天には星を、人には愛を   作:厳冬蜜柑

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1-5. 夢の来し方、夢の行く末

 アクアが『天才子役』有馬かなという少女との出会いを経て、「芸能界」なるものに、「演技の世界」に半歩ほど踏み出した経験を得た、かの映画――『それが始まり』は、どうやら世間の中で結構な好評を博した、らしい。なんでも、「デミューア」なる映画祭の監督・脚本賞にノミネートされたというのだから、大したものである。

 そしてその躍進の立役者となったのは、ほかでもないアクア――ではなく、アイだった。

 目を惹かれずにはいられない立ち姿、振る舞い、話し方までも、浮世離れしているとしか評価しようのないそのキャラクター性が、伝奇的テイストの『それが始まり』という映画に奇跡的なまでにマッチしたことで、彼女は主人公の女性を差し置いてかの映画の「顔」になった。

 斯くしてそれが起爆剤となり、アイはとうとうブレイクを果たした。元から彼女の知名度や人気というものは燎原の火の如くに広がりを見せていて、あとはいつ爆発するかというタイミングであったわけで、そこに「絶対的な存在感とそれを下支えする演技力」という新たな強みが認知されたことは、そういう意味では最後のきっかけでもあったのだろう。

 あの映画以降の一年間において、アイはそれまで以上に多種多様な仕事に引っ張りだことなった。前々から続いていたファッションモデルの仕事に加え、地上波のドラマにバラエティと、もはやテレビの中で彼女の姿を見ない日の方が少ないほどだ。そしてメディア露出が増えれば増えるほど、彼女の人気は高まっていく。絶対的な美貌と親しみやすいキャラクターに、完全無欠とはほど遠くどこか抜けたところのある、隙だらけにも見える天真爛漫さは人々を惹きつけてやまない。

 必然の帰結として、彼女は瞬く間に芸能界の中心に躍り出た。当然、それには莫大な収入もついてくる。アクアとルビーの二人を、私立の幼稚園に難なく入学させるだけの学費も入学金も、そして寄付金の類ですらも、壱護社長の財布からでなく、星野家の家計からすんなり出せるようになっていた。

 

 そういうわけで、アクアとルビーの二人は幼稚園へと入園する。アイの仕事が多忙を極め始めたことで、こういった昼間の面倒を見てくれる施設というのは必要なものであった、とも言えるだろう。入園初日、兄妹お揃いの通園服を着たアクアとルビーを前にして「可愛い」と目を輝かせたアイの表情は、いつもテレビの中で見るアイの「商業的な笑み」とはまた違う趣を持っているように、アクアには思われた。

 

 

 

 斯くして始まった幼稚園での生活は、アクアにとって思ったより快適だった。

 吾郎の時代から数えても、私立の幼稚園に通うなどという経験は今回が初めてであったが、なるほど精神的な意味で、いや身体的な意味においても圧倒的に未成熟で、かつ「何をしでかすかわからない」未就学児などという爆弾の集まりを監督し、教育していくために必要なものが、よく整えられている。当然に、人材という意味においても。

 監視の目は至るところに行き届いていて、園児に鋏を含めた危ないものに触らせるときは、必ず幼稚園教諭がすぐそばで目を光らせている。喧嘩やいじめに発展しそうないざこざにもすぐに駆けつけて、後腐れないような解決を図っている。

 

 我が母親が高い金を払って入れるだけの意味のある施設だ。率直にそう、アクアは考えていた。一方のルビーの方はと言えば、そんな小難しいことなど何一つ考えることなく、そこかしこの遊具に飛びついては好き放題動き回っている。気ままな園児ライフを堪能している、とも言えた。

 そういうさまを見るにつけ、アクアは思う。「中身入り」でこれなのであれば、やはり恐らく彼女の「中身」というのは相当に幼いのではないか、と。

 最低でも義務教育は終えていないだろう。或いは下手をすれば、小学生ですらあったかもしれない。

 

 ままならぬものだ。無念もあっただろう。だから今、その鬱憤を晴らすかのようにこの生を謳歌しているというのであれば、アクアとしては彼女に何か水を差すようなことをする気にはなれなかった。

 しかし同時に、そんなルビーの姿を見るにつけ、アクアはやはりどうしても、ある一人の少女のことを想起してしまう。

 あの病室の中、抗がん剤の副作用で抜けてしまった髪を隠すニット帽を被って、まともに外を出歩くことすらできずに、真白の世界の中に鎖されていた少女のことを。天童寺さりなのことを、思わずにはいられなかった。

 

 あってはならないものだと、してはいけないことだとわかっていても、今のルビーの姿に、ふとした時に見せる仕草に、アクアはさりなの影を見る。その姿を重ねてしまっている。

 ――どれだけ未練がましいのか。いつぞや同僚のNs(看護師)に言われた「ロリコン」という暴言が、脳裏に去来する。言われたときは馬鹿にしてくれるなと割と憤っていた記憶があるが、これではそれを笑えないだろう。

 

 ああ、本当にままならない。アクアは故にこそ、そんな自己嫌悪のようなものを、頓に抱えるようになってきていた。無論それを表に出すようなことは、万に一つもなかったが。

 

 

 

 そんな日々を半年ほど過ごしたある日のこと、一つの事件が起きた。

 きっかけは、この幼稚園での初めての「参観日」である。そこに向けて、アクアたち年少の園児たちは「おゆうぎ」を披露することになった。

 こういったところは、私立の幼稚園らしい。いつも遊んでいる全員で協力して、一つの成果を挙げる。そしてそれを誰かに見せる。社会的協調性、コミュニケーション能力の獲得を目的とした営みだ。

 アクアとしてはその狙いは理解できるし、和を乱すつもりもない。いつもそこまで活発に身体を動かしているわけでもなかったが、協力することはやぶさかでなかった。

 

 しかしそれに、一人の園児が強硬に反発した。「できない」「やらない」と駄々をこねて、逃げ出した。

 誰か。驚くべきことに、それはアクアの妹のルビーであった。

 

 アクアは呆然とした。致し方ないだろう。何となれば、他の「普通」の園児ですら大人しく言うことを聞いて「おゆうぎ」の練習をすることに難色を示すこともないというのに、よりにもよってルビーが、アクアと同類の存在であるはずの彼女がそんな突拍子もない行動に出たのだ。おかげで一瞬、アクアは現状に対して理解が及ばなかった。

 一方、この話を持ち出した老年の女性教諭のほうは、ある程度こういうこともあると考えていたらしい。この場から逃げ出してどこかへと行ってしまったルビーのことで、アクアに向かって説得を頼んできた。

 

「お兄ちゃん、ルビーちゃんのこと、お願いできる?」

 

 こちらに向かってしゃがみこんで、目線を合わせて話しかける彼女に、我に返ったアクアは頷く。そのまますぐに、駆け出して行った彼女の後を追った。

 

 

 

 ルビーの姿は、幼稚園の建物の裏手、裏庭の林の中にあった。

 木々の中を二、三歩ほど進んだ先、木立の中に隠れるように、彼女は蹲っていた。

 

「ルビー」

 

 声をかけながら、アクアは近寄る。

 あれから幾分か冷静さを取り戻したアクアには、今のルビーの振る舞いが尋常でないことはすぐに理解できた。

 

 記憶という絶対的なアドバンテージと、それを下支えする発達段階を無視したような冷静な思考回路があってなお、突発的に発生する情動によって、アクアの情緒はそのかなりの部分が肉体に引っ張られている。今までの赤子としての、そして幼児としての経験から、これは間違いのないことだった。所詮アクアとて人間、肉体的機能の限界はそう易々とは超えられないということだ。

 翻ってルビーを見る。おそらく彼女にしても、アクアと同じ事象は起こっている。つまり、嫌なことに対する逃避反応は年相応に強く出るということだ。それが嫌な記憶であればあるほど、である。

 ならば、今こうして反射的にあの場から逃げ出してしまったルビーにとって、「身体を動かすこと」というのはそこまでの拒絶反応を呈すべき何かなのだ。それは、容易に想像のつくことだった。

 

 同時に、そのことが何を意味するのかさえも。

 

 また、あの鈍色の世界の影が、あの少女の姿が、脳裏にちらつく。追い出すように首を振って、アクアはルビーのすぐ近くにしゃがみこんだ。

 

「嫌なんだな、身体動かすの」

 

 言葉をかける。無言で、ルビーがこくりと頷いた。組んだ腕の中に頭を抱え込んでいて、彼女の表情は窺い知ることもできない。

 そっか、と呟く。理由を、訊く気にはならなかった。

 

 説得こそ頼まれているが、今の彼女に一般論を語っても、きっと意味はない。彼女に届く言葉を探して、アクアは暫し黙り込む。

 しかしそこに生まれた静寂は、ルビーの方から破られた。

 

「無理だよ、ダンスとか。したことない」

 

 ぽつりと、ルビーが零す。その声色は沈んで、震えていた。

 恐怖すらも内包しているようで、だからそれを聞くアクアの心中で、推測が明白な形を帯びてゆく。

 

「運動とか、できる気しない」

 

 故にだろう。彼女の言葉の裏にある声なき声を、アクアは確かに聞いた気がした。

 ――そもそも、まともに身体、動かせたことないし。

 

 理性を、思考すらも追い越して、身体が動いた。

 

 

 

「お、お兄ちゃん……?」

 

 困惑したような声が、肩越しに聞こえてくる。

 気づけばアクアは、ルビーのことを自らの腕の中に抱きしめていた。

 

 

 

「大丈夫だ。大丈夫だから」

 

 彼女に言い聞かせているようで、しかしその実、それは自らに向けてのものだったのかもしれない。口にしながらも、アクアは思う。

 けれども、それでもこれは伝えるべきことなのだと、アクアは強く信じていた。

 

「今のお前は、ルビーだ。『前』が誰だったかなんて、関係ない」

 

 息を呑む音が聞こえた。おにいちゃん、と呟く小さな声も。

 

「動くんだよ、身体は。動くんだ。『ルビー』なんだから。諦める必要なんて、ないだろ。できないことなんて、ないだろ」

 

 そうだ。諦めてなんていられないだろう。

 せっかく、『前』とは違う誰かに、なれたというのに。

 

「新しい人生なのに、長い人生なのに、それはあんまりだろ。……哀し、すぎるだろう」

 

 声が震える。らしくないと、アクアの冷静な部分が囁く。そもそもこれが自身の思い込みでしかないのなら、とんだ恥晒しになるだろうに、と。

 しかし、それを理解していてもなお、アクアは自分を止められなかった。間違っているとは、思えなかった。

 

 腕の中、もぞもぞとした動きが伝わる。ほどなく、おずおずとした挙措で、腕が、ルビーの腕が、背中に回された。

 きゅっと籠められた力に、その暖かさに、アクアは歯を食いしばる。

 

 どこの誰かもわからない。しかしそれでも関係ない。ルビーは妹だ、僕の妹だ。同じ母から生まれて、血を分けた妹なのだから。

 

 

 

「――そうか、なら」

 

 果たしてそう考えたとき、アクアには進むべき道が見えた気がした。

 思い立って出てきた言葉に、ルビーが疑問の声を上げる。

 

「お兄ちゃん?」

()()()()

 

 ルビーの身体を放した。肩を掴んで、視線を合わせる。惑うような瞳を見据えて、アクアは言い切った。

 

「アイに、教えてもらおう。推しだろう、お前の」

 

 未だ言葉を呑み込めていない様子のルビーだったが、しかしそこでようやく、彼女はアクアの言わんとすることを理解したらしい。

 

「ダンスを? ママに?」

「そうだ。『推し』に手取り足取り教えてもらえるんだ、まさか嫌とは言わないよな?」

 

 少しの茶目っ気を籠めて尋ねたアクアの言葉を、ルビーが咀嚼する。

 数秒の静寂の後に、俄かに彼女の表情が和らいだ。

 

「そっか。そうだね」

 

 目を逸らし、自らに言い聞かせるようにそう呟く。そして今一度アクアに視線を戻して、彼女は破顔した。

 

「もちろんだよ、お兄ちゃん!」

「よし、なら決まりだな」

 

 立ち上がる。ルビーに向けて差し出した手は、すんなりと握られた。

 その身体を引っ張り上げて、同じく立ち上がった彼女を引き連れて、二人で遊戯室へと戻る。懐いていた憂いは、やるせない思いも、いつの間にか霧散していた。

 

 

 

 その日の夜のこと、アクアは仕事から帰ってきたアイに、幼稚園であったやりとりを含めて、ルビーのことを頼み込んだ。どうか彼女に、ダンスを教えてやってほしいと。

 果たしてアイは、その頼みを快諾する。そこから数日と経たないうちに、彼女はルビーをレッスン場へと誘った。そこでルビーに対してもいろいろとアドバイスをしたらしい。自身もライブでB小町の初期の曲をやるから振りを入れ直す必要があると、一緒にB小町の曲を踊ったりもしたそうだ。

 アイの熱狂的ファンであるルビーのことだ。身体の動かし方さえしっかり把握できていれば、きっと振りを再現することなど造作もなかったのだろう。レッスン場から帰ってきて、アイが満面の笑みで口にした「ルビーは天才だよ」というその台詞は、身贔屓によるものでは間違いなくなかった。

 そしてそんな彼女の後ろで、満足げな、輝く笑顔を浮かべているルビーの姿を見て、アクアは自分の判断が間違いではなかったのだと、そのことを確信していた。嬉しく、そして誇らしく、思っていた。

 

 ――ママ、私アイドルになりたい! ママみたいに!

 

 上擦ったようなその声は、裡に確かな希望を、そして夢を宿している。

 喜ばしいことだと思った。ルビーがこの新しい人生の中で、眩いばかりの明日への展望を持てたことが。

 

 しかし、それでも。

 その声を聞いた時、アクアの脳裏にはどうしても、追い出していたはずの天童寺さりなの幻影が浮かんで、そして消えてはくれなかった。

 

 

 

 その後、トントン拍子でダンスのスキルを向上させたルビーは、幼稚園のお遊戯の会でも見事なダンスを披露した。生憎とそこで彼女の雄姿を見たのはミヤコ夫人であったが、彼女が撮っていたビデオカメラの映像を見て、アイが誇らしげな顔をしていたことを、アクアは憶えている。

 

 

 

 そしてそこから、さらに半年弱ほどの月日が経った。B小町は、ひいてはアイは今や人気絶頂の中にあり、彼女の主演したドラマも大ヒットを記録していた。

 もはや今のアイは、押しも押されもせぬ大物芸能人の一角と言っていいであろう。得ている収入も当然ながら莫大で、果たして星野一家は壱護社長の勧めもあって、都内の一等地にある高層マンションにその居を移した。当然にコンシェルジュ完備の、オートロック設備付きのマンションだ。

 このマンションを選ぶときには、アクアも少しその意思決定に関与した。壱護社長が引っ越し先の物件の候補を提示してきた中で、アクアはルビーと示し合わせるようにして、最もセキュリティがしっかりしているマンションに引っ越すようにしたいとアイに求めた。

 アクアがアイの意思決定に明示的に介入できる貴重なタイミングなのだ。それもともすれば、彼女の命に関わるかもしれないような。その機を逃すわけにはいかなかった。

 果たしてアイはアクアとルビーの願いを聞き入れる形で、その物件への転居を決めた。

 

 アクアとしては、それによってようやく人心地ついた気分であった。ここまで厳重な治安対策がとられたマンションであれば、アイの身の安全という意味ではかなり安心できる。

 アクアとして生まれ落ちて四年、自分が彼女の助けになれたことなどほとんどありはしなかったが、それでもこうして今まで無事にやってこれたことに、そしてアイの栄達の過程を間近で見れたことにも、アクアは感謝したい思いだった。誰に対して、何に対してというわけでもなかったが。

 

 そしてアイの方はと言えば、これまで積み上げてきたキャリアの、登り詰めたスターダムのある種集大成として、今より一週間後にライブを控える身であった。

 どこでか。()()()()()でである。

 

 

 

 

 

 新居祝いと、一週間後の東京ドームライブの前祝にとアイたちの新居へやってきた壱護社長とミヤコ夫人が、高い酒をバカスカと空けながら言う。

 自分たちがプロデュースしたアイドルに東京ドームでライブをさせることは、自分たちの夢であったと。

 選ばれた者達しか辿り着けない、お金だけでは手に入れられないその場所に、ようやく手が届いたのだと。

 

 アクアには、そこに至るまでの苦労というのはよくわからない。アイの駆け上がってきたスター街道は、振り返ってみればあまりにストレートで、そこの裏にどんな困難が隠れていたかなど、慮ることすらもできはしない。

 それでも今まさに、壱護社長は夢を語っていた。ここからさらに未来へと進んでゆくアイの、そしてB小町の展望に、底抜けの希望を持っていた。

 

 アイが、その景気の良い大言壮語を聞いて笑っている。腕に抱えられたルビーも、同じように笑っている。

 にこやかに和やかに、続いてゆく明日に対して、この場所にいる誰もが、曇りなき期待を抱いていた。

 

 

 

 しかし――その中でアクアは、アクアだけは自らの裡に、俄かに言いようのない不安が頭をもたげ始めていた。

 すべてが順調で、何もかもがうまくいっている。安全性の高いマンションに居を移して、セキュリティという面でも抜かりないはずだ。最低でも今までよりは。

 ならば心配することなどない。そのはずなのだ。いや、最低限の警戒は不可欠だが、それでも今自分たちの目の前で笑っている壱護社長たちのように、未来に向かって希望を語れるはずなのだ。

 

 それでも、アクアは思い出す。吾郎としての最後の記憶を。

 妊娠四十週、妊婦として担当したアイの出産は、プロジェクトとしての最後の仕上げだった。そこまで細心の注意を払ってことを運んで、何もかもがうまくいって、普通なら十六歳の少女であれば帝王切開(カイザー)で当たらねばならない双子の出産を、自然分娩で産ませてやることさえできた。

 しかしその最後に、あの事件が起こった。あの時は、吾郎がある種身代わりとなった故にアイに関しては事なきを得たが、タイミングとしては、()()()()()()()()

 

 気のせいでしかないのだろうか? 思い込みが過ぎるだろうか? 自問するも、どうしてもそのイメージが拭えない。

 「好事魔多し」と、古来より言われるけれども、そんな紋切り型の言葉では言い表しようのない焦燥が、今のアクアの胸中を支配していた。

 

「お? なんだアクア、しみったれた顔して。ご機嫌斜めか?」

 

 それを見かねたか、隣に座る壱護社長がアクアの肩を抱く。もうだいぶ出来上がっているのか、彼からは酒臭さが漂っていた。

 

「そうやってあなたが絡むからでしょう。……ほらアクアくん、こっちにいらっしゃい」

 

 ミヤコ夫人が窘めるように口にして、そのまま己の膝を叩いて見せた。アイがルビーにそうしているように、ミヤコ夫人もアクアを己の膝の上に載せようとしているらしい。

 そういう意味では、彼女もまた酒にか、或いはこの雰囲気に呑まれているのかもしれない。アクアは苦笑して、しかし彼女の言葉の通り、ミヤコ夫人の膝の上にお邪魔することにした。

 

 身体を後ろ抱きに抱かれ、腕が腹へと回される。背中に、そして腹に感じる温もりに身を委ねて、アクアは目を瞑った。

 

 不安は消えない。それでも、命ある限り明日は必ずやってくる。一週間後も。

 ならば今度は、今度こそは、必ず傍にいよう。アイの傍にいよう。みんなの夢が叶うまで。それが、自分がこうして生まれてきた意味の一端であると、信じているから。

 

 ミヤコ夫人の腕に抱かれながら、アクアはそれを、深く心に定めた。

 

 

 

 『運命の日』は、一週間後に迫っていた。

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