──ホロウ、それはこの世界における最大の災い。突然発生し、中にはエーテリアスという化け物が闊歩し、長時間滞在すれば侵蝕され、自身もエーテリアスになってしまう。他にも様々な脅威がある危険のバーゲンセール。
しかし同時に、人類が発展してきた要因でもあった。ホロウ内で生成される物質、エーテルは、人類に様々な恩恵を齎し、新エリー都という都市を生み出した。
基本的にホロウ内の調査や探索は、公的機関の役割であり、それ以外…つまり正式な許可を得られずにホロウに入る事は違法である。しかし様々な理由から違法にホロウへと入り、活動する人間もいる。そう言った非合法な活動をする人間をホロウレイダーという。
だが、先ほども言った通りホロウは危険のバーゲンセール。何の備えも無しに入れば間違いなく死ぬ。その為、目的を達成して、安全にホロウから脱出する為には、キャロットと呼ばれるホロウの地図となる物、非合法なガイド役…通称プロキシの協力。どちらかが必須となる。
「ビリー前から来る!」
「はぁ!?またかよ!」
そして現在、そのどちらも無くホロウ内でエーテリアスから逃げ回っている人間が二人。何でも屋の邪兎屋の従業員、アンビーとビリーが居た。
「ったく、ホロウに落っこちまうし、金庫は回収出来ねえし、エーテリアスに追いかけ回されるわ、散々だな!」
二人は、依頼で赤牙組という暴力組織からある金庫を盗み出し、逃げていた途中で治安局の武装ヘリによる攻撃によってビルの中からホロウに落ちてしまった。その後合流し、金庫を発見して回収しようとしたが、そこには赤牙組のリーダー、シルバーへッドのミゲルが居た。ミゲルはエーテルに侵蝕され、デュラハンと呼ばれる危険なエーテリアスになってしまい、二人はその場から撤退した。
「囲まれた…構えて!」
その後はホロウを彷徨いながらエーテリアスの群れから逃げていたが、囲まれてしまい二人は背中合わせとなってお互いの武器を目の前のエーテリアスに向ける。するとその瞬間…
ドゴォォォォォン!!
という轟音と共にアンビーの目の前に居たエーテリアスの群れの後方で爆発が発生し、エーテリアスが何体か吹き飛ばされ消滅する。
「な、何だ!?」
「アレは…!」
エーテリアス達が振り向き、アンビーもエーテリアス達の向こう側に居た存在に気付く。全身が黒いマントで包まれた大柄な人影。刀を持ったその手は黒い甲冑で包まれている。
「…まさか、黒武者…!?」
「黒武者って…あの黒武者か!?」
「フゥー…」
突然現れた黒武者は高速で移動し、流れるように一太刀でエーテリアスを次々と斬り捨てる。
「──綺麗…」
「スッゲェな…まあいいや、助けてもらおうぜ!」
アンビーが思わず呟き、ビリーがあっという間にアンビーの方に居たエーテリアスを殲滅した黒武者に近づこうとすると、黒武者はビリー達の方を見て刀を上に振り上げる。
「!ビリー、避けてっ!!」
「おわっ!?」
アンビーが咄嗟に叫ぶと同時に黒い刀が振り下ろされ、光の斬撃が放たれ、二人は左右に分かれて避ける。斬撃はその先に居たエーテリアス、ファールバウティを真っ二つにした。
「おいおい危ねぇな…って、うおっ!?」
黒武者は反対側に居たエーテリアスの群れに突っ込み、次々と斬り裂いていき、再び斬撃がビリーの近くを通り過ぎる。
「こっちは無視かよっ!?」
「ここに居ると巻き込まれる、行こう」
二人は黒武者がエーテリアスと戦っているのを尻目に、その場から離れた。
「グルルルッ……」
二人が離れた後、ものの数秒でエーテリアスを殲滅した黒武者は。ある方向に目を向けると、凄まじい勢いで移動し始めた。黒武者は常に獲物を求め続ける。その嗅覚はエーテリアスの居場所を感知し、そこへ至る為の道を、裂け目すら察知して把握する。
そして、獲物が強ければ強いほど、遠くからでも存在を感知出来る。
「グルルルッ…!!」
裂け目を通ってたどり着いたその場所は、電車の駅と思われる建物があった。中に入り、唸りながら進むと、地面に落ちている金庫と、その側で金庫を守るように、騎士のようなエーテリアスが立っていた。デュラハン…シルバーへッドのミゲルは成れの果てである。
「Guaaaaaa!!」
「グォォォォォッ!!」
デュラハンが剣と化した右腕を向け、黒武者も刀を構える。睨み合う。先に動いたのは、デュラハンだった。
素早い右腕の剣による突き。一瞬で黒武者に迫る。しかし、黒武者は難なくそれを弾く。デュラハンは次に左腕の盾で黒武者を殴ろとするが、黒武者が向かって来る盾に向かって刀を振る。
ガギンッ!!
と音が響き、デュラハンが吹き飛ばされ、壁に激突する。
「Guuu!?」
デュラハンはなんとか堪えると、黒武者が接近し、刀を左から右へ振り抜く。デュラハンはしゃがんで避けると、刀が上を通過し、壁に横一閃の斬り込みが走る。反撃でしゃがんだ状態から勢いよく右手を突き出すと、黒武者は迫る刃を左手の甲で弾いた。
「グルルルッ…」
「Grrrrr…!」
一旦距離を取り、再び睨み合う。黒武者は目の前のデュラハンを評価する。これまで数多くのエーテリアスを斬り捨て、その中にはデュラハンも勿論いるが、目の前にいるデュラハンは、どうやら今まで出会った中では一線を画す強さのようだ。
短い攻防でそう判断した黒武者は、身を包むマントを掴み、バッ!っと脱ぎ捨てる。黒い甲冑に包まれた全身が露わになり、刀を構えてデュラハンの様子を伺うと、デュラハンは盾を地面に強く打ち付けた。
盾が打ち付けられた場所から黒い結晶が次々と生えて黒武者に迫る。黒武者は両手で握った刀を大きく振り上げて…
ザンッ!!
と音と共に斬撃を放ち、結晶を生えていた地面ごと斬り裂いていく。デュラハンは咄嗟に避けるが、斬撃が横を通る際に生じた衝撃波で再び吹き飛ばされそうになる。しかし、負けじと立て直して黒武者へと斬りかかる。
周囲に剣戟の音が響く。振られた刃は駅の壁や地面に次々と痕を残していった。しかし、デュラハンの動きを見切り始めた黒武者が徐々に押していき、そして…
「Guaaaaa!!」
ザシュ!
デュラハンが雄叫びを上げながら右腕を振る。しかし振り抜くと同時に黒武者の素早いカウンターがその右腕を斬り飛ばし、地面にデュラハンの右腕が突き刺さった。黒武者は刀の刃を上に向けるようにして突きの構えを取り、デュラハンは防ごうと盾を構えた。しかし…
ザシュ!
再び音が鳴った。黒武者が放った突きは、デュラハンの盾を貫通し、その先にあった頭部のコアを突き刺した。そのまま刀を上に斬り上げ、間にあった盾ごと、コアを上方向に真っ二つにした。デュラハンの身体から力が抜け、膝から崩れ落ち、そして消滅した。
黒武者は、デュラハンの最後を見届けると刀を納め、黒いマントを拾って身を包むと、その場から去っていった。こうして、武者と騎士の決闘は幕を下ろした…
暫くすると、決闘の場となった駅に近付く人影が複数現れる。
「見つけた!」
「今日はツイてるぜ!」
「あたしの金庫!」
上から、邪兎屋の従業員であるアンビー、ビリー、そして最後に社長のニコの3人が、一匹のポンプを連れて現れた。
「一時はどうなるかと思ったけど、店長が助けてくれて助かったぜ!」
ビリーが店長と呼んだそのポンプはイアスという名前で、遠隔操作で操られており、操っているのは伝説的なプロキシであるパエトーン兄妹の妹、リンだった。
『どういたしまして!けど、喜ぶのはまだ早いよ!実は……アンビー?どうしたの?』
「…ビリー、この駅の状態、どう思う?」
「あ?どうって…な、なんじゃこりゃ!?スッゲーボロボロじゃねーか!!俺たちが最初に来た時にはこんなんじゃ無かったぞ!?」
駅にはそこかしこに斬撃の痕があり、ここで激しい戦いがあった事を示していた。
「赤牙組のリーダーはデュラハンになったんでしょ?それが暴れたんじゃない?」
『けど、ここまで激しい戦闘なんて…それに一体何と?』
「それは分からないけど…」
「皆、コレを見て」
アンビーがしゃがんで何かを見ると、他のメンバーを呼ぶ。アンビーの側に集まると、アンビーが指差した先には斬撃の痕があった。
「コレはデュラハンのもの。力任せに斬り裂いた痕、強引な太刀筋。次に…これを見て欲しい」
そう言ってアンビーが指を動かし、その先を見ると、そこには他のよりも大きな斬撃の痕だった。
「コレはとても綺麗、力と技、両方が見事に合わさって出来た達人の太刀筋。あのデュラハンは強かったけど、こんな芸当は出来ない…明らかにデュラハンより格上の強者の仕業」
『つまり…デュラハンはその達人に倒されたって事?』
「けど、一体何でそんながここに…」
「…あ、まさか、アイツかっ!?」
アンビーの説明は聞いて、ビリーはそう言うと、ニコとイアスは首を傾げた。
「親分、店長。実は俺とアンビー、店長に助けてもらう前にエーテリアスに囲まれたんだ、結構数が多かったから、こりゃ不味いなって思ったんだけどよ…」
「突然現れた乱入者が、私達を囲っていたエーテリアスをあっという間に殲滅した。私達はその間にその場を離れる事が出来たの。全身を黒い布で覆った、大柄の剣士…アレは間違いなく、黒武者だった」
「く、黒武者!?ちょっとそれ本当なの!?」
『ええっ!?』
黒武者、という名前を聞いて二人は驚愕する。
「ええ…黒武者があのデュラハンを倒したなら、この状況にも納得がいく」
「確かに、アイツならあのデュラハンを倒せるだろうぜ。ちょっとしか見てねぇけど、ありゃ別格だ」
『そ、そんなに強いんだ…』
「おっかないわね…ま、デュラハンと戦わなくていいのはラッキーだわ!金庫も回収したし、さっさと帰りましょ!」
『あ、ニコ。それなんだけどさ───』
その後、3人と1匹は金庫の中にあった物を使ってホロウを脱出した。その後、リンの方である出来事が発生したのだが、それはまた別のお話し……
そして数日後…
「グルル…」
黒武者は現在、デッドエンド・ホロウと呼ばれる共生ホロウの中に居た。このホロウにはデッドエンドブッチャーと呼ばれる超危険なエーテリアスが居る。その危険度は先日黒武者が戦ったデュラハンとは比にならないほどで、その気配を黒武者は今も感じていた。
何時もなら直ぐにデッドエンドブッチャーの元に突撃しているのだが、珍しく黒武者はそうしなかった。その理由は…黒武者は振り返ると、眠っている少女が居た。
少し前…
「グォォォォォッ!!」
黒武者は廃墟の中で2体のエーテリアスと戦っていた。片方は前と同じデュラハン。もう片方は弓を持つエーテリアス、タナトス。
「グガァッ!!」
打ち合ったデュラハンを真っ二つに斬り捨て、矢を放つタナトスに斬撃を飛ばし、消し飛ばす。こんなのは前座、本番前のウォーミングアップだ。黒武者の今日の本命はデッドエンドブッチャー。刀を鞘に納めて歩き出そうとすると…
「!……ガアッ!!」
何かを感じてその場で止まると、背後かな何かが空を斬り裂いて黒武者に迫る。黒武者は瞬時に振り向いて鞘に納まったままの刀でそれを弾く。
「グルルッ…!」
弾いたそれは、大きなハサミの様な武器だった。黒武者はいつでも刀を抜けるように居合いの体勢である方向を睨むと.
「──やはり、そう簡単にはいきませんか」
そう言いながら現れたのは、執事のような服をした狼のシリオンだった。他にも、メイド服を着た女性が3人。その内の一人…サメのシリオンの少女が、弾き飛ばされたハサミを拾う。
「………」
黒武者は一瞬で理解した。目の前の集団は強い。あのデュラハンなんかよりもずっと。そう思った黒武者は即座に邪魔になるマントを脱ぎ捨て、刀を鞘に納めたまま構える。
「うげっ、何アレ…」
「し、侵蝕体…?けど、コアも見当たりませんし…」
「…黒武者、やはりあなたは……」
黒武者の姿を見て狼のシリオンは何か納得がいったような表情になる。そうして四人もそれぞれ構えた。
「申し訳ありませんが、これも依頼でして…あなたを倒させていただきます」
「グォォォォォッ!!」
こうして黒武者とヴィクトリア家政の戦闘が始まった。
両者の戦いは苛烈を極める…ように思えたが.
「ハアッ!!」
ライカンの義足による強力な蹴りを受け止める黒武者、すると背後からカリンのチェーンソーが迫り、ライカンの足を鞘で止めたまま刀を抜いて振り向きざまにチェーンソーに刀を当てて弾く。二人から距離を取ろうとすると、2体の電気を纏ったポンプが突撃して動きを阻害して来る。
「グルルッ…!」
阻害された隙を突いてエレンが接近し、ハサミを振るう。鞘と鋏がぶつかり合い、鍔迫り合う。力任せにエレンを押し出すと、エレンは後ろにサッと飛んでバク転する。
「ッ!」
「ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」
するとエレンの背後に隠れたカリンが前に突然現れ、チェーンソーを横に大振りする。振りと合わせる様に刃が回転し、音を鳴らしながら黒武者に迫る。咄嗟に刀で受けようとした黒武者だが、勢いの乗った攻撃を咄嗟に防御しきれず、刀が弾かれ、体勢が崩れる。
「フッ!」
「グゥッ!?」
その隙を僅かに突かれ、脇腹にライカンの鋭い蹴りが突き刺さる。しかし黒武者はすぐさま反撃に刀を振るうが、ライカンはしゃがんで回避し、後ろに下がる。
黒武者は何時もより苦戦を強いられていた。ヴィクトリア家政が今まで戦ってきたエーテリアスよりも総合的に断然強いというのもあるが、最大の要因は…
「ねぇボス、アイツさっきから全然攻撃して来ないけど、なんなの?」
黒武者が、消極的な攻撃しかしてこない事だった。
「グルル…」
黒武者は不機嫌そうに唸る。目の前の人間達は確かに強い、だがしかし、ここまで苦戦を強いられる程ではない筈だったからだ。黒武者は初めての人間との戦闘に、奇妙な感覚を覚えていた。
正直、命を取るかどうかはともかく、向かって来る人間の手足を斬り落とすタイミングは何度かあった。しかしどうにも…
「フゥー…」
刀を人間に向けて振ろうとすると、身体が止まってしまう。理由は分からない。ただ、人間を斬るだけなのだ、自分が生まれたあの時のように…しかし、何度試そうとも失敗に終わる。
似たような感覚を覚えたことはある。エーテリアスを狩っている時、近くに人間が居た場合だ、例えば、最近ではアンビーとビリーが黒武者の狩に巻き込まれたが、あの時、二人に当たりそうになった斬撃…黒武者は二人を無視して放った一撃だった。しかし、実際には黒武者は二人の姿を見た時、一瞬だけ、刀を振り下ろすのが遅れたのを自覚していた。
「詳しい理由は分かりませんが…先ほどデュラハンとタナトスを一瞬で屠った時より動きは悪くなっています。一気に仕掛けましょう」
ライカンとエレンが左右に分かれて突撃して来る。黒武者は二人を交互に見ると、刀を抜く。内心イライラしつつも、黒武者は無理矢理納得した。
(!来るか?)
ライカンは警戒を強め、構えられた刀を注視した瞬間…
「─っ、しまっ!」
今まで使われていなかった刀を抜いた事に対する警戒心の強化、ライカンとエレンは刀に注目し過ぎた。ほんの一瞬、二人の視線が刀を追って上に向いた瞬間、黒武者は一瞬で二人の間を通り、少し後ろに居たカリンに迫る。
(速いっ!)
「カリンちゃん!」
「ふえっ!?」
エレンが叫び、カリンが黒武者にチェーンソーに向けた瞬間、黒武者はカリンに向けて鞘を投げるとカリンはそれを弾き飛ばす。しかし…
「あっ…!」
「フゥ…!」
黒武者の接近を許し、チェーンソーが黒武者の左手に捕まり、強引に引き寄せてカリンを近付けさせると、右手の手刀をカリンの首に入れた。
「カハッ…!」
「カリン!」
「ちっ!」
カリンが膝から崩れ落ちて倒れると、ライカンとエレンがすぐさま向かって来て、更に挟み込むようにリナがドリシラとアナステラを向かわせる。囲まれた黒武者はカリンのチェーンソーを握りしめてると…
ふと、上を向いた。
「!グァァァァァァァ!!」
そう叫ぶと同時に、
「っこれは…!?」
凄まじい揺れにより足が一瞬止まり、崩れた天井の瓦礫を回避する。その時黒武者は、
「グルルルルルルッ…!!」
黒武者は忌々しそうに唸り、天井から降りて来た存在に目を付ける。ヴィクトリア家政との戦闘に集中するがあまり、その存在が近付くまで感知出来なかった。
「Guooooooooooo!!」
デッドエンド・ホロウの王、デッドエンドブッチャーが、そこに居た。
「はあっ!?何でコイツが…!」
「一先ず、カリンを救出しなくては…!」
すると、デッドエンドブッチャーはその手に持った。巨大な槍のような道路標識を思いっきり振り回し、床へと叩きつける。
ドゴゴゴゴゴ……!!
更に揺れが発生し、叩きつけられた床を中心に亀裂が広がっていく。
「不味いっ…建物が崩れます!」
ライカンがそう叫ぶと、廃墟は崩れ始め、早く脱出しなければ崩壊に巻き込まれてしまいそうになる。
「カリンちゃん!」
宙を浮くリナが崩壊する床も気にせずに向かって来る。黒武者はまたしても咄嗟にリナに向かってカリンを投げようとするが…
「ガッ!?』
自身が立っていた床が崩壊し、落下してしまう。それでもなんとかカリンを投げようとした瞬間…黒武者とカリンは裂け目に飲み込まれた。
わ
「……」
黒武者は、先程の自身の行動が理解出来なかった。ただ本能で動き、カリンを助けた。そして今も、無防備に眠っているカリンの側にいる。最初は、その場に置いていってデッドエンドブッチャーに報復しようとしていたが、エーテリアスの群れが近くにいるのを感じ、置いていった場合のこの少女の末路を考えた黒武者は、結局カリンを置いていけなかった。
「グルル…」
しかし、この少女はいつ起きるのだろうか。黒武者も長いことホロウの中にいる。その時間の中で、人間がホロウに長時間滞在するとどうなるのかも分かっている。少女は今のところなんともないように見えるが、いつ侵蝕症状が現れるか分かったものではない。
どうしたものかと、カリンを狙うエーテリアスを狩りながら黒武者は思案していた。
「…….うっ…んん…?」
カリンは目を覚まし、まだぼんやりとした視界で周囲を捉える。
(ここは……そうだ任務で黒武者様と戦って…!)
「み、皆さんは…!?」
意識をはっきりとさせ、カリンは硬い地面から慌てて立ち上がろうとすると、チェーンソーが近くにあるのに気付く。それを拾い、メイド服に着いた汚れを何度か手で払いながら立ち上がると…
「Grrrrr…」
背後から唸り声が聞こえ、咄嗟にチェーンソーを向けながら振り返ると、そこにはファールバウティが居た。
「……!」
カリンが冷や汗を流しながらファールバウティと睨み合う。しかしファールバウティは全く動かず、次の瞬間、その巨体に縦の線が走り、カリンがそれに気付いた瞬間、ファールバウティは真っ二つに割れた、そして…真っ二つに割れた先から黒武者の姿が現れる。
「フゥゥゥ…」
「く、黒武者様っ…!」
ファールバウティと向き合った時よりも冷や汗が流れ出すのを感じた。黒武者はゆっくりと歩いてカリンに近付く。一歩、一歩と黒武者が迫る度に、感じられる圧がどんどん増していく。
「グルルルルルッ…」
「はあっ…!はあっ…!」
間合いに入ったところで黒武者は止まり、カリンを見下ろす。その右手に握られた黒い刀が動いた時、斬られるのは足か、腕か、胴か、はたまた…首か…いっそのこと自分から仕掛けるべきかカリンは思考を巡らせると…黒武者は右手を上げ───
シャキン
と音が響き、刀は鞘の中に戻された。
「………え?」
カリンは呆気に取られ、思わずチェーンソーの先を下げてしまう。黒武者はただジッとカリンを見つめ、気まずくなったカリンは目を背けると、そこで自分の周りに戦闘の痕が広がっているのに気付く。
「こ、これって…」
カリンは時間を確認すると、自分が気絶した時から一時間ほど経過しているのが分かった。何故、ここで黒武者と二人きりになっているのかは分からないが、カリンは、もしかしてと思い口を開く。
「も、もしかして…カリンを守ってくれたんですか…?」
「………」
黒武者は何の反応もしないが、その可能性が一番高い。何故、敵である自分を守ったのかという疑問は残るが、カリンは黒武者への警戒を解いた。
「つ、通信が…どうしましょう…皆さんと合流しないと…」
黒武者の事は取り敢えず落ち着き、次にカリンは自分の状況、今からどう動くべきか考え始めた。キャロットも無く、無闇に動けば命を落としかねない、すると黒武者は身体を翻すと、歩き出してカリンから離れる。
カリンの実力は先程戦った中で把握している。目が覚めたのなら、一人にしても問題無いだろうと黒武者は判断した。歩きながら黒いマントを生成し、再び全身を包んで歩いていると、ふと後ろを見る。
「あ」
「……?」
すると何故か、カリンが着いて来ていた。何故この少女は付いてくるんだ?と疑問に思う黒武者。しかし、少女はこちらを襲うつもりは無さそうで、守った手前、少女を害する気にもなれなかった黒武者は…
「グルゥ…」
カリンを気にせずに歩く事にした。しかし、これからどうしたものかと、黒武者は思案する。その後をカリンは少し怯えながらついて行くのだった…