放送内容
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■まとめ記事
(2024年6月2日の放送内容を基にしています)
熊野灘の波静かな入り江に小さな町があります。
三重県熊野市二木島町。人口は200足らず。7割が高齢者というお年寄りの町です。お店もない、食堂もない、そんな二木島にちょっと誇らしいものがあります。町のお年寄りがこぞって頼りにする小さな診療所。
熊野市立荒坂診療所です。
平谷一人先生。25年にわたってここの医師を務めています。
飾らない物言いの先生と看護師2人、事務員1人。総勢4人の荒坂診療所。
ここに初めて撮影に入ったのは、4年前のこと。診察室のぬくもりのある空気にひかれ、以来、幾度も通うことになりました。
診察室で、往診先で、お年寄りたちはいつも先生を待っています。別れの時もあります。先生は、25年間で150人の方々を見送りました。
生きることも、死ぬことも、一続きの日常の中にある町。そんな小さな町の小さな診療所の物語です。
<平谷先生 緊急往診>
医師/平谷一人先生(75)「もしもし、どうしたの?…息しとるんか?返事せんの?急いで診に行くわ」
看護師/杉山德子さん「先生、先に行ってます!」
平谷先生「お邪魔します…。生きとるやないか。返事もしよるやないか」
ヘルパー「ここ座っとった時は、全然動かんくて…」
平谷先生「そんなとこに座っとったら血圧下がるからや。血圧下がって意識が落ちとるんよ」
杉山看護師「先生来た。平谷先生!」
山室恵美子さん(95)「先生…」
平谷先生「大丈夫?」
山室さん「大丈夫」
平谷先生「びっくりしたな。血圧が下がっとるんやろ」
杉山看護師「(血圧)82ですね」
平谷先生「点滴したれ。大丈夫やで」
山室さん「死んでいったらええんやけどな…」
平谷先生「慌てんでええよ、そんなのは」
取材スタッフ「(山室さん)どうですか?」
平谷先生「大丈夫、元に戻りますよ。もうだいぶ年やから。もう知っとる人、同級生、誰もおらんからはよ逝きたいわって。しかし、90いくつにもなると死ぬのが全然怖くない…と言いながら薬は取りに来るけどね」
<荒坂診療所とは…>
二木島は、住民の70%以上が高齢者。超高齢社会・日本の先頭を行く町です。お年寄りの9割が、荒坂診療所に通っています。
全国には10万余りの診療所があり、医療を隅々まで届ける役割を担っています。ところが近年、休業や廃業が相次ぎ、昨年度は過去最多の580件に上りました(帝国データバンク調べ)。背景にあるのは、医師の高齢化と後継者の不在。
その中でふんばり続けている荒坂診療所です。
<二木島で最年長 大原さちゑさん>
25年間、診療所に通う大原さん 二木島で最年長
大原さちゑさん(99)
撮影を始めた当時は、96歳
平谷先生「まあ、元気そうやからね」
大原さん「人から見たら元気そうなんな」
平谷先生「人から見やんでも元気でしょ」
大原さん「みなに元気や!元気や!って言われるけどな」
平谷先生「ま、しばらく棺桶の準備せんでええわ。あと5年くらいいくやろ」
大原さん「あはは!何言うてんのよ〜。5年もしたら100過ぎるんで」
2023年夏 100歳まであと7か月
血行障害による潰瘍に悩まされていた
大原さん「また悪うなってきた。ほっといても悪うなってくるんやしな」
看護師/湊容子さん「ほんまや、痛そうです」
平谷先生「薬、ちゃんと真面目に飲みよるやろね?」
大原さん「飲みよるで。忘れとらせんで。(足の指先が)腐ってくるんかいな」
平谷先生「あのね、下手したら指先が溶けていく」
大原さん「溶けていく?それまで生きとらんならんの?」
平谷先生「そんなこと言うなやー!」
大原さん「そうやな。99年も生きとるんやもん。でも、死んだ人の夢ばっかし見るんで」
湊看護師「本当?」
杉山看護師「まだこっちゃ来いっていわれてないやろ?さちゑさん。夢でこっちゃ来いっていわれてないやろ?」
大原さん「来いとは言わへんけど」
杉山看護師「そしたら大丈夫や!」
診療所のすぐ近所でひとり暮らしをしている大原さん
大原さん「自分でしっかりしてるように思うんやけどね。よちよちやねん。よっこらしょっと。歩くたんびに、よっこらしょ、よっこらしょて言うて歩くんや」
取材スタッフ「早く足が良くなると、もう少し歩きやすくなるんでしょうけどね」
大原さん「そうやねな。ちょっとでも歩かななと思うんやけどね、歩く気力がないようになってきた。でも、頑張らなね。3月15日で100やもんね。自分に言いきかせるんや。『しっかりせいよ、しっかりせいよ!』って」
100歳の誕生日は春、三月
<平谷先生の朝 妻の介護>
平谷先生は、熊野市出身。以前は、宮崎県のベッド数200床の病院で副院長を務めていました。50歳の時に地元の求めに応じて二木島へ。妻と共に診療所の2階に住み込み、人生の後半を町のお年寄りたちの掛かりつけ医として生きてきました。
朝6時 診療所の2階が夫婦の住まい
妻・京子さん(73)は「意味性認知症」を患っている
言葉の意味や物の名前が分からなくなるなどの難病
病気が進行するに従い、失語や運動障害も起こる
撮影を始めた2020年
この当時は、少しの言葉を話せ、食事も自力でとれた
取材スタッフ「もうあれですか?言葉は全然なくなったんですか?」
平谷先生「ないね。自分でできることが、本人もなくなってきてるからね。だけど、一緒に生活しておったらね、言葉は交わせんでも顔の表情なんかで、ある程度のコミュニケーションはとれてるから、できるだけ施設に入れないようにしないとっていつも思うけどな。そうやけど、いつまでできるんか不安になるわい」
平谷先生「だけど、ず〜っと何十年もやったことのないことを、やらんといかんということを想像するとね、大変じゃないかと。自分のことじゃない時には思いよったけど、案外、必死でやれるもんだよ。そうなったらね。不思議なもんやのう」
今、先生は75歳。後任のめどは立っていません。
診療所に、いずれ常駐の医師がいなくなる日に備え、先生は市や医師会に働きかけ広域で患者を診られるよう準備を進めています。
町のお年寄りを放り出すことのないように。
<往診 二木島の隣町、遊木(ゆき)へ…>
午後は、訪問診療と往診の時間。この日は二木島の隣町、遊木へ向かいます。この町には医療機関がないため、住民の多くが荒坂診療所を頼っています。
4年来、往診している濱口さん宅
平谷先生「ごめんください。お邪魔します」
濱口ユキミさん(88)
4年前から寝たきりになり、訪問診療を受けるようになった
平谷先生「ユキミさん、こんにちは。ご機嫌いかがですか?具合はどうです?…具合はどう?ユキミさん、具合はどうですか?あんまり良くない?良いですか?」
濱口さん「…はい」
平谷先生「一日一日見たらね、変わらんように見えますけどね、10日前と比べたらね、食事の量も少しまた減ってきてるし、おしっこの量が少のうなっとるわ。だからね、少しずつ悪くなっていきよるよ。奥さんみたいなね、病気の人は大体が今のような状態でじわじわじわじわね、弱っていく人がね、割と多いんですけど」
夫/濱口靖哉さん(89)「先生から見たら、余命はどのくらい?」
平谷先生「日にちは分からんけども…ひと月もちゃええかもしれんね。この春までにね、お別れせんといかんかもしれませんよ。ユキミさん、そういう意味では恵まれてる方やで。家族が大事にしてくれとるし。まあ、よう見たってください」
同じ町の2人が連れ添って65年、2人の子、4人の孫に恵まれた
寝たきりになったユキミさんを家族で介護し、支えてきた
取材スタッフ「先生も介護を自分でなさるような状況にもなりましたけど、患者に対する態度とかっていうのは変わってきますか?」
平谷先生「変わってくる、変わってくる。自分が介護しとるとね、変わってくるわ。こんな苦労してるんやなと、みんなはね。だから、そういう目でね、患者さんたちとか患者さんの家族をね、見ますよ。まあ、自分で知ってるつもりやったけど、自分がいざ、介護するとなるとね、こんな苦労しとるんやろうなと思うから、家族の人たちもね、同じ苦労してると思うと、ますます応援したくなるね。家族の人たちをね。見る目がちょっと大人になってきたっていうか、75にもなって、おかしな話やけど」
<大原さん 100歳まであと3か月>
2023年12月、100歳まで3か月となった大原さん
3人の息子は離れて暮らしている
取材スタッフ「おかずは自分で(作ったり)するんですか?」
大原さん「おかず?自分で作ります。自分で作らな誰も作ってくれる人いないもん。やっぱり、長生きするのもええけど、子供は心配するさかね。でも、こればっかりはしかたないしね。寿命が来るまで生きとらな。寿命が来るまで、元気でおればいいけどね」
平谷先生「(足が)だいぶきれいになっとるわ」
大原さん「きれいになったでしょうが」
平谷先生「おお、きれいになっとるわ。ええな、冬になっとるのに。これはええ正月、迎えられそうやね。自分でやらなあかんで、(薬を塗る)練習」
大原さん「上手にやるで〜!」
年末年始の休診日に備えて、自分で薬を塗る練習
湊看護師「夏みたいなのは二度と嫌やね。傷だらけでね」
大原さん「いややー。もう、どないしてでも、治してもらわなならんと思うてな。みんなのお手数かけました。みなさんのおかげで生かさせてもらってます」
<山室さんが食事をとらなくなった…>
今年3月、お年寄りが食事を拒んでいると連絡があった
山室恵美子さん(95) 肺炎で2か月近く入院 回復して自宅に戻った
2020年 山室さん、当時91歳
平谷先生「(犬の)名前なんやったかな?」
山室さん「ジュニア」
平谷先生「ジュニアっていうん?」
山室さん「ジュニア。沖縄で生まれてな。10万円もしたんや」
平谷先生「10万円もしたんか!」
退院以降、食事をとらなくなった
平谷先生「ごはん食べた?食べてないの?ごはん食べる?食べない?何か欲しいもんない?ないの?困ったな…。前はようお話ししてくれよったのにな。話、よくしよったでしょ。私と。ごはん食べるようになってね、診療所に来てくださいよ。いや?あら…。来て欲しいけどな」
平谷先生「いわゆる拒否、拒食症みたいにして、食事を拒否する状態。何が理由か分からんけど、時々あるよ。なんかきっかけがあればええんやろけど。俺もちょっと分からん。どういう風にしたら良いのか…」
取材スタッフ「先生でも分からないことがありますか?」
平谷先生「いっぱいある。ありすぎて困る。人間、分からんことが多いからね」
<大原さん 100歳まであと1週間>
海沿いの道に、100歳間近の大原さんがいた** **
取材スタッフ「散歩ですか?」
大原さん「ちょっと散歩に行ってこうと思て」
取材スタッフ「歩けるようになりましたね。足は痛みないですか?」
大原さん「足は大丈夫です。皆さんのおかげでね、これだけまでならしてもろて」
取材スタッフ「来週、誕生日ですね」
大原さん「そうですねん」
<山室さん宅に往診 そして別れ>
先生は、食事を拒む山室さんのところに通い続けた
平谷先生「山室さん、こんにちは。俺、誰か分かる?」
山室さん「…先生」
平谷先生「声、出るやないか。声出るじゃないですか。息子さんがな、心配しよったよ。ごはんを食べてくれん言うて。泣いとったで。なんとか食べたってくれんかな?息子さんの顔立てて。俺もうれしいんやけど、その方が」
山室さん「…」
平谷先生「山室さん、(犬の)名前何ていうの?…ジュニア?ジュニアも心配しとるぞ!ごはん食べんから」
平谷先生「何かの思いがあるんや。入院してから食べんようになってるから。前から時々言いよったからね。あちらへ行きたいっちゅうて…。頑張ったらもうちょっと生きられると思うけどね。医療じゃどうにもならんわ」
1週間後、山室さんは食事を拒否したまま静かに亡くなった
<大原さん 100歳の誕生日>
3月15日
平谷先生「あ!大原さんの100歳の誕生日やない、今日は。天皇誕生日みたいなもんや」
大原さんが奈良の長男と挨拶に訪れた
平谷先生「いや〜100年。ご苦労さんでした、本当にな。100でこんだけな、元気な方やわ。施設に入ったりしてる人、多いけどね」
大原さん「元気!」
平谷先生「僕は、25年おるけど…記憶、2人目やから。100歳の。まだ、しばらくシャバで元気にやれるわ。ご苦労さんでございます!」
大原さん「ありがとうございました」
看護師「(大原さんの自宅に訪問)こんにちは、ごめんください。大原さーん!」
大原さん「あれま〜、何くれるん?」
看護師「おめでとうございます。3人からです。(プレゼントの靴下)滑り止めがついとるでね。ちゃんと履いてきてね!」
大原さん「ありがとう!ありがたいこっちゃ。元気にならなあかんわいな、こんなにしてもろうたら」
<平谷先生 診療時間に遅刻>
診療開始時間に先生が現れない
取材スタッフ「おはようございます」
平谷先生「おはようございます。だんだん、介護の時間が長なってきよるわ。食事も遅い、食べるのが。だんだん限界に近づいてきよる…」
<濱口ユキミさん 往診>
3月31日(日)休診日
隣町の濱口ユキミさんの容体が悪化した
平谷先生「どう?呼びかけたら起きてくるかい?…いまからお伺いしますわ、診てみたいから」
平谷先生「看護婦から報告があったからね。昨日と比べると目を開けんようになったって?」
平谷先生「…ほとんどおしっこが出てないから、近いですよ」
濱口さん(夫)「反応も良くないな…」
平谷先生「うん、反応もな…。ユキミさん!ユキミさん!ユキミさん!」
平谷先生「いよいよお別れの時が来たから、静かに見送ってあげて下さいよ。もう私ができることはなにもない。申し訳ないんですけど。家族たちが見送るのが、いちばん、本人にとっていいと思いますから。たぶん、今日明日くらいやろ。見送ってやって」
取材スタッフ「人がですね、穏やかに生を全うするにはどうすればいいですか?」
平谷先生「分からん。僕は分からん。不安で病院に入院して、そこで見送ってもらうという人もおるのはおるね、結構。それはそれで、いいんじゃないかなと思うけど。理想的の死に方とか、そういうふうなものに関してはね、僕はもう分からんと言うしか言いようがない。いろいろあるんじゃないかなというふうに思うしかない。ないよね。尊厳ある死っていうのは何か、っていうのは他人が決めつけるようなものじゃない。っていつも思っとるんですよ」
<ユキミさん逝去>
4月1日 ユキミさんが息を引き取ったと知らせが入った
平谷先生「あんたらよく頑張ったわ、家族で協力してね。こんな協力する家族は、なかなかおらへんよ。安心して逝ったわ。(ユキミさん)満足してると思うよ。よう頑張ったわ」
濱口さん(夫)「息を引き取ったのは分からなんだ。静かに…」
平谷先生「静かに苦しまんで逝ったから…家族のおかげやで。ね、家族が頑張った。だから、気を落とさんでよ」
<エピローグ>
先生のからだに 異常が見つかった
取材スタッフ「先生、検査にひっかかったんですか?」
平谷先生「おう。だから病院にいかんといかん。発作性心房細動。不整脈や。長嶋茂雄といっしょ。長嶋茂雄が脳梗塞をおこしたでしょ。あの時、発作性心房細動やった彼はね。だから、夜中に、血液の凝固したのが頭に飛んで。だから、止めたらなあかん。困ったな…」
精密検査の結果、手術が決まった
先生は妻・京子さんを施設に預ける決断をした
入院の間、診療所は休診
4月25日、退院翌日
平谷先生「おはようございます。ひどい目に遭おうたわ」
取材スタッフ「患者になった気持ちはどうでした?」
平谷先生「患者の気持ちが、しみじみと分かったわ。…よっしゃ、じゃ、(患者)呼ぼうかな。細川節子さん、入ってもろうて!」
平谷先生「(体調)変わったことない?」
細川さん「先生、また足の裏にタコ…痛い」
平谷先生「私も入院しとったんや。4日間、休んどった」
細川さん「え!?どうしたの?先生に入院されたら、あんた…」
平谷先生「不整脈を治してもらいに行ってきた。治ったわ。4日ぐらいね、入院しとった」
細川さん「そうですか。もうすっきりした?」
平谷先生「ああ、心臓すっきりしたよ」
細川さん「えらいこっちゃよ、先生に倒れられたら…」
平谷先生「上等、上等!」