト教ではイエス一人を主の神の一人御子と信じる者達は【神の花嫁】としてイエスの元に嫁ぐと言います。するとイエスのみが男子で、皆、女性に成るのかとなります。魂の世界を知る者からすると実に理解不能の教えがなされています。それは一つにキリスト教では【厳霊魂や瑞霊魂】とか【魂の陰陽】の存在がまったく出ていないことから、そうした間違った教えがなされて来たのでしょう。

 仏教は【出家】をした者に対しての教えが主体で、一般信徒に対しの普遍的な教えがなされたではありません。そもそも仏教では【僧侶は妻帯をしない】が主眼であり、僧侶が結婚するをことを前提にはしていませんでした。しかし、末法の時期に入ると僧侶達は堕落して、酒を飲み肉を喰らい【妻帯】すると予告はされて来ました。今は誰が見ても末法なので、それが当たり前という状態にはなっています。

 それどころか仏教では【女三界に家無し】とまで言われ、女は汚れている者だから成仏出来ないと言うような間違った教えすら広まりました。そうしたことが日本の仏教の霊場、例えば高野山とか大峯山には女性を入れないなどが起こってしまいました。が、日蓮聖人がそうではあまりせんと説かれたなのです。女性は成仏出来ないと言うのであれば、日本神道界における女神達はどう扱えばよいのかとなります。

 

女性は成仏が出来ないのなら、日本神道の女神は何?

 

 この【女三界に家無し】の言葉の元は、お釈迦様の逸話で蘇陀夷(そだい)という七つの子があり。その子に【おまえの家はどこか】と尋ねられたところ、蘇陀夷は即座に【三界(欲界・色界・無色界)に自分が住む家はありません。】と答えたことです。お釈迦様は子供の蘇陀夷に返答に驚かれたなのです。とんでもない子供が世に居たなのです。

 仏教における【仏陀】の世界とは、その三界を越えた世界のことであり、三界に在る間は【輪廻転生】を免れないなのです。そこからの言葉で女性は幼少期は親に従い。嫁に行って夫に従い。老いては子に従うから、自分の心が安らげる場所は三界(欲界・色界・無色界)にすら身を置く場所が無いという意味から出た言葉であって、女性は汚れているという意味ではなかったのです。

 

 霊界見聞をして来ると、霊界における魂の結婚は高次元界と低次元界では異にしている事が解ります。低次元界では肉体人間とさほど違わないなのですが、高次元霊界は違っています。それは低次元霊界の霊はこの世にあった時の姿をしているのに、高次元霊界の霊はこの世に在った時の姿ではないからです。神と呼ばれる様な姿をしているなのです。

 スピリチュアルで入門書として知られるのはスエーデンボルグの著かシルバー・バーチの書と言えます。ただ、スエーデンボルグの著は一部を除いて必ずしも正しいとは言えません。そうした本だけで神を語るでは、まったく何も解らないとなります。実に初歩の段階で終わってしまいます。しかし、部分的には正しい内容もあります。それはスピリチュアルの限界と言えます。

 そのスエーデンボルグの著でも霊界の結婚は、男の魂が女の魂を飲み込む形と書かれていたかと思いますが、大本教の霊界物語にも神霊の結婚として男神の魂が女神の魂を飲み込み一体化すると書かれていたかと思います。その魂が一体化の時に【エクスタシー】が発生します。それは肉体のセックスにおけるエクスタシーを遙かに超えるものと言えるでしょう。

 

 

 魂その物は高次元界に進めば、一霊四魂に基づいて【魂の分派】が起きます。私の家系の御先祖霊は霊能者からは日蓮聖人の分魂と言われたのはそこにあります。すなわち魂は高次元界に在れば、結婚して子を産むではありません。クーロン的な要素もあるのです。それに対して、魂と魂の結婚は別の兼ね合いと言えます。神の力が【倍加】すると言えるでしょう。

 

 

 

 

 但し、全ての御神霊が男神と女神で同じ神名(名字)を名乗っておられるではないのです。そこには夫婦別姓の様な神も見られるなのです。例えば大国主命は存在されても、大国主姫は存在しておられないがあります。

 

こうしたことは西洋の【一神教】の世界では解らない

 

神々の結婚は、【心の同一性】で見なければならない

 

  私は結婚の【婚】の漢字を見た時、どうして【婚】の漢字は【女に昏(コン)】に成っているのか?。その意味がなかなか理解出来ませんでした。私は鍾馗神の案内で【盤古大神】に拝謁して、大本教霊界物語の中の【中国の盤古大神から日本の国祖国常立尊に神界の大政奉還】を知り、【漢字を日本に返還(変換)】させる仕組を知ったしだいです。その中では漢字学者の説には必ずしも従えないなのです。

 大本教から出された【国常立尊(日本の国に常に立つ御言)の三千年間に渡る仕組】から、そこに日本の言葉には何が秘められているのかを読み取っているなのです。もし、中国で創造神とされている【盤古大神】に拝謁していなければ、ここまで言葉には仕組があるとは思わなかったでしょう。考えもしなかったでしょう。

 また、私が子供の頃に臨んでいた声の名乗りが【艮金神・国常立尊】であったならば、そこまで日本の言葉に拘らなかったでしょう。その声が【旧約聖書の神】と呼称していたことから、逆に【国常立尊】とは日本語と言う言葉でもあると気づいたなのです。

 私が日本神道の中で学んで来た内容は、【言霊】とは何かを知った上であり、そこから見えて来た事柄と言えます。が、日本でその【言霊】と呼ばれる存在を出して来たのは大本教からとなります。それ以前の宗教では【言霊】とは解っていなかったのです。

 

 最近、同性同士の結婚を認めろとデモっている人達を見受けます。結婚とは、男と女の異性が結びつく事が【結婚】であり、同性同士で結婚は天界の規則違反になります。人は同性を【好き】になることはあります。それで一緒に暮らしてもかまわないのです。しかし同性同士は神が定める【夫婦】には当たらないのです。そこに一緒に暮らすのはいいが、権利の行使を求めてはいけないがあります。

 それは好きだと言う【刹那心】から生じるのですが、神の【摂理】を無視することで、この世で幸せだと思っても死後の世界ではおぞましい世界に落ちて行く事になります。一時の【感情】に溺れてはいけないなのです。

 

 スピリチュアル標榜者の多くの方は、自分には天使長ミカエルや大天使ガブリエルや聖母マリアが降りて来るが定番ですが、それらの霊が【霊界の様】を語ったという話はあまり聞きません。しかもそれらの名乗りをする霊は、横のつながりも広がっていないが見られます。

 私はそうしたスピリチュアルの自分には天使長ミカエルや大天使カブリエルや聖母マリアが降りて来ること事態は否定しませんが、何の【サニワ(審神)】もなされていないことに驚くのです。私達人類はあまりにも霊的世界の実情に疎く、霊界の実情を詳しく語れる霊を必要としています。ただその霊の名乗りの言葉を闇雲に信じるのではなく、問いただす。霊界の説明を求めることを何故しないのか?。そこに私は大いなる疑問に襲われるなのです。

 

 明治38年旧4月16日の大本教神諭に、【この金神は禰宜(神主)や巫女(みこ)には憑(うつ)らんぞよ。何も解らん神が憑りて参りて、知った顔を致して種々(いろいろ)と口走りて、肝心の仕組も解らずに、世の立替の邪魔をいたすから、一寸の油断も出来んから】とありますが、スピリチュアルとは四次元界との交信と言われているように低次元界とのアクセスであり、本当の高次元世界の神霊等誰も降りてもいないなのです。

 

高級神霊は、魂の次元格が低い人に降りるは無い

 

 それは霊媒者を使う時、その霊媒者の魂の神格、次元格が低いと高級神霊を降ろせないがあります。大本教神諭にある禰宜や巫女には降りないは確かなのです。また、何も解らん神が憑(かか)り参りて知った顔を致すは、スピリチュアル標榜者に見られるのです。それはある意味、予言されて来たともなります。スピリチュアル的な人に、【国常立尊】の言葉が降りるなどもあり得ないのです。そうした名乗りを聞いただけで頭から信じて、人の忠告も無視する。

 

 為に、結婚の意味がよく解らなかったがあります。

 

 

 

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