松田優作が持っていた植物図鑑の謎
金子 ですが、松田優作主演と聞いて、正直に言うと、怯みました。優作さんの”暴力的”な伝説はよく聞いていましたから。
宮川 わかります。暴力の矛先はまず助監督にいき、そして共演者にも向かう……僕もそんな噂を聞いていたので、最初は優作さんが怖かった。でも、実際はすごく優しくしていただきました。
金子 ええ。とくに『家族ゲーム』の現場の優作さんは機嫌がよかった。優作さんは森田さんのことをすごく買っていて、楽しくて仕方がなかったみたいです。
宮川 ある日、優作さんに向かって森田監督が、「芝居がショーケンっぽいよ」と萩原健一さんの名前を出して指摘した。これは怒るに違いない、と現場は凍りつきました。すると優作さんは「すまん、隣でショーケンの芝居を見たもんだから」と素直に引き下がった。
ちょうど隣の現場でショーケンさんが映画『もどり川』の撮影をしていて、優作さんはその現場を見学していたんですね。優作さんと森田監督の信頼関係を子供ながらに感じました。
速水 松田優作にとっても、この作品は異色作であり、意欲的に臨んだであろうことが窺えますね。『蘇える金狼』('79年)など暴力の衝動を静かにうちに秘めた役があたり役になる中で、この作品の何を考えているかわからない、だけどどこか空恐ろしい家庭教師という役どころは、殺し屋よりもむしろ恐ろしかった。
金子 衣装合わせのときに、優作さんがコートを着るとなんだか殺し屋みたいで、何か小道具を持たせよう、という話になった。優作さんは「銃でも持ったら似合いすぎるか」なんて冗談を言いながら、「これなんかいいんじゃないか」と図鑑を手にした。それが、あのひまわりが表紙の植物図鑑。持ち歩くものとしてまったく意味不明なんだけど、それがよかった。