今日も今日とてバイトの時間がやってきた。ビデオ屋の正面から入ろうかと思ったのだが、どうも店の前に人だかりができていて入れない。
「え、何この騒ぎ。今日何かやってたっけ……?」
特にイベントを開催とかはうちのビデオ屋ではやっていない。何か有名なビデオの入荷日かとも思ったが、別にそういう話もなかったはずだ。心当たりを探す俺の耳に群衆の話が聞こえてきた。
「ねえ、今ここにあのアストラさんがいるって噂本当なの!?」
「わかんない、けどみんなそれを聞きつけて集まってるんだから可能性大でしょ!」
「うーん、窓からじゃ店内が良く見えないなー……」
「うぬぅ! 一目、一目だけでもおぉ……グボァッ!」
最後のやつ人波に親指立てながら沈んでいったけど大丈夫か? とにかく情報を纏めると、なんと今『Random Play』にあの歌姫、アストラ・ヤオさんが来ているとのこと! 世界的スターを一目見るなら今がチャンス! ……という訳らしい。
「……いやいや、まさかあのアストラさんがこんな所に、ましてビデオ屋に用があって来てるだなんてそんなわけ――」
めっっっっっちゃありそう。
そりゃあ普通のビデオ屋だったらアストラさんとの接点などあるはずがない。しかしあの兄妹ならそれが可能である。そう、パエトーンならね。どうせあのアキラとかいう無自覚激モテ主人公が誑かしてるんでしょ、知ってる。
どうりで前々から店内にアストラさんのサイン色紙とか、直筆サイン入りライブビデオとかが豊富に揃ってるわけだよ。本人来ちゃってるんだからやりたい放題じゃん。そんなんズルじゃん。
「って、このまま人だかり見てたらバイトの時間遅れちゃうな。……正面からは無理だし裏口から入るか」
まあ、この様子じゃ仕事にならなそうだけど。俺はバイトを無断でブッチするような非常識人ではないからね。
裏口に着くと、知らない金髪の女性が扉の近くにもたれかかっていた。誰だろう?
「……む、誰だ?」
「あ、ども。……えーと、もしかしてアストラさんの護衛の方、とかですか?」
「……よくわかったな。私はイヴリン、アストラお嬢様の護衛だ。君はこの店の関係者か?」
「あ、はい。こないだからバイトさせてもらってます、サクです」
「そうか、お嬢様が迷惑をかけたな」
どうして護衛かわかったかって? だってイヴリンさんめっちゃバリキャリウーマンのオーラが溢れてるもの。とても礼儀正しい人でひとまず安心した。常識人は貴重だからね、ほんとに。
あと、この時点で店にアストラさんが来ている事が確定したと言えるだろう。でなきゃ護衛がいるはずないものね。
「それで、なんでアストラさんが突然うちの店に?」
「そうだな……あまり多くは言えないが、アキラとリンには私共々世話になっているんだ。お嬢様が特に二人を気に入っていてな、会わない期間が長くなると癇癪を起こしてしまうんだ……」
「癇癪って……あの兄妹、そんなに気に入られてるんですか」
「ああ、あの二人はどうも人が良すぎる。お人よしという点ではお嬢様も大概だが……」
確かにプロキシと言えば、自分の能力を悪いことに使う奴が本当に多い。善良な行いをするプロキシは本当に少数派なのが実情だ。そんな中でアキラとリンはどうだろうか。あの極度のお人よしと卓越した能力でやってきたのはほぼ全て人助け、悪い話などインターノットに一つも浮かんでこないという聖人君子ぶり。ある種では異質な存在とも言えるだろう。
「ただ、それに付き合う方もちょっと大変ですけどね」
「ああ、そうだな。……全く、お嬢様には私がついていなかったら今頃どうなっていたことか」
彼女の返事を聞いて俺は察した。この人も苦労人だと。けれど、フッとかっこいい笑みを浮かべるイヴリンさんは、どこか楽しそうに見える。今の仕事に就いたこと、後悔はしていないのだろうな。なんだか、いい関係だな。
なんてことを思っていたら、イヴリンさんの表情がなんだか険しくなってきた。スケジュール帳のような本をチラッと見たけど、何かを思い出したのだろうか。
「全く、今日はステージの打ち合わせがあるというのにまた勝手に抜け出して……」
「え、抜け出した?」
「ああ、すまない。いつもの事なのだが、お嬢様は時々仕事を抜け出して遊びに出かける事があるんだ。……最も私の目は誤魔化せない。ほかの護衛はさておき、私は出し抜かれたことが無いから安心してくれ」
安心とは一体。そんでアストラさんいつも抜け出しちゃうって言った? あんな有名人、絶対過密スケジュールなはずなのに抜け出しちゃうとかヤバいのでは? スタッフ大目玉じゃないのそれ?
「それにお嬢様め、サインを書くなら必ず私を通してからにしろと言っているのに……あまりこの店ばかり贔屓したら関係を怪しまれてしまうだろうが……。この間だって……」
さっきまでの楽しそうな笑みと俺の感動は何処へやら。アストラさんへの愚痴が次から次へと出るわ出るわ。これまで知り合ってきた中ではライカンさんが一番の苦労人かなーと思っていたけど、イヴリンさんも大概かもしれない。頼むから苦労度合で張り合わないでくれ。見ていて辛いから本当。
「……本当にお疲れ様です」
「お嬢様の気まぐれにはもう慣れているさ。だが、ありがとう」
少し疲れたような笑いで返すイヴリンさんと、少しだけ心が通じたような気がした。常識人同士、お互い頑張りましょうね。
「さて、そろそろ潮時だ。お嬢様を回収しに突入させてもらう」
「回収」
「もう時間も、ついでに私の我慢も限界がきているからな。糸で連れ戻してやるとしよう」
「え、なんですかその熱そうな糸。イヴリンさん、笑顔が怖いんですけど」
「なあに、すぐに済むさ」
「いやあの、済むって始末する的な意味じゃないですよね?」
「心配するな。お嬢様を傷つけるようなヘマはしないさ。……サクといったか、私の話に付き合わせて悪かったな。では失礼する」
そう言い残して突入してからわずか数秒。簀巻きにされた歌姫を担いで去っていく彼女を見て、ちょっと俺の中の常識人枠からイヴリンさんの名前が外れかけた。世の中には、怒らせちゃいけない人がいるんだなあと思いました、まる。