この記事はヴァンデ索陰の上中下の内の下で、上の間に中があるので、その中を読んでない人は話の流れとかがあるのでそっちを先に読んでください。(参考)
「フリュクティドール胞衣」についてはそれくらいなので、次の「ブリュメールの悪戯」の話に移る。
この話では綸言という言葉が使われている。

(2巻p.28)
ここで綸言という言葉があって、枠外で「天子(てんし)のお言葉」と説明している。
…逆豎の時もそうなのだけれども、当時の鬼頭先生はどうも、天子と天の神様が違う概念だということを理解出来ていなかったらしい。

(1巻p.51)
ここでも逆豎が天子に背く小僧としていて、天=神に逆らう用法で逆豎という言葉を使っているというのに、天子に背く小僧と説明している。
ヴァンデの先の綸言の場面では、創造主であるあのお方の言葉に従っていればいいものをと言っているわけであって、これらの事は鬼頭先生が天と天子が同一の概念だと考えていると想定すれば理解できることなので、鬼頭先生はその二つの概念が全く違うそれだとは知らなかったという理解で良いと思う。
天子の言葉が綸言であって、天の言葉は天命であって綸言ではない。
古代中国のテキストを読む限り、天と天子は全くの別物で、天子は天の部下のような立場の人間になる。
古代中国人は自分たちを偉大なる天に仕える臣下と考えていたらしくて、そういう風に上司である天のご機嫌を伺うような話は多いし、天子はその天の臣下の筆頭の人物の事でしかない。
実際、『書経』には天子という立場の人物の言及が載っているので、その辺りはその天子の言葉を読めば分かる。
「 夏の王、啓が、甘で大戦闘を開始しようとするに先だち、六卿たちを呼びよせて告げた。
王はいった、
「ああ、六事の人々よ。
予は、神々に誓って、汝たちに告げるぞ。有扈氏がおぞましくも五行をないがしろにして、三正を破り棄てたので、天が有扈氏の国運を断絶したのだ。 されば、今、予は天の刑罰を奉行しようとしているのだ。
戦闘にあたり、汝たちの車左がその任務の射を怠るならば、それは汝たちが天の命令に従っていないのだ。 車右がその任務の戈をふるうことを怠るならば、それは汝たちが天の命令に従っていないのだ。御者が馬の進退を誤るならば、それは汝たちが天の命令に従っていないのだ。
この予が命令に従った者は、これを祖廟で賞するであろう。命令に従わなかった者は、これを社で罰するであろう。 予はさらに汝たちを奴隷におとして辱しめるであろう」
と。(赤塚忠訳 『中国古典文学大系 1 書経・易経(抄)』 「甘誓」平凡社 1962年 p.96)」
どうでも良いけれど、今引用した文章の「予は、神々に誓って汝たちに告げるぞ」の部分は原文だと「予誓告汝」で、「誓って言うが」程度の話で、神々に誓っているわけではないです。
ここで夏の王とされる啓は天子に当たる人物で、彼は天そのものではないし、天の刑罰を代行する人物だということが分かる。
結局の所、天子というのは天命を受けて、その天命に従う人物であって、天のことを言うわけではない。
ちなみに、この天命というのは天の神様の命令ではあるけれど、これは天の声が聞こえる神秘的な体験の話ではない。
災害が続くならば天は災いを下して時の王の悪政の戒めとしているの"だろう"とするし、戦いを挑んで勝ったならば、天が我々を勝たせたに"違いない"というような感じで、古代中国で言う所の天命は天に関する忖度のことを言う。
古代中東でも神の命令で動くということはあるけれど、古代中東では神殿もあるし神官もいるし、そこに何かを奉納しているし、おそらく、そこで神官が神の声を聴くということがあって、デルフォイの神託宜しく、神の言葉は実際に聞くものであったのではないかと思っている。
一方で古代中国の場合は完全に忖度で、戦いがあって勝ったら天が味方したという話だし、負けたら敵が天から命を受けたと解釈するし、今滅ぶのであれば、それは天が滅ぼそうとお考えになったと考えるような文化になる。
ともかく、時の支配者は天がそう命じたからその立場に今居るのであって、天と天子は同一の概念ではない。
だから、天子の言葉である綸言は、天の忠良なる臣下である天子の言葉である以上、天の言葉、即ち、神の言葉であるということは決してない。
綸言は明鏡の辞書に、
「天子・天皇のことば。みことのり。」
とある。
この言葉の出典は『礼記』であって、『礼記』の「緇衣」にその話がある。
先に補足しておくと、綸は紐の事で、綍はそれよりも太い紐のことです。
「子曰く、王の言は絲の如く、其の出づるや綸の如し。(後略)
孔子が言った。「王のことばは、発言したときは糸のように細い物であるが、外へ出ていくときには綸のように太くなる。王の発言が綸のようであれば、外へ出て行われるときは綍のようにさらに太くなる。それゆえ、大人は戯れのことばを言わない。言うことができても行うことができないことを、君子は言わない。行うことができても言ってはならないことを、君子は行わない。そうすれば、民のことばは行いを越えず、行いはことばを越えることがない。『詩』に『なんじの容姿を慎んで、礼の威儀に外れないようにする』といっている。」(今市享他訳 『全釈漢文大系 14 礼記 下』 集英社 1979年 pp.329-330)」
まぁなんつーか、王様が口にした言葉はその影響力が凄まじいのであって、軽率なことは言わないようにした方が良いし、そうすれば民もそれを見習って、国が良く治まるという話がされている。
この『礼記』の「緇衣」は成立時期が古くて、古代中国戦国時代には既に存在したことが分かっている。
古代中国戦国時代の楚の墓から出てきた出土物の中に、この「緇衣」が含まれていて、そこからその時代には既にこのテキストが成立していたということが分かっていたりする。
ともかく、先の文章では王=天子の言葉は綸のようであるという話がされていて、多分、中国のインテリ層は先の文章を教養として読んでいて、そこから天子の言葉の隠語として綸言という言葉があったらしい。
古代中国では天子の事は色々憚られていて、皇帝の呼称として陛下という呼び方があるけれど、これは直接皇帝に声を掛けることが不敬だから、陛(きざはし)の下に控えている兵士に呼びかける言葉が元だという話が蔡邕の『独断』にある。
綸言に関しても色々憚った結果の言葉であるのだろうと思う。
まぁともかく、結局の所、鬼頭先生は綸言を神の言葉と取り違えているし、今書いた内容を知っている道理がないわけで、ヴァンデに出てくる綸言に関しては、辞典などで知った知識であるという認識で良いと思う。
次の言葉は二心について。
(2巻p.28)
この二心にも鬼頭先生は注釈を入れていて、「裏切りの気持ち。」と説明している。
ただ、鬼頭先生の用法的に何かニュアンスが変なのではないかと思う。
…どういう理由で僕がそう思うかの話が、賈誼の『新書』の文章を引用したりして1000字以上色々書いてあったのだけれど、結局は僕がなんとなくしっくりこないという話に終着すると分かったので、説得力がない文章だと思って破棄することにした。
日本語訳がそれしか存在しないから使った、大正時代に書き下し文に翻訳された賈誼の『新書』を引用した上に僕が現代語訳したやつまで用意したけど全部露と消えましたね、えぇ。
その『新書』とか『韓非子』『荘子』『淮南子』の用法だと、主君に対する裏切りの気持ちの話だから、ブリュメールのような場合は使わないのではないかという話だったのだけれど、色々考えて僕個人が勝手に持つ違和感でしかないという結論に至ったから多少はね?
まぁともかく、この語に関しても枠外で注釈を入れているのだから、辞典由来だったりするのかもしれない。
二心なんて言葉、辞典で初めて出会うことの方が少ないんじゃないかとは思うけれど。
次の語は余殃について。
(2巻p.37)
この余殃の出典は『易経』にある。
「 善事を積み重ねている家には、必ず子孫にひき及ぶ慶(さいわい)あり、不善を積み重ねている家には、必ず子孫にひき及ぶ殃(わざわい)がある。(赤塚忠訳 『中国古典文学大系 1』 『易経』 平凡社 1972年 p.392)」
原文は、
「 積善之家,必有餘慶;積不善之家,必有餘殃。」
であって、お手元の翻訳の注釈にここで言う"餘(余)"は溢れ出るの意とある。(同上p.398)
日本人は悪いことをしたからバチが当たったということを言う場合があるけれども、これは元々中華の文化で、バチは漢字だと罰であって、じゃあそれを誰が与えているのかと言えば、元々は天の神様とかになる。
ただ、その辺りの文脈が抜け落ちて、けれども、悪いことをしたら罰が当たるという"感じ"だけが残ったのが日本語の「バチが当たる」という言葉らしい。
だから、良いことをしたら天の神様は褒美として幸いを与えるのだけれども、それを善く積んだような家には、その代だけに留まらずに次の代以降までその天が下した幸いが残されるし、不善を積んだ家には、溢れた災いが子孫にまで及ぶという話になる。
よって、まず災いがあるのはその不善をした本人だし、その災いが本人に留まらず溢れた余りが子孫達にも至るという話であって、別に親の因果が子に報うという話ではない。
加えて、余殃はそもそも溢れた災いの話なのであって、翻訳と注釈では子孫に向かう話しかされていないけれども、溢れた災いの向かう先は他にもある。
なんつーか、古代中国とか派手にやらかすと三族族滅とか普通にあるので…。
三族は両親の一族で合わせて二族で、それに加えて妻の一族で三族らしい。
妻の一族からしたら本当に溢れ出た災いでしかない上に、元の文は「積不善之家,必有餘殃。(同上)」であって、不善の"家"の話であるのだから、一つの家から溢れ出た災いの話である以上、そもそも溢れ出る前の災いの時点で我が子は含まれていて、我が子は余殃に当たる溢れた災いを被る範囲に入っていない。
ヴァンデの場合、ブリュメールの父親の飛び立ってしまう我が子を手元に置いておきたいという傲慢さ故の悪行に対して、その因果が子に報いたと判断した方が良い描写になっていて、鬼頭先生は"余殃"を完全に"親の因果が子に報う"というニュアンスで使っている。
実際の所は割と話が違うというか、余殃は悪行積み過ぎるとお前の家族だけじゃ済まねぇぞって話であって、ヴァンデの用法ではやはりズレが生じている。
そして、僕が一人そうだし、これを読んでいる多くの人にとっても同じだろうけれども、余殃なんて言葉、ヴァンデ以外で出会うということはまずない。
だから、よっぽど使われない単語なのであって、やはり辞典の類で鬼頭先生は知ったのではないかと思う。
次は落籍(ひか)すについて。
(2巻p.47)
落籍(ひか)すなんて聞いたことねぇよ。
この落籍(ひか)すの"落籍"は元々漢語のようで、文字通り籍を落とすというニュアンスの言葉で、籍を落とすという意味に加えて、特に遊郭に所属しているような女性が遊郭を辞める、遊郭の籍を落とすというニュアンスで既に中国の段階で使われていたらしい。
それがそのまま日本に入ってきたような言葉で、その後に日本語でどういう経緯なのかは良く分からないけれども、遊女を落籍させることを"ひかす"というようになって、そこから"落籍す"という言葉が出来たらしい。
経緯は良く分からないにせよ、ネット上にあった説明だと、遊女の身を遊郭から引かすとかそういう言葉が変わって、"ひかす"というそれになったという話はあった。
結局、現代日本だと抜けられない遊郭などないわけで、落籍すなんてものは死語になるけれども、江戸時代が舞台の小説があったとして、江戸庶民の暮らしの中で、遊郭に居る女性と恋仲になるような話はあるだろうし、そこでその女性を"落籍"しようとする場合もあるはずで、そう言うような場合だと、辞典などの類を経なくても"落籍す"という表現に出会うことはあり得てくる。
ただ…言うてそんな小説を読む頻度は高いかと言えばあまり高くないわけで、テレビの時代劇でも"落籍す"という表現は出てくることもあるかもしれないけれども、耳で聞いて"落籍す"と漢字で書かれているとは理解出来ないわけで、個人的にこの語は辞典由来なのかな?と思っている。
次は嬰児(みどりこ)について。
(2巻p.93)
ここに嬰児についての注釈があって、「三歳ぐらいまでの子供。えいじ。」とある。
こういう風に注釈がつけられているとはいえ、嬰児という言葉に関しては流石に辞典の類で初めて出会うということはないだろうと思う。
キリスト教でも嬰児という概念の言及がある場合があって、ヘロデ王の嬰児殺しの話はそれなりに有名だし、鬼頭先生はキリスト教の千年王国についての知識があって、それなりにキリスト教についての知識がある様子がある。
(鬼頭莫宏『なるたる』2巻p.12)
…最後のコマ、メスの顔しやがって。
ともかく、キリスト教の文脈で嬰児という語は出てくるし、それなりに本を読んで生きてきたら嬰児なんて表現を避けて通るなんて普通はあまりにない。
だから、嬰児という表現が辞典に由来するということないだろうけれども、嬰児を"みどりこ"と読むのは特殊な読みで、更には注釈にある「三歳ぐらいまでの子供。えいじ。」の部分を辞典の類なしに書くのは不可能なのであって、鬼頭先生はヴァンデのあの場面を描くのに100%の確率で辞典などを手に取っていると僕は考えている。
さて。
ヴァンデ索引として企図していた、辞典などに由来するヴァンデの描写については以上になる。
ただ、僕の脳内にはヴァンデの解説を書いてから、この記事を書くまでにヴァンデについてで気付いたような事柄がいくらかある。
まず、「ヴァンデミエールの火葬」ではこのような場面がある。
(2巻pp.121-122)
ここに「霊長などと自称するバカどもの下から」という言及がある。
その言及は前のページの台詞から続いていて、その自身を霊長と自称する連中は教会の人々であって、彼らは2000年前から同じことを繰り返していると語られている。
日本語の霊長類の英訳は「Primate」で、これはラテン語の「primas」に由来していて、この語は「第一の」とか「主要な」とか「指導的な」とかそういう意味で、18世紀に分類学のリンネがつけた名称になる。
だから、別に人々は霊長と自称して霊長類という語があるというわけではないし、霊長類という概念は1778年に死んだリンネが作ったそれであって、この語の成立自体が結構新しかったりする。
結局、先の言及は天空神教(キリスト教)批判があって、同じことの繰り返しで自己批判の出来ない連中の揶揄になるわけだけれども、おそらく、鬼頭先生は霊長類という語がキリスト教由来で、キリスト教教会で長らく使われてきた語だと思っていたのではないかと思う。
というか、そうと理解する以外に一連の言及を処理する方法とかないと思う。
そして、鬼頭先生が『寄生獣』の影響を受けているという話は以前したけれど、『寄生獣』の中で、愚かな人間のことを言って、万物の霊長としている場面がある。
(岩明均『完全版 寄生獣』p.186)
鬼頭先生は『寄生獣』を読んでいて、どちらもその実愚かだというのに、賢いと考えて霊長を自称しているという話になる。
一種の繁栄より生物全体を考えるべきだけれどしてないのが、『寄生獣』における人類という霊長類なので。
そういう話で、もしかしたらヴァンデの先の場面は『寄生獣』の広川の演説なのかなと思うけれども、実際の所は良く分からない。
ちなみに、日本語で言う霊長類という翻訳を誰が考えたのかとかはちょっと良く分からないのだけれども、『書経』の中で、人こそが万物の靈だという言及がある。(「泰誓上」「惟人萬物之靈」)
もしかしたら日本語の霊長類は『書経』に由来するのかな?とは思うけれども、その辺りは調べても良く分からなかった。
次に、妊娠線についての話がある。
ヴァンデでは以下の描写がある。
(2巻p.124)
ここでお腹に真っすぐある線を言って妊娠線としている。
妊婦のお腹にはそういう風に線が走るということはあるのだけれども、実際の所、それは妊娠線ではなかったりする。
お腹に真っすぐ縦に入る線は正中線で、妊娠線は違う線の事になる。
妊婦になるとお腹の子供と羊水の分、お腹が膨れての皮膚が伸びるわけで、その伸びたお腹の皮膚が肉割れを起こした時に出来る線のことを言って、妊娠線という概念がある。
要するにただの肉割れの話であって、実際の写真を引用するにも少々見た目がアレだから引用はしないけれども、どうも鬼頭先生は正中線を妊娠線だと思い込んでいたらしい。
個人的に、その事はエヴァに由来するのではないかと思う。
旧版のエヴァのパイロットが着ているプラグスーツにもお腹に一本線が入っている。
(https://www.hobby-wave.com/wp-content/uploads/2021/12/05.jpg)
このお腹にある線は、旧版のアスカのプラグスーツにもあるものになる。
この話は想像力を豊かにした結果出てきたようなそれで、確かな話とすることは決して出来ないのだけれども、鬼頭先生はエヴァに滅茶苦茶影響を受けているという事実があって、エヴァのプラグスーツのあの線は妊娠線だという話がエヴァの"考察"の中にあって、その話を鬼頭先生は見知って、そこからヴァンデのあの"妊娠線"の場面があるのではないかと思う。
まぁエヴァ云々はさておいて、鬼頭先生が妊娠線について誤解しているということは確かで、鬼頭先生のように正中線を妊娠線と誤解している人は居るだろうし、僕一人がそうであるように、ヴァンデのせいで妊婦のお腹に一本縦に入る線の事を妊娠線だと学んだ人もいる筈で、そういう人にあれは妊娠線ではないと伝えた方が良いとは思うので、ここでその話はした。
元々、ヴァンデのせいで縦の線を妊娠線だと僕もインプットしたのだけれども、それから何年も後に実際の妊娠線がどのようなものかを知るような機会があって、そこから二つは違うものだという理解が僕にある。
数年前から何処かでその話はしたいとは思ってはいたのだけれど、ヴァンデの話をする機会が…ね。
最後に、ホムンクルスについて。
ヴァンデでは次のような挿絵がある。
(2巻p.133)
僕はこのイラストが何を描いているのかは分かるのだけれども、中には分からない人は居ると思うから、その辺りの補足をしたいと思う。
これは…なんつーか、ホムンクルスですね。
ホムンクルスという語については『鋼の錬金術師』とか漫画の『ホムンクルス』とかで出てくるから、知っている人も多いだろうけれども、元々はアリストテレスとかヒポクラテスとか錬金術とかに関係する言葉になる。
アリストテレスの時点で、男性の精液の中に後に人間になる要素の全てが含まれていて、それを流し込まれる側の女性はその要素を育むだけの存在であるという発想が存在している。
そして、精液の中に存在する、栄養を与えれば将来的に人間になる要素の事を後の時代にホムンクルスと呼ぶようになったらしい。
そういう風にホムンクルスという概念があって、錬金術でも精液から作られる人造人間をホムンクルス呼ぶ場合があって、その錬金術のホムンクルスは、精液を特殊な工程で腐敗させると誕生する存在で、フラスコの中でしか生きられないものだったらしい。
鬼頭先生が描いた挿絵にしても、フラスコであるかはさておいて、ガラスの容器の中に閉じ込められた小さな人間であって、そのガラスの容器は男性器のような形をしている。
(同上)
これが男性器と見えるのは僕の心が汚れているからかどうかはさておいて、まぁともかく、ホムンクルスのイラストということで良いとは思う。
鬼頭先生は錬金術に造詣があって、旧twitterでこんなイラストと端書きを上げている。
端書きを文字に起こすのは大変な労力なのでしないとして、当時は錬金術を題材にした漫画がなかったから、そういう漫画を企画したことがあったと語られている。
とすれば、鬼頭先生は錬金術に造詣があるわけで、先の挿絵も錬金術の文脈でのホムンクルスという理解で相違はないと思う。
…。
当時は錬金術を題材とした漫画はなかったから色々あれだったかもだけれど、現在だと『鋼の錬金術師』があるし、『ニセモノの錬金術』と戦うことになるからもう無理っすね…。
関係ないけど好きな漫画は『続・めちゃくちゃ追放される話』です。(
参考)
『めちゃくちゃ追放される話』の方は別に…。
でも、頭から読まないと話分かんないしなぁ…。
それはさておき、この話がされた投稿を探すに際して、ヴァンデについて鬼頭先生が言及している投稿を見つけたのそれも引用することにする。
鬼頭先生によると、ヴァンデの最終話である『ヴァンデミエールの滑走』の冒頭に出てくる飛行機は、松本零士先生の『ミライザーバン』という漫画のミステリアス1号という機体が元らしい。
鬼頭先生は端書きの最後に、「ブリュメール=ヴァンデミエールに感化されたんですかね」と言及している。
この端書き自体は、落書きだから本編にない表情で最終話のヴァンデミエールを描いたに際して、その顔がブリュメールから影を奪ったヴァンデミエールと似ているから、あのヴァンデから感化を受けたのかもねと言っているだけの話にはなる。
僕は数年前に書いたヴァンデの解説で、オムニバスである『ヴァンデミエールの翼』という物語が、最終的に全て「ヴァンデミエールの滑空」に辿り着くという話をしていて、もしかしたら鬼頭先生的にも各々のヴァンデの思いや形に残らない何かが最後のヴァンデに辿り着いていて、それ故にあのヴァンデがブリュメールのヴァンデに感化を受けることができているという判断だったりするのかもしれない。
そんな感じのヴァンデについて。
今回の記事は大変な労作で、アメブロでは書いている場所の右下に今現在の文字数が表示されるのだけれど、それがこの段階で1万5千字を越えている。
だというのに結局はヴァンデについての記事だから、さして読まれないということも分かっていて、あくまで自分が読み返すために書いているとはいえ、空虚しく思う部分は確かにある。
そもそも漫画の解説を書いて苦行じゃないなんてことはないのだから、いつも通りと言えばいつも通りとは言え…。
うーん。
まぁ多少はね。
そうそう、そういえば今年に入ってから鬼頭先生が描いた漫画について、単行本に収録されていない未知のそれがあるということが分かったりした。
今まで僕はその漫画の存在を把握していなかったし、Wikipediaにも言及されていない作品があった。
僕はそういう作品があると知ったその日の内に、なんという雑誌に掲載されたかを調べ上げて、知ってから数時間の間にその雑誌を購入している。
なんというか、以前の反省(
憎悪)があったから、同じ轍を踏まないために可及的速やかに現物を手元に置くことを選んでいる。
そして、その漫画は実際お手元にあるのだけれど、実際に読んでみて解説記事は現状書くことができないということが分かった。
『祭りの残照』の解説を書けてその漫画の解説は書けないとかどういうことなんだよって話だけれども、何故書けないかはまぁ、読めば分かるという話でしかないとはいえ、ネット上にその漫画についての情報は皆無だから色々あれではある。
その漫画はお手元にはあるから、読みたいと言う人にはスキャンしてデータを渡してもいいのだけれども、知らない誰かのためにそんなことをする義理が無いのであって、誰か分からない人がこの記事にコメントでくださいと書き込んでも別に普通に断ると思う。
それでも欲しいという人は、Xで僕の本アカにDM送って交渉してください。
僕にXでDM送れてその漫画に用事がありかつ、未だに僕が書いた何かを読んでいる人とかはいないとは思うけれども。
『ヒストリエ』だと一人二人いるだろうけれども、鬼頭先生関連は純粋に把握していない。
そんな感じです。
では。