「皆様、どうか従業員の失言をお許しください。ヴィクトリア家政の執行責任者、フォン・ライカンが代わってお詫び申し上げます」
真摯に謝罪を申し入れるシリオンの大男―――ボスを見て向こうの連中も一旦引いたみたい。
お互い警戒しっぱなしでちょっとメンドウに感じてたけど、カリンちゃんのお陰で余計な仕事が増えずに済んだ。
前にホロウで迷子になっちゃったって聞いた時は心配してたけど、まさか助けてくれたって連中とこんなとこで再会するなんてね。………それも、ビルのオーナーから雇われてるウチらが知らない人間達。
ってことはまぁ、完全に部外者。
カリンちゃんは気づいてなかったみたいだけど。
「カリンちゃんさ、そんなんわかりきってんじゃん」
「ふぇ?」
「ふふっ。つまり――「お客様がた」は、「調査員ではない」…ということですわ」
「………ふぇえぇぇっ!!?」
アタシとリナの補足に本当にビックリしたような声を上げるカリンちゃん。
この感じだとボスもリナも、”助けられた”って話を聞いた時点で怪しいって勘付いてたかな。
そこら辺は流石。
.....向こうも色々気づいたみたい。
特にあのボンプ、さっきからしきりにアタシらの顔を観察してる。まるで人みたいに。
てか私の聞き間違えじゃなきゃ、フツーに喋ってなかった?
「…そのように警戒なさらずとも、ヴィクトリア家政が責を負うのは雇い主様のことに関してのみです。ホロウでご活躍されている”非公式”の方々に、非礼をはたらくつもりは毛頭ございません」
ボスの言う通り。
今回は心霊調査の仕事なだけで”お掃除”が目的なワケじゃない。
「ましてや、あなた方はカリンのご恩人―――胸の内を明かしてくださるのなら、この場を訪ねてくださった”お客様”として、私共も可能な限りご助力致します」
「……」
ボスがそう語りかけると周りにいる連中は一斉にボンプへ視線を向けた。
悩むようなそぶりを見せるそのボンプに、アタシはどことなく既視感を覚えた。
実際に見た事があるんじゃない。
でも誰かから、そんな話を聞いた気がした。
ホロウ内で行動するエージェント(邪兎屋、だっけ)と一緒にいて、
やけに人間臭い動きをする、
『.....そこまで言われてしまったら、白状するほかないな』
「――!」
人語を話すボンプ―――――。
『実は僕、”プロキシ”なんだ』
電子伝いにアタシの耳に届いた声は、若い男のものだった。
間違いなく、目の前のボンプが―――――否、ボンプを
同時にアタシはこの聞き覚えのある光景を誰から聞いたのか、運よく思い出せた。
「(兄貴だ)」
半年程前、アタシらの
ボスから「今日は雇い主様へのご奉仕というよりも、我らが盟友へのお力添え、でしょうか」ってブリーフィングで言われた時は今わからなかった。
アタシにはなんの連絡もなかったし。
………別にどうでもいいケド。
依頼ではなく相談、というか聞き込みって具合でやって来た兄貴の話を聞いてみると、どうやら誰かを探しているみたいだった。
ソイツの名前は結構独特だったからちょっと覚えてる、というか普通に聞いたことがあった。
確か―――――
『知っていてくれると嬉しいんだけど....”パエトーン”って名目でプロキシをしてるんだ』
「マジ...?」
「まぁ.......」
「なんと.......」
”パエトーン”
兄貴は知らないだろうと思ってたらしいけど、流石にそういうのに疎い自覚のあるアタシでも知っている。
ホロウでの常識である内外通信の無効化を唯一無二の特殊な手段で可能とし、数々の高難易度依頼を完璧にこなした”伝説のプロキシ”。
しかも、ただでさえ早々お目にかかれなったのにここ最近パッタリと動向が途絶えたので一部じゃ死亡説まで出ていた。
兄貴はもちろん、ソッチ方面の界隈に詳しいボスですら探しきれなかったそんな存在が、今目の前にいる。
『その、実は最近色々あって元々のアカウントを失くしてしまったんだ。だから申し訳ないけどはっきりと証明できるものは――――――』
「.......ご心配なさらず。私共は寸分も疑っておりません」
『え?そ、そうなのかい?』
「そりゃそうでしょ。こうしてボンプを介してアタシらと話してる時点で、信じるしかないよ」
ボンプを通信機として仲介させてこっちと繋がってるこの現状こそ、コイツが”パエトーン”だって証拠でしょ。
『そ、そっか。ありがとう信じてくれて......それで矢継ぎ早なんだけど僕達は―――――――』
そのままパエt―――じゃなくて、プロキシ(そう呼んで欲しいらしい)はここに来た経緯を話し出した。
どうやら音信不通のままいなくなったという友人を探しに来たらしい。
わざわざこんなトコに?って思ったけど、手がかりを集めた結果このバレエツインズに辿り着いたってさ。
「なるほど......ここへは失踪されたご友人を探しにいらしたのですね」
『ああ。ライカンさん、仕事中、それらしい人を見かけなかったかい?』
そう言われても、アタシらはエーテリアス以外ならアンタらしか見てないし.....そもそもデータが古いせいで探索すらまともに出来てないんだよね.....。
ボスからその事を伝えるとプロキシはその小さな腕を組んで考え込み始めた。
.....ボンプがそうしてるとちょっとカワイイかも。
そんなことを考えているとまた知らない声がボンプを通して伝えられる。
今度は若い女の人だ。
『もしもしお兄ちゃん!割り込んじゃってごめんね、ニコがちょっと面倒なことになってて!」
焦った感じのプロキシの、妹?曰く、邪兎屋のメンツはこれから別行動しなきゃいけないらしい。なんかの裁判するために飛行船乗るんだってさ、大変だね色々。
でも、アタシらからしたらチャンスかもしれない。
きっとボスも同じこと考えてるだろーなって目を向けてみると、案の定口を開いた。
「申し訳ございません、聞き耳を立てておりました。不躾ながら提案をお許し頂きたいのですが――――――プロキシ様、私共と行動をともにされてはいかがでしょう」
『!』
「あなた様は人探しをしており、我々はホロウのデータが古いために難儀しております。ここは、互いに力を合わせましょう」
.....きっと断るメリットは向こうにないハズ。
いくら伝説とはいえ
『.....ああ、こちらとしても異論はないかな。それでは、お言葉に甘えよう」
ほらね。
やっとあちこち駆けまわる必要はなくなりそう。
そのままプロキシはボンプの点検をしたいらしく、邪兎屋連中の見送りのためにもアタシらは一旦ホロウから出ることになった。
外へ出るなり速攻でいなくなった邪兎屋を見送った後は点検しに直接来るというプロキシを待つべく、行きで集まっていた対岸の地下広場で休憩をとることにした。
今はリナとカリンちゃんがプロキシのボンプ、イアス(さっき聞いた)をマッサージしている。
遠めに見ても超くつろいでるイアスを横目に、スマホを片手に顎をさするボスに話しかけた。
「どしたのボス、さっきからヘンな顔して」
「エレン.....」
そう、ひと段落したので一眠りしようかとベンチに向かう途中、しきりにどこかへ電話を掛けるボスが見えたのだ。その顔がさっきみたいな仕事中の表情だったので気になりすぎてこうして聞きに来てしまった。
「.....ホロウ脱出後、端末機能が復活したと同時に私へ同時刻に4件の着信があったことを確認しました、”彼”からです」
ボスの口調からアタシはすぐ見当がついた。
「兄貴から?なんで?」
「あいにく心当たりがありません。しかし、緊急のご連絡かと思い、何度か折り返しさせて頂いたのですが.....」
「繋がんないワケね.....」
「ええ。表示を見る限り今度は彼がホロウ内にいるようでして」
ボスの見せてくれた画面では確かに、エーテル濃度の妨害を受けて電波受信ができないと説明されている。新エリー都はホロウ災害と隣り合わせで成り立っているためスマホなどの通信機器には原則相手の通信状況を分析して伝えてくれる機能があるが、とはいえ位置情報までわかるわけではない(それ用のアプリを入れれば話は別だが)。
つまり、兄貴が今どこのホロウにいるのかまではわからない。
「まっ、今はどうしようもないか」
「ええ。彼の身に危険が、とは少々考え難いですが.....もしかすれば何か予定外のことが発生した可能性もあります。我々も少々気にかけておきましょう」
ボスの言葉に頷くと同時にアタシはふと思い出したことを口にする。
「それとボス、兄貴といえばなんだけど.....」
「ご安心を。私共が考えていることは恐らく同じでしょう。あなたにとってはお兄様の、私にとっては友人の願いでもあるのですから。プロキシ様と彼の間に”ご縁”を結びたいのですね?」
流石はボスだ。アタシの考えをしっかり読み取ってくれる。
「うんそう。なんでかは教えてくれなかったけど、あれだけ探し回ってたからね。こんなラッキー、見逃せないでしょ」
「同意見です。ですが、そのためにはまず我々がプロキシ様と友好的な関係を築く必要があります。紹介人である我々への信頼がなければ、彼と協力する以前の問題になりかねませんから。無論、どなたであろうとヴィクトリア家政は全身全霊を掛けご奉仕いたしますが」
「わかってる、今日はマジメにやるつもり」
今日はそこまで派手に動いてもないからエネルギーにも余裕があるし。
長丁場の覚悟もできてる。
「普段からその勤務態度であれば、なお良いのですが.......まぁ、いいでしょう。まもなくプロキシ様がご到着されますので、私が上階でお出迎えいたします。エレン、あなたは休息を取り、万全を期してください」
「りょーかい」
返事に頷きを返して階段の方へと向かうボスを見送った後、アタシはベンチに座って暇つぶしにスマホをいじることにした。さっき充電し始めたばかりなのでコードが少々ウザったいが、仕方ない。念の為、兄貴に連絡してみたが、返ってくるのは電波障害を伝える音声アナウンスのみ。
「(なんもなきゃいいんだけど)」
それからインターノットのくだらない投稿を眺めること数十分、プロキシ本人がやって来た、のだが………。
「改めて、初めまして。僕が"パエt―――ってキミは…」
「……ウソでしょ……」
ご丁寧に1人ずつ挨拶回っていたプロキシは最後にアタシの方へ来たらしく、スマホに飽きて水平線を眺めてたら話しかけられた。
どんなネクラが来るかな、なんて考えながら振り向いたらそこには………決してハジメマシテじゃない顔が。
「………あー、その、まさかヴィクトリア家政のメイドさんだったとは……」
「……アタシだって、まさかアンタが………ハァ、こんなことある、フツー.....」
「あはは……世の中は狭いものだね。えっと、この前は
「今言うことじゃないでしょ………」
頬をかきながら苦笑いするその顔を改めてよく見てみる。
雑に流された濃い灰色の頭髪間から覗く青緑の瞳。
穏やかだけど、どこか軽そうな声。
顔はまぁイケてるものの、男らしさは感じられない軟弱そうな身体。
間違いなく、六分街にあるあのレンタルビデオ屋にいた店長の片割れ、シスコン兄の方だ。
しかもコッチのことを覚えてる。これじゃ誤魔化しようがないじゃん。
そう何回も行った覚えないんだケド。
あんまり普段と仕事の両方知られたらよくないんだけど.....でも
「ハァ……よくわかったね、アタシだって」
「ホロウの中は暗くてあんまり顔が見えなかったのだけど、ここでは流石にね。前に店や『GOD FINGR』でも話した。あとは、その.....気分を悪くしたら申し訳ないんだけども、サメのシリオンの人が知り合いにいなくてね……」
なるほどね。
まぁ、この尻尾見たらそうなるか。目立つし、デコってるし。
「気にしなくていいよ。そっか…アタシは全然。というか、プロキシってもっとネクラなのばっかだと思ってた」
「他の人がどうかはあんまりわからないのだけど……想像と違ったかい?」
「ちょっとね。でもまぁ、割とイケてるから気にしないでいいよ。これ褒め言葉ね」
「それならよかった。えっと、エレンさん、でいいのかな?」
「合ってるけど”さん”付けヤメて。アンタの方が年上でしょ、多分」
制服姿を見られてるから気づいてはいるはず。
まぁ、でも挨拶は一応しなきゃね。またボスやリナに小言言われたかないし。
「あたし、エレン。あなた様にご奉仕できて高名でーす。……光栄だったっけ?忘れちゃった。だいたいそんな感じ」
「あはは....こちらこそ光栄だ、エレン。」
そう言って微笑む顔は中々サマになっている。
メンズモデルみたいなのにいそうだ。ルビーとかが好きそうな。
「それと、安心してくれていいよ。僕も同じく、公には言い得ないことをしているからね。さっきライカンさん―――キミの上司とも話したけれど、素性に関しては一切口外しない」
「....ふーん?話が早いじゃん」
「協力関係となった以上、こういった”マナー”は当然留意するべきだからね。それに、キミ達のような超一流エージェントと関係を結べることは、僕達プロキシにとってはとても幸運なことなんだ」
.....なんか、見た目だけじゃなくて中身まで思ってたのと違う。
伝説だなんて持て囃されてるから、いつぞやの社長さんみたくふんぞり返ってるのかと。
ボスからもなんか言ったんだろーけど、案外絡みやすい
「そ。まぁこっちも余計な仕事増やされなくて済むし、助かるよパエトーン」
「ああ」
その後ボスから招集がかけられプロキシが帰るまで、アタシらはくだらない世間話をした。
兄貴は昔から映画とか演劇が好きで、観始めると終わるまでじっと見入ってしまうものだから、アタシもその内一緒に観るようになった。主に睡眠導入剤としてだけど。
そんなアタシでも退屈しない程度には、プロキシは甲斐甲斐しくビデオについて説明してきた。
やれ最近は自然ドキュメント系が熱いだの、やれ本当の穴場はC級映画だの、イロイロと。
途中からナニ言ってんのか意味わかんなかったけど、それだけ映画へ向ける熱はホンモノだということだろう。
取り合えず、案外兄貴とも気が合うかもしれないとわかったのは収穫だ。
兄貴は基本ダウンロードして観るから、コイツのトコに行ったことはないはずだ。今度の休みにでも連れて行ってみよう。
「エレン、そろそろ行きますわよ」
「ん」
どうやらやっとプランが決まったらしい。
入口の方でさっきまで話し合っていたボスと、またもやボンプとなったプロキシの姿が手を振るのが見える。
「(.....なんかアイツがそうしてるって思うと.....あざとい)」
そんなくだらないことを考えながら、アタシらは再びバレエツインズの中へ入っていった。
◇◇◇
あれから小一時間程探索したけど、”伝説のプロキシ”という異名は伊達じゃなかったらしい。
短縮・迂回含めたルート作成の速さ、(限定的らしいが)十分な索敵、ボスと同等の各種演算レベル。さっきとは全くと言っていいほどダンチで動きやすくなってる。照明不良やら心霊現象やらのさっきはなかったトラブルが起きているにも関わらず、だ。
正直に言って、あのモヤシ男による所業とは思えない程の衝撃を感じてる。
しかも、そういう流れだったとはいえ、本当の目的を共有できたことはかなり大きい。
これで余計な気を遣わずに済む。
......いやまぁ、アタシが口を滑らしたのが発端なんだケドさ。
今はプロキシの依頼通り隣のB棟の屋上に向かってはいるけど、これならホントに楽勝かもしれない――――なんて軽い開放感すら感じてた。
そんなことを考えてたから、バチが当たったのかも。
「この奥にある階段を昇り切れば防火シャッターは目の前でございます!」
『わかった!』
アタシらは今、ビル内を猛ダッシュして上階にあるアトリウムの方へ向かってる。
ボス曰く、B棟繋がるアトリウムの入り口には停電すると自動で閉まる防火シャッターがあるらしい。で、ちょっと前から照明がバカみたいにチカチカしてるから、最悪停電するかもってことで急いでるワケ。
別に閉まっててもブッ壊せばいいじゃんって思ったけど、”ご主人様”の所有物を傷つけられないし、ホロウのせいでどんな構造変化が起きんのかわからないからダメだって。ほんとメンドい。
「! 正面に敵影3、このまま私が先陣を切ります。プロキシ様を中央にご配置し皆は適時交代で援護を」
そう言い切るやいなや、ボスはギアを上げエーテリアスに突っ込んでいった。
行き着く間もなく無数に叩き込まれる足技の嵐を通り抜けながら、アタシらも速度を上げていく。
階段ではリナが運んだりカリンちゃんと2人で挟むようにしたりしてプロキシと進めはしてるけど、それにしたって飛び出してくるエーテリアスが多い。
おまけにビル内の破壊を割けているため全力は出せないからか、肌感でも若干のロスを感じる。
「邪魔っ」
そんな替え玉みたいにポンポン新しいヤツがこなくてもいいのにさ。
照明ももう、消えてる時間の方が長くなってきてるしちょっとヤバいかも。
『この階―――! あの奥に入り口があるはずだ!』
何個目かはもう覚えてない階段を昇った後、プロキシが右側にある通路の方を指さして叫ぶ。
言われるがままにその方向を進む内に月明かりを強く感じる。
そして――――――。
「あれは.....」
『間違いない、アトリウムの入口だ!』
突き当りの左側の奥には、確かに一際大きな空間から月明かりが強く差す入り口が見える。
間に合った―――――そう思った瞬間、視界が一気に暗くなる。
「あっ、停電.....!」
「しまった....!」
カリンちゃんがそう呟くと同時に、入り口の月明かりが徐々に狭まっていく。
いち早く気付いたボスが義足の小型
「っ!」
死角から飛び降りてきた
「.......一歩遅かったようです」
「そ、そんな.......」
苛立ちに蓋をするような声を上げるボスの背中は若干震えてるように見える。
ただでさえ厄介な仕事だったのに、ここで問題追加なんてなったら、まぁそうなるよね。
一応確認したけど、手動でシャッターを開けれる設備はB棟にしかないみたい。
万事休す。
『そうか....となるともう、電気回路の方から手を打つしかなさそうだな....』
「おっしゃる通りでございます。ですのでプロキシ様、ここはいちど離脱し休息を取りましょう。ヴィクトリア家政は必ずや停電の原因を究明し、ここを通る方法を見つけて御覧にいれます」
『そうだね。じゃあ、まだまだこの場所には調べるべきことも多そうだし、僕は今のうちに情報を整理しておくよ。申し訳ないけど、準備が出来たらまた連絡してくれるかな?』
「かしこまりました。ではその間、イアス様は私共の下でお預かりさせていただきましょう。きっとお疲れでしょうから」
また出直しか.....ホントに長丁場になりそー.....もっかい寝とこうかなぁ。
あ、その前に兄貴に連絡してみるか。
『それはありがたい、きっとイアスも喜ぶよ。じゃあ1回外へ出ようか。今帰りのルートを割り出して―――――――――――――――
Ugaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!
「「「 !!!? 」」」
突如として空気を裂くような咆哮が壁を貫いてアタシらの耳に轟いた。あまりにも突然のことに、全員思わず息を呑む。一瞬、何が起きたのか理解することができなかった。
辛うじて全員、無意識にプロキシを守るよう動けたのは日頃の成果だろうか。
『な、なんだ今の!?』
「どうやら下方から発せられたもののようですが.....申し訳ありません、私の未熟な見識ではこの声の正体までは.....」
「普通ならエーテリアス、と考えるのでしょうけど.....彼ら特有の”ノイズ”がございませんでした。これではまるで.......」
「映画に出てくる怪獣みたい、だね。でもそんなデカブツどこにも見当たんない」
「そ、それに響き方が雷のようでしたっ。距離も少し遠そうです.....」
これといって特定できるような情報はなさそう。
そもそもボスやリナですらわかんないならムリ。
でも、直感でわかる――――――――絶対、ヤバいヤツだ。
「プロキシ様、大変気がかりではありますが直接会敵していない以上、ここは即刻離脱された方がよろしいかと。声の正体を暴くとしても、我々の持つ情報があまりにも少なすぎます」
『賢明な判断だ。一応、既にルートは作り終えてる、皆ついてきてくれ!』
その後、ものの数分でホロウを抜け出したアタシらはプロキシと別れ、イアスを連れて拠点の1つに戻ってきた。
隣の部屋ではカリンちゃんがイアスの手入れをしている。
「ンナァァァァ........」という超気持ちよさそうな声を壁越しに聞きながら、アタシとボスはソファでさっきの”声”について考えていた。
ちなみにリナは停電の解決を考えるために必要なビルの構造資料とやらを取りに行ってる。
「......エレン。先程の”咆哮”について私は今、1つの心当たりがあります。恐らく、あなたも」
「......前に兄貴から聞いた”ヤツ”、でしょ」
「ええ。彼の御友人が命名されたという、”天縛型異常浸蝕共生体”。彼は”
「そうそれ。アタシらはまだ見たことすらないけど......兄貴が言ってた特徴ってのがホントなら、あると思ってる」
「少なくとも、”並みのエーテリアスとは比較にならないほどの恐ろしい存在感を放つ”という点は間違いないでしょう。お恥ずかしながらも、あの一声で久々に厳戒態勢を取らざるを得ませんでしたから」
まぁ、ボスだけじゃなくて、アタシやリナ、カリンちゃんもそうだけどね。
あの肌にひりつく悪寒は早々味わえるもんじゃない。
まだその姿を拝んですらないのに。
「ですが”ご主人様”にとっての脅威となりうる可能性がある以上、看過は出来ません。それにご依頼を抜きにしても彼との約束があります。そのため、一刻も早くご連絡申し上げたいのですが......」
「まだ繋がんない、か.....」
以前兄貴からヘイロスについての話をされた時、見つけたら必ず連絡して欲しいと頼まれている。
勿論今のような表に出れない生活をしてまで追っているというからこそ、そう伝えるのはわかる。
だが、それとは別にもっと単純な理由があるのだ。
「特殊な弾丸を用いらねば”打倒することのできぬ”存在。ふむ、まるで銀の弾丸と狼のようです.....」
「.....変な自虐ヤメて、反応に困る」
「自虐?.....! これは失礼、そういった思惑はなかったのですが......」
戸惑いながらもそう謝るボスに適当な返事を返し、アタシはスマホを取り出す。
「兄貴への連絡はアタシがやっとく。ボスは早く停電どうにかしてよ」
「......そうですね、ではお任せします。私はリナのいる資料室へ向かいますので、もし何かあれば部屋の子機から」
「はいはーい」
ボスが出ていくのを見届けながら尻尾をお腹の前にくるように丸め、座り直す。
「任せてって言ったものの、どうしよかなこれ」
ただ手が空いてなくて連絡できないならまだしも、まだ圏外かホロウにいるならいよいよ折り返しが来るのを待つしかないんだよね。
一旦、鬼電してみるか。
◇◇◇
エレンが鬼電を始めた10分後――――――バレエツインズ近郊にある別の共生ホロウから、1つの黒い人影が飛び出してきた。
「やっと出れた......。あー、マジで危なかった」
深く息を吐きだしながら、装着した防護ヘルメットを撫でる人影―――――”クラウン”、もといカイルはため息とともに呟く。
センセイから送られたルート通り最短距離を自らの足で駆け抜けてきた彼だったが、いくつかホロウを突っ切ってもいた。
といってもホロウ内でのガイドすらもこなしてくれているので道に迷うようなことはなかった、のだが。
「まさか軍と教会の調査隊がこんなトコまで来てたとは......」
そう、3つ目に入ったホロウ内で恐らく派遣されたのだろうホワイトスター学会の現地調査員とそれらの護衛である防衛軍から構成された小隊と鉢合わせしかけたのだ。
どうやら珍しくセンセイの勘が外れたようだった。
ただでさえ公言できないご身分であるに加え、今は至急妹達の下へと向わなければならず、余計な接触は避けたい。
そこでつい裂け目に飛び込んでしまったのが、良くなかったのだろう。
完全にルートから外れてしまったため行く先はわからず、かといってホロウ内なのでセンセイとも連絡が取れない。
なら何時も見たくホロウそのものを消してしまえばいい、なんて考えも調査隊の存在でかき消される。
こうしてカイルは小一時間の間、手探りでなんとかルートへ戻るべく辺りを疾走し回ったのだ。
云わば、迷子である。
「やっぱプロキシって大事なんだな......はぁ、いつになったら”パエトーン”は見つかるのやら。彼此騒がれもしなくなってきた辺り、ホントにもう死んでるんじゃないだろうな.....」
そろそろ別プランの制作も視野に入れねばならないかもしれない、なんて考えも浮かぶが、一旦蓋する。
このままだとまた無駄な時間を食う気がしたので、今はバレエツインズへ向かうことを最優先に置き直すことにした。
はて、あとどれくらいの距離になるかと確認のため端末を取り出し画面を開く。
と、同時にカイルの目は見開かれた。
「......は?」
カイルが間の抜けた声を上げた理由はその視線の先、スマホの画面にある大量の通知、不在着信106件にあった。
2つある通知バーの内、下の3件は信頼ある友人であるライカン。彼には自分から危険を促すため連絡したので、その折り返しだろうことはわかる。
問題は上にある残りの103件、最愛なる妹であるエレンからの着信。
最終通知時刻は「Now」。
元々寂しがり屋(本人は全面否定)なので返事があるまで電話も『ノックノック』もしてくるエレンだが、流石にここまでの数は初めてだった。それもこの短時間で。
一瞬硬直しながらもすぐ折り返そうと通話のためロックを解除した瞬間、振動と共にまたもや電話通知が表示される。
送信元はもちろん――――――――
「っ、エレン無事か!?どうした何があった!?」
『......やっと出た....てかうるさ』
もしや間に合わなかったのか、焦りを募らせながら応答したカイルは開口一番にそう叫んだ。
対して妹は呆れ半分安堵半分のため息を漏らし、鼻を鳴らす。
『フン、「何かあったらすぐ俺に連絡してくれ」、とか言っときながら結構掛かったじゃん』
「いやホントゴメンよ......ちょっとトラブルがあってホロウから中々出れなくてだな......」
『あっそ..........ちょっと待って、ホロウにいたの?兄貴今どこいんのさ』
「この前話してたバレエツインズから北東に30kmの共生ホロウ」
『こっち来てんの....?依頼は明日からなんじゃ』
「だった、けど緊急事態でな......直接説明するつもりだったんだけど。エレン、繋がるってことはもう外にいるのか」
『うん、こっちも色々トラブって一旦......何さ、緊急事態って』
そこから手短にカイルが事の次第、逃亡した”
『なるほどね.....じゃあボスと”プロキシ”の判断は正しかったワケだ』
「結果としてはまぁそうだな、流石ライカンさ―――――待て」
エレンの呟きに強烈な違和感を感じた。
それも、さっきまで考えていた存在の。
「エレン、”判断”ってどの判断の話だ?というか”プロキシ”って――――」
『あー......じゃあ、次はアタシが話す番...........多分だけどあのホロウ、ヘイロスだっけ?ソイツいるよ』
「......?」
『あとさ、見つけたんだ。兄貴が探してた”プロキシ”』
「......は?」
『探してたよね、”パエトーン”』