「ふーん…今の新エリー都ってこんな感じなのか〜」
里桜は数年ぶりに新エリー都を歩き回っていた。サクリファイスとなった日からずっとホロウを彷徨い続けた間に、変わった街並みを興味深そうに眺める。
「それにしても好きにしろって…本当にそれで良いのかな〜?」
里桜を人に戻した男…アドニスとの目覚めてからの会話を思い出す。
『里桜には刺激が必要だ、だがいきなり強い刺激を与えると面倒な事になる。星見雅とか最年少虚狩りとか対ホロウ六課課長とか』
『同一人物じゃん』
『だから、先ずは変化した新エリー都の街並みを観光するとか、そんな感じでゆっくり慣らしつつ、徐々に強い刺激を与えていけばいい』
『君の取引先は?』
『あっちには里桜は起きてないと言ってある』
「って言ってたから、多分大丈夫だと思うけど……ん!」
そう呟きながらルミナスクエア歩き回っていると、映画館が目に入った。
「映画!なんか面白そうなのないかな〜っと!」
少し駆け足で映画館に近付き、壁にズラリと並んでいる広告を見る。
「おー、今はこんなのやってるんだ〜……えっと上映時間を確認しないと……」
「お客様、何かお困りでしょうか?」
「あ、映画館のスタッフさんですか?久しぶりにゆっくり出来るからなんとなく映画を見ようと思って来たんですけど、おすすめの映画とかありますか?」
「何かご要望などはございますか?」
「そうですね〜…胸が刺激されそうなのがいいですね。ジャンルは…恋愛物以外でしたらなんでも!」
「でしたら!こちらの映画など如何でしょうか、上映時間もこの後すぐですし、大変評判も良いですよ」
「わぁホラー!良いですね〜!」
里桜は新エリー都を存分に満喫し始めていた…
「離せっ!!離せよっ!!アイツを置いていく訳にはいかねえだろうがっ!!」
「いい加減にしてよっ!!自分の右腕がどうなってるか分からないの!?」
───夢だ。
「そんなの知るかっ!アイツを…
「僕があの人を置いて行きたかったと思う!?本当なら今すぐ引き返して霜華を助けたい!!けど、君たち二人を死なせたくないんだよっ!!」
空を飛ぶ機械人と、それに抱えられた二人の人間。その後ろには巨大な氷柱が何本も地面から生えている。
俺はそれに必死に手を伸ばし…そして───
「───はぁ、何回目ですか、この夢は…」
悪夢から目覚め、時間を確認するとすぐさまベッドから起き上がる。床に立って背伸びすると腰から生える長い尻尾がピンッと伸びる。
「社長、今日ホロウ行くって言ってたっけ……準備しないとな」
そう言いながら身支度を済ませると、
「そろそろグレースに見てもらわないとな……装備は…よし、行くか」
蛇のシリオンの男性は家から出て今の職場に向かう。
「しかし、知能重機が三台も逃げ出すなんて………まさかまた変なことが起きたりしたのかも…先のヴィジョンの事といい、なんだか最近妙な胸騒ぎがしますね…ん?」
呟きながら歩いていると、街頭モニターに対ホロウ六課がニュースで取り上げられているのが目に入る。彼はその画面に映る女性…雅の姿をジッと眺める。
「彼女は強いですね…私とは大違い…もし、私がH.A.N.Dに残っていれば…いや、烏滸がましいな」
そう言って彼は再び歩き出した。
零号ホロウの事件から数日、電気代がFairyのせいで爆上がりしていたパエトーンは白祇重工から高額な依頼を受け、リンは白祇重工の社員であるアンドーと共に現場である黒雁街跡地に訪れていた。
「もう着くぜ、社長はすぐそこだ。まだ若えが、百獣の王って感じだかんな、存分に緊張しな!」
「しなくていい、じゃないんだ…ん?」
現場に近付くと、何か大きな物音が響き始める。すると入り口である大きな扉が吹っ飛び、その向こうから女性一人乗せた四本足の重機が勢いよく飛び出して来た。
「どいてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「走れっ!」
咄嗟にリンにそう叫んだアンドーは重機に立ち向かい、両手で重機を正面から受け止めた。
「おいなんだこりゃ!」
「君かアンドー!絶賛点検中だよ、そのまま待ってて!」
女性はアンドーが止めている間に端末を操作する。
「怖がらないで、ただのファイアウォールだよ。ぜーんぜん痛くない…」
すると重機は女性を下から突き上げるように機体を動かし、女性が空へと放り出される。
「うわぁぁぁぁ!?」
「やべぇ!」
アンドーが女性を受け止める為に重機から手を離すと、重機は後方へと暴走していく。すると…
「ちょっと、一体何の騒ぎ…ああなるほど…」
重機の進む先に蛇のシリオンの男性が現れた。男性はため息を吐きながら重機の突進に合わせて跳ぶと、重機の真上に来たタイミングで勢いよく身体を捻り、長い尻尾を上から叩き付けた。
ドォォォォォォォォォォォン!!
重機は凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、大量の土煙が舞い、少しすると停止した重機とその上で尻尾をパンパンとはたいている男性が居た。
「グレース、貴女の子供達の気難しさはどうにかなりませんでしょうか」
「いやーごめんねー!」
「流石っす兄貴ぃ!!」
「アンドー…兄貴と呼ぶのはやめてください。そのように慕われる器ではありませんよ、私は」
やれやれと言った感じで二人と会話する男性をリンはジッと見つめた。黒い髪に、蛇のシリオン独特の眼孔の形をした鋭い琥珀色の目。そしてリンの身長の倍は余裕である立派な黒く、美しい尻尾。口調は丁寧だが佇まいから凄まじいオーラを感じていた。
(これが百獣の王…白祇重工のボス…?)
「ん?そちらのお嬢さんは…もしかして例のプロキシさんですか?」
「あ、は、初めまして…!」
リンが手を差し出すと、男性は重機から降りてリンの手を握り返す。
「態々ご足労頂いたのに、お騒がせして申し訳ありませんプロキシさん。
「え?じゃあ、あなたは…?」
「社長!プロキシさんがいらっしゃいましたよ!早く来てください!」
男性がそう叫ぶと、今度は大きな熊のシリオンの男性と、右手に眼帯をした赤髪の少女が近付いて来た。リンは熊のシリオンを見て(こっちが社長か…!)と思う。しかし…
「よく来てくれたな」
そう言って一番前でリンと対峙したのは、赤髪の少女の方であった。
「え?」
「白祇重工社長、クレタ・ベロボーグだ」
(そっち〜〜〜〜!?)
その後、依頼内容を確認を行った。白祇重工は、ヴィジョン・コーポレーションが不正問題を引き起こして一時中止となった地下鉄工事の請負を改めて勝ち取ったが、最近は競合他社による妨害で色々と苦労しており、何か問題が発生すればヴィジョンのようにスキャンダルで失脚してしまうそうだ。
様々な妨害行為などで油断出来ない状況で、最近ある事故が発生してしまった。白祇重工で扱う知能重機の内三台が、制御を離れてホロウの深部へと勝手に潜り込んでしまったらしい。これが他社にバレてしまえば、スキャンダルとして揚げ足を取られてしまう。
「そういう訳だ、プロキシ。行方不明の重機三台を捜索する為に、ホロウの奥までガイドが要る。これがうちらの依頼だ」
パエトーンとしては、断る理由は無かった。変な依頼では無いし、既に白祇重工から前金でかなりの額を頂いている。Fairyのせいで跳ね上がった電気代を賄う為にも、リンは依頼を引き受けた。
「そういえばクレタ、ちょっと良い?」
依頼を引き受け、アンドーやグレースなどから挨拶も兼ねて詳細を聞いていると、リンはふと気になってクレタに尋ねる。
「何だ?」
「アンドーさんが現場担当で、ベンさんがお金、グレースさんが技術でしょ?あの人は?」
「あ?ああ、アイツか」
リンが見つめる先には、義手である右腕をグレースに見せている蛇のシリオンの男性がいた。台に乗せられている義手をグレースが見ている間、彼は目を閉じていた。
「…あれ、寝てるの?」
「いや、瞑想してるんだとよ。アイツはオニロ・ネイロス。ウチの用心棒だ」
「用…心棒?」
「ああ、今回の地下鉄工事みたいな、ホロウの中で作業する事があったりすると、エーテリアスにも気をつけなきゃいけねぇだろ?ま、エーテリアスくらい、ウチの従業員にはなんて事は無いが、作業に集中出来るようにな。それに、エーテリアス以外にも、妨害で送られてきたチンピラ共を追い払ったり、さっきみたいに暴走した重機を止めたり、他にも色々雑用してもらったりで、アイツには色々と助けられてんだ」
「へぇ〜…」
「これ以上はアイツに直接訊くんだな。大抵の事なら答えるぜ、アイツは」
「うん、分かった!」
そうして始まった知能重機の捜索。行方不明の重機三種、デュアルショベル、デモリッシャー、パイルドライバーの内、デモリッシャーをアンドー、グレース、クレタ、オニロで探しに来ていた。イアスと同期したリンは、遭遇したエーテリアスとの戦闘に巻き込まれないようにしながら戦闘の様子を伺う。
『凄い…』
クレタ、アンドー、グレースも十分強いが、それ以上に、圧倒的にオニロの強さが際立っていた。
「ふっ!!」
オニロは両手に持つ二本の剣、そして尻尾を半分ほど多い、先の方に刃が展開された尻尾専用の装備を駆使し、三つの刃で次々とエーテリアスを斬り裂いていく。
「オニロさん、凄く強いね…!」
「ああ、あの動き…零号ホロウで見た六課の隊員にも全く引けを取らない。用心棒になる前は何をしていたんだろうか?」
ビデオ屋に居る兄妹がオニロの強さに驚いている間に、最後のエーテリアスがオニロの尻尾に貫かれて消滅した。
「これで終わりですね、プロキシさん、お怪我は?」
『大丈夫だよ、オニロさんすっごく強いね、ビックリしちゃった!』
「ははっ、若い頃に比べれば少し衰えましたが、まだまだ現役ですね」
『若い頃って…オニロさん、幾つ?』
「私、40代ですよ」
『え゛っ』
「そいつ、この中じゃ一番の新参だけど歳は最年長だぞ」
『全然そうは見えないんだけど…あ、今までタメ口ですみませんでした!』
「あ、いえ、気にせずタメ口で話してください。敬語で畏れると歳を取った実感が強く湧いて悲しくなります」
『え、わ、わかり…わかった…』
「気にすんなよプロキシ。私らだってタメ口なんだから」
リンが見る限り、オニロの姿はとても若々しく、40代には見えない。
『けど、顔に皺とか全然無いし、髪も綺麗だし肌も艶々だよ?これで40代とか信じられないって!』
「ああ、私も最初聞いた時は普通に嘘だと思った」
「まぁまぁ、私の事よりも、今はデュアルショベルですよ。行きましょう」
オニロに促されて一行は再び進み始める。
『そういえば、オニロさんの尻尾の装備凄いね、戦闘以外の時間は刃が引っ込むし、便利そう!グレースさんが作ったの?』
「いえ、これは嘗ての仲間が私の為に作ってくれたんです。今はグレースに修理とメンテナンスを任せていますが」
「これ凄くユニークな性能をしてるんだよ!オニロの尻尾の動きを全く阻害しない柔軟な構造!エーテリアスの攻撃をものともしない優れた耐久性!ブレードの展開はオニロの思考によって制御されてる!!これの制作者とは是非一度話をしてみたいね!!」
『そ、そうなんだ…』
「こ、こほん…私も、彼とグレースは気が合うと思っているので、出来るだけなら会わせてあげたいのですが…残念ながら、彼とは連絡が取れなくて…色々調べて探しても見つからず…何処で何をしているのやら…」
『けど、そんな装備も持ってるなんて…オニロさんって白祇重工の用心棒になる前は何をしてたの?』
「私の前職ですか?H.A.N.Dに勤めていました」
『あーH.A.N.Dね!なるほど、それなら納得……って、え゛っ!?』
「どうしました?」
『……わ、私の事、治安局に突き出したりしない?』
「しませんよ…?」
『そ、そっか!良かった…』
まさかのオニロの前職がバリバリの秩序側であるH.A.N.Dと分かり、一瞬身構えたリンだったが、オニロの言葉を聞いて安堵すると、同時にある疑問が浮き上がる。
『あれ?けどじゃあ何でH.A.N.Dを辞めちゃったの?』
「!………それは──」
『マスター、目標との距離が近付いて来ました。そろそろ接触します』
「お、もうそんなに近付いたのか」
「信号も近いし、デュアルショベルは直ぐそこだよ!」
「よしっ、早く見つけて連れ帰ろうぜ!」
「……プロキシさん、先程の質問は後ほどお答えしますので、今は先を急ぎましょう」
『そうだね、行こう!』
リンからの質問に答えるのを後回しにして、オニロはデュアルショベルが居る方向へと駆け出した。
「でさ〜!その時主人公が上を見たら天井に幽霊が張り付いててさ〜!」
「なぁ、今上映されてる映画のネタバレするのやめてくれないか!?」
「一日の出来事を細かく全部話せって言ったのはアドニス君でしょ!?」
「俺はお前の行動が知りたいんであって映画の内容は聞きたくないんだわ!」
「も〜注文が多いな〜君は〜!大体映画なんて見ないでしょ君!」
「見ないけど、見ないけどさぁ!なんか損した気分になるんだわっ!!」
里桜はアドニスの拠点に戻って来ると、アドニスに一日ルミナスクエアを見て回って感じた事や起きた事を話していた。
「はぁ…どうだった、久しぶりの新エリー都は」
「ん〜…あんまり変わってないかな〜…あ、けど雅先輩!街のおっきな画面で見たけど、凛々しくなったよね〜!僕の知ってる先輩も好きだけど〜、今の成長した先輩も良いな〜…!」
「…ごめん、それは反応し辛いから話題変えて」
「ホントに注文多いね君。分かるけどさ…てかさ、君の方は何か無かったの?」
「あ?あ〜……例のパエトーンってプロキシの動きがちょっと気になるくらいか…?二人から追加の報告がなきゃなんとも…あ」
するとパソコンにメッセージが入り、アドニスは「噂をすれば」と呟いてメッセージを確認する。
「……なるほどな…取り敢えず二人は戻って来させるか」
「何かあったの?」
「何、俺の取引先は、昔のツケを払わされそうになってるってだけだ。里桜、お前に頼みたいことがある」
「ん、何?」
「まだ少し先だが、お前には白祇重工と接触してもらう。目的は色々あるが…一番はお前にちょいと強い刺激を与える為だな」
「ほー…と言いますと?」
「実はな、白祇重工にはお前も知ってる人が居るんだよ」
「え、誰々!?」
「ふふっ、それはな……」
デュアルショベルの回収が無事に終わり、リンはイアスを回収しにきていた。車を走らせて白祇重工の現場に着くと、オニロと、オニロの揺れる尻尾で遊ぶイアスが居た。
「オニロさん、お待たせ!」
「プロキシさん、お疲れ様です。今日は助かりました、明日もお願いしますね」
「うん、任せてよ!他の皆は?」
「皆は自分の仕事に戻りました。グレースなんかは黒鉄男児・百練成鋼・エンジン点灯・ハンスの点検で忙しいので。暇な用心棒兼雑用の私にイアスさんが任された、という訳です」
「そ、そっか…な、名前覚えたんだね…」
「一応、覚えておこうと思いまして…そういえば、まだあの時の質問にお答えしていませんでしたね」
「え?ああ、あの時の…」
「私がH.A.N.Dを辞めた理由…それは、あそこに残って戦うことが許されない…私が許せないほどの愚行…己の弱さ故に、最後に残った物さえ守れなかった私へのケジメです」
「ケジメ…って…」
「私から言えるのはこれくらいです。よく分からないと思いますが、詳しく話してもプロキシさんの為にはなりませんから」
「…分かった、じゃあ今日はもう帰るね!また明日!」
「はい、また明日!」
リンはイアスを抱えて車に乗る。助手席にイアスを座らせると車を発進させて帰路に着いた。すると、イアスを通してFairyから通信が入る。
『マスター、貴方様がイアスを迎えに行っている間にオニロ・ネイロスについて調べてみました』
「Fairy…そういうの良くないよ…」
『すみません。ですがマスターが知りたがっていたようなので、仕入れた情報をお伝えします』
「そうだけどさぁ…!」
『───オニロ・ネイロス。現在は白祇重工の用心棒兼雑用。前職はH.A.N.D所属。対ホロウ特別鎮圧課所属の隊員であり、副課長でした。二本の剣と尻尾の剣を用いてエーテリアスと戦う姿から『三本剣の黒蛇』と呼ばれていました』
「対ホロウ特別鎮圧課…?聞いた事あるような…無いような…」
『それもその筈です。オニロ・ネイロスは対ホロウ特別鎮圧課創設時のメンバーですが、結果的に彼がH.A.N.Dから退職するのと同じタイミングで解体されました』
「そうなの?」
『はい、解体の主な理由は三つ。一つ、対ホロウ特別鎮圧課に所属していたメンバー4人の内、3人が同じタイミングでH.A.N.Dを退職した事。二つ、その後、対ホロウ特別鎮圧課の業務を引き継げる人材が居なかった事。三つ、退職したメンバー3人以外の1人…対ホロウ特別鎮圧課を率いていた課長……
夕月霜華の殉職です」
「………はぁ…寝れない…」
帰宅したオニロはベッドの上でそう呟いた。
(眠れば、またあの悪夢を見てしまうだろうか…)
右手を上げると、黒い義手が視界に入りその掌をジッと見つめる。
(あの日を思い出すと、無くした筈の右腕が…機械となった腕に、痛みが走る)
「私は弱いよ、霜華…お前と戦うことも、里桜を守ることも、そして残って戦い続ける事すらしなかった……」
右腕を目を塞ぐように降ろす。硬く冷たい金属の感触を感じながら、己の弱さを嘆く。やがて目元から一筋の涙が零れた…
「すまない…」
誰にも届かない、小さな言葉。彼はそれを何度か繰り返し呟くと、やがて眠りについた……