口下手だった少年が「天職」と出合い もっともっと喜んでもらい、クソぼうずが名物社長へ

話の肖像画 スーパー「アキダイ」社長・秋葉弘道<1> 

アキダイの秋葉弘道社長=18日午後、東京都練馬区(斉藤佳憲撮影)
アキダイの秋葉弘道社長=18日午後、東京都練馬区(斉藤佳憲撮影)

《年間のテレビ出演は300本超。「野菜価格が高騰」といった生活の話題だけでなく、「賃上げ」「中小企業の経営」など幅広いテーマで新聞、テレビなどに登場し、「取材依頼の絶えない名物社長」として知られる》

「天職」ともいえる八百屋を開業して33年がたちました。山あり谷ありの経営でしたが、気がつけば小さな八百屋は9軒のスーパーに。そしてテレビのニュース番組に出演し、最近はバラエティー番組にまで声がかかるようになりました。

しかし、小さいころから八百屋になりたいと思っていたわけではありません。子供のころは口下手で、それをからかわれると手が先に出てしまういたずら小僧です。近所の方から「ひろクソぼうず」と呼ばれていました。そんな自分を克服しようと中学では応援団長、高校では生徒会長と、人前に出る役目を進んでやるようにしたんです。

アルバイトも人に関わる仕事がしたいと思い、高校に内緒で八百屋で働くことにしました。そこではお客さんと接する喜びを知りました。

バイト先のその八百屋では、正社員の方が「お前、これ売ってみろ」とチャンスをくれたんです。八百屋ですから、大きな声で元気よく呼び込むのは当たり前ですが、一生懸命売りにいくとお客さんは引いてしまったりするじゃないですか。そんなときは、こっそりと「今日のはメッチャ甘いですよ」とささやくんです。すると買ってくれたりしてね。ミッションをクリアする楽しさがあったんです。

そのうちお客さんも顔を覚えてくれて、「お兄ちゃん、この間の野菜、おいしかったよ」と喜んでくれる。自分もうれしくなって、もっともっと喜んでもらいたくなりました。

《その喜びを追求しているうちに、八百屋が天職に思えてくるようになったという》

ここまで来られた理由のひとつは、何か問題があって「ダメだ」と言われたときに、あきらめるのではなく、「なぜダメなのか」「どうしたらできるのか」と考える性格だったことです。

例えば、高校の生徒会長として販売部での弁当販売や文化祭を楽しくすることを実現するため、職員室に出向いて先生たちと話し合ったり、調査したりしました。開業したころの「アキダイ」はお客さんがさっぱりで、「閑古鳥が鳴いている自分の店をどうするか」を考えて考えて、手を尽くしているうちに立ち直ってきました。

もうひとつは、いろいろな人の支えがあったことです。

口下手な私を理解してくれた小学校の担任だった吉野雅美先生、アルバイトの高校生を大人扱いしてかわいがってくれた八百屋の社長をはじめとする皆さん、開業の際、23歳の若僧に物件を貸してくれた大家さん、資金援助をしてくれた両親や祖父、いつもそばにいてくれた妻。そして、何よりたくさんのお客さん。本当に感謝しています。

30年ほど前から、小中学生の職場体験を引き受けています。以前の子供の夢は宇宙飛行士やアイドルなどでしたが、今では普通の会社員だったりユーチューバーだったり。現実的過ぎて、それでいいのかな、と考えてしまいます。

経営者にも魅力を感じなくなっているのではないでしょうか。もし自分が若かったら、今の時代の経営者って大変で、どうなんだろうと思いますね。だからこそ、アキダイ式経営を知っていただければと思います。(聞き手 慶田久幸)

【プロフィル】秋葉弘道

あきば・ひろみち 昭和43(1968)年、東京生まれ。まもなく埼玉県富士見町(現富士見市)、さらに三芳町へ転居し育つ。県立狭山工業高校卒業後、大崎電気工業入社。1年余りで退社し、23歳で東京都練馬区に青果店「アキダイ」を創業する。現在はスーパー9店舗のほか、パン店や居酒屋も経営、年商は約40億円に。現場からの消費者動向の的確なコメントが評判を呼んで、テレビに引っ張りだこになった。

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