「走るな」「車道に出ろ」…じゃあ、自転車はどこを走ればいいのか? 30代女性死亡事故があぶり出した道路設計の致命的欠陥とは
配信
走行空間なき道路設計
2025年5月26日、滋賀県大津市で30代女性が自転車で走行中に車道へ転倒し、その直後に乗用車にはねられて死亡するという痛ましい事故が発生した。女性は歩道を南向きに走行中だったが、何らかの理由で車道側へ倒れ、接触したとみられている。 【画像】恐怖! 4年で108人死亡! 岡山県「人食い用水路」を見る(計10枚) この報道をめぐり、多くの人がSNSやコメント欄を通じて共感と不安を表明している。 「自転車が車道を走るべき」 という交通政策の推進と、現実の道路構造との間に横たわる大きな断絶が、今、深刻な形で可視化されつつある。
自転車政策と現場乖離
事故の背景にあるのは、偶発的な不運ではない。むしろ日本の都市設計と交通政策の歪みを象徴する事象である。 道路交通法では、自転車の車道走行が原則とされて久しい。2023年の法改正では、歩道走行の条件がさらに厳格化された。これにより都市部・地方を問わず、自転車の車道走行が常態化しつつある。 だが、政策と現場の実態は大きく乖離している。そもそも自転車が走るべき車道とは、どのような空間を指すのか。都心部の一部幹線道路を除けば、地方や郊外の多くの道路は、自転車が安全に走行できる十分な幅員を備えていない。 現場はガス管工事で片側二車線が実質一車線になっていた、自転車は歩道を通らざるを得ない状況だったというネット上の証言もある。実際、自転車専用レーンは整備されておらず、路側帯すら設けられていない区間も多い。 こうした状況下での車道走行は、もはや自殺行為と化しかねない。それでもなお、警察や行政、政策立案者の間では、 「ルールを守らない利用者の責任」 に転嫁する傾向が根強い。
自転車回避が事故誘発
もちろん、自転車が歩道を猛スピードで走行する危険性は否定できない。しかし、歩行者と自転車、自転車と自動車のどちらの接触が致命傷を招きやすいかを考えれば、リスクの優先順位は明白である。 にもかかわらず、「車道を走れ」という方針だけが先行している。肝心の都市インフラ整備は追いついていない。自転車専用インフラへの投資は後回しにされ、ルールを守れば安全という空虚な神話だけが独り歩きしている。 この構造が生む最大の矛盾は、事故の責任が運転者か被害者のいずれかに押し付けられる点にある。実際、今回の事故でもドライバーに対して「予見運転ができなかったのか」との批判が出た。一方、自転車側には「車道に倒れたのが悪い」といったコメントが散見された。 だが、そもそも設計や政策の欠陥が前提にある状況で、予見やマナーに責任を委ねるのは不条理に過ぎる。 ネット上のコメントを見れば、自転車を日常的に利用する保護者や通勤者が「走る場所がない」と訴えている。たとえば電動自転車で子どもを送迎する保護者は、40kgを超える車体を押して歩道を進むことが現実的でないという。 歩道の幅が1メートルに満たない場所では徐行しても「歩くな」と怒鳴られる。狭い車道に出れば、大型車がスレスレで通り過ぎる。こうした恐怖が日常となっている。恐怖はドライバー側にもある。 「自転車がいつ倒れるかわからない」 「轢いたら人生が終わる」 こうした心理的負担は、安全運転を促すどころか、防衛的な萎縮を生み、かえって事故を誘発する可能性がある。 自転車を避けようとして車が膨らみ、対向車と接触するケースもある。自転車が転倒して車道に落ちる瞬間に事故が起きる状況も、決して絵空事ではない。
- 21
- 29
- 19