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更生応援ブログ

日本財団が支援する、再犯防止・更生の取組みを紹介するブログです。


再犯の防止に向けて~職親プロジェクト誕生までの道のり~ [2014年04月22日(Tue)]
掲載:「罪と罰」第52巻2号
発行:日本刑事政策研究会

再犯の防止に向けて
~職親プロジェクト誕生までの道のり~

「新たな就労支援策」
 少年院出院者や刑務所出所者の再犯問題が年々深刻になっている。1997年以降,再犯者率は上昇傾向にあり,平成25年版犯罪白書によると2012年は過去20年で最悪の45.3%だった。この問題の解決に日本財団は2013年2月28日,関西に拠点を置く企業7社と連携して出院者や出所者の就労を支援する「職親プロジェクト」を立ち上げた。企業が職場を提供し,日本財団が対象者の自立に必要な資金を提供する民間発意による新たな取組。谷垣貞一法務大臣も「法務省としても積極的に協力する」と表明した。その後,支援の輪は急速に広がり,昨年12月4日,関東を中心とする企業9社を加え,全国的な動きへと発展している。これまでの取組を報告する。

「元受刑者が働く居酒屋構想」
 日本財団が再犯問題に取り組み始めたのは2010年5月。きっかけは障害・高齢者の再犯率の異常な高さにあった。行き場のない障害・高齢者にとって食事や寝場所がある刑務所は最後の“セイフティーネット”となっている。福祉につなぐ仕組みができないか。専門家による研究会を設け,ヒアリング調査や現地視察を行い,企業の就労支援も調査する中で笑顔で働く障害者,農作業により元気になった高齢者と出会い,「就労」をテーマとする支援策の検討が始まった。
 この動きの中で,10年以上前から新宿歌舞伎町で悩みを抱えた人の相談を受けてきた「日本駆け込み寺」の玄秀盛代表に元受刑者の就労支援について意見を聞いた。前歴を隠し,社会の目を恐れて暮らすよりも,元受刑者であることを公言し,社会の理解を得て生きる方が社会復帰の近道になる。「居酒屋」であれば偏見や差別の垣根は低いのではないか。「元受刑者が働く居酒屋」。この構想を企画にまとめ,大手居酒屋チェーンや飲料メーカーのCSR部門に提案した。答えはいずれも「ノー」。再犯防止の必要性には理解を示しつつも,「わが社が支援する理由が見当たらない」。さらには元受刑者の支援は「リスクがある」,「問題が起きても対処できない」,「そもそも元受刑者が働く店舗に,お客は怖がって来ないだろう」と口を揃えた。元受刑者が働く居酒屋は難しいのか。

「千房を訪問,そして議論が始まる」
それでも企業訪問を繰り返すうち,大阪のお好み焼きチェーンの「千房」が元受刑者を雇用しているという情報を得た。すぐに千房に連絡,社長の中井政嗣氏と面会することになった。
 初めて大阪の「千房」本社を訪れたのは2012年5月の連休明け。これまでは企業のCSR担当者に説明してきたこともあり,初の企業トップとの面会に緊張感を覚えた。社長室に案内されたとき,中井氏は社長席から迎えた。
 挨拶を終え,すぐに居酒屋構想を説明,中井氏は無言で耳を傾けていた。中井氏はひと通り説明を聞き終えると「時期尚早」と一言。元受刑者だけが働く居酒屋を社会は受け入れないだろうと,千房の経験を交えながら話した。ただ「元受刑者の雇用を続ければ,将来は元受刑者だけが働く店舗ができるかもしれない」という言葉も付け加えた。
 千房は2009年12月から元受刑者を雇用してきた。元受刑者の雇用を幹部会議で提案したときには反対意見もあった。それでも「過去は問わない」,「人生やり直せる」という方針のもと中井氏が決断,「後になってみれば千房が創業時から雇ってきた社員の中には不良少年や元暴走族もいた」と振り返る。元受刑者の雇用が始まってからは,元窃盗犯にレジスターを任せることもあった。「社長から信用されている,という気持ちを持ってもらうことが大切」。それが更生につながるという。問題がなかったわけではない。遅刻を理由に無断欠勤する者,レジスターから現金を抜く者,多額の借金を抱えて途方に暮れる者。苦難は絶えない。それでも「就労支援の輪を広げたい」と熱く語った。
居酒屋構想は受け入れられなかったが,就労支援に対する思いは共感できた。この日から千房の経験と日本財団が取り組んできた研究をもとに半年にわたる提案と議論が始まった。

「協力雇用主制度の限界」
 千房は刑務所で面接を行い,採用内定を決定する。この取組は先駆的であり受刑者に「やり直せる」という夢を与える。しかし,出所後の就労支援に関しては,法務省が元受刑者の就労支援策として実施している「協力雇用主」制度の枠を越えない。
「協力雇用主」制度では企業に元受刑者の雇用を促し,社会復帰を支援する。平成25年版犯罪白書では,平成25年4月1日現在,協力雇用主の登録は個人・法人合わせて1万1,044。年々増加しているが,雇用実態を見ると,雇用者数は879人に止まり,機能しているとは言い難い。背景には,元受刑者のコミュニケーション能力や社会常識の欠如と言った問題がある。「受刑者は刑務官の心象を良くすることばかりを意識して過ごす。その結果,社会で人とつながって生きていく能力が奪われてしまう」と受刑者の心理療法に携わる立命館大学教授の岡本茂樹氏は指摘する。受刑者の意識にも問題がある。「早く仮釈放されたいから懲罰を受けないようにしていた。更生しようという気持ちはなかった」と話す元受刑者もいる。また,ある青年は「仕事が面白い。頑張ります」と笑顔を見せていたが,保護観察期間が終わったその日に突然姿を消した。刑期が満了すれば世話になった職場から姿を消しても刑務所に戻ることはない。更生を見守ってきた雇用主には「裏切られた」思いだけが残る。これでは雇用の促進はおろか,支援から遠のくことも無理はない。就労支援をさらに前進させるためには新たな知恵が必要になる。

「就労支援の3つの課題」
 「千房」本社には毎月のように通い,提案と議論を繰り返し,課題は三つに絞られた。
一つは「私生活における支援体制」。職場では上司や同僚が指導に当たるが,私生活までは目が届きにくい。職場で真面目に働く姿とは対照的に夜になるとネオン街に繰り出す者,ギャンブルや酒に溺れる者。エスカレートすると再び犯罪に走る。中井氏は「ギャンブルが原因でレジスターから現金を抜いた者もいた」と嘆いた。
 二つ目の課題は,「企業が抱える重圧」。中井氏は元受刑者が問題を起こすたびに一人で解決に奔走してきた。社長という立場から不安な顔を社員に見せることはできない。誰にも相談できなかった。就労支援の輪を広げるためには,更生保護の経験のない企業でも参加できるようハードルを下げる必要がある。
 三つ目は出所後,所持金をほとんど持たない「元受刑者を支えるための資金」。千房では元受刑者を受け入れるとき,社員寮として賃貸住宅を借り上げる。家具や生活必需品も必要になる。企業が全てを負担しなければならない現状では就労支援は進まない。
 こうして元受刑者を受け入れる上での課題が整理された。これら課題に対する解決策を提案し,中井氏と合意するまで半年が経っていた。

「更生保護施設との連携」
 再犯防止における就労支援は働く場の提供だけでは不十分。私生活も含めた支援体制が求められる。「私生活における支援体制」は更生保護施設と連携することで前進するのではないか。そんな思いで泉佐野市にある更生保護施設「泉州寮」を訪ねた。
 泉州寮は少年院を出院した少年を一時的に預かる更生保護施設である。全国104カ所ある更生保護施設のなかでは珍しく,敷地内に自動車整備工場が併設,就労経験の乏しい少年に職業訓練を提供している。更生のための指導は専門知識を有する職員が担当し,教育カリキュラムも豊富。地域ボランティアの協力による文化教室なども行われている。
 目が届きにくい生活面を更生保護の専門家が担うことで,職場定着が促進されるだけでなく,社会復帰にも効果が期待できる。従来,更生保護施設は元受刑者の職場探しを優先してきた。「受入企業が決まっている元受刑者を引き受けるのは新たな試み」と泉州寮施設長の溝己貴男氏。更生保護施設と連携することで,新たな支援体制を提供することになる。

「協力できる仲間作り」
 手厚い支援を受けながらも職場から姿を消す元受刑者は多い。突然いなくなった元受刑者に戸惑う企業は少なくない。「事件に巻き込まれたのではないか」。企業の心配を余所に遊び回っていたケースもある。「企業が抱える重圧」は大きい。一人で悩むのではなく,仲間と解決策を探る。孤軍奮闘する協力雇用主に似たケースとして,日本財団が取り組んできたホスピス緩和ケアがある。ホスピス緩和ケアが日本に導入され始めた頃,社会だけでなく病院側の理解もないなかで看護師は一人,患者と向き合ってきた。そこで提案されたのがホスピスナース研修会だった。ここでは緩和ケアに関する情報共有だけでなく,それぞれの看護師が抱える悩みや問題を相談できる場となっていた。誰にも言えなかった,あるいは理解されなかった苦労を吐露することで問題解決の糸口を見出し,互いに励まし合える関係が生まれる。
中井氏の周りには元受刑者の就労支援に理解を示す経営者仲間が複数いる。実際に刑務所も視察している。しかし,就労支援に二の足を踏むのは,社員の不安はもちろん,元受刑者との接し方や問題が起きたときの対処など企業が抱える負担は大き過ぎるからだ。就労支援の仲間が集まれば,全てが解決されるわけではないが,負担感は間違いなく軽減される。協力関係を築くことが就労支援のカギになる。

「環境整備に日本財団が資金提供」
 元受刑者の就労に理解を示す企業の多くは中小,零細企業である。着の身着のままの元受刑者を受け入れる準備資金に加え,いつ逃げ出すかわからない元受刑者を社員として抱えるリスクは大きい。「元受刑者を支えるための資金」は企業経営に重く圧しかかってくる。日本財団は支援金として一人当たり月8万円と通勤定期代を提供することを決定した。
受け入れ対象者は家族のもとに帰すのではなく,更生保護施設もしくは社員寮で暮らすことを条件としている。「出所した途端に昔の悪い仲間に誘われてしまう」という懸念の声を何度も耳にしてきたためだ。
更生保護施設に入所が難しい場合は,賃貸住宅を確保しなければならない。企業の経済的負担は膨らむ。8万円は人件費以外であれば,使途は制限せずに対象者の自立のために活用できる資金となる。

「職親プロジェクト発足」
 こうして「更生保護施設との連携」,「協力体制の構築」,そして「日本財団の資金支援」を内容とするプロジェクトの骨格ができた。2012年12月3日,中井氏の呼び掛けで千房を含む企業5社が「千房」本社に集まった。この就労支援策に理解が得られるのか。不安を抱きつつもプロジェクト概要を説明した。5社ともに「参加を前提に来ている。すぐに始めよう」。不安は杞憂に終わった。その後,2社の参加表明を受け,2013年2月28日,日本財団と企業7社が協定書に調印,プロジェクトが正式に発足した。
プロジェクト名は「職親(しょくしん)プロジェクト」。企業は職場を提供するだけでなく,元受刑者の更生と社会復帰を親のように支えていくという意味が込められている。5年間で100名の社会復帰を支援する目標が掲げられた。その後2社が加わった。何よりも注目が集まったのは,前歴をオープンにすることと,企業も元受刑者の受け入れを公表する点にある。これが話題を呼び,全国の企業から参加の意向が寄せられ,2013年12月4日,東京や北海道,福岡の企業9社と協定を取り交わし全国展開に向け動き出した。新たにプロジェクトに参加した神奈川県のセリエコーポレーション社長の岡本昌宏氏は「これまで多くの元受刑者を受け入れてきたが一人で支援するのは厳しかった」と苦労してきた経験を話し,「このような仲間がほしかった」と語った。「一人をみんなで支える」体制が動き出した。職親プロジェクトでは,推進体制の強化とさらなる広がりを目的に全国組織の創設を目指している。
 元受刑者の受け入れが始まって間もないある日,建築業の「カンサイ建装工業」社長の草刈健太郎氏から電話が入った。少年が行方不明になったという。「本人はやる気満々だったのに,何が問題かわからない」と言葉が重い。対応について話し合った後,草刈氏は「何故いなくなったのか。その原因を突き止めていく」と決意を語った。
 再犯防止は言葉で言うほど簡単ではない。しかし,職親プロジェクトに参加する企業は一人でも多くの元受刑者を更生,社会復帰させられるよう強い責任感と情熱を持って対象者に向き合おうとしている。(日本財団 再犯防止プロジェクトリーダー 福田 英夫)
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