JRの画期的な電車が「使い捨て電車」と呼ばれたワケ 「13年で廃車」ではなかった209系
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1993年に量産車がデビューした209系は、JR東日本の発足後に初めて新規開発された通勤型車両です。日本の鉄道史に残る画期的な車両である209系ですが、一方で「使い捨て電車」呼ばれることもありました。 【画像】懐かしい? かつて京浜東北線を走った209系の試作車 不名誉とも思われる「使い捨て電車」の呼び名は、209系のコンセプト「寿命半分、価格半分、重量半分」が由来でした。 国鉄分割民営化直後のJR東日本では、103系など、国鉄時代に大量に投入された車両の置き換え時期に差し掛かっていました。しかし、一度に大量の新車を導入することは、かなりのコストがかかります。そこでJR東日本は、コストダウンを図った車両(209系)を新規開発することで、短期間の大量導入を目指しました。 コンセプトの「寿命半分」は、法律で定められた減価償却期間である13年間を最低の使用期間としたこと。それまでは鉄道車両は数十年使うことが一般的でしたが、209系では、仮に13年で廃車したとしても元を取れる設計としました。また、制御装置などの重要機器は、製造後13年または200万キロの走行距離に達するまでは分解不要な設計とし、メンテナンスコストの削減にも配慮しています。 この「寿命半分」は、JR東日本が当初から製造13年で廃車するという方針だったわけではなく、13年後の選択肢を幅広く取れるという点が重要でした。しかし、このコンセプトが画期的だったためか、あるいは従来車よりも簡略化された内装の印象からか、「使い捨て電車」との勘違いを産んでしまいました。加えて、レンズ付きフィルム「写ルンです」をもじった「走ルンです」という愛称すら、メディアや鉄道ファンらにより付けられてしまったのです。 209系は、1992年に試作車(登場時は901系)、1993年に量産車が、それぞれ京浜東北線でデビュー。その後、2010年にE233系に置き換えられるまでの15年以上、同線での活躍が続きました。京浜東北線から撤退した209系0番台のうち、約4割は機器類を更新し、房総エリアなどへ転属しています。 もちろん、中には京浜東北線在籍当時から痛みが目立っていた車両もありますが、廃車となった車両の半数以上は転用が困難なモーター非搭載の中間車。転属の需給調整のための廃車といえ、コンセプト通りの「元が取れる」車両ではありましたが、「使い捨て」というネガティブなものではありませんでした。さらに、廃車となったこれら車両も、資源としてリサイクルされています。 209系は、1000両以上が製造され、京浜東北線のほか、南武線、八高・川越線、中央・総武線各駅停車、常磐線各駅停車に新製投入されました。また、209系のコンセプトを引き継いだ車両として、JR東日本では701系やE217系などが登場。私鉄でも、209系ベースの車両として、東京臨海高速鉄道が70-000形を導入しています。 2025年現在、209系は、京葉線、武蔵野線、八高・川越線、房総エリアで運用中。また、房総エリアで引退した車両の一部は、伊豆急行に譲渡されています。 デビューから30年以上が経過した今、209系はJR東日本の中ではベテラン車両となっており、今後の活躍もそう長いものではないようです。しかし、209系が確立したコンセプトや、モニタリング装置などのシステム構成は、後のE231系やE233系、E235系などにも引き継がれており、JR東日本の車両の礎となる形式としては欠かせない存在となっています。
西中悠基
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