人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊学№75 人々に知られざる天罰・神罰。多重人格者で知ることが出来た天罰

 人は、よく天罰や神罰が降りたとか言う話はします。しかし、それが本当に天罰・神罰なのかの見極めは非常に難しいと言えます。それは人に恨まれたりすると、その想念を受けて自分が病になる。交通事故を起こすなどがあります。【念】と呼ばれる物の破壊力です。その人が【念力者】であると、そうしたことを起こす等もあるからです。

 日本では旧刑法の時代には【呪術】を使うと刑事罰を受けました。戦後に刑法が改正された時、そうした条項は消えたようです。そうした呪術は呪詛(恨みに思う者に災いが起きるように神仏に祈る)として古代から知られていました。実際に行われてもいました。よく知られるのは【呪いの藁人形です】が、霊的世界ではそうした姿が出て来ます。

 古代はそうした【呪詛】が出来る者をシャーマンと呼んでいたがあります。しかし現代ではそうしたことは【迷信】だと思われて、刑法の罰からは消えたと言えるでしょう。何故ならば霊的世界が起こす災いなど、物的証拠がどこにもないから、裁きようがないのです。

 そうしたシャーマンは日本では祈祷師とか巫女とも呼ばれて来たのですが、実際に霊的世界を見聞して来ると、トランス状態になって霊を降ろすとされているのですが、そういう類いのものではないのです。霊を降ろすのにトランス状態は必要ないのです。瞬時の世界と言えます。そこには多くの人の知識不足、勉強不足が存在しています。

 

 それは人類が【もののけ(物の怪)とか妖怪(ようかい)】の世界を忌避して【唯物主義】に走った為です。西洋で呪詛(じゅそ)は【白魔術・黒魔術】として知られていますが、日本でも秘密裏に【呪詛】は行われています。但し、表だって呪詛の看板を上げている方はありませんが、その依頼料金は何百万円も要ると言われています。それはスピリチュアルの世界では無く、【行者】と呼ばれる人達の世界だからです。

 ある教祖は自分の信徒が霊能者から呪詛されて信徒から助けを求められたが、その教祖には呪詛返しが出来る力がない事から、教祖が呪詛返しが出来る行者に大金を出して頼むなどもあるのです。教祖の面子を保つ為です。他人に対して軽い呪詛的なことは、人を妬んだり嫉妬するような人はその肉体は気づいていないとしても、そうした呪詛的な【念】を飛ばしておられます。

 行者は瀧場に入る時、必ず【九字切り】をされるのですが、瀧場は【念落とし】の場所である為に多くの念が飛び回っているのです。私は瀧場で行をする時、九字切りをしないことから行者筋から【あんたは九字切りを知らないのか?。】と聞かれますが、私は豊受姫のお代であった最初の師匠から【貴男は九字切りを覚えなくても、瀧場を守護する御神霊に頼めば事済みます。】と告げられているので、別に九字切りはしないだけです。

 私はそうした【念】を飛ばす人の顔が見える段階は通過しましたが、私も霊媒体質で修業時代はそうした呪詛的な【念】を飛ばす人の顔は見えていました。霊媒体質者だと、そうした呪詛的な【念】を飛ばされるとその人の顔が見えるものなのです。

 

人を呪わば穴二つ。呪った者も呪われた者も墓穴に入る

 

 私はスピリチュアルではなく、実践霊能者の世界を見聞して来ました。人を呪って蛇霊化している魂にも遭遇しましたし、呪われて命を落とされた事実をも見聞して来ました。呪って蛇霊化した蛇霊から話を聞くと、呪った理由は解ります。呪われた人間の悪業を天も神も何も罰せずにいるから、そうしたことも起きます。それはこの世が魂の修業場なので、介在はしないのです。そうした時、人を呪うと自分が損するのですと言い聞かせて、恨みを捨てられたならばそれなりの場所に送ってあげます。

 

人を呪うと自分が損をする。恨みの裁きは天に任せる

 

 その穴二つとは【墓穴】が二つ要るという意味ですが、呪われた者も呪った者も【地獄界】に落ちることになります。但し、呪った者の呪う理由が理不尽であり、嫉妬や妬み的なことであれば、呪われた方の魂が磨かれた方で清廉潔白であればその呪いは通じません。呪われた方に呪われても仕方が無いだけの理由があれば、その呪いも通用するなのです。

 スピリチュアル的な考えの方は【霊界の実相】をほとんど知らないので、そうした【呪術】にどうして【神仏】の世界が関わっているのか、その意味すら理解されないでしょう。西洋では黒魔術も白魔術も同じ人がされることは知られていますが、それを霊界に頼む人間と神仏との関係から起きるなのです。その者の願いならば何でも聞こうで、そこにはこの世の善悪など関係無いなのです。

 

 世間では霊能者江原啓之さんはスピリチュアル界の大御所と言われています。その師匠が美輪明宏さんと言われています。江原啓之さんは行者として見るならば一流でも二流でも無く、三流以下と言わざる得ません。単に霊がよく見えるだけで「呪詛」等と戦えるではありません。仮にそうした出来事に出会ったならば、美輪明宏さんは少しは戦えるでしょうが、江原啓之さんだと無理でしょう。当然、江原啓之さんを大御所として仰ぐスピリチュアル標榜者では、一人も行者の世界では通用しないでしょう。

 そんなスピリチュアルに飼い慣らされて、神仏を論じる人を見ていると私から見れば【アホ】かとなります。私の昔のブログ記事に、千年間も続く神社の神主で自分ほど凄い霊能者は居ないと豪語していた方が、高木の神と称する某天狗界の天狗と一緒になって私を殺しに来たがあります。私は2番目の師匠からも【死神】を送りつけられたり、黒龍神達からも【おとなしくしていないとおまえを殺すぞ】と攻撃されて来た者です。歩いて来た世界がスピリチュアルとは違うのです。

 私は霊的世界の戦いの中で【生きるか死ぬか】を体験して来た者であり、そうした【実相】を元に霊的世界を語っているのであって、みんな仲良くお手々をつないでだけでは新しい世に行けないと言います。みんな仲良くお手々をつないで行きたいのであれば、五六七(みろく)の世など最初から必要ないでしょう。この地球に残るコースでいいのです。

 

 私の最初の師匠は豊受姫のお代さんでしたが、自分の元にそうしたスピリチュアル的な人が相談に来ると、その霊が見えるとか霊と会話する能力を取り除いていました。取り除いても取り除いても取り除けない人だけに【修業】を命じていました。それは霊が見えるとか霊と会話すると【ろくな】ことにならないからです。人間としての幸せを考えるならば、霊を見たり、霊と会話しない方がいいのです。そうした修業に入ったとしても、ほとんどが邪神に騙されて潰れて行きます。とその師匠は言っていました。

 その最初の師匠は豊受姫によれば、当時の日本の霊能者ではトップ10に入るとのことで、その時に豊受姫は10人の霊能者の方の名を出されたそうですが、自分が知るのは同じ伏見稲荷大社講の支部長で稲荷講社の婦人部長をされていた方のみで、後の方は存じ上げないと言っていました。おそらくトップ10の霊能者の多くは仏教系や密教系の【行者】の方のようです。そうした方達はスピリチュアルとはまったく無縁の世界なのです。

 

 私はその豊受姫から【貴男は言葉の神と呼ばれる貴き御方です。】と告げられましたが、肉体を持つ者がいくらなんでも【神】は無いだろうと、西洋に残されていた予言の【言葉の君】の名を拝借させて貰いました。偶然にあるブログを見たところ、そのブログ主はその方が懇意の某【大阿闍梨】に私が本当に言葉の君かの霊査を頼んだところ、【この人は言葉の君ではない。王の言葉と呼ばれる方で創造神その方では無いが、創造神の脇に座するほどの存在。】と告げられたと記しておられました。

 それは豊受姫が【貴男は言葉の神】と呼ばれる者と言われた事と、その大阿闍梨の【王の言葉】とさほど意味が違うのではないのですが、それは私の魂の大元たる存在です。さすがに【大阿闍梨】クラスになると解るようです。

 

 私が東京に出向いて霊査をして貰った方は当時の著名な霊能者でしたが、私に【仏の声が聞こえる者は千人に一人はあり。神の声が聞こえる者は万人に一人はある。そうした者が修業に修行を積んで、本物と呼ばれる者は千人に一人程度しか出て来ない。後は全て邪神の餌食になる。】と言われます。

 別の霊能者の方も、そうした霊が見えるとか霊の声が聞こえるだけでの段階では、全て【天魔】にやられると言われていましたが、岡本天明師の日月神示(ひふみ神示)に【九分九厘は邪神】とあるように、なかなかその天魔の段階を越えられないがあるのです。

 天魔は六次元界に在るとも言われていますが、その六次元界を突破するのは一握りの行者筋だけとなります。自称救世主を名乗る方の背後を見ると、その多くは六次元界に見られる黒龍神に踊らされているとなります。スピリチュアルでは宇宙連盟とか銀河連盟とか口に出される方が多いのですが、そうした存在もサニワ(審神)されると、その段階を越えているではないのです。そこに【爬虫類宇宙人】等が言われるわけです。

 

そうした天魔は、霊力ある者に甘い言葉で囁きかけて来る

 

 宗教の世界では【狂信的】な人達が居まして、自分が信じる宗教が攻撃を受けた時、おまえ達に神罰や仏罰が降りる等と口走られます。どうしてそうしたことが言われるのかとなると、一つに【法華経】に書かれている内容があります。法華経を信じて進む者達の修業を悪魔が妨害する。そうした者達には仏罰が降りるとあって、サリン事件を起こしたオーム真理教の信徒達はそうしたことを言っていました。オーム真理教を攻撃する者は悪魔達で、そうした者達の上には仏罰が降りるです。

 そうしたことは世界のどの宗教でも、自派以外の教えは邪教として、そうした教えを信じる者達には天罰や神罰が降りるです。だが、実際は違うなのです。

 

人が前世で残した【カルマ】は天罰でなく借銭払い

 

 では天罰とか神罰は誰が起こしているのか? 。

 

既存の神々でもその【神域】を犯せば、神罰を落とす

 

 霊能者の間でよく知られているのは、白蛇霊が住む神域を犯すと命が取られるです。また、御神木を勝手に切り倒したりすると病になったり事故に遭遇するがあります。樵(きこり)さんが神木を切るのを嫌がれるのは迷信ではなく、実際にそうした事例があるからです。

 私は霊界修業の中で、そうした神霊に対する不敬罪で命を取られた方達を知ります。しかし、その病名は【心不全や心臓発作】などで、そうしたことが世間に知られるなどはありません。私が所属していた講にヤクザが怒鳴り込みに来て、神前でピストルを出す事件がありました。神等何一つ恐くないと暴れ込んだのです。が、その夜にそのヤクザは心臓発作であの世行きとなりました。これらは【神罰】と呼ばれます。

 

天罰を受けている者は、霊が見えたり霊と会話が出来る

 

 私はスピリチュアルではなく、本当に凄い霊能力を持った方達の前世を知った時、その多くの方は前世の行いで天罰を受けて地上界に出て来られたです。

 例えば大本教の出口なお開祖にしろ、世紀の大予言者であった大本教の出口王仁三郎聖師にしても、神代と呼ばれる時代の【大罪】により、地上界に降ろされたことは霊界物語などに記述されています。私が見て来た凄い霊能力を持つ女性達も、全て神代と呼ばれる時代の【罪】の人と言えました。

 

秀でた霊能者は、この世は【魂の刑務所】とまで言います

 

 大本教の出口なお開祖や出口王仁三郎聖師は霊界では非常に【次元格が高い魂】であったことは世に知られています。だが、神代と呼ばれる時代の罪で、この世に落とされたです。その罪は神の世界を正しく伝えることで赦されたなのです。そうしたことは大本教の神典を読めば書いてあります。

 だが、神の世界の本質を理解せずにスピリチュアル的思考に走りますと、【神は愛だから何をしても赦されるとか、この世は遊ぶ為にやって来たのだ!。】の思考に陥ってしまいます。今の世に【誠の者】は万人に一人程度だと出て来ましたが、そんなものでしょう。

 

 お釈迦様が説かれた教えは【小乗仏教】と呼ばれるもので、自らが【仏陀】となる教えです。そうした時、自分だけ【仏陀】に成れば良いのかの批判から、お釈迦様の死後千年ほど経過して【大乗仏教】が起きて来ました。仏教で説かれた【正法(しょうほう)】の時代から【像法(ぞうほう)】の時代に移ったです。そこに【多神教たる多仏信仰】が起きて来ます。

 仏教の像法の時代とは、仏法と修行者は存在するが証が滅して【悟り】を開く者は無し。つまり、大乗仏教の始まりは【悟りの消滅】でもあったなのです。為にお釈迦様の本当の悟りであった【悪魔は実体を持たない表れであり、人には良心と呼ばれる神が内在する。】の教えは埋没していました。

 

 神霊達の地位は【神の高山たる合目説】で語られることが多いのですが、それとは別に【識界】レベルで言う判定法があり。創造神が第十識界とすればお釈迦様は第七識界。イエスは第五識界。弘法大師やマホメットは第四識界とされています。スピリチュアルだと第二識界すら難しいとなります。ところがスピリチュアルで自分は第四識界などと自称される方達もあります。まったく怖い物知らずがスピリチュアルには見られるのです。

  神の高山の合目説でも、スピリチュアルでは五次元界に入れる人は少数で、ほとんどが四次元界と言われています。

 

 そうしたスピリチュアル界では、みんな仲良くお手々つないで、みろくの世です。もしそれであればみろくの世など最初から必要は無いのです。それであれば、悪は永遠に存在して来るからです。

 

悪を悪と認識出来ない者は、みろくの世には必要ない

 

為に右左岐の仕組があり、スピリチュアルは左に行く

 

 金神のトドメの文と呼ばれる予言書にある。【さよう(左様)ならばサヨウなら】です。最後の審判と呼ばれる別れで左と右に永遠の別れとなります。

 

 世にスピリチュアルスピリチュアルと言っている方達の前世は過去にシャーマンであったり、西洋で言う魔女であった様な方が多いと言えます。その時の【意識】が未だに抜け切れていないなのです。その背後に居る霊が黒蛇霊や野狐霊では次元格を上げようがないなのです。

 

 私が出会ったある女性は【千里眼】の持ち主として周囲に知られていました。人の家の様子を見ると言い、この家はこういう間取りで何々がどこに置いてあると言い当てるのです。それを聞かされた人は、誰もが当たっていると言います。

 ある日、私の家の使っていない二階の間を開ける、そこに姫姿の女性が居て、その顔立ちはある女優さんにそっくりでした。私が驚くと、その姿は忽然と消えました。その千里眼の女性と出会った時、先日、貴男の家を見に行きました。二階の間で女優の○○に似た人が座っていたでしょう。あれは私なのですよと笑うのです。その千里眼とは、自己の魂を飛ばして見ているなのです。

 私はその女性と接していて、あることに気づいたのです。この人には二つの顔がある。一つはその女優さんに似た顔立ち。もう一つはそれとはまったく違う顔です。あれ!。この女性は二つの顔を持っているです。そうしたことは霊媒者に霊を入れると、その顔立ちがその霊の顔立ちになるのと同じことです。

 

 その後、その女性と話をしていると、【自分には二つの魂が入っている。一つは今の自分。もう一つも自分なのですが、そちらの自分はもう一人の自分を認めない。】と言います。多重人格です。

 何事かと聞いていて、周囲の人達はその女性は【嘘つき】だと言われていることが解って来ました。その女性の肉体には二つの魂が入っていて、一つはある女優に似た顔立ちの魂で姫姿。一つは平凡な顔立ちの魂。

 それをAとBとした時、Aはその肉体は自分だけだと思っており、Bはその肉体には二つの魂が入っていると認識しており、AはAに話した内容を認識しているが、Bに話した事は聞いてはいないと言う。Bの方は自分には二つの魂が入っていると認識しているので、Aに話したこともBに話したことも認識しているなのです。Aは他人がBと約束した事を知らないと言うので、周囲から【嘘つき】扱いされているなのです。

 

 あまりにも面白いケースだったので最初の師匠の元を訪れて聞いたところ、その女性は【天罰】として一つの肉体に二つの人格が入れられてしまったと言います。一つは神代時代には姫と呼ばれるほどの高次元界の魂だったが、天則違反に問われたと言います。  後日、その女優の○○さんに似た姫姿の霊には、天に帰ることが出来ない霊的足枷が付けられているを見て、私の権限でその足枷を切りました。天に帰らせたのです。だがそのことが、その背後に居た黒龍群団を怒らせて、私はその黒龍神達の攻撃を受ける羽目になったなのです。

 私はそうしたことに遭遇したのは私の学びの為の神の計らいであり、偶然の産物ではないと思っていますので、その霊的鎖を切ることが私の役目だったと思ったのです。

 

 この姫姿の魂が神代と呼ばれる時代に起こした【天則違反】とは、大本教の出口なお開祖が神代の時代に犯された罪と同類のものでした。その罪により出口なお開祖の魂は生まれ変わるつど、貧困の中に置かれて来られたのですが、その女性も生まれ変わるつど、おぞましい人生の連続だったのです。

 私は幾人もの【龍女】を知りましたが、どなたもスピリチュアルとは一線を画す秀でた霊能力を保持されていましたが、全て神代時代の【罪】を問われてこの世に降りて来ているでした。その人生とは、一言で言えばどの方も幸福ではなかった。すなわち【罰】を受けておられた。

 

 医学の世界でも【多重人格】は知られています。しかし、その【人格】とは何ぞやが何一つ理解されていません。そうした人格そのものが【魂】なのです。大本教の出口王仁三郎聖師が、【人は霊(ひ)止(と)】であると言われた意味なのです。

 

基本としては、人の肉体には一つの魂なのですが、天罰として一つの肉体に複数の魂が宿る様な場合もあるのです

 

 スピリチュアルでは秀でた霊能者達の【この世は魂の刑務所】論など無視して、この世は遊ぶ為にあるのです。何をしても神の愛で赦されるのです。魂磨きは辛いから止めましょう。良心の呵責は重いから捨てましょう。そうした言動は何をもってなされているのか?。

 

 

 

 

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