西暦2021年の初頭の記事ですが、未だ多くの方が犠牲を強いられるコロナ騒動が終焉していませんので新年の御挨拶は遠慮させていただきます。
私は西暦2021年の1月元旦の夜から1月2日の未明にかけまして、ある霊的光景を見ていました。普通は初夢と呼ばれるものですが、夢と言うよりも半覚醒状態においてです。それは夜中の光景ではなく、夜が白々と明けて来る前の薄明かりの光景です。
その光景とは、急峻な山の間を流れる川の上の段丘の様な場所に田畑が見えます。その田畑を見ると土地は草一本も無いほど整備されていますが、何の作物も植えられていません。
何の作物も植わって無いのに、田畑は整備されている?
その光景を見ていて、この12月の下旬に私が見た【芋】の掘り起こしの光景の意味が解けて来ました。
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いておりましたが、その声は日本の【カゴメ唄】には私からの重大な意味を含めてあると告げられました。その日本のわらべ唄である【カゴメ】唄は、多くの霊能力者の方が【予言】唄であると指摘されています。それはみろく世の到来を歌った内容で、重要な部分は【夜明けの晩に鶴と亀がすべった】で、みろくの世到来の前は暗い世(夜)だと言われて来ました。
その少し前、私に【犬から始まって酉で終わる】との霊示が降りて来ました。犬と言うのは【祓い】の意味です。で【酉】で終わるとは何かと思っておりましたが、カゴメ唄のことを忘れておりました。籠の中の鳥が出ると意味だと解って来ました。
カゴの中の鳥とは、終焉の【焉(正と鳥)】大トリ
私の西暦2020年1月16日の記事に、令和2年1月8日の未明にある光景を見たことを書かせていただきました。それは地獄の鬼達が去って行く光景でした。それは【地獄の釜の蓋が開いた】であり、【パンドラの箱が開いた】です。もうこの世は創造神から守られているでは無いのです。
大本教神諭あります
一度この世は悪神の支配下に置くではないか?
だが、それが何を意味するのか私にも即座に解りませんでしたが、西暦2020年は【コロナウイルス】で明けて暮れてしまいました。私の一昨年の西暦2019年9月の記事に五輪(地風水火空)終と言う記事を書かせて貰いました。記事は25日付けなので後出しじゃんけんと言われてもかまわないのですが、9月9日に千葉県に甚大な台風被害が出ました。そして昨年は熊本の人吉の大被害です。【御臨終】と言う霊示そのものは、それより少し以前から出てはいます。それが西暦2020年の東京オリンピックにどう響くかを見ていました。
ただ、このコロナウィルス菌騒動で人間として失格者がかなりあぶり出されて来た面は見逃せません。自己が罹患する危険性を犯してでも医療従事している方達に対して罵声や罵倒を浴びせる人達。自分がコロナ菌に罹患したと解って飲み屋街を歩き回った人も出ました。こうした方は魂の消滅ではなくて、これまでだと死後は長い期間苦しみの世界に落とされたでしょう。だが、地獄の釜が開いたのであればもう地獄界は存在しなくなります。当分の間は死後の世界でもやりたい放題とはなります。されど、人たる肉体を失った後の魂は汚れていると苦しみの中に入ります。
地獄にいた霊は苦しさから霊媒体質の人に憑依する
私は霊能者の様に霊がよく見えるではありませんが、霊媒体質者なので足先から低い霊が無数に懸かって来ます。為に足先が非常に冷たいが起きます。そうした下級霊の憑依が多いと、憑依された方の足の骨が変形するまでの症状が実際に起きています。日本神道における【サニワ(審神)】をする時、どうしても低い霊を霊媒者に降ろすと霊媒者の足先が冷たいとなります。サニワを終えた後は霊媒者に憑依した低級霊の除霊が必要になったりします。サニワに従事する者は除霊が出来ないとその役目をこなせません。
私が大本教から来たであろう【言霊】学による除霊方法をアップして来たのも、霊媒体質者にとっては自分に憑依した低級霊を自分が【言霊】で取り除かないといけないからです。だが、そうしたことが解るのは霊媒体質者だけであり、多くの人には自分が低級霊に憑依されているとは解らずに、そうした低級霊の意識に支配されて自己本位とか自分中心主義の行動を起こすとなります。
最近になって私の足先が以前より冷たくなって来て、夜眠る時には厚手の靴下着用状態と言えます。低い霊が地獄界から放たれたことが要因ではないかと見ています。低級霊が助けて欲しい助けて欲しいと憑依して来るです。みろく世に向かって社会が好転するのではなく、自分がよほどしっかりしないと、そうした低い霊の憑依によって自己の行動が悪化します。自己の【良心神】をどんどん失って行くなのです。
最近見ていますと、携帯電話をしながら車を乗ることは禁止されていますが、携帯電話をかけながら車の運転する人が増えて来ています。以前の様に車を止めて電話をしている人は減っています。原因は警察の取締が緩くなったからでしょう。また、飲酒運転する人も増えているのではないかと思われます。人の【道徳観】が以前より落ちて来ているです。
人は天災とか大災害に遭遇すると、その人の本質がモロにあぶり出されます。神の世界から見た時、この人は次の世に助けるべき者か、それとも神等存在しない世界に向かわせるべきか。非常に解りやすくなるのです。
人の魂の本質は、天災や災害が起きないと解りづらい
スピリチュアルでは【コロナ】を【五六七】と読ませて、【みろくの初め】だと言われてる方達もあったようですが、とてもそんな被害が出ることを喜ぶ様な記事などは書けません。人類は未知なるウイルスによって大きな被害に出遭うのに、みろくの夜明けだと喜ぶのようなことを言う人の神経が私には解らないからです。そして私自身もそうした被害に何時巻き込まれてしまうかであり。自分一人が【無傷】では済まないからです。このコロナ菌の騒動は罹患だけでなく、国家経済の破綻まで及ぶからです。
確かに、これまでみろくの世は【嬉し嬉し】の永遠の世と宣伝はされて来ましたが、そのみろくの世が来る【夜明けの前】には苦しみが一気に来るとも言われて来ました。為に、無条件にみろくの世などと言って喜べないのです。
苦しみを越えた後に幸福の世が来るとしても嬉しくはない
だが、根本原因は人類がこの地球を壊滅的な状態にした
私が子供の頃に旧約聖書の神と称する声が臨み、その声は【私は今の世を終わらせるが、その後に永遠の嬉し嬉しの世を創る。そなたは人類は何故に終わらなければならなかったのか?。その理由(わけ)をこの世でつぶさに見届けて、その理由を次の世の歴史に記さなければならない。】と告げられました。いくら私が子供でも今の世が終わるなど、とても信じられることではありません。ましてそんな恐ろしいこと人々に説けるかです。それが私の任務だと言うのであれば私は自殺を選びます。
だが、旧約聖書の神と称する声が私に言われたのは、その後に【永遠の嬉し嬉しの世が来る。】です。その嬉し嬉しの世の到来に、どうしても通らなければならない道が今の世の終わりだと言われたのです。私はその言葉を信じたのではないのです。逆に疑ったのです。あり得ないことを告げられたです。私に臨んできたのは本当に旧約聖書の神なのだろうか?。私は未だに疑いを続けています。
本当に私に臨んだのは旧約聖書の神であったかと納得するのは、この世の終わりを私自身の目で見た時です。だが、どんな事柄も【万が一】があります。
大本教の出口王仁三郎聖師は近世の最大の予言者であったことは過言ではありません。予言された内容はことごとく当たったなのです。私は予言を言う方達は、出口王仁三郎聖師の予言内容を調べたことがあるのかと聞きたいぐらいです。調べたらその凄さが解ります。それは出口王仁三郎聖師の背後には、それを予言出来る神の存在が間違いなくあったなのです。スピリチュアル等のバカげたものではないのです。
私は疑うから、本当だろうかと調べ続けた
昭和【五十五年】に私の身に起きた摩訶不思議な霊体験から、子供の頃に旧約聖書の神と称する声から告げられた事柄は【真実】かどうかを知りたいと、神霊世界に修業に入りました。その私の神霊界修行のお世話をして下さった豊受姫に、この世は終わるのか終わらないのかの質問をしたところ、【人類は一人もこの地球には生き残らない。】と言われます。だが、死後に霊的世界があるなのです。
その時節のことは具体的には何も語られませんでしたが、人たる三次元世界は終わるけれども高次元霊世界に生きるなのです。そこで私は霊的世界を見聞していて【次元】と呼ばれる世界の存在を確信し、その嬉し嬉しの未来の霊的世界とは【五次元世界】以上の霊界だと解って来たなのです。天国界です。
スピリチュアルでは何の心配をしなくても地球が自動的に五次元世界に進み。全員が【みろく世】に入ります。そうした論が基調の様です。それが事実であるならば、私はこんなに苦労を積んでまで【真理】を求め。血を吐く思いで霊的世界を学び。人々に説く必要など、どこにもなかったと言えます。
神社や仏閣では、【コロナ菌退散】が祈念されました
だが、神社や仏閣で神主や僧侶がいくら神仏霊に祈念されても【地獄の釜の蓋(パンドラ箱の蓋)】が開いたとなれば、神社や仏閣に鎮まる神仏霊の力をもってして解決などあり得ないなのです。出来ることは人間が人間の知恵でコロナ菌を予防する。封じ込めるしかないのです。幸い西暦2020年の春先にはこの日本もコロナ菌ワクチンの接種が始まるようです。それが始まれば時間の経過と共にコロナ菌騒動も下火にはなるでしょう。だが、何時コロナ菌騒動を越える事案が出て来るか解らないのです。
私は今は老人ですが、勤めている時は医療や保健の分野でした。その当時、もしも起きた時に一番恐ろしいとされていたことは【鳥インフルエンザ】が変異して人間に感染する事態でした。もし鳥ウィルスが変異して人から人に移るとなると爆発感染が予想され、それに従事しなければならない者達は命の危険性に晒されるでした。その患者移送をどこにするのかが論議されていました。その事態の時には自分は職場を辞めると言う方達もありました。命あっての物種だだからです。
今回のコロナ菌騒動は日本や米国やヨーロッパなどは甚大な被害を受けていると言えます。日本の国家財政は以前から破綻に近い状態にありますが、さらに莫大に借金を負うとなりました。日本政府が国家財政の借金を返すなど論理的には夢物語のようなものですが、ますます借金返済は遠のいたです。私が見せられたユダヤの悪鬼がこの世を泥海にするには、国家財政が破綻するもあります。
私が子供の頃は、この日本が戦争に負けたこともあり皆が貧しかった。同窓会などに出席すると、自分達の時代はカレーライスに肉など入っておらず、はんぺん(魚のすり身を揚げたもの)を細かく切ったものだった。牛肉など一年に一度見るか見ないか。肉と言えば鶏肉で麦飯だった。等の食事内容で盛り上がります。だが、皆が貧しかったので誰も自分が貧しいとは思わなかったなのです。貧しいことが当たり前。
今の飽食の時代に慣れた人達に、あの当時の貧しい時代が来た時には果たして耐えられるだろうか?。の話になると、私達の年代の者は今の若い人はまず無理だろうの答えになります。
今の若い世代の魂はひ弱で、昔の人ほど魂が強くない
辛抱が足らないことから、魂に【心棒】が育っていない
魂を磨くとは、貧しさも含めて社会の荒波。他人からの【扱き(しごき)】にも耐えるです。世の中には【鬼軍曹】的な人が居て、しごかれてしごかれて皆が強い魂と成ったのです。だが今は過保護のあまり【軟弱】な魂を持った者達となったのです。可哀想だ。気の毒だと言って魂を鍛えないと、その魂は【腐って】行きます。それは今の世は良いとしても、次の世にも生きられる魂とはならないのです。
もう、この地球は魂の修業場としての役目は果たせない
そもそも大本教から出された【国常立尊】様の御引退劇とは、国常立尊様の【厳しさ】にありました。私はその当時は国常立尊に従う天使の一員でした。その国常立尊様の厳しい規律に耐えかねた神達の反乱からの御引退です。そうした神達から見た時、国常立尊は【悪神】とか【鬼】になります。何が正しくて、何が間違っていたのか?。そこには反国常立尊の神々には【未来を見る目】があったのかどうかです。
国常立尊様は、各自の【魂】を腐らせたく無かった
為に、みろくの世は腐らない潰れない【水晶魂】となるなのです。
国常立尊様は、例え神々から【鬼】だと罵られようとも、永遠に生きられる魂を腐らせたり潰させたく無かったのです。だが、神々は【国常立尊】様の厳しさを【鬼】だ!。【鬼】だ!。と攻撃したなのです。そこには神々の過度の【欲望や執着】を引き起こす【蛇(邪)】の存在があったと言えます。
私が子供の頃は旧約聖書の神と称する声が臨んでいましたが、その声は私に【刹那心に溺れる。刹那心に溺れるな。刹那心を持つと自分の魂が腐る】。そうしたことを幾度となく私に告げられました。通常の刹那の意味は仏教では「短い時」の意味ですが、刹那主義とは【過去や将来を考えずに、今の瞬間だけが良い】とする短絡的な考え方です。生き方です。
刹那主義とは、今が良ければそれでいいじゃないか
私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声からそなたは【神司(かむつかさ・かみつかさ)】の一人と告げられました。それはスピリチュアルで言えば【天使】と呼ばれる存在です。
今は多くの人が天国界の様な生活をされています
ただ本当の天国と違うのは、個人が自己本位に入った
(それは天国天人とは真逆の生き方。この地球は天人の苗床では無くなった。)
私には今回のコロナ菌の騒動が神の手によるものか、他の組織の仕業かは解りかねますが、私個人も早くから予定していた旅行をやむなくキャンセルして、往復航空運賃の50%がキャンセル料として取られてしまいました。その翌日、航空会社からキャンセル料は取らないと出たのですが、その前日のキャンセルだからと規定のキャンセル料はいただきますで、踏んだり蹴ったりになってしまいました。
そうしたことも【時の運。不運】と言えます。大本教神諭に【神も時節には敵わない】がありますが、神霊も時の運・不運には勝てないのです。今や神々にもどうすることも出来ない時期と言えます。
今の人類はやがて世の大立替を見る事になろうかとは思います。それは大本教から【宇宙開闢以来】の出来事と予告されたものであり、一部の霊能者の方は【天体ショー】が起きるとも言われています。一部で言われている様に宇宙からの乗り物が多数出て来て、その間でドンパチも起きるなのです。だが、それを見ても【恐れるな】なのです。恐怖心を持つと魂に【トラウマ】と呼ばれる傷跡が残ってしまいます。それだけは避けたいなのです。
私はこの12月中旬過ぎ。面白い夢を見ていました。それは西暦2021年からは【芋】の掘り起こしです。地中の茎に大量に実った【じゃが芋】が畑からどんどん引き抜かれて行く光景です。
芋が意味する光景は【五次元界】を指します
私は大本教が出した【五六七】は大本教神諭予告の【九つ花】の紐解きから出て来る数字ですが、五次元界、六次元界、七次元界の意味を持つことを知りました。私が大本教神諭予告【九つ花】から導き出した事柄は、朝鮮に残されていた最後の審判前、救世の為に【米】一字の教えが起きるにある【米】一字を説明して来ました。
その【米】一字の教えを完全に理解するに到るであれば「七次元界」も夢ではないでしょう。その理解度に応じて、六次元界や五次元界に行けるです。【米】だけでなく【麦】もあれば、【パン】の教えを出すことも出来ます、米でも麦でもないとすると【芋】となります。その五次元界に到るが【芋】の映像であり、私はこれまでその芋は【薩摩芋】で説いて来ました。
薩摩芋には菩薩の【薩】があり
薩は【あまねく衆生を救う】
だが、西暦2020年の暮れに出て来た映像の芋は薩摩芋ではなく【ジャガ芋】でした。それも鈴なりに実ったジャガ芋です。 ジャガ芋とは、インドネシアのジャワ島の【ジャカルタの芋】から来た言葉です。では、何故に薩摩芋でなくジャガ芋として出たのか?。そこで【ジャカルタ】の言葉の意味を調べますと、
サンスクリット語で【栄光・勝利。達成・獲得】の意味
五次元世界に上がれる魂(芋)が大量に実ったのか?。だが【芋は地中】であり、必ずしも人間の肉体の中にある魂達とは言えませんが、法華経においては【地涌(ちわき)の菩薩】の存在が語られます。
この地涌の菩薩とは、【末法の大衆を救済するのは迹化の菩薩(これまでの世に説かれた菩薩達)ではなく、久遠の本地の菩薩である地涌の菩薩。】のことです。お寺に行くと偶像に宿る霊が如来とか菩薩とか明王として祭られておりますが、そうした類いの【仏】達の霊ではなく、創造神(久遠の本地)からの菩薩達のことです。
これらの菩薩は【四方の地振裂(大地震で大地が割れる)時】に現出するとされています。私が神霊界に修業に入ると、私を守護して下さったのは【日蓮宗開祖の日蓮聖人】でした。私の家系は日蓮宗ではなくて曹洞宗です。どうしてそんな私を日蓮聖人が守護してくださるのか意味が解りませんでしたが、霊能者の方の調べで私の家系の五代前の御先祖霊が日蓮聖人の分魂であったが解って来ました。日蓮聖人の分魂が私が生まれた家筋に生まれ出られたからだったのです。ただ、私の祖父は養子なので私と肉体の血脈があるではありません。その日蓮聖人は【上行菩薩】として知られています。
上行菩薩とは、【地涌菩薩】の筆頭格とされる
しかしながら、そうした【地涌菩薩】達がこの世の終わり時に大衆を救うとして、その時には大地は割れて三次元物質界は滅した状態が予想されます。
本来、歴史を調べればお釈迦様の弟子に【みろく菩薩】は存在していません。法華教とはお釈迦様の死後に創作された書物であることは一目瞭然です。それなのにお釈迦様の弟子である【みろく菩薩】が【地涌菩薩】の存在を説いたでは話がおかしいと言えます。しかし、大本教は国常立尊の仕組には【三千年】の月日が掛かったとあるように、その背景は【国常立尊(みろく神)】の創作であるとは解ります。
大本教から出された【牛虎】金神とは、仏教の【祇園精舎の守護神・牛頭天王】であり、頭に角があったとされるモーゼは【牛頭の主】として知られます。旧約聖書と仏教の背後には【牛頭天王】の存在が見受けられたからです。そして大本教は本当の【みろく神】の存在を打ち出して来ました。
そうしたことを踏まえれば、最後に地球の大地が割れて大衆の魂を救済する数多くの【地涌菩薩】の存在は、すなわち【みろく大神】の仕組とは考えられるなのです。
宇宙の【于】の本字はPCでは出せません。夸の漢字の大の下にある文字です。この「夸」が使われる言葉はほとんど見ません。だが【誇大】とか【刳】等に見る事が出来ます。この【刳】は刀を持って大きく分ける意があります。また木を刳りて【舟】と為す意味です。
私は【永遠に嬉し嬉しのみろくの世】とは、今の地球上では無くて、まったく同型の新地球と聞かされています。だが、その存在は今の世に出ておられる神々や仏達には解らないようにしてあるです。その世界に渡る手段としては宇宙の霊界を行く【船】を告げられています。
私が西暦2020年の初夢とした光景は、その地中に実っていた【芋】が掘り起こされて、新しい地球の畑に植え替えられる意味ならば、私はこの一連の光景の意味に納得はできます。
西暦2021年からみろく世に移行させる魂(芋)
西暦2020年に三次元世界と四次元世界を隔てる霊壁が取り除かれたことで、地獄界と三次元界の境がなくなりました。その結果、今日迄知られなかった【未知のウィルス】等も出て来たとも言えます。そして西暦2021年からは五次元界とを隔てていた霊壁も取り除かれる意味と思われます。人類は当分の間は三次元世界での肉体を持ちながら、個々の魂は四次元界や五次元界に入るです。
日月神示には【三四五(みよいづ)】が出て来ます
五六七(みろく)世に入る前の三次元、四次元、五次元
地涌菩薩の意味が霊的映像としては【芋】として出て来るのは本当の【芋】のことではなく、【悟り】の知覚や智証の度合いの意味合いと思われます。要するに難しい【悟り】の域には到達はしていないが大衆を救う存在の意味です。
そこに【地中】の意味があるとすれば、その存在は何かと言う事は解る者には解ります。その存在が人類を救うと言う話はかなり昔から語られてはいますが、それは肉体を持った人達を救うと言われています。だが私は三次元世界の肉体を持った状態で救うというこには懐疑的で、肉体では無くて【霊魂】の状態で救うならば、この地涌菩薩が何かと解れば納得が出来るともなります。地中から私達と同じ三次元物質体の菩薩が出て来るはずがないからです。
私は大本教の出口王仁三郎聖師の様な【大予言者】ではありません。大本教神諭の解説者であり、出口王仁三郎聖師が大本教の一部の信徒に内密で死守せよと命じられた土地の一角に住み。その土地は今の神界ではなくて超太古に関わる場所で、私はその神界【機密ゲート】の門番でしかありません。
私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声を聞いてはいましたが、今は聞こえるではありません。私に本当にそんな神の声が臨んでいたのか?。真偽を調べる為に多くの霊能者の方に当たりました。当然全員が全員ではありませんが、7~8名の霊能者の方から貴方の本守護神は【国常立尊】様ですとの指摘を受けて来ましたので、私が大本教神諭を解説しているはその為もあるでしょう。
そこに旧約聖書の神は【国常立尊】様ですと言えるには言えるのです。そして【牛頭天王】です。さらに【閻魔大王】です。私が見せられたみろく世の切符たる水晶玉は、旧約聖書の神を信じる者。日本神道を信じる者。南無妙法蓮華経を信じる者。等に分かれてはいましたが、【神の存在を信じないと、神とは遊離】するのでしょう。
ともかく、私達はこれから来ると思われる【艱難辛苦】の時を【希望】を持って進むことなのです。みろくの夜明け前が、一番厳しい時だからです。
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