「この子、キャロット持ってないみたいね。本格的に野良ボンプの可能性が出てきたわ」
ニコと呼ばれていた女の子がボクを抱き上げながら話を続けている。今更ながら、とんでもない恰好とスタイルだ。まるでワンピースに出てくる女性キャラのような巨大な……やめておこう。命の恩人に失礼だ。
「どの型番にも一致しない外見……どこの企業が開発したボンプなんだろう」
「なかなかにイカした目をしてやがる。こいつぁ、きっとスターライトナイトのファンだぜ!」
「ンナンナ?(キャロット? ボンプ?? スターライトナイト???)」
ビリーと呼ばれていた赤い機械の男性と、アンビーと呼ばれていた白髪の無表情キャラの女の子が何やらボクについて語り合っていた。
まったくもって何一つわからない……ここは一体どこなんだ? 無下限呪術を使うために必要な謎の力__呪術だし、呪力でいいか。呪力も全く彼らからは感じ取れない。
「野良ボンプを治安局に連れて行ったら不味いかしら」
「もしかしたら、治安局に捕えられた野良ボンプは見るのも耐えられないような凄惨な拷問と実験を受けたのち、実験によって目覚めたボンプエーテリアスとしての力を復讐のために振るうかもしれない」
「アンビー……それは昨日夜中まで見てた映画の内容だよな?」
「こほん、少なくとも私たちが行くべきところではないわ。私たちはホロウレイダーで、目的地が治安局な以上、出頭するようなものよ」
微かに悩んだのち、ニコは快活な表情である選択をした。
「それもそうね。丁度いいし、プロキシに見てもらいましょ! あの兄妹なら持ち主も特定できるわよね」
どうやらボクは、治安局とやらを迂回してプロキシという兄妹に預けられるらしい。ボクの正体がわかるかもしれない。
△
新エリー都には数多くのボンプが存在する。そも、ボンプとは何か。家庭用お掃除ロボットという人も居るかもしれない。小型戦闘用自立知能という人も居るかもしれない。あるいは、ホロウ災害用に作られた避難誘導知能と呼ぶ人も居るのかもしれない。
だが、それらを一つと決めつけることはできない。本来の住民の避難を誘導する目的から逸脱し、今日のボンプは多種多様な役割を果たしているのである。建築、治安維持、戦闘、サッカー、銀行、雑貨屋、なんでもござれだ。
ただひとつ言えることは、充電スタンドで休まるボンプや、漏電を狙うボンプは可愛いということだ。
あれはなんだ!? うさぎの機械が三匹……? 可愛いけど、今のボクと同じくらいの身長だ……まさか?
なんなんだあのラーメン屋さんは!? 赤い仮面を被った店主が……いや、あれは仮面なわけじゃない! 四腕の機械だ!
メタリックなコーヒー店の店主!? 一体どうなってるんだ!?
__ビデオ屋、Random playにて。
「おはよう! ニコ。今日はどうしたの? あっ、アンビーが借りたビデオの続きは入ってないからね!」
店内に入ると、青髪の少女がボクたちを待ち構えていた。
「おはようリン。今日は少し見てもらいたいボンプが居てね……ほら、この子なんだけど」
「ンナンナ(どうも。最近ボンプという存在になってしまったとわかった凡夫です)」
ボクを見つめるリン。何か目がキラキラしているように見える。
「ん~、私じゃわかんないからお兄ちゃん呼んでくるね! 少し待ってて!」
__お兄ちゃん! お客さんだよ~! ニコがボンプ見てほしいんだって! ゲームに課金してる場合じゃないよ!
__リン。僕は何度も言ってるけどボンプ修理のプロじゃないんだ。
__またまたぁ、何だかんだ治してあげてるじゃん!
__はぁ……良いところだったんだけど、まったく仕方ないな。
2階に繋がる階段にリンが走っていき、そしてやり取りが聞こえてきたあと白髪の男性とリンが下りてきた。
「おはよう、プロキシ。早速なんだけど見てくれるかしら。取引コードだけでもわかればこの子を元の持ち主かボンプ商人に届けることができるんだけど」
「……ニコ。今はビデオ屋の店主兄妹、アキラとリンなんだ。アキラと呼んでほしいな。誰かに聞かれていたらどうするつもりだい? 僕としてはここでツケを返してもらってもいいんだけど」
諦めたようにアキラがため息と共に注意する。
「あはは……ごめんごめん。で、どう? わかりそう?」
「待ってて。H.D.Dシステムで解析してみよう」
「頼んだよ~お兄ちゃん」
「リン、君も手伝うんだ」
「そ、そんなぁ、見てよこの蒼く光るボンプのデザイン! かっこいいし可愛いし、うちの子にしちゃおうよ~! イアスもたまに破損することだってあるんだしさ!」
何やら話が進んでいるような気がする……。
「ンナンナ?(あの、ボクは一体どうなるんでしょうか?)」
「ふむ……言語モジュールの異常かな? これくらいならすぐにでも直せる」
ボクを触り続け、弄り回される。
「ここをこうすれば……よし、ん……? 待て、このボンプ、論理コアがないぞ!」
「え!?」
「なんですって!?」
何か足りていないところがあるらしい。不安になってくるから大げさな反応はやめてほしいところだ。
「ンナ(あの~、ボク、大丈夫なんでしょうか……?)」
「あ、えーと……大丈夫! 安心してね! お兄ちゃん? 論理コアがないってことは、つまり考えて動くための機能が存在してないってことだよね」
「あ、ああ。本来動けるはずもない……一体、どうなってるんだ?」
「……なによ、それ」
ニコの表情が何かを抑えるように無表情になる。
まさか、ボクは何かやらかしてしまっているのだろうか? 助けてくれた恩人にこんな顔をさせてしまうなんて、ふがいない。
「すっごいじゃない!!!! 論理コアなしで動くボンプですってぇ!? これはお金の匂いがプンプンするわ! プロキシ! この子うちで引き取るわ!」
「待ったニコ。どんな危険が起こるかもわからないんだよ? ここは伝説のプロキシたるパエトーンに任せてよ! ぜひ!」
「二人とも落ち着いて。なぜ動いているのかはわからないけど、それは本人に聞けばいい。言語モジュールは直した。これで言葉が通じるはずだ」
「君は、一体何者なんだい?」
リンにアキラにニコがボクを固唾を飲んで見守っている。
「ンナンナナ(ボクにもわかんないです……気付いたら変な空間の中に……そうだ! ニコさん、助けてくれてありがとうございます!)」
ぺこりと何度もニコに感謝を伝える。
「エーテル侵食による記憶回路の破損か……? いや、どこにも侵食は見受けられなかった。そもそも、論理コアが存在していない以上記憶回路も意味がない……ほんとになんで動いてるんだ?」
「気にしなくていいわよ。好きで助けたんだから」
ニコは柔らかな表情でボクの低い視点にしゃがみこんで合わせてくれる。なんて優しい人なんだ!
「……ねぇお兄ちゃん。やっぱりニコっていい人だよね」
「……そうだね」
こしょこしょとリンとアキラが話しているが、内容は聞こえない。
「ねぇ、あなた。あたしと一緒に邪兎屋に来る気はない?」
「ンナ!!!(行きます!!!)」
即答だった。ボクの脳内にこの言葉を否定するための領域は残っていなかった。
「決まりね! じゃ、この子はプロキシに預けるわ。これで借りもそこそこ返したわよね?」
「ンナ!?(ガーン!!! なんでぇ!?)」
驚愕の表情でニコを見上げる。くそ、でかすぎるエベレストのせいで顔が見えない。ランダムプレイの店主兄妹は微妙な顔をしていた。
「……いい人だよね?」
「……そうだね」