社会問題(キラキラネーム)に声をあげよう
人種問題しかり、性問題しかり、環境問題しかり、世の中にはたくさんの社会問題があります。
ただ、上記の問題は少しずつ解決に向かって歩を進めています。
熱心に活動している人からすれば「バカ言うな全然進んでねぇよ!!」かもしれません。
しかし、すべてではないにしろ色鉛筆やクレヨンから「はだいろ」が消えています。
割合的には少ないですが、女性管理職や女性役員は増加傾向にあります。
SDGsに取り組む企業が評価されたり、身近なところではプラスチックのレジ袋が実際に有料化されたりしています。
何より熱心に活動している人や団体がいてこそ、根深い問題も解決に向けて進み出せるというものです。
一方でキラキラネーム問題はどうでしょうか。
悪化の一途をたどっているとしか言いようがありません。
なぜこの社会問題が真剣に受け止められず、誰も解決のために動いていないのか。
まずはその理由から述べていきます。
第一に世界的な問題ではないこと。
海外でも、子供に奇異な名前をつけたり、つけようとして役所に止められたりしたことがニュースになり、日本に伝わることがあります。
とは言え、奇異な命名が当たり前のように横行し、あまつさえ人気ランキング上位にいくつも入っているのは日本くらいでしょう。
奇異な名前が生まれやすい理由には、漢字と仮名という二種類の文字を併用する日本語の特徴があります。
漢字を使うのは中韓と同じですが、一つの漢字に複数の読み方が存在し、かつ人名においては法的に何と読んでも構わないというのは、他国にはない特徴です。
「悪魔」というあからさまな名前は役所も止められますが、漢字表記と読み方が不一致な名前は完全にスルーされており、それがキラキラネームの氾濫を招いています。
第二にここ20~30年ほどの時間の浅い問題であること。
人種問題や性問題は、それが問題として取り上げられていたかは別として、それにより苦しむ人がいた期間は百年どころではありません。これらに比すると環境問題は歴史が浅いかもしれませんが、それでもごく最近湧き出たものではありません。
キラキラネームが拡大したのは本当に最近のことであり、しかも途轍もない速さで一気に広まったため、それがダメなことであるという感覚が社会を構成する個々人に芽生えていないように見受けられます。
第三に影響を調査したデータや当事者の声が少ないこと。
キラキラネームだと恋愛や就職に不利だと言われることもありますが、それは私も含め、外部の人間が想像で言っているだけで、それを実際に示したデータはありません。
第二の理由で述べた通り時間の浅い問題であるので、キラキラネーム世代が80歳、90歳になって振り返った時に、果たしてどういう影響が出ていたのかは誰もまだ知らないわけです。
そもそも、ある名前がキラキラネームであるかを機械的に判定することはすごく難しいです。以前「AIはキラキラネームを正しく判定できるのか」みたいな論文を読んだことがありますが、結果として正しく判定はできていませんでした。
と言いますか、人間が設定したキラキラネーム正誤が、専門家である私からすれば既に間違っていたように見えました。
そして、キラキラネーム当事者の声がなかなか聴こえてこないため、普段から関心を持っていない層が問題に気づきにくい状況にあります。
当事者が出てきにくいことには理由があります。自分の名前に関する問題である以上、本名を曝さす必要があり、ネットで簡単に声はあげられないでしょう。
LGBTの人にそうである証拠を示せと言えないように、別に匿名で「本名がキラキラネームで困っています」でもよいのですが、やはり説得力には欠け、見た側も真剣に受け止めにくくなります。
それに、自分の名前の悩みは人それぞれです。「『美』が入ってるけど美人じゃないから嫌」や「『つよし』だけど病弱でつらい」など。
抱える悩みが本当に世間で言うキラキラネームに起因するのかは、やはり本名が表に出ていないと判断がつかず、それを足掛かりにした議論には発展しません。
当事者の声が聴こえてこない理由はまだ考えられます。
困っているのは本人よりもむしろ周囲の人間であることです。そういう点では私もあなたも当事者なのですが、具体的にどういう名前に困っているか示すと、他人の本名を曝すことになり、そんなことをしたら非難の的にはなれ、賞賛はされないでしょう。
さらに理由を探れば、自身が本当に困っていたとしても、改名してしまえば当事者ではなくなり、あえて声を出す必要がなくなることも挙げられます。
少し前に「王子様」という名前の人が普通の名前に改名したことが話題になりましたが、話題になったのは一瞬で、それ以降キラキラネームの議論が盛り上がったりは特になっていません。「変えられてよかったね」で終わっています。
さて、ここまでキラキラネーム問題対処が活発でない理由を分析してきましたが、動かない理由ばかり探しても仕方ありません。
キラキラネーム問題への前向きな対処を考えてみます。
制度面での救済では、より簡単に改名できるようにするというのが一つ挙げられるでしょう。
デイリー新潮2015年の記事の中で牧野氏は「これだけキラキラネームが増えると、将来的にこうした申請は激増することが予想されます」、「たくさんの申請に裁判所が対応しきれるかどうか。パンクしてしまうでしょうね」と述べていますが、これから6年、そのような兆しは見られません。そして私はこの先も“改名ブーム”は起きないと思っています。
夫婦別姓の議論の際に、姓を変えたくない側は「改名に関係する各種手続きの煩雑さ」と「今までの名前がなくなる“喪失感”」をよく主張します。喪失感については裁判官も触れています。
人生・人格・人体と名前は物理的に結びついていませんが、観念的には強力に結びついています。
よって「後から簡単に改名できるようにすればいい」のではなく、最初に芽を摘んでおくことが肝要になります。
最初の命名の際に対処をしないと、キラキラネームは減らせません。
以前の記事で述べたように、政府が命名の指針を示すのが、まずは効果的な一歩であると考えています。
そもそも、なぜキラキラネームを問題視して、改善に向けて進まねばならないのか。その最たる理由は、キラキラネームが日本文化の破壊行為だからです。
日本の人名は千数百年続く日本の文化であり、守られてしかるべき文化財であると、私はそう思っています。
私が目指しているのは、文化の保護です。キラキラネームを抑止するというのは、文化破壊を食い止めるということです。
伝統文化が蹂躙されているのに、省庁はおろか個人もこういった観点から意見を呈さないのは正直不思議で仕方ありません。
はっきり申し上げて、私の活動理由として「キラキラネームに苦しむ個人を出さない」というのは、実は方便に過ぎません。
もちろん、個々人の問題をどうでもいいとは思っていません。ただそれはミクロの問題。今は一刻も早く日本文化の保護・発展というマクロの問題に目を向ける時なのです。
私は日本人名の問題について拱手傍観せず、活動をしてきたつもりでありましたが、それも、同人誌を出したり、命名相談を受け付けたりと、常に「受け」の姿勢でした。
次回の記事では、少しだけ「攻め」の動きを見せてみます。
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