「(んー.....この飴やっぱ美味い。兄貴、いいチョイスするじゃん)」
朝の時間帯には似つかわしくない曇り空の下、アタシはそんなことを考えて向こう岸に広がるホロウを眺めていた。
今日はあの中にあるバレエツインズってトコで
もう全員揃ってるけどボスは時間通りにならなきゃ動かない。
ちょいメンドい。
ちなみに今舐めてる飴はこの前の休みに兄貴と行ったフルーツパーラーのお土産。
味は兄貴が好きというライチフレーバー。
ライチってあんま食べたことなかったけど甘さの中に塩気?みたいのがあって中々イケる。
高級店らしく数が少なかったけど。
「……時間ですね。皆様おはようございます。本日も宜しくお願い致します」
「えぇ、おはようございます」
「お、おはようございますっ!」
「おはざいまーす」
愛用だと言う懐中時計を片手にようやくそう言うボスへアタシ達も挨拶を返していく。
そのままボスから資料が配られ事前に伝えられていた通りの仕事内容をまた説明された。
心霊現象ねぇ.....ルビー達もそんな話してたけど、どうなのやら。
そもそも立ち入り禁止の場所での目撃者って、そいつ絶対黒でしょ。
それに舞踏家の"姉妹”、か.......あんま他人事に思えないや。
「お借りしたキャロットの情報が些か古いため現地でデータを入手していく必要があります。以前よりホロウは縮小しておりますがどんな危険があるか未だ計り知れません。努努、警戒を怠らないように」
警戒はまぁ、もちろん。動き過ぎると眠くなるから上手いこと省エネしなきゃなんないし。
メンドいのはヤだけど足手纏いになるのはもっとヤダ。
ていうかそんなヘマしたなんてバレたらまた兄貴に心配掛ける。
また、時間を奪っちゃう。
兄貴はとても長い時間をアタシへ使ってくれた。
兄としてだけじゃない。親代わりとして、心の支えとして。
でも今は違う。
兄貴にはやらなければいけないことがある。
"新エリー都史上最悪の大罪人"なんて巫山戯た汚名を着せられても、
アタシはもう弱くない。
だから自分のことは自分でやる。
そうでなきゃ、兄貴が兄貴自身に集中できない。
「最後にもう1つご報告が。実は先日"クラウン"様からバレエツインズに関わる、ある情報を頂きました」
「…!」
考えていた当人がいきなり出てきてつい反応した。
なんだろ……この前はなんも言ってなかったけど。
「彼が依頼先で手に入れたという情報になります。そちらによりますと、現在バレエツインズに反乱軍が関わっている可能性が極めて高い、と」
思いがけない内容にアタシは頭がこんがらがってきた。
リナですら少し驚いている。
確かに兄貴は反乱軍と折り合いが悪いらしいけど……。
「反乱軍が?あんな廃墟に?」
「拠点として、かしら?」
「その可能性もあります。ですが何らかの目的を持ってこの地に赴いていると彼はお考えのようです。現場破壊を避けたければ衝突は極力回避するようにとのご助言も頂きました」
その後ボスから聞いたところによると、今回
現地調査のこっちと反乱軍追跡中のあっち、双方向かう先はバレエツインズでお互い必要なのは土地データ。
利害完全一致の上、ご主人様の許可も貰ってのことだそうで。
協力し合うのは初めてじゃないけど、いつもは兄貴がウチらに依頼する形だったから新鮮と言えば新鮮かも。
まっ、兄貴に直接頼るわけじゃないしね。
寧ろアタシがどれくらいできるようになったか見てもらうチャンス。
偶には一緒に仕事するのも悪くは────―。
「なお、反乱軍への対応は"クラウン様"が行ってくださるとのことなので基本別行動となります。我々は土地データの採集と噂の解明に集中しましょう。無論、必要であれば"清掃"も」
────ふーん?まぁ、別にどうでもいいケド。
分担するんでしょ、なら早く終わるし。
うん、いいんじゃん???
そう考えながらボスの目を見ているとふと目が合った。
……?なんでそんな狼狽えてんだろ。らしくないね。
「ふふっ。エレン、そう睨まないで。ライカンさんが可哀想ですわ」
「は?別に睨んでないケド」
「で、でもエレンさん。その、尻尾が……」
「え?」
カリンちゃんに言われ見てみると、アタシの尻尾は後ろにある壁をバシンバシン叩いていた。
………あれ、おかしいな。なんで勝手に。
「んんっ……それとエレン。飴を噛むにももう少し優しくした方が宜しいかと」
今度はボスに言われるがまま口元を触ると確かにアタシの歯は強く噛み合っている。当然口に含んでいた飴は既に粉々だ。
ふと足元を見るとさっきまで口に咥えていた棒が落っこちていた。
………あれ、おかしいな。アタシ基本飴は舐める派なのに。
「お兄様とご一緒できないと知って寂しくなってしまったのね。ふふっ、可愛いですわ」
「カワイイナッ」
「カワイイカワイイッ」
「は!?いやそんなんじゃ────」
ドリシラ達にまでからかわれた。流石に文句言ってやるっ。
そう思って睨んだけどリナはまったく動じない。
「大丈夫よエレン。このお仕事が終わったらお休みをとってうんとお相手して貰いなさいな」
「…そうですね。この間お会いしたばかりでしょうが時間が取れるのならば、また共に過ごすのもいいでしょう。ご安心を、シフトの方は調整致します」
「わぁ…!良かったですねっエレンさん!」
「カリンちゃんまで………はぁ……」
前々から勘付いてはいたけど、どうやらアタシは皆んなにブラコンだと思われているらしい。
そんなことないのにさ。
確かに喧嘩とかほぼしたことないしアタシも兄貴と遊ぶのは嫌いじゃない。
でも兄妹なんてそんなもんでしょ。
それに”ホンモノ”はもっと距離感凄い。
前行った六分街にあるビデオ屋の店長、あれが兄妹って知った時はビックリした。
あんま顔似てないから普通に夫婦かなんかかと思ってた。
あれこそTHE・ブラコンシスコンだよね。
「…はぁ……もうなんでもいいや。ほらボス、さっさと終わらせにいこ。これ以上ここで喋ってたら疲れる」
「あら、揶揄い過ぎてしまったかしら」
「リナ、それくらいにしなさい。……エレンの言う通り、頃合いです。ホロウの活性率も問題ありません、本日のご奉仕を始めましょう」
「よ、よろしくお願いしますっ」
後ろから皆んなの足音がついてくるのを聞きながら、アタシは2つ目の飴を咥える。
鼻先にあるホロウに飲み込まれかけた巨大ツインタワー。
遠目から見てもいかにも廃墟らしい、中々な雰囲気がある。
今日の仕事、一筋縄にはいかなそうなヤな予感がする.....。
「(あんまダルいことになんなきゃいいケド)」
そのヤな予感が間違いではなかったことに気づいたのは、それから数時間後のことだった。
◇◇◇
同時刻──────―。
「〜〜♪〜〜♫」
暗がりの中、1人の老人が細かな小瓶たちを使って赤黒い液体を配合している。
毒々しい色のそれを小慣れたように扱うその姿は、まさに悪の科学者のようだ。
つくづくそう思う”クラウン"の耳には更に、所々歪な旋律の鼻歌が届けられる。
今最も有名な歌姫の代表曲なことは辛うじてわかるものの、しゃがれた歌声のせいで色々台無しでしかない。
いつになっても上達の兆しはないようだ。
「相変わらず音痴だな」
「やかましいわ。……ふむぅ、これでよし。カイル、さっさと腕を捲らんか」
「はいはい………」
言われるがままに"クラウン"────カイルは右腕を捲り差し出す。
その手を老人はとり、構えていた注射器で先程の液体を注入していく。
ここは新エリー都から遠く離れた土地に存在する小さな共生ホロウ内の地下施設。
元々は軍用物資の貯蔵庫だったものを目の前の人物が自分用に改造し、いくつもあるセーフハウスの1つとして利用している。
「ほれ、おしまい。これで今月分は終わりじゃな」
「いつもすまんね、”センセイ”」
「気にするでない。これが私の仕事だ」
"センセイ"と呼ばれたその老人は防護ゴーグルを銀装飾の眼鏡に付け替えながらそう言った。
あちこち傷のあるそれも既に彼のトレードマークになったと言ってもいいだろう。
「その眼鏡、板についてきたなぁ。やっぱり似合ってる」
「当たり前だ。これは”あの子”が選んでくれた、最初で最後の贈り物.......お前もそうじゃろう、その首飾り」
視線の先にあるカイルの首には
それに優しく触れながらカイルは答えた。
「.....勿論。手入れを怠ったことなんかないし肌身離さず持ってるよ」
「肌身離さずだとお前の場合些か心配だが……今日まで大丈夫ならこの先も平気か」
「あぁ。というかそっちこそ人のこと言えないだろ、また1個拠点潰されたって聞いたけど?」
「はっ、あんなもんどうってことないわ。彼奴等がコソコソ嗅ぎ回ってることなんざとっくに気付いとる。嬉々として突っ込んできた頃には既にもぬけの殻よ。治安局如きが私を謀ろうなど千年早いわ――――――――まぁ、彼の”虚狩り”様率いる怪物集団なら、かなり厳しいが」
「.....大丈夫だろ。H.A.N.Dが用あんのは
「まったく罪な男よのう。あんな別嬪に未練を抱かせるとは」
「そんなん魂胆じゃねぇよ、アイツは。市民に危害が及ぶ恐れのある危険人物を捕縛するっていう、崇高なる”正義”のためさ」
「自分で言うかっ!!あっはっはっはっは!!!」
そう言って快活に笑い出す老人はとっくに還暦を迎えているとは思えない。
本人曰く若さの秘訣は”ツボは浅く”、そして"麗しい美女の鑑賞"(最近の推しは例の歌姫と共によくテレビに映る側近の女性だという)らしい。
今まで欠片も信じてなかったがここまでくると本当に効果があるのかもしれない、などとくだらな過ぎる考えを打ち消して、カイルは所々黒ずんだソファに座り直した。
「まぁ無事なら良いさ。で、わざわざ月イチの健康診断を早めてまで依頼直後で疲れてる俺を呼んだ理由は?もしかして────」
「察しておる通り、新たな"天輪"持ちじゃ」
先程の和やかな雰囲気が一変した真剣な声色でセンセイはそう言った。
同時にカイルの眼光もやや鋭さが増す。
「……場所は…?」
「最終観測地点は、一昨日のラマニアンホロウ内。規格は大型。この間討伐されたらしいデッドエンドブッチャーよりは小さいくらいか。ただ監視データを見る限りコイツは機動性に優れておるようでな、ここを最後に後を追えておらん」
「もう他のトコに移ってる、か……」
「あぁ。あのホロウは周りに共生ホロウがいくつもある、通常媒体なら叶わんが奴等なら容易いだろうな」
そう唸るセンセイの考えにはカイルも納得した。
基本ホロウから出ることのできない一般的なエーテリアスと違い、奴等は別々のホロウ間を移動する独自の術を身につけている。
今まで会敵した3体もホロウ間を逃げ回られたので討伐に無駄な時間がかかった。
可能な限り再び補足内に捉える必要がある。
「一応いくつか彼奴の行動経路を予測した。それがこれじゃ、見てくれ」
古びたプロジェクターから壁へ映し出されたラマニアンホロウ一帯地域の地図をセンセイに言われるまま覗き込む。
最近エーテル活性の減少が顕著だとかでやや縮小気味な原生ホロウだが、その脅威自体は健在のようで周囲に大中小様々な共生ホロウが点在している。
この中から手探りに探す事がどれだけ骨が折れることなのか、カイルは身をもって知っていた。
こうしてセンセイが予測計算してくれることは既になくてはならないほどのもの。
見た目や立ち振る舞いからは想像し難いが伊達に元学会幹部級研究員ではない。
「まずはこの正面の。そして次に南東、北北東の2つ、あとはこの西側の計5つじゃな。正直ここからは勘と運次第、また順番にシラミ潰すしかないの」
「まぁここまで絞ってくれてるだけほんとにありがたいから。こっからは俺の──────ん?」
「? どうした」
首を鳴らしながら地図から目を離した途端、再び食い入るように凝視し出したカイルにセンセイは問いかける。
「いや、この地形最近どこかで……」
「何?……西の海沿いのやつか?確かに協会の観測データ上はこいつだけ縮小がやや遅延しててな、最初に様子見するべきかと思っておったが、気になる事でも?」
「遅延……………まさか」
そう呟くとカイルは取り出した携帯端末のノックノックアプリからある人物とのDM欄を表示させる。
そして横から覗き込むセンセイへそのまま見せつけた。
画面にはあるのは、とある地域周辺の地図画像。
「これは……」
「……前に妹がお世話になってるエージェント会社があるって言ったろ。そこの次の仕事先が、ここだ」
「"バレエツインズ"………確か巷じゃ悪霊騒ぎで話題になっておるな」
「センセイも知ってたのか。そのビルのオーナーが今回の依頼主でその噂がほんとか確かめるって依頼らしい」
「………そやつら、腕は立つんだったか?」
「少なくとも自分達の身を守れるくらいは。でも────」
「わかっておる。奴を殺すには例の弾丸が要るからな。まだストックはあるじゃろ?」
「あぁ、2発」
胸元にしまったガンケースを軽く叩きながらカイルはそう答えた。
センセイは納得したように頷くとすぐにコンピューターを操作する。
「予測逃走経路を視覚的にルート化したものを送った。それと気休めに伝えておくが、こいつは第1個体のように無闇矢鱈に暴れ回った形跡は一切ない。故に追跡も困難じゃが……少なくともいきなり襲い掛かられる、ということはないはずじゃ」
「それが聞けただけ余裕はできたよ。ありがとう」
「もう行くのか?」
「俺は明日から行くつもりだったけど、妹達は今日からなんだ。流石に放置しては置けない」
「そうか.....」
端末に先のルートデータが送られた事を確認しカイルは腰を上げ出口へ向かった。
扉に手を掛けたところで再びしゃがれた声が背中へ掛けられる。
「カイル………
踏み出しかけていた足をカイルは止めた。
「計算上あと3回は耐えられるだろうが、それでも予測し切れん事態になってもおかしくはない。ましてや今のお前の身体は半身エーテル合金で賄われておる。癒着がどれだけ進行するかは未知数──―。いいか、くれぐれも────」
「わかってるって。毎回言うじゃんか、それ。使わないし使うような事態にならないよう努力するよ、約束する」
「………なら良い。さっさと行け」
「急に冷たいな……じゃあ、また」
今度こそ閉じられる扉の音を聞きながら、センセイはソファへ座り込み天井を見上げた。
掛けられた眼鏡を外しレンズを綺麗な布巾で拭う。
「……冷たい、か……昔に比べれば随分と丸くなったと思うがの、お互い」
我ながら滑稽に思うが。
だがそれも全て、"あの子"のお陰か──────。
「……さて、念のため他のルートもまとめておくか」
暗がりの中から再び歪な鼻歌が流れ始めた。
◇◇◇
「はぁっ!!………仕上げは任せました、エレン」
「わかっ──―たっ!!」
返事と共に突き出された大鋏が標的のコアを破壊するのを確認した後、ライカンはフロアを見渡す。
屋内の劣化はそれなりに進んでおり、何度かルート変更を強いられたこともあって予定していたよりも時間を使ってしまった。
それも噂に繋がりそうな手がかりも未だに皆無。
エーテリアスは話に聞いていた通り少なく感じるが、かといって警戒を怠る理由にはならない。
進捗は思ったほど芳しくなかった。
加えて、
「(想定していたよりキャロットのデータとの食い違いが多いですね……それにリナが追跡しているという集団も気になります)
そう、探索・感知に長けた彼女は見知らぬ集団を索敵したため、現在監視目的で別行動を取っている。
彼女が手練れであることは認知しているため特に心配はしていないが、それでも依頼遂行に影響が及ぶ懸念があるのだ。
あまり適当に放っておくことはライカンの主義に反している。
最悪、1戦交えることも想定している。
「(ですがそうなると時間の余裕を更に失う.....こうなるとやはりプロキシの方の存在はかなり重要なのだと痛感させられますね.....)」
勿論依頼は今日1日のみなわけではないため時間的な余裕はまだある。
しかしホロウの中で明確な指標もなくいることは可能な限り避けたい。
ただでさえ余計な刺激からかんょう変化を起こさぬよう気を張って対処しているせいで時間を削っているのだ。
既にホロウ内へ突入して4時間が経過、全員エーテル適性が比較的高いとは言え侵蝕を完全に避けられるわけではない。
苦渋だが、目的を1つに絞る必要がある。
「エレン、カリン。少しお聞きください」
一時休憩中のエレン達が戻ってくるや否やライカンは計画の変更を告げていく。
「一旦土地データの収集のため、探索に専念致しましょう。リナがいないため私が収集を行います。お二人にはそのケアをお任せします」
「役割分担か.....いいじゃん、このまま掃除しててもキリないだろーし」
「カリンも賛成です!」
「では早速──────!」
「!」
「? お二人とも、どうしましたか?」
突然右奥の出入り口を見つめ出すライカンとエレンにカリンは不思議そうに問いかける。
心なしかライカンの耳とエレンの眼光は鋭くなっているように見えた。
「あ、あの…?」
「…見知らぬ気配です。エーテリアスではありませんね」
「しかも1人じゃないよこれ。リナが見つけたって奴らかな」
そうエレンが言った直後、その奥から金属同士がぶつかったかのような甲高い音が鳴り響いた。
「「!!」」
反射的に臨戦体制に入るシリオン2人とやや遅れながらも手元を整えるカリン。
元々石細工の床なこともあり、ライカンは音の反射で彼らが何をしているのか把握はできた。
エーテリアスと戦闘を始めたようだ。
しかしそれもものの数分で静まってしまった。
「……中々腕の立つ方々のようですね。どうやら道に迷ったご様子。やはり噂を目当てにきた方々でしょうか」
「ど、どうしましょう?」
「……ここはご依頼主様の所有地です。如何なる理由であれ不法侵入であることは紛いありませんし、我々にはこの場を守る責務もあります」
「じゃあもう帰らせないと────
「! エレン待ちなさ────」
────ねっ!!!」
ライカンの静止も待たず、エレンは大鋏を足音のする方向へ投擲した。
その後すぐに鋏が床を破壊し突き刺さる音が聞こえ、代わりに足音は止んだ。
「はい止まった。じゃボス、後はよろしく」
「………はぁ…」
徐に携帯を取り出し操作し始めるエレンを見て、ライカンは頭を抱えながらため息をついた。
こういったエレンの突飛な行動は初めてではないが、ライカンとしてはもう少し慎ましさやかにして欲しいと感じる部分でもある。
兄の仕込みらしく最適かつ有効な事がほとんどなため、結局叱責しきれはしないのだが。
「……ご対応致しましょう」
ライカンはそう呟くと服装を整えながら出入り口の方へ歩み進める。
警戒の意図も含めて足音はあえて消さない。
エレンが飛ばした鋏が威嚇になったのか、会話らしい会話は聞こえなくなった。
流石に向こうも警戒しているのか一切物音を立てずにいるようだが、よく立った耳に複数人の息遣いが細やかに聞こえてくる。
そうして辿り着いた広間の方へ視線を向けると、そこには一塊に固まった集団が。
まず視界に入ったのは、剣を逆手に構えこちらを見据える銀髪の少女と、その背中に隠れるようにしている猫のシリオンの少女に赤ジャケットの機械人。
そして足元にはオレンジのスカーフを巻いたボンプがいた。
見慣れたリナとお付きであるドリシラとアナステラと違い一般的なサイズ規格のボンプだ。
一見関係性を感じられない様相の彼等だが、己の瞳から一切視線を外さない手前の少女は常にこちらの挙動を補足している。
隙も少ない手慣れた構えだと、ライカンはすぐに気づいた。
とはいえ危機的脅威というほどではないのだが。
そう確信できるほどの場数を、歩んできたのだ。
「.....お見事でした。さぞ容易い道中だったでしょうが──―ここが終点です」
普段の温和で紳士な
―――――――一方、バレエツインズを覆う共生ホロウ内のとある一角では、1つの戦闘が終戦していた。
「Grrrrrr........Ggyaaa――――」
弱々しいうめき声を上げながら地面に横たわるのは1体のエーテリアス――――――ゴブリン。
棍棒のように肥大化した上腕で敵を叩き潰す危険性の高いエーテル異形体だ。
しかし今はただ地に這いつくばるだけの何か。
巨腕は切り砕かれ、下半身はだらりと微動だにしない。
「Hahhhhhh.......」
そして、ゴブリンのコアを足で踏みしめているのも、またエーテリアスだった。
荒い息を吐き出しながら真っ白に覆われたエーテル性質の外殻を纏い、二又に割かれた槍のような武具を構えるその個体は外殻に覆われたコアである頭部の上に煌々と輝く環――――――――”天輪”を浮かべている。
満身創痍なゴブリンとは真反対に傷ひとつない体躯を輝かせるその姿は、彼が圧倒的勝者であることを物語っていた。
「Grrrrr!!!GAaaaaaaaa――――――――」
「.......」
足蹴にされるゴブリンが最後の抵抗を見せるようにその体を持ち上げようとするも、時は既に遅く。
コアを一瞬にして踏み砕かれてしまった。
「......Ugaa」
消滅していく亡骸を確認することもなく、”天輪”持ちはある1点へ視線を向ける。
その先にあるのは―――――並び建つ2つの巨大な塔型ビル。
その方向を一瞥すると、”天輪”持ちは足をそのままビルへと進めていった。
邂逅まで後少し―――――――――――――。