「見た人はそこに怯えてほしい」火垂るの墓、意地悪なおばさんの真実
高畑勲監督2015年インタビュー【後編】
「泣ける作品」にするつもりはなかった――。戦後80年の今夏、ネットフリックスでの日本配信が決まった「火垂るの墓」。高畑勲監督が生前に語っていた、作品に込めた思いとは。戦後70年だった10年前のインタビューを再構成した後編は、戦争孤児となった幼い兄妹につらくあたる、「西宮のおばさん」で描き出した人間の性(さが)について。
「西宮のおばさん」で描きたかったもの
――火垂るの墓は人間関係の描写も印象的です。兄妹(清太と節子)が身を寄せた兵庫県西宮市の親戚の家では、おばさんが兄妹にだんだんといらだつようになり、「疫病神」と呼ぶまでになりました。
僕が大事だと思ってつくったことがあるんです。
誰もが、あの西宮のおばさんのような人間にすぐになっちゃうんじゃないか、と。見た人は、そこに怯(おび)えてほしいんですね。
自分が今は善人になってるかもしれないけど、必ずしも善人を貫けない危険性は常にはらんでるっていうようなこと。
清太は14歳で、できれば好きなように生きたい。おばさんの嫌みに身を屈して「ごめんなさい」と言ってね、そういう屈辱を味わうんじゃなくて、1人で生きたいと思って身の破滅を招くわけだ。
それは、精神状態から言うと、非常に今の人に近いんじゃないか。ほかの人と一緒にやっていかない限り、命もまっとうできないんじゃないかっていうのじゃなくてね。
預金通帳もいっぱいでお金もあるし、壕(ごう)だったら兄妹水いらずで暮らせる。しかも運の良いことに、彼は炊事ができるんですね。それはお母さんがもう病弱だったりしたことが関係あるんだと思うんですけど。そういう風にして孤立して暮らすっていう問題点も描いてるつもりなんですよ。
もう一方、これは直接描かれてないことですが、では孤立せずにやろうとしたら、「隣組」(第2次大戦中、国民統制のためにつくられた地域組織)とかでいっぺんにがんじがらめになる。要するに集団主義の中に落ち込むんですね、同調していかないと。もちろん戦争には協力するわけだし、それから言いたいことも言えなくなるという状態を招く。どっちに転んでも難しいよね。で、そういうことは全て、戦争の状態で起こっていることだから。空襲のことよりも、そういうことを描きたかったんですよ。
「経験語りを重視していない」
――戦争の恐ろしいところですね。
「人間を生きていく」っていうことは、やっぱり素晴らしいことなんじゃないかと思うんですよね。それを壊しにかかるようなものは本当に反対だし、そのうちの第一番目が戦争だと思いますよね。
それは今(インタビュー時は2015年)も続いているわけです。イスラエルがやっているパレスチナ自治区ガザの爆撃とか。そういう状況下での生活は、日常の楽しみそのものまで奪い取られてしまうわけで、戦争というのはほんとに嫌な、やってはいけないことだと、つくづく思いますね。
――戦争体験者が少なくなるなかで、記憶の継承も問題です。
特に年配の経験者の方は、インタビューを受けると戦争の経験を語ろうとしてしまう。僕は要求されるものだから、経験も語ることになっちゃうんですけど、しかし、そっちを重視してないんですよ。
若者と同じだと思ってる、僕も。若者にコンプレックスがあったじゃないですか。
「俺たちは戦争を経験していない」「これからどうやって語り伝えればいいんだ。死んでいく」とかね。違うと思うんですよね。
戦争を体験した本人たちが死んでいけば、生では聞けないけど、語り残したものが今だったら録音だってある。本なんかにもなっている。「間接的」になるのは、もうやむを得ない、当然なことなんですよ。70年も遠ざかって風化するのも当然です。風化を嘆いてもしょうがない。
それより、戦争がどうして起こっていったんだろうか、とか考える方が大事だと思います。起こっていった頃に、「自分と同じような人」が一体どういう風に変わっていって、巻き込まれていって、結局悲惨な目にあったのか。
その悲惨な目にあう前の段階をもっと知ってほしいし、それはやっぱり勉強するしかない。どんなに空襲がむごかったか、感情的に可哀想とか言うんじゃなくて。
例えば、「君死にたまふことなかれ」で知られる歌人の与謝野晶子(1878~1942)は、弟が日露戦争に行く時に、「死んじゃダメだよ」と言ってるんですよね。それには賛否両論があったりするわけです。その後、日本が戦争に深入りしていくなかで、息子が太平洋戦争に行った。その時には「たけく戦え(勇ましく戦え)」と歌うようになっている。そうなってしまうという、そこに問題があるんでしょ。
コロリと変わりやすい心
――普段、自分たちで戦争はいけないことだと思っていたとしても、状況が変わってくると人は変わりやすいと。
感情っていうのはね、しょうがないものなんですよ。日本も本当に「心」が好きなんだけど、そういう心ってコロリと変わるんだよね。やはり大事なのは、理性ですよね。
どうしてそうなっていくのか。「理屈で考えて」って僕はよく言ってるんだけど、日本みたいな閉鎖的な社会ではですね、例えば、戦争に反対してた人も、いったん戦争を始めてしまったら、日本国を応援するしかなくなると思うんですよ。もう勝ってもらうしかない。負けたら悲惨なことに決まってるからね。いい戦争だと思ってなくても。だから、「国よ頑張ってくれ」となるし、「協力しよう」となると思いますよ。
与謝野晶子について話しましたけど、ほかにもいっぱいあるんです。例としては、詩人のまど・みちお(1909~2014)が分かりやすいと思う。彼が戦争中に書いたのはね、強制されて書かされたもんはないんですよ。戦争の推進、勝ってくれという願いの元に書いてあるんですよね。それを彼は反省して自分がダメな人間だからと言ってんだけど、彼だけじゃないんですよ。
僕は日本の大半の人がみんなそうなりやすいっていう、いや、なるに決まってるって、今からわかっている。
だって、空気を読むんでしょ、今の若いみなさんは。日本国の空気を読んで、なるに決まってるんじゃないですか。だから、絶対に足を踏み入れてはいけないんだ。
――どんな平和教育が必要だと考えますか?
戦争末期の悲惨さを伝えることだけが平和教育じゃなくて、理性的な教育が必要だと思うんですよ。
子どもたちは例えば、広島の平和記念資料館などに行って、遺品など悲惨なものを見るわけですよね。でもその後、つらくなったり興奮したりしている子どもをどうやって落ち着かせて、「戦争の道にどうして入っていったんだろう」と考えてもらう必要がある。
原爆投下については今もなお、「やむを得なかった」などと、海外での評価が分かれていることも言うべきですね。アメリカだけでなく、多くの国々は原爆を捨てていないわけじゃないですか。だから、「どうしてそんなことになるんだろう」って考えることも大切です。
悲惨さから導き出すのではない、「平和教育」がこれからは必要なんです。
【思い出話を募集】初めて「火垂るの墓」を見た時、あなたはどんな感想を持ちましたか? その後、再び見た時は印象は変わりましたか? 思い出や感想を、メール(dkh@asahi.com)でお寄せください。
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- 【視点】
あの「西宮のおばさん」の所作は、思い出すだに腹が立つ。と同時に、「誰もが、あの西宮のおばさんのような人間にすぐになっちゃうんじゃないか……」との思いに、未だに至れないところに己の未熟さを痛感する。
…続きを読む - 【視点】
10年前のインタビュー記事の再構成記事ですが、世界各地で、ガザやウクライナなどで起きていることを見て話しているかのような内容に感じました。 私はこれまで、被爆者の方とともに世界を回ったりしてきましたが、時間とともに被爆者や戦争体験者の声を聞ける機会が減り、その声を代わりに伝えることができないことも実感しています。 そんな状況で、自分たちにできることは何でしょうか。まずは、過去に起こってしまった、またはいま起こっている悲惨なことに目を向けること。 そして、高畑監督が指摘していたように、それに拒否感や嫌悪感を抱くところで止まらずに、戦争がどうして起こっていったかを考えること。それにより、今起こっている、またはこれから起こりうる紛争に、自分ごととして受け止める当事者性を持てることだと思います。 「火垂るの墓」は、「戦争に巻き込まれたかわいそうな子どもたちの話」ではなく、戦争がどう起こるのか、起こったときに人間がどうなりうるのか、映画を見たすべての人に多くの問いを投げかけます。これを機会に、この夏、改めて「火垂るの墓」を見たいと思います。
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