CT、MRI 設置と共に歩んだ人生&子育て法 | あつぎの森ブログ「厚木産婦人科日誌」

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厚木産婦人科でのいろいろをお伝えしていきます

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中山美穂さんの急死、本当に悲しいです。

私は昔、羽田空港でたまたまミポリンとすれ違い、何てお顔の小さな女優さんだろうとふり返ったことを思い出します。

テレビで観るよりずっと小柄。青のストライプのシャツ。大きな帽子をかぶられていましたが、それでも気がつくようなオーラがありました。

 

「あんな若くてきれいな女優さんが亡くなるなんて。自分も10年後にはもうこの世にはいまい」

と、私の父親。

 

 

若い頃、初心者の母親が書いた父の肖像

(大潮展入選:東京都美術館展示):ジミー松本 指導

 

 

ブログの読者さんに、私の父親が副院長を務める私の弟のクリニックのスタッフさんたちがいます。

いつか是非とのことで、番宣で、もう歳でもある私の父親や弟たちの仕事をからめたお話を今回書きたいと思います。

 

私の実家は医療一家で、医師でも研究職寄りの仕事に父親は長く携わってきました。

 

父親が国立大医学部を卒業した2~3年後に、たまたま英国のエリザベス女王が来日しました。

そのころ、日本にはまだCTという医療機器がありませんでした。

 

1979年に、ハンスフィールドとコーマックがCTの原型を開発してノーベル賞を受賞したきっかけで、父親の心の中で進みたい道筋が開けました。

 

 

研究と3人の子育て。暮らしは質素。

 

 

日本は当時景気が良くなる頃。

エリザベス女王の勧めにより、日本は5台のCTをイギリスから買いました(関東には2台しかなかったが、驚くべきことに、これに東大は入っていなかった)。

その1台に携わりたくて、父親は赴任しました。

最先端のことを学びたいという気持ちだったようです。

 

仕事のために、家族は引っ越しもしました。

 

児童会長、リレー、主指揮、友達遊び、

なんでも全力

 

 

育て方針は、心身共に鍛える。

文武両道。自主自立。質実剛健。

 

 

スポーツと楽器は必ず毎日

 

 

勉強だけ、ということはなかったのに、弟たちは二人とも開成中学校(百三校長就任時)のトップ。

弁護士になった長男は塾にも行ったことがないのに、入学時から開成で1番。次男も一桁。

片道2時間の電車で、6年間皆勤。

 

遊ぶ時も、徹底的。

動けなくなるまで遊ぶ。

 

 

 

水遊びも、徹底的

 

 

その後、全国に急速に普及していったCT。

そして、5年後には、MRIも登場し、放医研で日本版を開発していた千葉大教授の有水昇教授に指導を受けながら、千葉大医学部の学生に教鞭をとっていました。

 

父親が辞めた年に、入れ替わるように、次男が入ってきました。

 

 

次男も現在、CTと共に医師活動

最近は頭痛の患者が多いとか・・

(スマホ弊害が多い)

 

 

日本のCT、MRIの設置に携わった医師人生。

 

今は、父親と次男、親子みんなで千葉で町医者としてCTを導入して診療を続けています。

 

77歳の父親は、75歳の母親、次男と共に、いまだに朝から晩まで働く毎日。

 

 

応援に駆けつけた顧問弁護士の長男

 

 

週末は、厚木産婦人科の顧問指導医として厚木に来ておりますので、興味がある方はぜひ声をかけてください。

 

糖尿病予防治療相談、子育て相談もOK。

 

 

糖尿病予防指導講座にて

 

 

治すことも大事だが、予防することも大事。

 

 

 ⇧  音楽イベント大好き。

厚木産婦人科のサンタ役もやる。

「そろそろクリスマス会をやろう!」

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