「さっき送った情報は全て君の記憶回路に保存されているはずだけど、念の為ひとつずつ確認していくことにしよう」
「ンナ!(はい!)」
いい返事だ。そうビデオ屋の店主兄妹の兄、アキラが満足そうに頷く。
「表向きの僕たちの業務形態はビデオ屋だ。これはそこら中にあるビデオからもわかる通りだね。貸し出しを行ったりして資金を稼いでいる」
「ンナ!(はい!)」
「ま、最近はあんまり開けてないんだけどね〜」
あはは……と乾いた笑いを浮かべるアキラの妹のリン。
「しかし、見ての通りそこまで大きな資金源でもなくてね。あまりたくさんビデオがあるわけでもない。そこで、裏の業務形態の出番になる」
深くソファに腰掛けて、ボクを見つめる。記憶回路にインストールされた一般的知識をボクの意思で引き出していく。
「ンナンナナンナ!(依頼を受けて、ホロウ内をナビゲートしたりするプロキシのお仕事ですね!)」
「ああ。君を助けた邪兎屋も僕たちに手を借りることが数多くあるし、なんなら泣きつかれて尻拭いをすることだって……やれやれ」
邪兎屋はニコ、アンビー、ビリーの3人で構成される何でも屋らしい。熟練のホロウレイダーであり、その実力は多くのホロウレイダーを見てきたアキラさんたちも一目置くほどだとか。
ボクも邪兎屋に何か貢献したい。困ったように首を振るアキラも、どこか親しみがある様子だ。これもニコの人柄が為せる業だろう。
「プロキシの階級もたくさーんあるけど、その中でも私たちは1番上、トップオブトップの伝説のプロキシなの! どう? ワクワクしてこない?」
「ンナ!(します!)」
インストールされた知識によれば、彼ら「パエトーン」はインターノットに轟く伝説のプロキシであるらしい。依頼達成率もほぼ100%にして、本来できないはずのホロウの外側から内部に通信するシステムを確立しているんだとか。
邪兎屋も凄いけど、この人たちも凄い……!
「基本的にH.D.Dシステムを使って、ホロウ内部に送り込んだボンプに感覚共有しながら僕たちは仕事する形になる。だが、君の場合は論理コアも存在せず、各々の回路や部品がバラバラに配置されているからね。僕も正直怖いから君とは感覚共有したくない」
「ンナァァ!?(そんなぁ!? ボク仕事できないんですか!?)」
そんな! ようやくボクの居場所が、役割が見つかったと思ったのに! やっぱりボクは役立たずなのか。
改めて直面した事実に心の気力が一気に萎んでいくのを如実に感じる。
「お兄ちゃんそんな脅かさないの! この子もほら! こんなに落ち込んでるんだよ?」
「すまない。だけどこれは事実だ。僕たちが君に感覚共有できない以上、君には将来的に僕たちのサポートを受けて、ひとりで依頼をこなしてもらうことになる」
へにょりと垂れていた耳をピョコンと思い切り跳ねあげる。
なるほど! ボクを遠隔操作できないなら、直接ボクが動けばいいのか! でも万が一ボクが失敗してしまえば、伝説のプロキシであるパエトーンの名前に傷がついてしまう。
そう考えると怖くなってきた。
「ふふ、大丈夫! うちにはたくさんボンプが居るけど、ボンプひとりでプロキシ業務を行うのは正直初めての経験だからね。上手く行けば収入アップだけど、そこらへんのリスクヘッジは当然! というわけで、君に能力があると確認出来次第、新しいインターノットアカウントを作ってもらいます!」
「ンナ!(わかりました!)」
「浮かれたところにこんな言葉を掛けるのも心苦しいけど、リンも言っている通り君に能力がある場合にアカウントを作ることになる。これから、そのテストについて話そう」
ニコニコのリンに、真剣にこっちを見つめるアキラ。
なんて優しいんだ! ボク、ビデオ屋に預けられて良かったかもしれない! ニコに預けられたのはショックだったけど、でもボクがここで力を磨けば間接的に邪兎屋の皆の力になれるかもしれないぞ!
「第1のテストだ。君には、この六分街の住民たちと仲良くなってもらい、ビデオ屋の宣伝をしてもらう」
……。
「ンナ?(そんな簡単でいいんですか?)」
「君に論理コアがない以上、こちらからは適切な論理的思考ができるかどうか、エラーが発生しているかどうか確認する手段がない。日常生活は多くの刺激に満ちているからね。数日ほど六分街のみんなと、仲良くなるといい」
よくわかんないけど、とりあえず頑張ろう!
「ンナ!(わかりました!)」
▽
ボクが邪兎屋に参入したと同時にビデオ屋の店主たちに売り飛ばされてから数日。ボクは新エリー都六分街という地域ちなんだ名前も貰い、そこそここの地域に溶け込もうとしていた。
「ンナンナ(おはよ!)」
「にゃ〜ん」
「ンナナン!(今日も良い毛艶だね!)」
「ゴロゴロ」
土管の上に寝転がっている猫のホイップに挨拶する。彼女は美しい目でこちらを流し見たあと、軽く返事をしてくれるのだ。
「リクは今日も元気だね〜」
「ンナ!(クローラさん! おはようございます!)」
「ンナンナ!(朝から配信ですか? 人気者は大変ですね……!)」
「あは、あはは……そ、そうだぞ〜! 人気者は大変なんだから……うん。私そろそろ行くから、今度うちの配信に参加してよね〜!」
「ンナンナ!(そのときは是非!)」
常にカメラを持って自撮りをしているクローラさん。よくビデオ屋の前で配信をしている。初めて話しかけるときは躊躇したけど、案外良い人だった。
「ンナナン!(おはようございます! チョップ大将!)」
「おう、おはようさん! お前も朝から精が出るなぁ! はは!」
「ンナ!(元気もりもりです!)」
「今日は良い肉が手に入ったんでな! ビデオ屋の店主に伝えといてくれよ!」
「ナンナン!(なんと! リンが喜びそうです! 絶対伝えときます!)」
初めて見たときは面食らったけど、赤い顔に4つの腕を持つチョップ大将も良い人だ。結構直情的なところはあるけど、筋が通ったことは受け入れる度量を持っている。
「今日も六分街の平和に異常なし! いやぁ、今日も平和で良いなぁ」
「ンナ!(おはようございます! ゲラントさん! シータさんが怒ってましたよ!)」
「なっ、どうしてだ?」
「ンナンナ!(夜も昼みたいに動けばいいのに、全くビビりね……って言ってました!)」
「……いいかい? 夜はね、マンホールから不可視の怪物が現れて、瞬く間に俺たちの足を掴んで」
「はいストップ。馬鹿なことリクくんに吹き込んでないで、さっさと巡回に戻りますよ。自分のビビりを正当化しないで下さい」
「ンナ!(おはようございます! シータさん! 夜の平和をゲラントさんの代わりにお願いします!)」
シータさんがゲラントさんを引き摺って巡回に戻っていく。あの2人は何だかんだお似合いだ。
ゲラントさんはこの辺りを見回ってくれている治安維持の人である。よく同僚のシータさんに不満を言われているのを見掛ける。何でも夜になると昼とは打って変わってビビりになってしまうのだとか。
何度か遠目で見かけたことがあるけど……流石に30分も同じ場所に居るなんてことはないよね?
真偽はわからない。
最近は毎日住民の人たちに挨拶をしている。時間はそこまで取らず、こうして全ての人に挨拶をしてもお昼に届かないくらいだ。
最後の締めに向かうとしよう。
「ンナ!(おはようございます! 賢者さん!)」
ボクは通りの隅っこにあるゴミ箱に挨拶を投げかける。
ガタン、ゴトン。ひとりでにゴミ箱が蠢き、そしてその動きを止めた。
「ん、んぁ……清々しい朝だな。リクガンボンプよ」
「ンナ!(そっちは身体が痛くなりそうですが、大丈夫ですか?)」
「何を言う。ゴミ箱には全てが詰まっているのだ。宇宙の始まりに接続するこの至高の空間に、苦痛の2文字はない」
「ンナンナ!(敢えて社会的底辺の空間に座するその心持ち……尊敬します! ボクも友達のボンプに漏電の味の違いを教えてもらいました! では!)」
これでボクの挨拶ラッシュは終わりだ。ここからは歩く人にビデオ屋の宣伝をしていくことになる。
「ンナ!(おはようございます! お姉さんお綺麗ですね! サメの尻尾が煌めいていて、丁寧にお手入れされていることがボクにもわかります!)」
「……ありがと」
ゲームセンターの前に、スマホを弄っている綺麗なサメの尻尾のシリオンの女の子が居たので、早速宣伝に向かった。
「ンナナンンナンナ!!(そんな貴女には、Random Playのシャーク・イン・スカイがオススメです! 近代のリアルな世界観に、空を泳ぐことができるサメが一風を吹き込む内容なんですよ!)」
「なにそれ。少し面白そうだね。今度行ってみることにするよ。ありがとポンプさん」
「ンナンナ!(どういたしまして! ボクはリクガンボンプ! リクって呼んでね! じゃあまたね〜!)」
よぉし、新しい顧客ゲットだ! あの冷めたクールな感じはリアルな世界観のビデオが好きそうだし、リンに相談しておかなきゃ!
「思ってたより大分有能だね……ね、お兄ちゃん」
「ああ。これなら、次の段階に進んでも良さそうかな」